第465話 必殺技伝授

 自分が眠りながら夢の中に入るのは、これが初めてになるか。

 何とも不思議な気分だ。眠っていると理解しているのに、ハッキリと感覚がある。

 理解できるのだ。目の前に広がる光景を、自分の意思で思うまま、望むままに変化させられると。


 所謂、明晰夢というヤツなのだろう。まさか『夢談ドリーミャット』にこのような使い方があるとは。この状況ならば、やろうと思えばモフモフに囲まれることも可能なのではないだろうか?


 「おお…。前と変わんない景色だ…」

 「ほほう、殿下は以前にもこの光景を?」

 「うぉあ!?あ、アンタもいるのかよ!?」

 「『姫君』様から招待を受けたのだよ!実に興味深い内容だったので、快く受け入れたとも!」


 ジョージには怪盗も夢の中に出現させることを伝えていなかったので、イネスがこの空間にいることに驚いている。

 背景は相変わらずの花畑だ。最近自覚してきたのだが、私は花が好きらしい。ほぼ無意識で現在の景色を生み出していた。


 そうだ。一つ確認しておきたいことがあるんだった。


 「ジョージ、体の感覚はどう?」

 「え?体の感覚ですか?」

 「寝る前と同じかどうか。軽くなってたりしない?」

 「いえ、寝る前と同じですけど…ってああ!そう言えば昨日から体が重くなってたんだった!」


 となると、『重力操作グラヴィレーション』で負荷を掛けた状態のままと言うことか。負荷を解くのは修業を終えてからの予定だから、都合がいいな。


 「分かった。それじゃあ、確認したいことも済んだし、夢の中での修業を開始しようか。ジョージ、刀を」

 「お、押忍!」

 「ほう、コレは興味深い…。私も確認してみよう」


 指輪の格納空間にジョージが念を送ると、"皆切虹竜みなきりこうりゅう"が指輪から現れる。

 格納空間に事前に収めた物も夢の中で取り出し可能なのは、日中の検証で確認済みだ。


 ジョージが格納空間から自身の所持品を取り出したのを見て、イネスも自分の格納空間を調べ始めた。


 「おお!素晴らしい!夢の中でもしっかりと格納空間の品が再現されているのか!となると、確認したいことが出てきたな…。しかし今は殿下の修業に…」


 なにやらイネスが悩んでいるが…。ああ、夢の中でキャメラを用いて撮影を行った場合、現実でも反映されるか確認したいのか。

 多分だが、反映されないだろうな。

 夢から持ち越せるのは、経験や記憶と言った類の物であり、形が残るような物は持ち越すことはできないのだろう。

 この場で"皆切虹竜"を叩き折ったとしても、現実では反映されない筈だ。


 「早速だけど、貴方に必殺技を教えよう。基本的に、夢の中ではその必殺技を使いこなすための修業だと思ってほしい。勿論、貴方の電気強化の効率化やその他の技術を高めるための修業でもあるけどね」

 「押忍!」

 「ん?となると、私がこの場に呼ばれた理由は…」


 イネスの出番はこの後になるから、今は少し待っていて欲しい。


 この場所が私の明晰夢でもあるというのであれば、ある程度の自由が利く筈だ。

 意識を集中して、物質の創造を願えば、手元には一振りの刀が生み出された。


 「なんと…!」

 「マジっすか…。え?じゃあ、この刀も同じように作られたってことです…?」


 何もない場所から一つの物質を生み出したことに2人とも非常に驚いているな。想像以上に完成が早かったため、ジョージは今しがた私が刀を生み出した方法で"皆切虹竜"を生み出したと思ったようだ。


