第461話 ジョージの居ぬ間に

 両手を床に付けてうな垂れているジョージの様子に、リガロウが困惑してしまっている。

 この子は今まで他者の武器を破壊したことがなかったからな。武器に込められた思いなども、理解はできないのだろう。


 「大丈夫か?どっか苦しいのか?」

 「彼にとって、あの剣は大事な物だったからね。そうだね…リガロウ、君のその首飾りが壊れてしまうのと同じぐらいの衝撃かもしれないね」

 「ええっ!?」


 ジョージの刀には強い思いが込められていた。

 おそらくは、何度も失敗を繰り返して初めて自信をもって完成した、自慢の武器だったのだと思う。


 リガロウの所持品で例えを出したところ、この子もジョージがどれほどショックを受けたのか理解したようだ。


 「そ、その…なんか、ゴメンな?えっと、えっと…」


 どういった言葉を掛けていいか分からず、狼狽えながらジョージと私を交互に視線を送るリガロウがとても可愛い。顔を撫でて落ち着かせておこう。


 「クキュウゥ…」

 「ジョージ、気落ちしている所悪いけれど、貴方に2つの知らせがある。良い知らせと悪い知らせだ。どちらから聞きたい?」

 「…それ、最悪な情報聞かされた後に[良い知らせは?]って聞いたら、[今のが良い知らせだ]って言われるヤツだったりしません?」


 なんだその笑えない冗談のようなやり取りは。相手に余計な失望感や絶望感を与えてどうする。


 「しないしない。悪い知らせはジェルドス関連で、良い知らせは貴方に関する知らせだよ」

 「…前向きに考えたいので、先に悪い知らせから聞かせて下さい」

 「分かった。ジェルドスが今よりも強くなるよ。最低でも今の倍以上」

 「………はいぃっ!?」


 うん、まぁ、そういう反応にもなるか。とりあえず、事情を説明しておこう。


 「ジョージ、貴方は"超人スペリオル機関"という言葉に聞き覚えは?」

 「…いえ、ないです。その組織…で良いんですよね?ソイツ等って、"女神の剣"みたいな連中なんですか?」

 「残念ながら、連中は"女神の剣"とは関係がなかったりするよ」


 あの機関の始まりは、この国に仕えていた1人の狂気的な研究者だった。

 研究者は庸人であり自分の寿命を悟り、長命種に嫉妬して彼ら以上の寿命、もっと言うならば永遠の命を求めた。

 目的達成のために数多の命を犠牲にしたうえで、その研究者は結局永遠の命を手に入れられずにこの世を去ったわけだが、彼の意思を引き継いだ者達がいたのだ。

 引き継いだ者達は永遠の命を求めはしなかったが、研究者の研究の中に人為的に人間を進化させるという研究内容に注目した。


 実現し得なかった研究内容だ。当然、その研究を進めるにあたって大量の犠牲者が発生している。そしてその研究は今もなお完全な形で成功を収めていない。

 肉体が強靭になったり膨大な魔力を得られたりはするが、精神に異常が発生したり理性や知能が極端に下がったりと、副作用とすら呼べない反動があるのだ。


 「まさか…ジェルドスがその"超人機関"って所に…?」

 「ああ、これ以上好き勝手に行動されて決闘に支障が出てしまっては、アインモンドも困るからね。肉体を強化すると同時に理性を失わせて、大人しくさせるつもりのようだよ」


 元々アインモンドはジェルドスを傀儡にしようと思っていたのだから、遅かれ早かれ今のような状態になっていたのかもしれないな。


 「あんっのクソ野郎…っ!」


 そのクソ野郎と言うのは、どちらに向けてはなっている言葉なのだろうか?ひょっとして両方か?

 ジョージの素の口調は結構ぶっきらぼうのようだ。前世の影響だろうか?


