第470話 折角だから教えてやる
10年近く動く気配の無かったジョスターを目にして、観客である高位貴族達が軒並み動揺している。
今動揺している者達は、ジョスターがああして目覚めることなど無いと思っていたのだろう。もしかしたら、アインモンドからそう告げられていたかもしれないな。
周囲の様子などお構いなしに、ジョスターは声を張り上げる。
「聞けぃっ!此度の決闘、余の預り知らぬ場で決まったことである!」
「なっ!?」
ジョスターの発言を耳に入れた高位貴族達は一斉にどよめき、この決闘の開催を決めたアインモンドは絶句している。
ジョスターが目覚めたことでさえ想定外の出来事だというのに、彼が現状をほぼ正確に把握しているように見えたからだ。
ジョスターの言葉はまだ終わっていない。アインモンドを睨み、更に言葉を続ける。
「十年。十年もの間、余はここにいる国賊、アインモンド=ハイテナインに意識を奪われていた!だが!余はこうして意識を取り戻した!これ以上この者に、この国を好きにはさせぬ!者共!この国賊を捕らえよ!!」
ジョスターが命令を出した瞬間、アインモンドの周囲に4体の人型の人形が現れてアインモンドを拘束しようとする。皇帝のみが命令できる、"
「ク…ッ!こうなれば…!」
自身の計画が失敗に終わったと判断し、アインモンドが拠点への転移による離脱を試みるが、その試みは失敗に終わる。私が、拠点に設置されていたあらゆる設備ごと拠点を焼滅させたからだ。その中には、転移先の標識としての機能を持つ設備も含まれる。
"女神の剣"が所有する転移装置は、座標を登録しておかなければ長距離の転移が使用できない。ファングダムの地下で"蛇"が行った転移も、登録された座標への転移だった。
その登録先が消えてしまっているのだから、転移ができなかったのだ。
人形がアインモンドを無力化しようと攻撃を仕掛けるが、それはあの男が所持していた古代遺物によって防がれる。"蛇"が所持していた防御用の古代遺物と同じものだ。
転移ができないと判断した以上、アインモンドは強硬手段に移った。
懐から長さ20㎝ほどの筒状の魔術具を取り出しそれをジョスターへと向ける。
「この、くたばりぞこないがぁ!!とっとと死ねぇーーーいっ!!!」
「親…陛下ぁーーーっ!!」
アインモンドが取り出した懐から取り出した魔術具がどのような効果を持つのか、ジョージはすぐに理解できたのだろう。
ジョスターの命が危ないと判断して呼びかける。結界によって自分とジョスターが遮られているため、『雷導針』で彼の元まで移動して守ることができないのだ。
アインモンドが手にした筒状の魔術具から、円錐状の金属が高速回転しながらジョスターに向けて高速で射出される。射出された原理は、筒の内部での爆発だな。尤も、爆発と言っても炎を介した爆発ではなく、圧縮された空気の爆発だが。
それでも爆発は爆発だ。爆発の勢いを利用して、筒とほぼ同じ直径に作られた円錐物を回転させながら押し出したのである。
筒に消音の魔術効果を施しているためか、円錐物の射出時に音は出ていない。極めて暗殺向きな魔術具だな。
円錐物は、私がオーカドリアに薦めた装備であるドリルに似た加工が施されていて、高速回転させて射出したことにより貫通力を高めているようだ。
射出された円錐物はジョスターの眉間に吸い込まれるように進んでいく。
このまま円錐物がジョスターの眉間を貫けば、当然ジョスターの命は絶たれ、ドライドン帝国に大きな混乱が生じるだろう。それ以前に、既にこの場で大きな混乱が生じているが。
アインモンドは、その混乱に乗じてこの場から離脱する算段なのだ。
勿論、そんなことをさせるつもりは無い。
円錐物を射出し、この場から逃亡しようと次の行動をしようとしていたアインモンドが、動きを止め、愕然としている。
「ば、馬鹿な…!そんなバカなぁあああ!!!」
「何をしたかったのかは知らぬが、無駄だ。貴様には、この国を貶めた報いを受けてもらう!」
円錐物が、ジョスターの眉間に到達する前に勢いを失い、ジョスターの足元に落下したのだ。
ありえない現象を目の当たりにして、アインモンドが叫び声をあげている。
追い詰められた今のアインモンドがどのような行動を起こすのか、彼の所有物を考えれば予測できないことはないのだ。ジョスターの身を守るための結界は、彼が椅子から立ち上がる前から私が展開させていたのである。
そして、あの男がこの後どのような行動を起こすかも予測済みだ。