 「いや、今生み出した刀はこの空間が私の夢の中だからできることだね。明晰夢というヤツさ」

 「はぁ…」


 明晰夢と言う概念自体はこの世界でも知られているので、それほど困惑されることはないと思ったのだが、そうでもないらしい。

 だが、私ならばできると納得してもらうしかないな。実際、現実でも最近はそうして私が何らかの規格外の行動をしても納得してもらっているのだから。


 それはそれとして、私が刀を生み出したのはジョージに手本を見せるためである。

 必殺技には刀を使うからな。"皆切虹竜"を使って実践した場合、夢の中とは言えどれほどの破壊を周囲に齎すか想像ができないのだ。

 そんなわけで、ただの魔鉄鋼製の刀を用意させてもらった。


 「ソッチをもらえた方が嬉しいんすけど…」

 「前の貴方の刀よりも性能が低いから、止めておきなさい。それよりも、これから手本を見せる。まずは見ておきなさい」

 「お、押忍!」

 「おお!『姫君』様が殿下に授ける必殺技か!どのようなものか、是非ともこの目に納めさせていただきましょう!」


 刀を生み出した要領でアダマンタイトの直径20㎝ほどの球体を発生させ、イネスへと放り投げる。

 問題無くキャッチしてはくれたが、何故そんな球体を渡されたのかは理解できていないようだ。


 「『姫君』様、こちらは?」

 「私が構えを取ったら、全力で遠くに向けて投げてもらえる?それに追いついて斬るから」

 「はぁ…」


 何をやるか説明をしても、私ならばそれぐらい容易に可能だと2人とも理解しているためか、あまり関心がないように見える。


 「言っておくけど、これからやることは修練を続ければ今のジョージの身体能力と魔力でも可能になることだ。勿論、この刀でね。一瞬で終わるから、よく見ておきなさい」

 「押忍!」


 ジョージとイネスに見やすくなるよう、立ち位置を変える。

 腰を下ろし、ジョージが居合を放った時とほぼ同じような体勢を取る。


 「では、行きますよ!」


 私が腰を下ろした瞬間、イネスがアダマンタイト製の球体を私の視線の先へと全力投擲した。

 流石の身体能力だ。ジョージに授ける必殺技のデモンストレーションにはピッタリと言えるだろう速度だ。


 では、必殺技を発動させよう。

 私の体が、足を動かずともアダマンタイト製の球体に向かって弾き飛ばされるようにして高速で移動する。

 一瞬で投擲された球体に追いつき、そして瞬く間に追い抜く。


 球体を追い抜いた数m先で私の体は停止し、その体勢は刀を引き抜かれた状態となっていた。

 刀身には、僅かに電気が走っている。


 刀を鞘に納め、2人の方へ振り向くと、真っ二つに両断されて左右に分かれたアダマンタイト製の球体が私の体を通過していった。投擲の勢いが残っていたのだ。

 移動からここまで、0.1秒も掛かっていない。正しく一瞬の出来事だ。

 ただまぁ、イネスならば多少見切ることができたかもしれないな。


 「「………」」

 「どうだったかな?ジョージには夢の中でアレをできるようになってもらうよ。勿論、そのための指導はする」


 先程と同じ移動方法で2人の元に戻れば、驚きながらも感想を利かせてくれた。


 「で、できるようになるんですかね…?ていうか、何やったらあんなことになるんですか?」

 「電気を利用した高速移動…で、よろしいのでしょうか?電光石火とは、このことを言うのでしょうね…」


 若干素の口調に戻っているイネスが必殺技の内容をざっくりと説明してくれた。


 彼女の見立ては正しい。

 私が行ったことは3つ。


 1つ目は電気の通り道を作り、その通り道に電気を纏わせた体を運ばせたのだ。

 これは千尋の資料から得た知識なのだが、異世界で電磁誘導砲と呼ばれている兵器を模したものだ。

 電気の流れと、磁石が互いを引き合う力の流れ(磁力と言うらしい)の相互作用によって、電磁力と呼ばれる凄まじい力が発生する。

 その電磁力を用いて自身の体を射出したのだ。


 2つ目は、ジョージが放ってみせた、魔力を移動させることによって刀身を押し出して繰り出す高速の居合。その発展型であり、1つ目の電磁力移動の応用でもある。

 体を射出できるのなら刀ならばなおのこと。そもそも、電磁誘導砲とやらは人間の体を移動させるための装置ではないのだ。どちらかと言えば、こちらの方が正しい使い方と言える。

