第467話 殲滅と救出

 連中は一ヶ所に全員集まっているわけではない。

 楕円体の制作のために複数個所に分かれて分担作業を行っているためだ。

 プリズマイトの加工には大規模な設備が必要らしいからな。あの規模の楕円体を製作するには、一つの拠点の広さでは賄えないのだ。


 拠点の位置はドライドン帝国内に複数点在していて、本来ならば一度に攻め入ることなどできないのだろう。

 しかも連中には古代遺物アーティファクトによる転移能力がある。一部の拠点を攻めらても別の拠点に転移し、しかも攻め込まれた拠点を潰して敵を排除する手段も取れるのだ。


 だが、それも相手がただの人間だった場合だ。連中の拠点の中にも既に無色透明な私の幻が存在しているのである。魔法で存在を隠蔽しているので、連中に察知されている様子は微塵もない。

 すぐにでも殲滅可能ではあるが、今はまだ行わない。約束事があるからだ。


 部屋から出て厩舎に向かい、リガロウに会いに行く。

 あの子は私が会いに来たのが嬉しいようで、魔力に喜色が感じ取れる。優しく首を抱きしめて顔を撫でてあげよう。


 「グキュウゥ…。姫様、どうかしたんですか?」

 「今回用があるのは、ヴァスターになんだ」

 〈私に、ですか?何かお尋ねしたいことでも?〉

 「リガロウ、器を少し借りるよ?」

 「え?はい」


 目的を伝えていないのでやや困惑してしまっている。が、了承してはくれているので、ヴァスターの器をリガロウの首飾りから抜き取り、器を縮小させて私の耳飾りの空洞に仕舞う。


 〈以前、約束しただろう?貴方を滅ぼした者達を、私が始末し、貴方をその場に連れて行くと。その約束を果たす時が来た〉

 〈お、おお…!こうまで早くその時が訪れようとは…!〉


 ヴァスターを滅ぼした者達、ニスマ王国からドライドン帝国へ移動して来た"女神の剣"達は既にこの国の"女神の剣"に吸収される形で合流している。

 そして幸いなことに、連中は現在プリズマイトの加工のために一ヶ所に集まっているのだ。

 勝手知ったる者達同士の方が作業も捗るだろうという計らいで同じ場所で作業させているらしい。


 アインモンドは楕円体のスペアを完成に力を注いでいるわけではないが、速く完成することに越したことはないからな。作業効率が上がるのならばそうするのだ。


 「それじゃあ、早速行こうか」

 「よろしくお願いいたします。いと尊き姫君様の御力、その一端を拝見させていただきます」


 ヴァスターを滅ぼした連中がいる拠点に待機させている幻と私の位置を入れ替え、入れ替えた幻を私の姿に変更させておく。すぐに終わらせるので、この場所から移動する必要が無いのだ。戻って来たらヴァスターの器をリガロウの首飾りに戻してやる必要もあるしな。


 戻ってくるまで幻には、リガロウを撫でて待機させておこう。幻とは言えこの子も私に撫でられて嬉しそうだ。



 私が連中の拠点に移動した時点で、他の拠点に待機させていた幻にも行動を開始させた。

 今回は鰭剣きけんで一人一人始末するつもりは無い。

 『魂懐』の意思を乗せた『真・黒雷炎』による爆発を発生させ、一切の行動を許さずに拠点ごと排除する。


 星に還すつもりは無い。我儘を承知で言わせてもらうと、この連中にはこの星の一部になって欲しくないからだ。


 私の姿を見た者達は、即座にその場から離脱もしくは私を排除するなりして行動を開始しようとしたが、そういった行動を行う前に私が拠点もろとも魂ごと焼滅させた。他の拠点も同様である。


 なお、私も爆発の中にいたが、一切の外傷はない。耳飾りの中のヴァスターの器も同じだ。

 この程度の爆発現象では、例え魔力を体に覆っていなくとも、龍脈と繋がり進化した今の私の肉体を傷付けることはできないのだ。

 体を魔力で覆っているのならば尚更である。


 しかし、少しヴァスターに配慮が足りなかっただろうか?一瞬で終わってしまっては、彼も留飲を下げようがないかもしれない。

 悩んでいないで直接聞いて確かめよう。


 「あー…ヴァスター。やった後で聞くけど、もう少し連中に苦痛を与えた方が、貴方の溜飲は下がったかな?」

 〈いいえ。十分で御座います。連中に対する恨みつらみ等は、いと尊き姫君様にお仕えできる時点で失せておりますれば。こうして、いと尊き姫君様の御力の一端を目にするついでに、連中の最期を見届けられただけで満足で御座います〉