現状、アインモンドもジョスターも互いに互いを制圧できる手段がない。
片や触れようと思っても触れられず、片や自慢の攻撃が通用しないのだ。
だが、この場にはそれなり以上の人間が複数いる。集団で囲まれれば、アインモンドも最終手段を取らざるを得ないだろう。
アインモンドの周囲の空間が歪みだす。あの男が所有する転移手段は、一つだけではないのだ。
「く…っ!いい気になるなよ!この場は引いてやる!貴様等の勝利だと認めてやろうではないか!だが!覚えておくがいい!最終的に勝利するのは、我々だ!!」
捨て台詞を吐き捨てながら、アインモンドの姿が消えて行った。
この時を待っていたのだ。
アインモンドが追い詰められ、最終手段による転移を行う、この時を。
この国に点在する"女神の剣"の拠点に幻を出現させてから、私が幻に行わせていたのは、連中の動向を監視していただけではなかったのだ。
拠点内部を徹底的に調査して、連中の情報を少しでも入手していたのである。
その結果、アインモンドの計画についても詳細を知ることができたわけだ。
その際、計画が失敗に終わった時の対処についても確認している。
アインモンドが転移した先は…良し、把握した。少ししたらこの場は幻に任せて、私はアインモンドの元に向かうとしよう。
だが、ひとまずはこの場の決着を見届けるとしよう。
アインモンドがこの場を去ったことで、注目は再びジョスターと、彼の視線の先へと向けられることになった。
ジョスターの視線の先。そこにいるのは、彼の息子の一人であるジョージだ。
ジョージは片膝をついて跪き、臣下の礼を取っている。
その様子に、高位貴族達も慌てるようにしてジョスターの方へ体を向けて頭を下げ始める。
「ジョージよ…。我が息子よ…。決闘の内容、見せてもらった。見事である」
「はっ、お褒め頂き、恐悦至極です…」
ジョスターの称賛に、嘘はないようだ。ジョージの見せた必殺技を、素直に褒めているようだ。
だが、その必殺技を受けた相手はジョージの兄であり、ジョスターの息子だ。
「見事な技ではあったが、その技によって、貴様は自身の兄の命を絶った。申し開きはあるか?」
「…ありません。この決闘が、陛下を騙る国賊の手によって仕組まれたのもならば、尚更です…!」
「では、貴様は兄殺しの罪、どのように責を取るつもりか」
一度静かになった高位貴族達が、再びどよめき、騒がしくなっている。
そんな高位貴族達だが、煩わしそうにジョスターが一瞥するだけで静かになってしまった。
高位貴族達は皇帝の姿に対して畏れ敬っているようだ。
決闘を行っている最中とはまるで別人だからな。あまりの印象の違いに、受ける印象に補正が掛かっているのかもしれない。
ジョージがジョスターの問いに静かに答える。
「兄殺しの罪、おいそれと償えるものではありません、陛下の裁量に従います…」
「では、どのような裁定でも甘んじて受け入れるのだな?」
「はっ…!」
少しの間、静寂が決闘場を支配する。
貴族達も声を出したい所ではあるのだが、ジョスターに再び睨まれたくないのだろう。必死に声を出すまいと堪えている。
5分間程の静寂を破り、ジョスターが口を開いた。
「…判決を言い渡す。ジョージよ、貴様は皇位継承権と家名を剝奪した後、10年間の国外追放処分とする!…一週間、時間を与える。その間にこの国を出る準備をするがいい!」
「……謹んで、受け入れます。寛大な裁定に、感謝いたします…」
ジョスターが下した裁定に貴族達が動揺している。
この場にいる者達は、ジェルドスがいなくなった今、次期皇帝はジョージになると思っていたからだろう。
それが皇位継承権はおろか家名すら剥奪され、国外追放処分となったのだ。中には訳が分からないと考えている者もいるだろう。
しかし、これはジョージが望んだことなのだ。
そして私がジョスターに伝えた内容でもある。
ジョスターは、高齢でありながら多くの子供を残しているわけだが、生まれた子供達を等しく愛している。一人として、気に掛けていない者はいなかったのだ。当然、ジョージのこともだ。
そのジョージが、母を同じくした兄であるジェームズが皇位につくことを望み、彼自身はこの国を出たいと望んでいるのだ。
ジョスターは、その望みを叶えたまでである。
尤も、ジョージにはまだそのことを話していないので、この事実を知っているのは私とジョスターだけなのだが。後でちゃんと説明しておこうと思っている。
「この場はこれにて解散とする!皆の者、下がるがよい!」
