第468話 決闘開始

 アインモンドにジョスターが意識を奪われてから現在までの私の知る世界情勢と現在帝国の状況を私が説明している間、ジョスターは一切口を開くことはなかった。

 ただ静かに目を閉じて、私の言葉に耳を傾け続けていた。


 私の説明を聞き終えると、ゆっくりと目を開き、私に懇願してきた。


 「…ジェルドスはもう、どうしようもないのか?そなたならば、救えるのではないのか…?」


 ジョスターからしたら、ジェルドスも大切な一人息子と言うことだ。なるべくならば生かしたいのかもしれない。

 そもそも、ジェルドスも初めから私が知るような横暴な人間ではなかったようだ。

 当時は10代だったこともあり、多少強引なところはあったが責任感がある、この国の将来を考えていた人物だったらしい。


 それも、アインモンドによって捻じ曲げられてしまったが。

 仮に今のジェルドスの命を救ったとしても、彼の横暴さは変わらない。

 記憶を人格が変わる前まで消去して現状を伝え、更生させるという手段がないこともないが…。


 「私にそれをする義理が無いからね」

 「…余が支払えるものでは、救えぬか…」


 ジョスターには悪いが、私が彼に求めるのは、明日の決闘での行動のみだ。それ以外のことで彼に求めるものはない。

 仮にジェルドスの救済を条件に私の要望を受け入れるというのであれば、その時は彼の幻を用意してこちらで勝手に一芝居討たせてもらうつもりだ。


 「では…そなたは余に行動を求めた対価に、何を余に齎してくれるのだ…?」

 「アインモンドの始末。それから、彼と繋がってたこの国に蔓延っていた、この国を滅ぼそうとしていた組織を既に潰してある。ジョスター、貴方に求めているのは、言うなれば私がこの国を救ったことに対する対価だよ。私は既に、救国と言う対価をこの国に齎しているんだ」


 少し狡いことかもしれないが、私は既にこの国を救っていると言っていい。

 私がこのタイミングでこの国に訪れなかった場合、ほぼ確実にジョスターの子供達はジェルドス以外は皆殺しにされていたし、そもそもジョスター自身も助かっていなかっただろう。


 その後の展開についてもだ。

 プリズマイトの楕円体はイネスが奪っていたかもしれないが、それもアインモンドの計画を多少遅れさせるだけに過ぎない。

 最終的には"ドラゴンズホール"のハイ・ドラゴン達を支配し、その結果ガンゴルードの怒りを買い、この国は滅んでいたことだろう。


 こちらの都合でそうなったに過ぎないことだが、国を救ったことに変わりはない。ならば、対価を求めても良いと思うのだ。


 「それに、問題があるのはジェルドスだけじゃない。他の兄弟達も、仲が悪い者達が多いみたいだからね。貴方はジェルドスだけに構っている場合ではなくなるよ?」

 「…余が、責任をもってその者達の手綱を握ろう。この国で、内乱など起こさせぬ。ジョージがこの国を出たいと願うのならば、それも認めよう…。神の如き竜の姫よ。図々しいことを承知で頼む。ジェルドスに、やり直しの機会を与えてやって欲しい…。…この通りだ」


 深く頭を下げ、ジョスターが私に懇願する。

 ジェルドスはジョスターと正室の妃との子供だ。最初の子供と言うだけあって、思い入れも強いのかもしれない。


 …どうするべきだろうか?少なくとも、今のジョージではジェルドスの命を絶たずにジェルドスを無力化することは不可能だ。圧倒すること自体はできるが、高い再生能力のせいですぐに戦闘可能な状態となってしまうのだ。

 そのため、もしも今の状態でジェルドスを救う場合は、決闘が始まる前に彼に干渉する必要がある。


 それも私ならば可能だ。そしてアインモンドに既に自棄になって想定外の行動を起こせるだけの力もなければ逃げ場所もない。

 いや、一応あるにはあるが、それはまた別の話だ。

 だから、決闘など始めから発生させないという手段も、ないことはないのだ。


 だが、"女神の剣"ではないとはいえ、この国の貴族達はアインモンドの影響を強く受けてしまっている。近衛騎士団がいい例だ。

 アインモンドがこの国にとって害ある存在であったと、決闘を観戦しに来た高位貴族達の目の前で知らしめ、ジョスターを通じて貴族としての在り方を改めてもらう。

 そのためにも、決闘は予定通り開催しておきたいのだ。


 ジョスターがこうも懇願していると言うことは、彼にとってジェルドスは、それほどまでに大切な子供だったと言うことだ。

 そしてジョスターの意識を奪われるまでのジェルドスは、確かに次期皇帝としての素質を持っていたのだろう。


 ジョスターがジェルドスの助命を願う思いは、とても強い。どこの誰とも知らない初見の相手に、皇帝と言う立場の者がこうも頭を下げているのだ。まぁ、ジョスターは私に偏見を持っていない分、一般の人間よりも正確に私を理解しているようだが。


