第462話 "皆切虹竜"
ひとまず、この刀の性能を確かめてみるか。銘を決めるのはその後だ。
リガロウ達がここに戻ってくるまで、まだ時間がある。じっくりと検証させてもらうとしよう。
念のため修業場の外に出て、『
朝食後のやり取りで、ジョージの身体能力はほぼ把握している。
刀を右手で持ち、まずは電気強化をしていない状態の彼と同じ膂力で目の前の金属棒を右斜め上から切り下ろしてみた。
…外で検証して正解だったな。
岩壁の傍で振るったせいもあるが、金属棒の先にある岩壁に切れ込みが入っている。なお、金属棒は当然のように綺麗な切断面を残して切断されていた。
どうやら刀に宿っていた魔力が刀を振るった際に射出されたらしい。つまり、魔力を込めれば先程と同じようなことが普通に可能なのだろう。
では、電気強化を行った場合は?
…うん、自重せずに作った私が言うのも何だが、やり過ぎた。
流石にこんなものをジョージに譲ると言っても、彼の性格では[危なすぎるから]と言われて拒否されてしまうだろう。
ジョージの所持していた刀は、今の彼にとって分相応の品だったのだ。
もしもこの刀をジョージに渡す時が来るとしたら、それは彼が"
それだけの実力を身に付けたのならば、不用意にこの刀を振り回すこともないだろうし、制御も可能になっているだろう。
ジョージの素の身体能力で刀を振るってコレなのだ。仮に私が特に制限もせずにこの刀を振るった場合、大地や海どころか空すらも、斬りたいものすべてを斬れる気がする。やるつもりは無いが。
…良し、決めた。この刀は"
流石に私の
刀身に銘を打ったら、後はリガロウ達がいつ戻って来ても良いように昼食等の準備だ。午後から夕食までの時間も存分にと動いてもらうためにも、沢山用意しておかないとな。
正午になる少し前、修業場の扉が開かれてリガロウとジョージが戻ってきた。
「ただいま戻りました!」
「ひぃ…はぁ…ぜぇ…お、おわり…?も、もう…走らな…い…?み、水を…コップ一杯…だけでいいから…水を…」
ジョージの方は這う這うの体だ。
無理もない。リガロウに引きずられないように最初から電気強化を行って無理矢理走っていたのだ。その状態ですら引きずられ気味ではあったが。
ジョージの電気強化は長時間持続できるものではない。そのためリガロウが走り出してから割とすぐに強化状態が解除され、走ってきている間のほぼすべての時間、あの子に引きずり回されることになりそうだった。
が、それでは流石に命に危険が生じると思ったので、彼に『
非常に困惑されはしたが、そのおかげで彼は"ドラゴンズホール"内を引きずり回されることにはならなかった。
尤も、肉体の損耗は凄まじいことになったのだが。
こちらで操作してはいたが、体を動かしていたこと自体に変わりはないのだ。おそらく、今のジョージは全身に酷い筋肉痛のような痛みが駆け巡っていることだろう。
その状態に加え、体を動かし続けていたことによって、水分が脱水症状一歩手前になるほど失っている。
「お帰り、そしてお疲れさま。リガロウ、楽しかった?」
「はい!なんかハイ・ドラゴン達から色々もらえました!」
「ぜぇ…!ひぃ…!はぁ…!」
リガロウを撫でながら外を走っていた時の感想を聞かせてもらう。まぁ、幻を介して何が起きていたのかは把握しているのだが。
リガロウほどの幼竜は、ハイ・ドラゴン達からしたら非常に珍しいのだ。しかも見た目も可愛い。
人間達の感覚で考えれば、玩具を抱きかかえた小さな子供が周りに自分の玩具を自慢しに来たような感覚である。
それはもう、異性からだけでなく、同性からも盛大に可愛がられた。