 ヴァスターの言葉に嘘はないようだ。彼にとって、彼を滅ぼした連中のことは既にどうでも良かったらしい。


 さて、後はアインモンドを滅ぼせばこの国に蔓延る"女神の剣"の排除は完了するが、すぐにそれを行うつもりは無い。


 リガロウの元まで転移魔術で戻ると同時に、あの子の元に用意していた幻を解除しておく。

 一瞬撫でられる感覚がなくなり、その直後に再び撫でられる感覚が戻ったので、私が戻ってきたのが理解できたのだろう。とても嬉しそうな顔をしている。


 私に出迎えの挨拶をしようとしていたので、リガロウが声に出す前に思念で帰還報告をすることにした。


 〈ただいま。終わらせてきたよ。今ヴァスターをそっちに戻すね?〉

 〈あ…!おかえりなさいませ!声で話したら不審に思われちゃいますもんね!気にとめていませんでした!〉


 現在周囲には厩舎を管理する者やワイバーン達を世話する者達が何人かいるのだ。もしもリガロウが私に対して帰還を歓迎する言葉を発したら不審に思われてしまうだろう。

 彼等の目には、私はずっとこの場にいたことになっているのだからな。


 〈姫様、あのアインモンドとか言うのは、今から始末するんです?〉

 〈いや、その前にやっておくことがあるから、今はまだ始末しないよ。ヤツを始末するのは明日だ〉


 次の行動を開始するため、私はヴァスターの器をリガロウの首飾りに戻して厩舎を立ち去る。次に向かうのは、アインモンドの元だ。

 あの男が現在どこにいるのかは『広域ウィディア探知サーチェクション』で把握している。遠慮するつもりは無いので、あの男の居る部屋の前まで勝手に移動させてもらう。


 部屋に向かう途中何度か兵士に呼び止められもしたが、[アインモンドと明日の打ち合わせをする]と伝えれば、納得したのか素直に引いてくれた。

 案内を申し出ててくれる者もたが、彼等には彼等の仕事がある、自分の仕事を優先するように伝えて断らせてもらった。



 アインモンドがいる部屋、執務室の両開きの扉の前には、二人の兵士が立ちふさがり警護をしていた。


 実質この国の支配者とも言えるアインモンドではあるが、その命を狙う者がいないわけではないらしい。

 私が扉の前に立つと、私を拒むように兵士達が手にしているハルバードを交差させた。


 「こちらの執務室には、現在宰相様が執務をこなしておいでです!ご用件は何でしょうか!?」


 やや横暴にも見える態度ではあるが、こちらを敬うつもりが無いわけではないようだ。

 それが近衛騎士団を壊滅させたからなのか、元から敬う気持ちがあるからなのかは、分からないし知るつもりもない。


 兵士に用件を伝えよう。


 「明日の催しの件で打ち合わせをしに来たよ。都合が悪ければ下がるけど、打ち合わせ自体は必要だろうから、後で知らせを寄こしてもらいたい」

 「少々お待ちください!」


 ハルバードを持ち直し、兵士の1人が後ろを向いて強めに扉を叩く。部屋には高い防音機能が付いているからか、強めに叩かなければ音が伝わらないのかもしれないな。


 「宰相様!失礼いたします!」

 「…何事ですか?」

 「『黒龍の姫君』様が明日の催しで打ち合わせがしたいと申して御来訪しております!いかがなさいますか!?」


 兵士の態度は、私が相手でもアインモンドが相手でも変わりがないようだ。つまるところ、彼等は真剣に職務を全うしているだけである。そう考えると、この2人には好感が持てるな。


 「…通して下さい。ちょうど、こちらから使いを出すところでした」

 「ハッ!」


 後ろを向いていた兵士がこちらに向き直り、2人で扉を開ける。


 「どうぞ、お通り下さい!」

 「ありがとう」


 執務室に私が入っても、アインモンドは机に詰まれている書類から目を離さない。一応、宰相としての職務は行っているようだ。あくまでも一応ではあるが。 


 扉が閉められると、ようやくアインモンドは資料から目を話し私に視線を向ける。


 「わざわざそちらから出向いていただき、感謝します。見ての通り、それなりに仕事がありましてね。無駄な時間は使いたくないのです」

 「どこの国も、宰相と言う立場は大変そうだね。貴方の場合は尚更かな?」


 国主である皇帝が動けない状態なのだ。彼は2人分の仕事をこなす必要があるのだ。


 「陛下があのような状態になられてから、既に10年が経過します…。いい加減、慣れましたよ」


 遠い眼をしながらそう答えるが、彼が遠い眼をしているのには、言葉とは裏腹に別の理由がある。

 ようやく、自分の計画を実現できそうなところまで来ているのだ。

 計画の要である楕円体は奪われたままではあるが、作れなくはないのだ。アインモンドの見立てでは、どれだけ時間が掛かっても3ヶ月もあれば楕円体を完成させられると考えている。