 …やはり、私は甘いのだろうな。ジョスターの強い願いに、私は少しでも応えてやりたいと思っているのだ。


 「…ジェルドスの命は、諦めてもらうしかない。ただ、やり直しの機会を与えると言うのなら―――」


 ジェルドスに対しての救いになるかどうかは分からないが、一つの考えをジョスターに提案する。


 「ああ…!それで良い…!それで頼む…!竜の姫よ、感謝する…!」

 「分かった。ジェルドスにやり直しの機会を与えよう」


 声を震わせ、涙を流し、再び深く頭を下げて礼を述べている。

 約束をした以上、それを違えるつもりは無い。ジョスターの望みを叶えよう。

 しかし、人間では到底実現できないような提案をしたと思ったのだが、良く私ならそれができると判断したものだ。

 私のことを"神の如き竜の姫"と呼んでいたし、相手を見る目は確かなのかもしれないな。


 「それじゃあ、明日はよろしく頼むよ。肉体を取り戻していきなりだけど、腹芸は大丈夫?」

 「…問題無い。余とてそれなりの修羅場を潜ってこの地位にい上り詰めたのだ。腹芸の一つや二つ、病み上がりだろうと成し遂げて見せよう」


 ジョスターの瞳には強い意思が宿っている。余計な心配をする必要はないようだ。ならば、やることも終ったし部屋に戻って明日に備えるとしよう。



 その後、特に取り留めのない一日を過ごして翌日を迎え、決闘の開始時間が近づいて来た。


 私は既に会場である地下闘技場、そこの立会人用の席に移動している。この施設は、アインモンドが宰相になってから10年間の間に彼が作らせた施設らしい。

 なお、私がいる立会人用の席は私がジェットルース城に訪れた日に急増されたものだ。それ故にやや作りが甘い部分が見受けられる。

 どうせ立ちっぱなしになるし、この催しを長引かせるつもりもないので、気にしないことにした。


 私は闘技場をこうして直接見るのは初めてだが、その存在自体は知っていたし、何処の国にも大抵は存在していることも把握している。

 ティゼム王国やファングダムは勿論、魔王国にもあるそうなのだ。


 大抵は地上に目立つように建設されているのだが、今回の地下闘技場は文字通り地下に建設され、一般の人間には入れないようになっている。

 小説などでは、こういった施設は違法な賭博の会場などとなっているのだが、この地下闘技場はそういう理由で建設されたわけではないらしい。


 主な役割は"超人スペリオル機関"の実験体となった者の性能テストだったり、"女神の剣"が新たに製作した古代遺物アーティファクトの性能試験を目的とされていたようだ。

 それ故に、この施設の存在を今まで知らず、初めて訪れたという高位貴族も珍しくない。


 いつの間にか自分達の知らない施設がこの国の地下に存在していたことに困惑しながらも、高位貴族達は指定された席に着席していく。


 戦闘を行う場所である試合会場と観客席とでもいうべき場所は、5mほどの高さの壁で遮られていて、観客はそれ以上の高さから見下ろすようにして観戦する構造になっている。私の知る形状で言うなら、劇場に近い構造だな。