ジョージへの裁定を下し、この場に用が無くなったとばかりにジョスターが人形を連れて移動を開始する。私も彼に続いて移動するとしよう。
妙な光景に思われているかもしれないが、誰も文句をいうものはいないようだ。
地下から抜け、人気のない通路を移動していると、ジョスターが私に並び立ち、小声で確認を取って来る。
「ヤツはどうなった?」
「大丈夫、もう終わってるよ。確認する?」
「後にしておこう。それと、ジェルドスは…」
やり直しの機会を与えると言ったのだ。アインモンドのことよりも、ジェルドスのことが気になるのだろう。そちらも問題無い。
「そっちも大丈夫。彼の魂は保護したから、後は時期が来た時に、ね」
ジョージがジェルドスの命を絶った時、ジェルドスの肉体から魂が離れた瞬間、私は彼の魂を保護した。
ジョスターに理解できるかどうかは分からないが、彼の魂を保護している器を見せておこう。
保護されたジェルドスの魂の器を確認すると、ジョスターは歩みを止め、私に深く頭を下げだした。
「改めて、感謝する。そなたは、真の救世主なのだろうな。今後も、その力がこの国に向けられぬよう、勤めよう。それが、この先短い余の使命であり、そなたに支払える対価だと判断した」
「どういたしまして。頑張ると良い。貴方が意識を奪われる前から、この国は少し問題があったみたいだしね」
ジョージは、赤ん坊のころから毒入りの食事を与えられたり暗殺者を仕向けられたらしいからな。それはアインモンドがジョスターの意識を奪い、宰相になる前の話なのだ。
この国がここまで欲にまみれ、尊大な国になったのは間違いなくアインモンドが原因だが、その傾向は元からあったのだ。
ジョスターには、少しでもその状態を改善してもらいたいところだ。
そんなやり取りをした後、私達はジョスターの私室に入る。
彼が椅子に腰かけたところで、私は『収納』からある物を取り出した。
話は少し前、アインモンドが決闘場から姿を消した時間まで遡る。
アインモンドの転移先を把握した私は、無色透明の幻をあの男の傍に出現させ、いつでも入れ替われるようにしていたのだ。
場所はこの魔大陸から離れた別大陸。
熊の月も中ごろに差し掛かろうという時期でも辺り一面に雪が降りしきる、極寒の地だ。この場所は一年中気温が低く、雪が降らない時期の方が少ないと言われている場所だ。
急な寒さでかじかみながら、アインモンドが悪態をついている。
「クソ…ッ!今に見ていろよ…!私さえ生き延びていれば、いつかは必ずこの世界を滅ぼせるのだ…!そして、私が新たな世界の真の王に…!」
「災難だったな、アインモンド」
そんなアインモンドに、何処からともなく声が掛けられる。
「慰めは良いっ!それよりも、早くしろ!私を凍死させる気か!?」
「そう言うな。少し調整に手間がかかるんだ」
気安く声を掛けてくる相手に、アインモンドが苛立ちを隠さずに救助を催促する。
すると、空間が歪み穴が開くと同時にに2人の男女が姿を現した。
どちらも
この2人が出てくるのを、私は待っていたのだ。
「フッ、ここは寒いからな。さぁ、中に入ると良い」
「アインモンド=ハイテナイン、我々は貴方を歓迎します」
「受け入れ、感謝する」
アインモンドが2人に促されて穴に入ると同時に、私も穴の中に入る。
この連中達に交じって私が入ったのは、魔法によって作られた通常の空間とは隔離された空間、所謂亜空間と呼ばれる空間である。
ジョージの使用する、位相のずれとも違う、別の空間操作だ。
私は、この亜空間を解析したかったのだ。
アインモンドの計画が失敗に終わり、万が一にも追い詰められた場合、この亜空間を展開している者達に身の危険を知らせる手筈となっていたのだ。
そして、彼等の持つ古代遺物によって、アインモンドの位置を割り出し、自分達の元に召喚したのである。
アインモンドを回収した2人は空間に関係する魔法の使い手であり、その魔法を解析して、空間を操作する古代遺物を複数生み出している。
アインモンドを窮地から召喚できたのもそのためだ。
…良し、亜空間の情報も、この連中の古代遺物の情報も把握できた。
小説に登場する悪役の台詞になってしまうが、この連中はもう用済みだ。幻と入れ替わり、始末してしまおう。
「3人ともご苦労様。ようやく目的が果たせたよ」
「っ!?」
「だ、誰だっ!?」
「な…っ!?そんな馬鹿な!?ど、どういうことだ…っ!?なぜ…なぜお前がここにいるんだ!!?」
