第466話 時は来たれり
朝食を終え、イネスと別れ、ジョージを彼の部屋に転移魔術で連れて行く。
彼女は毎回自分の足で街へと帰っていたので、何も気にする必要はない。
ジョージの部屋へと転移した時点で、監視を逃れるための彼の幻は解除しておいた。同様に、リガロウも一度幻を外に飛ばし、自力で噴射飛行を用いて帰って来たあの子と入れ替わるようにして厩舎へと戻す。
あの子の幻を定期的に空へと飛ばしていたので、特に怪しまれることはなかった。
「な、なんだか物凄く久しぶりに帰ってきた気がする…」
「実際、1ヶ月近く別の場所で生活していたようなものだからね。懐かしく感じるのも無理はないよ」
このまま私も自分の部屋へと転移するのだが、その前にジョージに改めて聞いておくことがある。
「さて、ジョージ。明日はいよいよ決闘の日だ。そこで、改めて貴方に確認しておきたいことがある」
「は、はい」
「貴方は、自分の兄であるジェルドスの命を絶てる?」
修業を行う前に、夢の中で一度聞いた内容だ。今更ジョージの心境が変わるとは思っていないが、それでも確認しておきたかった。
ジョージを含め、日本と言う国を故郷に持つ異世界人は、人の命を奪う行為に抵抗を覚える傾向があるからだ。
ジェルドスを哀れみ、命を絶つことに躊躇いを見せた瞬間に形成が逆転してしまう可能性が、ないとも言い切れないのである。
ジョージの身に何かが起きるのは、私には容認できないことだ。彼には今後頼みたいことがあるからな。
だから今一度、確認を取っておきたいのだ。
「…今のジェルドスの状態って、教えてもらって良いですか?」
「うん。既に理性を失い、猛獣扱いされているよ」
身体能力や魔力、そして再生能力は以前よりも格段に上昇しているが、今のジェルドスはただの野良の魔物のような存在だ。見方を変えれば以前よりも弱くなっているとすら言える。
尤も、それは強化されたジェルドスにまともにダメージを与えられる手段を持つ者に限られるのだが。
それは"
攻撃の速度もリガロウはおろかイネスにも劣る。というか、膂力は強化された今でもリガロウに劣る。
夢の中での修業の末、多少はリガロウと戦えるようになったジョージならば、今のジェルドスは難なく勝利できる相手だ。
余裕がなければ命を絶つしかないと判断して討てるが、今のジョージには余裕がある。だからこそ、油断や哀れみによって命を絶つことに躊躇いが出ないか懸念が生まれるのだ。
「………」
「万が一の場合があっても私が対処するつもりではある。だけど、可能ならば貴方の手で決着をつけて欲しい。その思いは、貴方も同じ筈だ」
ジョージは、私に[助けてほしい]ではなく[鍛えて欲しい]と願い出たのだ。
それは、今回の決闘を自分の問題だと判断し、極力自力で解決したいと考えたからだろう。
少々甘いと言われてしまうかもしれないが、彼の思いを優先させたいと思う。
打算もある。
彼の望みを叶えたのが私のおかげだと思わせられるのならば、彼に恩を着せられるのならば、私は着せられるだけ着せようと思っている。
その方が、私の要求を断り辛くなるだろうからな。
私の要求は、それほどまでに無茶な要求だと思っているのだ。少しでも要求を飲み込んでくれる可能性が増やせるなら、彼の要望の一つや二つぐらい、叶えるのも吝かではない。
俯いて目を閉じ、しばしジョージが沈黙する。今の彼の内にある感情に、葛藤は無いようだ。
1分ほどそうしていただろうか?顔を上げ、目を見開き、こちらを真っ直ぐ見据えて自分の意見をハッキリと述べ出した。
「…絶ちます。既に理性を失い、魔物と変わらないような存在なら、俺の手で討つべきです。それが、俺の…私の皇族としての最後の務めとさせてもらいます」
兄殺しの罪を背負い、その責を取って継承権を捨てるつもりか。
なかなか打算的な考えをする。