 つまるところ、電磁力を用いて、刀の刀身を鞘から高速で射出したのだ。

 私は射出された刀身を球体に対して垂直に刃が立つように調整し、軽く刃を引いただけである。

 まぁ、刀身自体にまた別の効果を付与していたのだが。


 それが3つ目。極めて短い間隔かつ、極めて小さな振動を刀身から発生させたのである。

 これも千尋の資料から得た知識なのだが、超振動と言うらしい。

 極めて細かく振動する刃を切断したい物質に宛がうと、摩擦が抑えられ、物質を切断しやすくなるとのことだ。


 これら3つの作用を用いることで、私は非常に頑丈だと知られるアダマンタイトの塊をジョージの身体能力と強度の劣る刀で両断したのである。


 私が何をしたのかを説明すると、困惑したようにジョージが質問をしてきた。


 「あの、ノアさん?それって、同時に魔術を3つ使用してるように聞こえるんですけど…」

 「やったことは3つだけど、使用している魔術は2つだよ。貴方なら2つの魔術を同時に使用することぐらいはできるだろう?」

 「ふむ。確かに、私との修業でも同時に2つ使用していたね」


 ジョージは元から電気を操る魔術を使用できるのだ。体の移動と刀身の射出は、その魔術を応用したまでである。

 後は刀身の振動だ。この魔術は私がこれから教えればいい。


 「確かに使えますけど…。戦闘中に、それだけのことをやれってことです?」

 「そのための修業だ。心して挑みなさい。起床中の修業よりも厳しいものだと思った方が良いよ?」

 「お…押忍…」


 実際の所、必殺技が使用できるようになったからと言って、それを実践で使用できなければ宝の持ち腐れである。

 そのため、ジョージには早急にこの必殺技を使用できるようになってもらわなければならない。


 だが、必殺技の使用だけならば、ジョージはそれほど時間を掛けずに使用できるようになると私は考えている。

 何故ならば、ジョージには異世界人としての知識と記憶が、今回の必殺技に使用した電磁誘導砲や超音波振動の知識が既にあるのだ。それ故に理解が早く、何をすればいいのか漠然とではあるがイメージができているようなのだ。


 「それじゃあ、ジョージ。一つずつできることを増やしていこう。まずは電気強化を使いこなせるようにしていこうか」

 「押忍!お願いします!」


 ジョージが必殺技を使用できるようになるまで、折角夢の中にまで来てもらったイネスには悪いが、彼女は手持無沙汰となる。

 そんなわけで、彼女には少し私の気晴らしに付き合ってもらおうと思う。


 私達から距離を取ろうとしたイネスの肩を掴む。


 「『姫君』様?どうかなされましたか?」

 「ジョージが必殺技を使用できるようになるまで、貴女には私に付き合ってもらうよ?」


 イネスの仮面の内側から、冷や汗が流れているのが分かる。多分、碌でも無いことに付き合わされると思っているのだろう。


 正解だ。


 尻尾を伸ばしてイネスの体に巻き付け、彼女を遠くに投げ飛ばす。


 「なんと!?これは!?」

 「の、伸びたぁ!?」

 「夢の中だからね。こういうこともできるんじゃないかと思ってやってみたよ」


 嘘である。夢の中でなくてもできることだ。


 ただ、人前で尻尾を伸ばさないというのは、なかなかに窮屈なのだ。

 夢の中でぐらい、思うままに尻尾を伸ばして好き放題動かしたかったのである。


 勿論、我慢しようと思えばできる。これまでの旅行でも、問題無く我慢できていたことだからな。

 投げ飛ばしたイネスに向かって、尻尾カバーを振り回していく。


 「ひ、『姫君』様!?お戯れが過ぎませんか!?」

 「この場に来て何もしないよりは有意義じゃないかな?折角だから、貴女も鍛えられていくと良い」


 イネスは魔力板を空中に発生させて足場を作り、尻尾カバーが当たるのを回避している。

 うん、それぐらいのことはやってもらわないとな。


 「す、すげぇ…」

 「呆けている暇はないよ?貴方は自分のことに集中しなさい」

 「お、押忍!」


 イネスの動きに感心してジョージが感嘆の声を上げていたのだが、そんな余裕を今後彼に与えるつもりは無い。

 精神的な疲れはともかく、夢の中では肉体的な疲れはない。例え傷を負ったとしても、正常な自分の姿をイメージできるようならば治癒魔術を使わずとも回復できたりもするのだ。

 その辺りはレオンハルトとクリストファーが実証してくれた。


 つまり、流石に精神的な疲れを無視することはできないので休憩は取るが、それでも起床中よりも休憩の頻度は低くなると言うことだ。

 ビシバシ鍛えていくとしよう。




 そうして時は少し流れ、熊の月の9日。

 ジョージは無事に必殺技を習得し、手加減をした状態のイネスにならば必殺技を当てられるまでになった。


 手加減しているとは言え、イネスもジョージが必殺技を習得できるようになるまで、容赦なく襲い掛かって来る私の尻尾カバーを避け続けていたのだ。

 今のジョージならば例え強化されたジェルドスにも問題無く必殺技を当てられる。


 「今日までよく頑張ったね。それじゃあ、後は明日に備えて感覚を調整しながらゆっくりと休むと良い」

 「感覚の調整、ですか?」

 「殿下、君は今の今までどのような状態になっていたか忘れたのかね?」

 「ああ!重力負荷!」


 そう。ジョージには明日の決闘の時間までに『重力操作』を解除して軽くなった体の感覚を、慣らしてもらわなければならないのだ。

 そしてじっくりと体を休めて、万全の状態で決闘に挑んでもらう。


 ジェットルース城のジョージの部屋まで転移しようと思ったのだが、その前にジョージが私に向かって深く頭を下げだした。


 「ノアさん!今日まで本当にお世話になりました!おかげで、これからも俺は生きられそうだし、何より兄弟を死なせずに済みそうです!」

 「礼を言うのは、全てを終わらせてからにしようか」

 「押忍!」


 まだ、終っていないのだ。ジョージとしても、私としても。

 だが、決着の時は近い。


 こちらの準備は整った。


 後は、時が来るのを待つだけだ。

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