 元々気落ちしていたジョージなのだが、ジェルドスの強さが今以上に強化されると知って、更に落ち込んでしまったようだ。


 「…俺って、ジェルドスに勝てるんですかね…?」

 「勝てるよ。私が勝たせる。そこで貴方に良い知らせだ」

 「はぁ…」


 これから自分にとっていい知らせを聞かされても、大した内容ではないと思っているようだな。その表情、喜びの表情に変えてやろうじゃないか。


 「貴方の折れてしまった刀。私が新しい物を用意しよう。勿論、今までよりも頑丈で切断力もある刀だ」

 「……へ?」


 おや?あまり喜ばれていないな。言葉の意味を理解できなかった…と言うわけではなさそうだ。

 ジョージから感じ取れる感情は、ただただ困惑している、と言ったところか。


 「厳しいことを言うけれど、元々貴方の刀では、強化される前のジェルドスすら討つのは難しかったんだ。それでも通用させるための技はあるし、教えるけどね。少なくとも、その技を使用せずとも強化されたジェルドスに傷を与えるぐらいの刀を用意しよう」

 「良いん…ですか?ちょっともらい過ぎなような気が…」


 ああ、ジョージは過度に報酬を受け取り過ぎていると考えているのか?

 彼からしたら自分の身に起きた過去の内容を私に話しただけだから、何もしていないのと変わらない。

 一方的に施しを受けているのと同異議なのかもしれないな。


 勿論、そんなことはない。

 ジョージに会えなければ、異次元に渡る術を習得するまでにどれほどの年月がかかっていたか見当がつかなかったからな。

 それは何も、違う次元の気配を把握できたからだけではない。


 次元の位相をずらすという彼の魔法も、異次元に渡る術を習得するのに大いに役立つと判断したのだ。


 「貴方の存在そのものが、私にとって大きな助けになったんだよ」

 「はぁ…」


 事情を説明しても、ジョージはまだ納得できていないようだ。

 これはアレだな。いつぞやクレスレイが愚痴っていた、報酬をなかなか受け取ってくれない善良な"一等星トップスター"冒険者と同じだな。

 確かに、こちらが恩義を感じて礼をしたいと言うのにそれを拒まれるというのは、困るものだ。まさかこんな形でクレスレイの気持ちが分かるとは…。


 今からジョージに善良な"一等星"冒険者や信賞必罰の話をしたところで、それを受け入れてもらえるかどうかわからないな。

 時間を無駄にしたくないし、この辺りの話は夢の中でさせてもらうとしよう。


 「どの道武器が無ければ決闘で戦えないのだから、大人しく受け取っておきなさい。それでも納得できないのなら、決闘時限定で貸し与えると言うことにするよ?」

 「あっはい、じゃあそれでお願いします」


 変なところで無欲な人間だ。冒険者生活を始めて後悔しなければ良いのだが…。


 さて、話はこのぐらいにしておこう。昼食まで時間があるのだから、組手以外の方法で修業をさせておかなくてはな。


 体の動かし方や魔力操作等の技術的な指導は夢の中で行えばいいことだし、現実では徹底して身体能力を鍛えよう。ついでに魔力が増加すれば儲けものだ。


 「沢山体を動かして存分に腹を空かせると良い。昼食も貴方は気に入ってくれる思っているよ」

 「お、押忍!…で、何をすればいいんですか…?」

 「うん、走ろうか」


 『成形モーディング』で発生させた魔力ロープを、リガロウの鰭剣きけんの付け根とジョージの腰とで結びつける。


 「リガロウ、外で思いっきり走って来ると良い。ただし、噴射加速は使わないようにね?」

 「え?今度は走ってきていいんですか!?」

 「へ?そ、外?外って…」


 修業場から出ると重力負荷が解除されてしまうので、この辺りで『重力操作グラヴィレーション』を掛け直しておこう。対象をこの修業場全体ではなく、ジョージとリガロウに変更するのだ。