つまるところ、自分が自由を得るためのダシに使うと、ジョージはそう言っているのだ。
彼の過去に何があったのか、私ならば容易に知れるが、それはしない。興味がないからだ。
だが、人の命を奪うことに忌避感を持つ筈の日本人としての記憶と意識を持つ彼が、肉親であるジェルドスを討つことにこうまで積極的であると言うことは、そういった考えを持つようになるだけの経験を過去にしているのだろう。
マコトなど、必要とあれば人の命を殺めることに何の抵抗も持たないだろう。
彼とて、元からそういった感性を持っていたとは思えない。過去が、経験が彼を変えたのだ。
彼の感性が変わるまでに、どれだけの時間や過去があったのかを知るつもりは無い。不思議に思わないからだ。その点はジョージも同じである。
「分かった。それじゃあ、私はこれで。また明日の決闘時に会おう」
「はい。明日はよろしくお願いします」
姿勢を正し、皇族としての振る舞いでジョージが綺麗な礼をするのを見届けて私は部屋へと戻る。
ジェットルース城内は相も変わらず厳戒態勢だ。アインモンドが解こうとしないからな。
当然だ。
彼にとっての計画の要であるプリズマイトの楕円体が奪われたままなのだ。必ず怪盗を捕らえて楕円体を取り返したい筈だ。まぁ、楕円体は既に無いが。
とは言え、ただ怪盗を探して楕円体を奪い返すだけに専念しているわけではない。
アインモンドは"女神の剣"と連絡を取り、楕円体のスペアを作らせ始めたのだ。
ゼロから新たに楕円体を作ろうとすれば、完成にはかなりの時間を必要とするだろうが、承知の上である。
怪盗を捕らえるまでに掛かる時間と楕円体が新たに完成する時間、どちらが早いのかは、アインモンドにも分からないのだ。
アインモンドは、怪盗を捕まえられると信じて疑っていない。
彼はイネスの正体を知っているわけではない。だが、複数の
イネスが捕らえられることを私は心配していない。
"女神の剣"にも指示を出して怪盗の捜索をアインモンドは行っているが、今は決闘に集中したいからあまり気に掛けていないのだ。これもいずれは捕らえられると信じ切っているからの判断だ。
イネスも勿論自分を探している者達の存在を把握している。そして彼等に自分の手掛かりを掴ませる気はない。
そんな彼女は、現在フウカと共に行動をしている。と言うか、私と再会した日から、日中は2人で行動を共にしていたようだ。2人はこの数日間でかなり仲が良くなったようだな。今も楽し気に会話をしている。
ただ、イネスはフウカの写真を新聞に載せることを諦めていないらしい。
今も隙あらば写真を撮影して良いか、話をした内容を新聞に載せていいかを聞いていたりする。毎回のようにフラれているが。
"女神の剣"の失態は、イネスもフウカも手練れだと判断していないところだ。そしてフウカは、今も頭に超が付く一流の暗殺者だ。いつかは私の役に立つかもしれないと、暗殺者としての訓練も怠っていないのだ。
連中の不審な動きはフウカとイネスに当然の様に察知され、わざと人気のない場所におびき寄せて逆に連中を捕らえてしまった。
「…妙に尾行が手馴れていましたが、何者なのでしょうか…。一般人にしか見えなかったのですが…」
「んー?何やら面白い物を持っていますねぇ、貴方達?」
「「「…っ!?」」」
イネスが連中の所持していた古代遺物に気付いたようだ。手早く連中から取り上げて確認している。
アレはイネスも所持している遠距離での連絡が可能になる古代遺物だ。それ故に、彼女は一目見て取り上げた物の正体を見抜いた。
「イネスさん、そちらの道具は?」
「あー、コレ、古代遺物ですねぇ…。なーんでこんなに貴重なものを一般人にしか見えない貴方達がみんなして持っているのでしょうねぇ?お聞かせ願えますか?」