ハイ・ドラゴン達はハイ・ドラゴン達で、リガロウと遊ぶつもりで威力を抑えた弾丸ブレスや魔術を浴びせて来たりして、あの子を楽しませようとしていたのである。
そのついでに綺麗な石や鉱物、美味そうな魔物をあの子に渡してくれたのだ。なお、渡す時はあの子の近くに放り投げるような形で渡してきた。
ジョージからすれば、生きた心地などまるでしなかっただろうな。
ただでさえ人間一人では到底敵わないような魔物に複数体で囲まれ、更にはブレスや魔術を見舞われ、そして巨大な何かを近くに落とされていたのだから。なお、リガロウに渡された品々はあの子の『収納』に収められている。
リガロウが走っている最中、ジョージの悲鳴が"ドラゴンズホール"に響き渡り続けていた。
当然ながら人間達にも悲鳴は聞こえただろうが、それがジョージの悲鳴などとは思わないだろう。
何故ならば、ドラゴン達に襲われて悲鳴を上げる冒険者は後を絶たないからだ。
悲鳴を聞いていた冒険者達が、その直後に同じような悲鳴を上げることになる事例も、ここ"ドラゴンズホール"では珍しくないのだ。
さて、ジョージを放置していたらすぐにでも倒れてしまいそうだし、そろそろ水分を補給してやらないとな。
「はい、スポドリ。ゆっくりと、落ち着いて飲むと良い」
「ど、ども…!」
そう言ってジョージに手渡したスポドリは、実を言うとやや薄めである。
理由は簡単。ゆっくり飲むように伝えたところで、間違いなく一気飲みするだろうからだ。
スポドリには結構な量の糖分が含まれている。人間が一度に大量の糖分を摂取すると、体内糖分が急激に上昇して体調不良を起こしてしまう場合があるのだ。
ジョージが本来の濃度のスポドリを一気飲みして体調を崩すとは限らないが、可能性があるのならば避けたいことだ。
思った通り、コップを受け取ったジョージは一気にコップの中身を飲み干した。
「ぶはぁーっ!生き返るぅーっ!…でも、ちょっと薄くないです?」
「本来の濃さで一気飲みしたら体調を崩す原因になるからね。少しは落ち着いた?次は本来の濃さだから、ちゃんと少しずつ飲むんだよ?」
「あ、どうも…」
一度水分を補給して落ち着いたからか、今度は少しずつコップの中身を飲んでいる。
口にしている味が懐かしいのか、何処かしみじみとした表情だ。
「はぁー。スポドリなんて何年ぶりに飲んだかなぁ…。ていうか、ひょっとしてコレも、その千尋って人が?」
「いや、作り方自体は知っていたみたいだけど、彼女には必要なかったからね。それを世に広めたのはマコトだよ」
「へぇ~…」
ジョージがスポドリを飲んでいる中、リガロウが周囲の空気を鼻で吸い込み、修業場内の匂いをかぎ取っている。
「クンクン…。なんだか、とっても美味そうな匂いがします!今日の昼食は何なんですか!?この匂いは嗅ぎ覚えがあります!」
「え?そうなの?うーん…鼻が詰まってて匂いが分からない…」
爆走しているリガロウの真後ろにいたからな。ジョージの顔は常に砂煙に見舞われ、彼の鼻孔には砂が詰まってしまっているのだ。
鼻孔だけでなく、ジョージの体は汗や砂などで酷い有様だ。『
「…贅沢言うなら、スポドリ飲む前にやって欲しかったっす…って、ちょっ!?こ、この匂いは!?」
まぁ、ジョージの言う通りだな。水分を欲していたので先にスポドリを渡してしまったが、それよりも体を綺麗にしてやる方が良かったのかもしれない。
悲鳴を上げれば当然口を開けることになるので、その際に砂が口にも入るのだ。最初にスポドリを差し出された際に迷わず中身を飲み干していたが、改めて考えれば口内の砂を飲み込んでいるので、不快感を覚えたことだろう。
まぁ、彼が飲み込んでしまった砂は『清浄』を掛けた時点で除去されたが。
それはそれとして、嗅覚が正常に戻ったことによって、修業場内に立ち込める匂いに気付いたようだ。
