第469話 音斬電導・雷締殺

 私が決闘開始の宣言をしたと同時に、アインモンドがジェルドスを操っている魔術具を操作する。

 直後、ジェルドスに装着されていた装飾品各種が破砕され、彼の肉体が倍近く膨張する。変身したのだ。


 「ヴォオアアアアアーーーッ!!!」

 「っ!…コレで人間だとでもいうのかよ…!」


 ジョージが戦慄するのも無理はないだろう。

 四肢の筋肉は元のジェルドスの腰回りほどの太さまで膨張し、全身の肌は暗い紫色となっている。

 金色だった髪の毛は逆立ち赤みがかったように変色している。


 変化はそれだけではない。

 ジェルドスの緑と黄の魔力が彼の全身を覆い、まるで防護結界のような障壁となっているのだ。


 部位が増えたりはしていないが、今のジェルドスを見て人間だと判断する者は皆無だろうな。

 観客である高位貴族達も動揺し、中には怯えだす者すらいる。


 変身したジェルドスを唯一誇らしげに見ているのは、あのような改造を齎したアインモンド本人だ。

 ジョージには万に一つも勝ち目はない。決闘は一瞬で終わる。そう考えているようだ。それはそれとして、あの様子では例え勝敗が決したとしても大人しく止まる気配はないから、好きなように暴れさせるつもりなのだろうな。


 当のジョージに、慌てた様子はない。強化されたことでどのような変化をしたのかは伝えていなかったのだが、想定の範囲内だったのだろうか?


 「ゴァアアアアアッ!!!」


 落ち着いた様子で電気強化を自身に施し、ジョージは自分に真っ直ぐ突進して来たジェルドスの右側面に回り込む。

 あの程度のことは電気強化を使用しなくとも今のジョージならば難なく可能だが、アレで正解だ。


 突進を回避されたジェルドスは、すぐさま突進を止めてジョージのいる方向へと方向転換したのだ。

 突進の勢いなど何もないと言わんばかりの方向転換だが、ジェルドスの動きが停止した瞬間、それまで突進していた方向に衝撃波が発生し、決闘場の壁に衝撃を与えている。


 結界があるので決闘場にも観客席にもまるで影響はないが、当の観客達はそんなことなど知る由もない。衝撃波が当たった壁の近くにいた観客達が悲鳴を上げて仰け反っている。


 方向転換をすると同時に、回転させた勢いを利用してジョージに向かって腕を振り払う。

 回避されることを織り込み済み、と言うわけではない。単純に、あの程度の挙動は今のジェルドスの身体能力ならば問題無く可能だというだけの話だ。

 ジョージの動きも視認できていたし、全力で突進していたわけでもないので急停止も方向転換も問題無かったのだ。


 決闘開始直後に電気強化を行った判断が正解だと言ったのは、コレが理由だ。

 もしも電気強化によって反射神経や身体能力を強化していなかった場合、ジェルドスの振り払いを回避しきれなかっただろう。

 ジョージは魔力板を足元に発生させ、空中で更に跳躍をすることでジェルドスの背後に回る。その際、電気によって形成された矢をジェルドスの背中に放っている。


 効果は殆どない。電気の性質上速度はあるが、衝撃力は無いのだ。そして今のジェルドスには防護結界のような魔力の膜がある。

 電気の矢は魔力の膜を貫通こそしたがジェルドスの肉体には全くと言って良いほどダメージを与えられていない。


 アインモンドとしては腕を振り払った時点で終わったと思っていたのだろう。

 それが余裕をもって回避され、あまつさえ通用していないとはいえ、反撃まで許したのだ。完全に想定外だったようで驚愕に目を見開いている。

 しかし、すぐに調子を取り戻して得意げな顔に戻った。


 何事もなかったかのようにジェルドスがジョージに振り向き、腕を振り下ろしたからだ。振り下ろしが回避されれば、もう片方の腕で薙ぎ払う。

 振り下ろしに薙ぎ払い、振り上げに突き、どの攻撃もジョージには当たらない。が、ジョージとて手を抜くわけにはいかない。


 回避をしているジョージの表情に余裕はない。

 今のジェルドスが繰り出している攻撃は、その全てが必殺の威力を持つ。繰り出した攻撃の一撃一撃が衝撃波を放ち、その余波だけで地面は抉れ、壁に衝突した衝撃波は何度も観客を怯えさせた。