 10年かけて進めてきた計画がようやく成就しようとしていることに対して、感傷に浸っているのだ。


 尤も、アインモンドの悲願は達成されないのだが。


 「さて、それでは明日の決闘に関して伝えるべきことを話しておきましょう」


 そう言って、明日の決闘に関する細かい情報を開示していく

 決闘を行う場所、観戦する者の名前と地位、決闘者の待機場所。それらに加え、決闘者の部屋から待機場所へと向かう際の手筈や、立会人とは別に司会進行をアインモンドが行うことも説明された。


 「謁見の間で話したことで変更点はあるかな?」

 「いいえ。予定通り、ジェルドス殿下とジョージ殿下が明日の正午に行います」


 会話をしている間に、アインモンドが肌身離さず身に付けている古代遺物に思念を送り、干渉する。

 現皇帝であるジョスターの意識が封じられている古代遺物だ。


 古代遺物からジョスターの意識を解放し、ヴァスターの魂を保護した器と同じ物を用意してジョスターの意識を器の中へ入れて保護する。勿論、この行為はアインモンドの目が届かないところで行う。


 意識のなくなった古代遺物には、アインモンドに怪しまれないよう、疑似意識を作って封じ込めておく。

 呼びかけてもうわごとしか返せないような、単純なものだ。

 既にジョスターの意識は肉体と同様にかなり衰弱していたので、バレる心配はないだろう。


 「…決闘場の周りを結界で覆うようだけど、私はその外にいるんだね?」

 「はい。殿下方には決闘に集中していただきたいですから」

 「私が勝敗が決したと判断したのなら、結界を破壊してでも止めに入るけど、構わないんだね?」

 「勿論です」


 自信ありげに答えているのは、例え私でも結界を破るにはそれなりに労力がいると考えているからだろう。


 やるべきことは終わったので、とりとめのない会話をして打ち合わせを終わらせるとしよう。私にはまだやるべきことがあるのだ。


 「―――以上になります。他に何か質問はございますか?」

 「いや、大丈夫だ。それじゃあ、明日はよろしく頼むよ」

 「こちらこそ、よろしくお願いいたします。…ノア殿が退室します。扉を開けて下さい」


 アインモンドが机に設置された何らかのボタンを押しながら扉に向けて声を掛けると、すぐに部屋の扉が開かれた。

 防音機能が施されている部屋で、どうやって兵士達と会話をしていたのか少し気になっていたが、あのボタンを押している最中は扉の外に声を届けることができるようだ。便利な機能である。


 アインモンドが頭を下げて私を見送り、私はそのまま自分の部屋へと戻る。部屋に戻ったら幻をその場に出現させ、私自身は転移魔術で転移する。


 転移先は、ジョスターの寝室、彼の肉体が安置されている場所だ。

 彼の肉体の周囲に、人はいない。アインモンドが近づかせないからだ。今から私が用事を終わらせるまでの間に、部屋の扉が開かれることはない。


 その代わり、部屋の外の警備は非常に厳重であり、怪盗が城に侵入した後でもこの部屋の警備が解かれることはなかった。


 ジョスターと私を囲むように防音結界を展開する。

 すぐにでも意識を肉体を戻したいところだが、今の彼の肉体は瀕死の状態と言って差し違いない。

 肉体を少し健全な状態に戻す必要がある。


 本来ならば流動食等を少しづつゆっくりと食べさせて回復させるところだが、今回は魔法で手早く解決させる。

 インゲインによって実験動物扱いされていた子供達を治療した私ならば、造作もないことだ。


 ただし、完全には治療しない。

 外見は幻で誤魔化せるが、動きや言動で回復したと悟らせるわけにはいかないからだ。

 ジョスターには明日やってもらいたいことがある。それまでは回復したと思われたくないのだ。


 「…う…そ…そなたは…神の使い…か…?」

 「いいや、私のことは、ちょっと規格外な竜人ドラグナムだとでも思っておけばいいよ」


 ジョスターの意識を肉体へと戻せば、彼はすぐさま反応を示した。

 彼はアインモンドから意識を奪われて10年間、これまでの情勢を碌に知らない。


 まずはザックリとだが、現在の状況を説明しないとな。

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