 「多分ハイ・ドラゴン達に察知されてちょっかいを掛けられるだろうけど、君の速さなら振り切れるから、見せつけてくると良いよ」

 「はい!目にものを見せてやります!行ってきます!」

 「ちょっ!?ま、待って!?ま、まだ聞きたいことが…っ!ハイ・ドラゴンって!?うわあああああーーーっ!!!?」


 修業場の扉を遠隔操作で開けると、リガロウは最初から全速力で駆け出した。

 まだ何かを聞きたそうにしていたジョージが悲鳴を上げながら修業場から離れていった。

 おそらく引きずり回されることになるだろうが、死にはしないだろう。たとえ負傷しても死んでさえいなければどうとでもなる。


 一応、万が一がないように無色透明の小さな幻も一緒に向かわせておくとしよう。

 基本的に見ているだけに留めるが、もしもジョージが致命傷を負いそうになった時は少しだけ助力するとしよう。

 おっと、冒険者達に見つからないように、認識阻害や隠蔽も施しておかないとな。


 さて、私はリガロウ達が戻ってくるまでの間にジョージの新たな刀を打ってしまうとしよう。

 夜にはイネスがこの場に来るだろうから、その時までには用意しておきたい。


 日本刀とやらを作るのには結構な時間が掛かるそうだが、それは異世界での話だ。私だけならば時間を気にする必要はない。


 使用するのはジョージの折れた刀とハイ・ドラゴンの鱗、それから同じくハイ・ドラゴンの牙と爪だ。

 まずは折れた刀の柄を分解し、刀身を溶かしてしまおう。

 金属の合金が固まってしまう前にハイ・ドラゴンの鱗を粉末にして投入する。そして再び過熱して金属と鱗を溶解させて均等に混ぜ合わせる。


 粉末状にすること自体は私ならば容易だ。

 鱗を両手で持ち握り砕いたら、それらをこすり合わせればあっという間である。

 鱗の色は七色全部使用してしまおう。ハイ・ドラゴン達の鱗はあちこちに落ちているのだ。

 以前私が始末した連中以外の鱗は、この辺りを探せば容易に見つかる。


 粉末を混ぜた金属が固まってインゴットとなったら、今度は錬金術を用いてインゴットと牙と爪を統合させる。素材はこれで完成だ。


 後は千尋の研究資料の内容を参考にして、日本刀を打つ要領で刀を作っていけば良いだろう。



 剣というものは、形通りに金属を打って出来上がりではない。切断力を持たせるためには、刀身を何度も細かく研ぐ必要があるのだ。

 今回の制作した刀身は非常に頑丈であり、容易に研ぐことはできない。研ぐという行為は、つまるところ削るという行為だからだ。

 どれだけ頑丈な刀身に鍛え上げたとしても、鋭さが無ければただの頑丈な棒と大差がない。


 だが、何も心配はいらない。その辺りは『我地也ガジヤ』で解決できるからだ。プリズマイト製の砥石を生みだし、徐々に目を細かくしていくのだ。


 磨き終わった刀身は、ハイ・ドラゴンの鱗を七色使用したため、虹色の美しい輝きを放っている。

 私が美しいと判断できる輝きだ。元になったハイ・ドラゴン達のような、ギラついた光沢は無い。


 この際だから、柄の素材も"楽園浅部"の木材に変えてしまおう。柄巻きは…フウカに糸を融通してもらおう。

 刀の鍔は刀身に使用した素材の端材で作ってしまえばいいだろう。ヴィルガレッド…は少し格があり過ぎるか。後で文句を言われそうなので、ガンゴルードの姿でも彫り込んでおこう。

 ガンゴルードがどのような姿をしているのかは、飲み会の時にヴィルガレッドから教えてもらっているから問題無い。


 そうだ。柄を"楽園浅部"の木材にするのだから、鞘も同じ物にしておかないとな。

 凝った刀の鞘というのは煌びやかな装飾が施されているそうだが、ジョージには必要ないだろう。

 ただ、何もないのでは私がつまらない。最低限のことはさせてもらう。


 貸し与えるだけにすると言うことは私の物になるのだ。自重するつもりはあまり無い。いつかはやはりジョージに渡すつもりだしな。


 刀の鞘には漆と呼ばれる樹液を何層にも重ねて塗るそうなので、その漆にプリズマイトの粉末を少量混ぜてみよう。漆を鞘に塗ったら乾燥させ、ムラが無くなるように磨き上げる。

 その作業を繰り返すことで刀の鞘は深みのある、それでいて艶のある美しい仕上がりとなった。


 漆の本来の色は乳白色なのだが、どうやら日本刀の鞘は黒色や茶色などの色が多いそうなので、私も例に倣って黒色にすることにした。


 これでジョージのための刀の完成だ。自分で言うのも何だが、極めて良い物ができたと思う。これならば強化されたジェルドスの体も容易に切断できるだろう。

 刀の製造工程とまったく同じと言うわけではないが、以前ドルコが私のための包丁を打つ様子を一部始終観察させてもらったおかげで、スムーズに打つことができた。


 そう言えば、ドルコは私のための包丁を"黒龍烹"と銘打ち刀身に刻んでいたが、この刀はどうしようか?


 折角いい出来栄えなのだから、何か銘を刻むとしよう。

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