 高さにやや難があるように見えるが、観客達は結界によって守られているので、あまり気にする必要はないだろう。


 ジョージとジェルドスはまだ会場に姿を見せていない。だが、この闘技場には来ている。

 試合会場を囲んでいる壁には2カ所、巨大な鉄格子に遮られた扉がある。その扉の奥に、決闘者が控える部屋があるのだ。2人とも、その場所で待機している。


 ジョージに関しては至って冷静だ。椅子があるのにも関わらず床に腰を下ろし、座禅を組んでいる。これから始まる戦いに向けて、集中力を高めているのだろう。


 多少の身体能力は鍛えたが、それでもジョージの身体能力は強化される前のジェルドスにも及ばない。

 そんなジョージが強化されたジェルドスの攻撃を受ければ、例え一撃と言えど命の危険にさらされるだろう。

 技量と武器の関係上圧倒することは可能だが、油断は決してできないのである。


 「ジョージ殿下!会場まで移動をお願いします!」

 「分かった」


 決闘の準備が整い、控え部屋の前に待機していた兵士が、ジョージに声を掛ける。反対側にいるジェルドスにも、同様に声がかけられている。


 ジョージが立ち上がり兵士に対して返事をすると、指輪に念を送り、"皆切虹竜みなきりこうりゅう"を取り出して腰の帯に差し込む。

 彼が刀を使用することは、知っている者は知っている。今まで使用していた刀と外見が違っていたとしても、今回の決闘用に新調したと判断して特に注目されるようなことはないだろう


 「俺がお前を振るうには、まだまだ実力不足だってのは理解しているよ。だけど、今この時だけは、お前の力を貸してもらうぜ。行こう、皆切虹竜!」


 そう刀に話しかけると、ほんの僅かにではあるが、刀に内包されていた魔力が反応を示した。

 魔力の感知能力に長けていなければ認識できないほどの微弱な反応だ。現に、ジョージでは"皆切虹竜"の反応には気付けなかったようだ。


 だが、ジョージの声に反応したのは間違いない。あの刀が意志を持ちインテリジェンスウェポンになってジョージの相棒になる時は、私が思っている以上に早いのかもしれない。


 ジョージとジェルドスが同時に試合会場に姿を現す。

 2人の姿を見た瞬間、観客席は歓声に包まれる。


 確かにこの決闘を催しと私も表現したが、これでは完全に娯楽だな。将来仕えるべき相手かもしれない者達がこれから殺し合いをするというのに、呑気なものである。


 観客席で最も高い位置にある、豪勢な装飾が施されている場所に、ジョスターとアインモンドがいる。彼は拡声効果のある魔術具を手にしているな。

 決闘開始の音頭を取り、これまで長々と今回の決闘を行う経緯やこの国の歴史、そしてこれからこの帝国が目指すべき姿を彼は語っていたが、それはジョージとジェルドスが会場に入場すまでの繋ぎだったようだ。


 会場に入って来た2人は互い距離を詰め、約15mほどの間隔ができたところで足を止める。

 ジェルドスの制御は、現在アインモンドが魔術具で行っているようだ。だが、一度戦闘を開始させた場合、それ以降の制御はできなくなると見てよさそうだな。


 「両殿下、準備はよろしいか?」

 「ハア゛ア゛ア゛ァァアアア…!」

 「問題無い。いつでも始められる」


 明らかに理性を失っているようなジェルドスの様子を見て、高位貴族の何割かは困惑しているようだが、その他は特に問題視していないようだ。薬物による過度な強化を一時的に施している、その程度の判断なのかもしれないな。

 中には、ああまで理性を失っているのなら傀儡として申し分ないと、嬉しそうにしている者までいる。


 そんな中、ジェルドスの状態を見て憐みの視線を送っている者が2人だけいる。

 1人はジェルドスの真正面にいる人物。彼の腹違いの弟であるジョージだ。


 「ジェルドス兄…。アンタは碌でも無い人ではあったが、そんなにまでなるとはな…。なるべく早く楽にする…!」

 「う゛…オ゛オ゛オ゛ォォオ…!」


 アインモンドの計画のために、怪物に作り替えられたことを憐れんでいるようだ。腹違いとは言え、血を分けた兄弟だ。思うところがあるのだろう。


 そしてもう1人。それは言わずもがな、ジェルドスの父であるジョスターだ。

 現在はアインモンドに意識を奪われているという演技をしているため、外見的な反応は見せていないが、今の長男の姿を見て嘆いているのは間違いない。


 アインモンドがこちらに視線を送っている。決闘開始の宣言をしろ、と言いたいのだろう。


 拡声用の魔術具は必要ない。声に魔力を乗せ、2人に向けて宣言をする。


 「始め!」

 「ウオ゛ォオオオオオッ!!!」


 結界を貫通し、私の声は2人に届いた。決闘開始だ。


 勝ちなさい、ジョージ。


 修業の成果、この場にいる全員に見せてやりなさい。

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