香りの強い料理だからな。すぐに昼食の献立が分かったのだろう。
ジョージの反応からすると、今回提供する料理は十分に喜んでもらえるようだ。
「昼食のメニューはカレーライスだよ。お代わりは自由だ。午後も沢山動くことになるだろうから、沢山食べると良い」
「う、うおおおおお!まさかのカレーライスゥ!?って、今なんか怖いこと言ってませんでした?」
「言ってない言ってない」
別に死ぬような目に遭わせるつもりは無いからな。
午後からも肉体作りのために頑張ってもらうだけである。
カレーライスを器によそい、リガロウとジョージに差し出す。勿論、私も食べるので私の分も用意する。
リガロウがカレーライスを食べるのは今回が初めてだからか、非常に嬉しそうだ。
「それじゃあ、いただこうか」
「「いただきます!!」」
リガロウもジョージも、良い食べっぷりだ。見ていてとても愛おしくなる。
「うんめぇえええええ!!!まさしくカレーライスだよ!!日本人が大好きなカレーライスだよ!!うめぇよおおおおお!!!」
「姫様!お代わり欲しいです!この料理、すっごく美味しいです!」
ああ、自分の作った料理を美味しそうに食べてくれることの、なんと嬉しいことか。
あっという間に完食してしまったリガロウとジョージに、追加のカレーライスを用意する。
この様子だと、今器によそった分もあっという間に完食してしまうのだろうな。
もっと大きな器を用意した方が良いのかもしれないが、それはしない。ゴドファンスやホーディの時と同じ理由だ。今の器がこの子達にとって一番食べやすい大きさの器だからだ。
結局リガロウもジョージも、カレーライスを器5杯分食べたところでようやく満足したようだ。
リガロウに至ってはとても気分が良くなったのか眠たそうにしている。
口の周りを『清浄』で綺麗にしたら、ベッドを『収納』から出して寝かせてあげよう。
「おやすみなさぁ~い…むにゃむにゃ…」
「おやすみ」
ベッドに乗り上がったリガロウは体を丸め、すぐに眠りについてしまった。余程幸せな気分なのだろう。とても安らかな表情をしている。
ああ、気持ちよさそうに眠るリガロウが物凄く可愛い。私も一緒に添い寝してしまいたくなるが、それは我慢だ。
食休みをしたらジョージに修業を付けてやらなくては。
「ノアさんって、リガロウのこと物凄く可愛がってますよね…」
「?それはそうだろう」
いきなり何を言っているんだ。
私がリガロウを可愛がるのは当たり前じゃないか。なにせ私の初めての眷属だからな。可愛くて可愛くて仕方がないのだ。
まぁ、リガロウが私の眷属であると説明するつもりは、今はまだ無いが。
ジョージの指摘を疑問に思い首をかしげていたら、先程の指摘の理由を説明してくれた。
「ああ、いや、何だか騎獣と言うよりも息子か年の離れた弟を愛でているように見えて…」
「…なるほど…自分の子供…」
その意見は否定できないかもしれないな。眷属は自分の因子を取り入れた者を指す言葉なのだ。ある意味では、我が子と言って差し違えない気がする。
騎獣に対して我が子のように思うことはないだろうからな。
どれだけ可愛がっていたとしても、相棒ぐらいが良いところか。場合によっては、ペットとして扱う者もいるか?
何にせよ、人間達のリガロウに対する認識が私の騎獣なのだから、不思議に思うのも当然と言えば当然か。
そんなことを考えていると、ジョージが何やら妙な誤解をし始めた。
「あ!いや、別にノアさんが子供を持つほどの年齢だとか、そういうことを言っているわけじゃなくってですね…!」
私の人間部分の外見が庸人の20才前後の外見だからか、子供を持つには早いと考えたのだろうか?