 それらの攻撃は紙一重で回避することはできない。彼の体を覆っている魔力の膜をかすめるだけでも、大きなダメージを負ってしまうからだ。

 それ故に、ジョージはジェルドスの攻撃をやや大げさに回避している。


 アインモンドは、どれだけジョージが回避して反撃しようとも、時間の問題だと判断したのだろう。

 回避をしている間にもジョージは電気の矢をジェルドスに当ててはいるが、最初と同様、効果がある様には見られていない。

 これまでに首、背中、左肩、右胸、右腕、左腰部、左腿、右腿と当たっているが、その全てに効果が見られないのだ。無駄な抵抗だとあの男は認識している。


 今のアインモンドは、さぞ気分が良いのだろうな。

 元々あの男は、弱者が怯えたり痛めつけられたりする様子を眺めるのが、心底好きなようだ。キャロを怯えさせた際に見せた表情がそれを物語っている。

 最初こそ予想以上にジョージが抵抗して見せたことに驚いていたが、今では痛ぶれる時間が伸びたと考えていそうだ。下卑た笑みが隠せていない。


 …腹芸をやり遂げると語っていたジョスターは流石だな。内心烈火のごとく怒りの感情を燃やしているが、それを一切表情に出していない。

 それに、器用なこともする。

 彼の感情が、願いが私に伝わってくるのだ。必ずアインモンドにこの愚行の報いを受けさせろ、と。


 願われるまでもない。この催し自体、私も不愉快に思っているのだ。アインモンドには相応の絶望を味わって消えてもらう。

 そして今あの男がしている下卑た表情も、そう時間を掛けずに崩れることになるだろう。


 突き出されたジェルドスの拳を垂直に飛び上がり回避すると同時に、ジョージがまたも電気の矢を放つ。今度は頭頂部に当ったな。当然だがジェルドスにダメージは無い。


 ジェルドスが上を向き、ジョージを見据えて口を大きく開く。そして魔力と共に咆哮を上げる。

 魔力によって指向性と破壊力を持った咆哮が魔力の奔流となってジョージに襲い掛かる。


 ジェルドスは獣人ビースターではないので『猛獣の咆哮ビーストロアー』にはならないが、それでも強化されたジェルドスが放つ魔力が込められた咆哮はそれに匹敵する破壊力を持つ。


 「ウ゛ォア゛ア゛ア゛アアーーーーーッ!!!!!」

 「うっ!?おおお…っ!っらぁっ!!」


 魔力板を自分の足元に発生させ、防壁のようにして下から押し寄せる咆哮による魔力奔流を防ごうとするが、ジョージの発生させられる魔力板の耐久力ではジェルドスの咆哮を防ぎきることはできない。


 だが、垂直で跳び上がったのが功を成した。魔力の奔流は、ほぼ真下からのおかげで、体勢が安定しているのだ。

 その結果、魔力板が破壊される前にジョージは魔力板を蹴り、ジェルドスから距離を取ることができたのだった。


 ジョージが着地する前に、彼は電気の矢を連射する。だが、それらはどれもジェルドスに当たることはなく、すべて地面に突き刺さった。

 無理な体勢で放ったからではない。

 先程の電気の矢も、今まで放っていた電気の矢も、ジョージは全て狙い通り放っていた。が、それを理解しているのは彼以外では私だけだ。

 観客もアインモンドも、ジョージの抵抗もここまで、決闘の終わりも近いかと思っていることだろう。


 確かに、決闘の終わりは近い。


 咆哮を放ち終わり、背後に回り距離を取ったジョージへとジェルドスが振り向こうとした時だ。


 「終わらせる…!行くぜ!!皆切虹竜みなきりこうりゅうぅっ!!!」


 ジョージの体が私以外の誰の目にも映らないほどの速度で移動する。勿論、ジェルドスにすら認識できない。

 視力で認識できずとも危険を察知したジェルドスは迎え撃つために拳を突き出すが、その拳は空を切る。

 次の瞬間、ジェルドスの体がバラバラに切り裂かれ分断された。

 その直後、分断されたジェルドスの正面に背を向け、刀を鞘から抜いたジョージが転移をしたかのように出現した。


 「音斬電導おときりでんどう雷締殺らいていさつ…!」


 必殺技の名を静かに言い放ち刀を収めた瞬間、バラバラに切り裂かれたジェルドスの全身に非常に強力な高圧電流が雷の如く迸る。しかも、その電流は一瞬では終わらない。30秒近い時間、ジェルドスの体を焼き続けたのだ。


 いかに強力な再生能力を持っていても、雷ほどの威力を持った電撃を長時間浴びせられ続けられては、ジェルドスと言えどただでは済まない。

 ジェルドスの肉体が万全の状態ならば、まだ助かる見込みはあったかもしれない。だが、彼の体は現在バラバラに分断されているのだ。

 再生が追い付かず、ジェルドスの生命活動は停止することとなった。


 見事だ。

 だが、感心して呆けてはいられないな。約束を違えぬためにも、私は私のやるべきことをやっておかなければ。


 ともあれ、この決闘。ジョージの勝ちだ。


 ジョージが放った電気の矢は、決して悪あがきで放ったものではない。

 あの電気の矢は、電気の通り道だったのだ。その名も『雷導針』。私が夢の中で新たに作った魔術だ。


 夢での修業の最中、ジョージからいくつか必殺技の改善案を出されていたのだ。

 それと言うのも、電気の通り道を作ろうにも、それを戦闘中に瞬間的に作るのは、ジョージには無理があったからだ。仮に電気の通り道を作れたとしても、戦闘中にジェルドスに破壊されてしまう可能性が高かった。