言い逃れができなくなり、危険と判断したのだろう。2人を排除しようと体に仕込んだ別の古代遺物を起動しようとしたが、それは失敗に終わる。
「くっ……うぁ…ああっ!?」
「…少しでも不審な動きをすれば、命は無いものと思ってくださいね?」
「ええ…いつの間に…こわぁ~…」
連中が揃いも揃ってその場で自爆しようとしたところで、フウカが連中の動きを糸と針によって制限したのだ。
彼女の言う通り、少しでも不審な動きをすれば、その時点で命はないだろう。
しかも、ただ命を失うだけではない。凄まじい苦痛を味わわせてから死に至らすようだ。
アーティファクトに意識を集中していたため、イネスですら認識できなかったほどの早業だ。彼女が戦慄するのも無理はない。
「…拘束してしまいましたが、この方々、いかがいたしましょうか?」
「うーん…。この人達、私の知る限りでは善良な一般市民の筈なのですが…コレを持っているってことは相当危険な人達のお仲間なんですよねぇ…」
「「「っ!?」」」
イネスに正体を見抜かれた"女神の剣"達は、驚愕の表情を隠せないでいる。何故自分達の正体を知っているのか、理解ができないのだ。
ちなみに、イネスには"女神の剣"について説明していない。私が過去の情報を視聴できると知ったら、間違いなく質問攻めにされそうだったからな。
それに、彼女が"女神の剣"の情報を知ったら、世の中にその情報を拡散してしまいかねない。
そうなれば、人間達の間で熾烈な争いが起きてもおかしくないのだ。
ここは、私の出番だろうな。
彼女達の元に幻を出して近づこう。勿論、フード付きのローブを被って姿は隠す。
「その連中、私に預からせてもらって良いかな?」
「っ!?…承知しました。どうぞ、御身の思うままに」
「えっ?へっ?あむぎゅっ!?」
歩きながら拘束された"女神の剣"達に近づくと、まずはフウカが反応を示した。
彼女はすぐに突然現れて声を掛けてきた人物が私だと見抜き、その場で跪いてしまった。それでは正体がバレてしまうのだが…。まぁ、いいか。
フウカの反応を見てイネスも幻の正体に気付いた。
城にいる筈の私がこの場に都合よく現れている理由が分からず、驚きの声を上げようとしていたので、人差し指で彼女の口を押えて静かにしてほしいというサインを示す。
「…っ!(コクコク)」
「では、預からせてもらうね?」
そう言葉を残し、"女神の剣"達を転移魔術で別の場所、街の外へと連れて行く。その際、幻もこの場所から消しておく。なお、フウカの拘束はそのままだ。
「はぁ~…。フウカさんもノア様も途轍もなく恐ろしいですねぇ~…。心臓止まっちゃうかと思いましたよぉ」
「…イネスさんが…唇に…指を…私も声を…」
フウカは私の指がイネスの唇に触れたことを羨ましがっているようだ。小声で[自分も大きな声を出せばよかったかも]と呟き続けている。
はて、彼女はここまで私に対して熱狂的な人物だっただろうか?確かに、割と最初から私の姿を見て鼻血を流していたりもしたが…。
もしかしたら、今度フウカに会った時に何か望みがあるかを訪ねたら新しい答えを聞けるかもしれない。楽しみにしておこう。
「あー、フウカさん?もう用もないですし、ここから移動しません?」
「私も…唇…指…え?ああ、そうですね。そうしましょう」
イネスはフウカの状態に少し身の危険を感じたようだ。現在地を離れることを口実に、意識を別のことに向けさせたようだ。
アインモンドが怪盗の捜索に向かわせた"女神の剣"は、図らずもイネスとフウカによって全員捕らえられた。
そして、都合の良いことに他の連中はアインモンドからの依頼で楕円体の製造のためにまとまった場所に集まっているのである。
つまり、待ちに待った時が来たのだ。
殲滅開始である。
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