そう言えば、ジョージの前世では大抵の場合結婚する年齢は、もっと高齢だったな。つまり、それだけ子供を産む年齢も高くなる。
だとすると、遠回しに私が老けていると捉えたと思われたわけか。
訂正しておくとしよう。
そもそも私はまだ産まれたてだ。それを言うつもりは無いが。
「別に子持ちであることを気にしていたわけじゃないよ。ただ、我が子のように扱っているという指摘に納得しただけさ」
「そ、そうですか…」
自分の発言が失言ではなかったと知り、安堵のため息をついている。
さて、食休みはまだ必要そうだが、そろそろジョージに"皆切虹竜"を見せておこう。
「ジョージ。貴方が外を走っている間に、決闘で使用する刀を打っておいたよ」
「えっ!?も、もう出来上がったんですか!?」
本来ならば刀を完成させるのにどれだけの時間が掛かるのか、ジョージも理解しているのだろう。もしかしたら、あの刀は彼と彼に協力してくれた鍛冶師と一緒に鍛え上げた刀なのかもしれないな。
『収納』から"皆切虹竜"を取り出し、ジョージに差し出す。
「手に取ってみると良い。正直、会心の仕上がりだと思っているよ」
「は、はい…じゃ、じゃあ…失礼します…」
刀を受け取り、その重さを確認した後、ゆっくりと鞘から刀を引き抜く。
そして虹色の輝きを放つ刀身を見て、ジョージが驚愕の声をこぼす。
「な…なんじゃいこりゃあ…!どうやったらこんなの出来上がるんだ…」
「名を"皆切虹竜"。その気になれば大地を、海を、空を、全てを切れる刀だ。扱いには十分に注意するように」
「ま、マジっすか…。ええ…ノアさん、そんなおっかない物俺に渡そうとしてたんですか…?」
刀に秘められている力を、ジョージは正確に読み取れているようだ。彼は今の自分がこの刀を持っても振り回されるだけだと理解している。
「いや、貴方が借りるだけだと言ったから自重しないで作った。一応、私の所有物と言う扱いになるからね。だったら、半端なものは作らないさ」
「はぁ…。あ、そうだ。俺の持ってた刀って、どうなりました?」
ん?ジョージはもしかして折れた刀を後で撃ち直そうとしていたのか?
だとしたら少し悪いことをしてしまったかもしれない。
「ん」
「へ?」
しかし、嘘を言うつもりは無い。ジョージが手にしている"皆切虹竜"を指差して彼の刀の行方を説明する。
「いや、貴方の刀を打ち直す形でソレを打ったんだ。思い入れのある刀だったみたいだから、どうせなら生まれ変わらせようと思ってね」
「えええええっ!?だ、だってノアさん、この刀は自分の物にするって言ってたじゃないですか!」
うん、その指摘は尤もだ。やはりまずかったのだろうか?しかし、私の言い分も最後まで聞いて欲しい。
「一応は、と言っただろう?いずれは、というか貴方が冒険者として成功して"一等星"に昇格したら渡すつもりで打ったんだ。それだけの実力を身に付ければ扱いこなせるだろうからね」
「ううう…。それでも、できれば一言断って欲しかったっす…。てか俺、決闘が終わったら武器が…」
ああ、そうか。ジョージの武器はあの刀だけなのか。
格下が相手ならば徒手空拳だけでもどうとでもなりそうだが、流石に今後を考えると分相応の武器が欲しくなるか。
「良し、こうしよう。素材は私が用意するから、全てが終わったら貴方にあの刀を打ってくれた鍛冶師ともう一度刀を打つと良い。私が許可する。何人たりとも拒否はさせない。何なら、打つ時には私も協力する」
「いや、ノアさんが手伝ったら、またコレみたいなことになったりしません…?」
大丈夫だとも。今度は自重するから。
しかし失敗したな。刀を新しく用意すると言って拒否されたことに、私は自分でも分からないぐらいむきになっていたのかもしれない。
事前確認の大切さを知っておきながら、とんでもない失態だ。
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