 魔力操作能力も情報処理能力も足りていない。もしも私が見せたように瞬時に電気の通り道を作れるようにする場合、私が想定した時間よりも長い時間が必要になると言われてしまったのだ。


 ジョージの成長速度と人間の能力を見誤った私のミスだ。

 夢の中で長時間修業させる手も考えたのだが、精神的な時間の齟齬が発生した場合、肉体との調整が面倒になるかもしれなかった。


 そこで、ジョージが改善案を出してくれたのだ。

 印を立て、その印に向かって自身の体を射出させるようにすれば、電気の通り道を作る必要がなくなると。

 しかも、印を通過することで印から強力な電流を発生させる追加機能を持たせることまで提案された。


 そんな魔術は存在しないのだが、ジョージは私ならば作れると確信していた。

 [転移魔術を簡単に使いこなせるノアさんなら、新しい魔術の開発ぐらい、わけないんじゃないですか?]とのことだ。

 まぁ、実際転移魔術に比べれば遥かに製作難易度は低かった。


 危険を察知してジェルドスが拳を突き出したのは、正しい判断だった。

 仮に真っ直ぐにジョージがジェルドスに向かって行ったら、彼は迎撃されてしまい、その命を落としていただろう。

 しかし、ジェルドスに当たらずに地面に刺さった『雷導針』が、それをさせなかった。

 周囲に突き刺した『雷導針』を駆け巡ることによって、攻撃を回避すると同時にジェルドスを翻弄し、判断を狂わせたのだ。


 そしてジェルドスの判断が鈍り隙ができたところで居合を当て、彼の体に当てた『雷導針』を辿って連続して体を切り裂いたのである。

 無論、刀は超振動を発生させていて、切断力が増している。

 元より"皆切虹竜"の性能ならば、強化されたジェルドスの体を切り裂くこともできたかもしれない。だが、連続して切り抜ける技の性質上、途中で止まるわけにはいかないのだ。

 高速で放たれた居合ならば問題なく切り裂けるが、刃を押し当てるだけでは途中で刃が止まってしまう可能性もあった。それ故、切れ味はあることに越したことはなかったのである。


 急所も含め体をバラバラに切断されたとしても、強化されたジェルドスの再生能力ならば再び肉体を接合して復活する可能性があった。

 そこで、トドメに放たれた雷の如き高圧電流である。


 切り裂いた相手に高圧電流を流すことによって、確実に相手の命を奪うのだ。

 必殺技の名は、ジョージも口にした通りだ。


 音斬電導・雷締殺


 電気に導かれ、音すら切り裂く斬撃。そして締めの雷の如き電流による確実な死。

 私とジョージで作り上げた、文字通りの必殺技だ。


 黒焦げになり、再生の気配も見せずバラバラとなったジェルドスの様子に、この場にいる全員が静まり返っている。

 アインモンドなど、両目と口を大きく広げて愕然としている。


 「勝者、ジョージ=ドラグ=ドライド!」


 私が勝者を宣言しても、周囲の反応はない。未だに静寂だ。

 状況を理解し始めたのか、観客達が徐々に騒ぎ始めてきた。


 この場に来ている高位貴族達は、その半数以上がジェルドスを次期皇帝にして傀儡にしてしまおうと考えている者達だ。

 その傀儡となる筈だった人物が死んでしまい、困惑し始めたのだ。


 困惑は次第に失望へと変わり、失望は怒りへと変わる。

 観客席のあちこちから、高位貴族達の嘆きの声やジェルドスやジョージに対する罵倒で埋め尽くされていった。


 「こ、こんな馬鹿な…!こんな筈では…!く…くそう…っ!」


 アインモンドすらも今の状況を受け入れきれずに、体を震わせている。

 そんな中、威厳に満ちた声がこの決闘場に響き渡った。


 「見苦しいぞ!静まれぃっ!」

 「「「「「っ!!?」」」」」


 これまで誰にも見向きもされず、ただ茫然と決闘場を眺めていただけだと思われていた人物が、声を張り上げたのだ。


 「ば…馬鹿な…な、なぜ…!?なぜだ!!?」


 アインモンドが驚愕の悲鳴を上げているが、無理もない。

 今しがたこの場にいる者達を一喝したのは、本来ならば声を出すことはおろか、自力で動くことすらできない筈の人物だったからだ。


 「親父…!?」


 ジョスター=ドレーク=ドライド。

 病で動けぬと言われている筈のこの国の皇帝が、自らの足で椅子から立ち上がっていたのだ。


 さて、アインモンド。


 決着をつけるとしよう。

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