自分達の絶対的な安全地帯。そこに最も危険視している者が現れれば、驚愕するのも無理ないだろう。
「理由などどうでもいいだろう。お前達はここで終わりだ」
「くっ!こぶぉっ!!?」
女性の方が私に攻撃を行おうとするが、それよりも早く尻尾を動かし、尻尾カバーから発生させた魔力刃で彼女の首を切断する。
「「なっ!?」」
「次はお前だ」
アインモンドも男性も、自分が所有する防御結界に自信があったのだろう。同じ防御結界を所持している女性が何の抵抗も出来ずに首を切断されてしまったことに、驚愕している。
「ま、待てっ!この空間は俺の魔法で作り、維持しているんだ!」
「それで?」
「こ、この場で俺を殺せば、この空間は消失し、お前も巻き込まれるぞ!」
今度は男性を始末しようと尻尾を動かすのだが、その動きを見た男性が、慌てて私を制止した。
自分が死ねば私も助からないと言っているが、要は命乞いである。
だが、その命乞いはまるで役に立たない。
「じゃあ、この場から逃げれば?」
「な…なに?」
「この空間をお前が維持しているのなら、さっさと外への扉を開いて出て行けばいいじゃないか」
そう指摘してやれば、何も言わずに男性は外へつながる穴を開こうとするが、それはできない。
この亜空間は、既に私が支配したからだ。逃げ場がないのである。
自分の作った空間だと思っている男性は、なぜ思い通りに穴を開けないのか困惑し、慌てている。
「ど、どうなっている!?なぜ開かない!?な、なんだこれはっ!?こんなもの、俺は知らないぞ!?作っていないぞ!?」
「ひ、ひぃいいいっ!?や、やめろぉ!!」
空間を操作できないことを悲鳴に近い疑問の声をあげている。そして、穴を開こうと躍起になっている最中に自分とアインモンドの体に触手のような物がまとわりつき、体を拘束する。
私が亜空間を操作して生み出したものだ。
「もうこの空間はお前の物じゃない。私が支配しているからな。だから、私の望んだものがこの空間でそうして生み出せる」
「バカな!?そんなこと、できる筈がない!!この空間は、俺の魔法で生み出したんだぞ!?俺のモノなんだぞ!!っ!!?」
これ以上、男性と話すこともないので、女性と同様首を切断してその命を絶つ。
これで残りはアインモンドだけだ。
「さて、残るはお前だけだな。なぜ、お前を最後にしたか、分かるか?」
「お、お前か…?お前が、私の計画を全て台無しにしたのかぁ!?」
「そう。お前達"女神の剣"は、全て潰す。当然、その計画もな」
「なっ!?!?」
私の口から"女神の剣"の名を聞き、アインモンドがこれ以上ないほど驚いている。
知る筈がない、そう考えていたからだ。精々、世界の裏で暗躍する何らかの組織がある。私が分かるのはその程度だと思っていたのだ。
「お前を最後にしたのは、当然、これまでの報いを受けさせるためだ。自分達の力が一切通用せず、これ以上なく絶望してもらうためだ」
そう思いたくなるほど私はこの男のせいで不愉快な気分になったし、ジョスターとも約束したからな。
「お…お前は、お前は一体何なのだ!?お前のような人間が、いる筈がない!!」
アインモンドが私の正体について訊ねてくる。
あまりにも規格外。強力な古代遺物を生み出せる自分達の力が一切合切が通用しない存在が、人間の筈がない。そう考えたようだ。
ふむ。
この場所は私が支配した亜空間だ。私以外には外から干渉することはできない。
ならば、折角だから教えてやるか。
額から角を生やし、背中から翼を出す。
『瞳膜』を解除し、虹色の、そして縦長の瞳孔が露わになる。
「な…なん、なの…だ…?おま、え…は…?」
「コレ、何か分かる?」
そう言って、右手を差し出し、その上に小さな魔力塊を発生させる。
小さなと言っても、その魔力量は私の基準での極少量だ。実際の魔力量は大体エネミネアの総魔力の半分と言ったところだ。
そして、魔力色は七つ。この世界のとある場所でしか認識されていない魔力だ。
「!?!?!?お、お前はまさか"楽」
そこまで声を出したところで、掌の魔力をアインモンドの胴体に放出し、首から下を消滅させた。
魔力には『魂懐』の意思も載せているので、跡形もなく魂も消失している。
これで、ニスマ王国から移って来た者達も含め、ドライドン帝国に潜伏していた"女神の剣"はすべて排除した。
ようやく本格的に観光が楽しめるな!
さっさとジェットルース城に戻るとしよう!
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