第471話 身の丈に合った刀を作ろう

 亜空間から出てジョスターの元へもどり、彼の部屋に入ったところで私は『収納』からアインモンドの首を取り出した。


 その表情は苦悶と絶望、そして驚愕に満ちている。

 一度にあれだけの情報を詰め込まれたのだ。アインモンド自身はそれほど力のある人物ではなかったので、仕方がないと言えば仕方がないことだ。


 「始末して来たよ。あげるよ、必要でしょ?」

 「…恩に着る」


 何の前触れもなしに生首を差し出されたことにはやや引き気味ではあるが、そこは修羅場をくぐった皇帝だ。斬首された罪人の首を見たことがないわけでもないようだ。

 差し出された首が自身の信用を得るために有用だと理解しているため、素直に礼を述べてくれた。


 「そなたは、これからどうするつもりだ?」

 「目的も達成したから、改めてこの国を観光するよ。まずは、この街をゆっくりと見て回りたいかな?」


 今後の予定を聞かれたので、今考えていることを話しておく。


 今回の観光でこの国の全てを観て回る気はないが、せめてこの街だけでもしっかりと見ておきたいところだ。

 ジョージが国を出ていくための準備をするだろうし、それに付き合うのも良い。


 ああ、そうだ。観光をする前に、今のジョージの実力に合った刀を打つのも手伝わないとな。その辺りもジョスターに伝えておくか。


 「ふむ…。ジョージが持っていた剣、並外れた力を感じたが、そなたが一時的に授けた物であったか…」

 「彼が"一等星トップスター"になったら改めて渡すつもりだけどね」


 後で"皆切虹竜みなきりこうりゅう"も回収しておかないとな。まぁ、こちらから向かわずともジョージが自分から返却して来るだろう。

 改めて彼に用意する刀は、アダマンタイトとミスリルの合金にしておこうか?今の彼ならば問題無く扱えるだろう。


 …いや、それは私の基準か。

 私が魔鉄鋼製の刀を夢の中で生み出した時、彼はあの刀を欲しがっていたし、あまり元の刀よりも高い性能の刀を作るのは、有難迷惑になるかもしれない。こちらで勝手に決めずに、ちゃんと相談すべきだな。


 「決闘が国賊の勝手な戯言であることを知らせるためにも、この後我が子等を集め、通達するつもりだ。そなたにも同席してもらうことはできるか?」

 「いいよ。すぐにやるの?」

 「すぐに集めてもよいし、余にはそれができる力があるが…明日の午前10時にしようと思っている。今は誰も彼もが混乱しているだろうからな」


 今までこの国の宰相として最低限仕事をこなしていたアインモンドが国賊で、ジョスターの意識を奪っていた。

 元よりそういった疑いは掛かっていたようだが、それが事実とわかれば、それはそれで混乱するだろうからな。落ち着かせる時間は必要か。



 ジョスターに伝えるべきことも終ったし、私は自分の部屋…ではなくジョージに会いに行くことにした。


 私がジョスターの部屋から出るころには決闘場も落ち着いていて、ジョージも地上に上がっていた。これから自室に戻るところだったようだ。


 「お疲れ様。修業の成果、しっかりと見せてもらったよ」

 「ノアさん…」


 ジョージは何処か上の空と言った表情をしている。ジェルドスを討ったこと、やはり引きずっているのだろうか?


 思い出したように指輪から"皆切虹竜"を取り出し、私に差し出す。


 「やっぱり、今の俺にコイツは過ぎた代物です。なので、返却します…。それと、本当にありがとうございました。おかげで親父は目を覚ましたみたいだし、兄弟達が死ぬこともなくなりました」

 「うん。どういたしまして」


 刀も感謝の言葉も、素直に受け取ろう。もしもジョージが望むのなら、譲ってしまうことも考えたが、余計な気遣いだったようだ。

 ただ、二度と手に取らない、と言うわけでもないようだ。


 「いつか…いつか俺が成長して、ソイツを持つのに相応しい実力を身に付けたとノアさんが判断したら…その時は、改めて受け取らせていただきます」

 「うん。頑張ると良い。その時を待っているよ」


 ジョージならばそう時間を掛けずに実現できるだろう。

 彼はティゼミアへと行くのだ。マコトなら良い師匠になってくれるだろうし、必ず彼に興味を持って競い合おうとする少女がいるから、今後ドンドン力をつけていくだろう。


 「ジョージは、昼食はもう食べたのかな?」

 「いえ、満腹の状態で体は動かせないですから、これから食べるつもりです」


 なら、一緒に食べるとしよう。

 実を言うと私は午前14時に昼食を食べていたのだが、ジョージにそれを知る由は無い。それに私はいくら食べても満腹にならないのだから、一緒に食べても問題無いのだ。


 折角だから、この城の料理をジョージと一緒に食べようと思う。それに、彼のための新しい刀に就いても話をしておきたいからな。



 食事を終わらせた私達は、その後自室に戻ることなく城の鍛冶工房に移動している。早速ジョージのための新しい刀を打つためだ。


 ジョージの刀を打ったのは窟人ドヴァークの壮年男性だった。


 「殿下、決闘の勝利、おめでとうございます。つっても、なんかエライことになっちまった見てぇですな」

 「ああ。だけど、悪いことじゃないと思ってるよ。何だかんだで結果オーライってやつだ」

 「はぁ…。俺としちゃあ、殿下にゃあこの国にいて欲しかったんだが…てか殿下、なぜに『姫君』様がここに?」

 「それに関しては、私から説明しよう」


 鍛冶師はジョージに事情を説明されていたからなのか、決闘のことを知っているようだし、それ故にこの場に彼がいることで彼の勝利を理解したのだろう。

 まぁ、当然だが私がこの場にいる理由など分かっていないし、彼は自分の打った刀でジョージが勝利したと思っているだろう。


 ジョージがあの刀に強い思い入れがあったように、きっとこの鍛冶師にもあの刀に強い思い入れがあった。それこそ、会心の出来栄えだと思えるほどに。

 それを折ってしまい、あまつさえジョージの意に介さない刀に打ち直したのだ。あの刀を打った鍛冶師が知ったら、さぞ不快な思いをすることだろう。


 だから、ジョージにそのことを話させるつもりは無い。非難は私が受ける。


 「―――と言うわけなんだ。素材はこちらで用意するから、改めてジョージに刀を打ってもらえないかな?」

 「…その、『姫君』様が打った刀、見せてもらっても良いですか?」


 隠すつもりは無いので、『収納』から"皆切虹竜"を取り出して鍛冶師に渡す。

 彼は鞘から取り出し刃をまじまじと眺め、感嘆してため息をついている。


 「こりゃあ…国宝にされてもおかしくねぇ代物だ…。素材は確かに殿下の刀を使ってるみてぇだが、それ以上にハイ・ドラゴンの素材がふんだんに使われてやがる…」

 「え゛っ!?そ、それじゃあ、まさかその虹色の光沢って…」

 「ああ…こりゃあハイ・ドラゴンの鱗だな。しかも、ご丁寧に全部の魔力色に該当した色の鱗が使われてやがる…」


 ジョージは刀に使われている素材までは分かっていなかったのか。まぁ、彼は竜人ではないから素材となったハイ・ドラゴンの素材からドラゴンの因子を感じ取ることもできないだろうし、当然と言えば当然か。


 そして鍛冶師はかなり優秀な人物らしい。鱗以外の素材も言い当ててみせた。


 「しかもそれだけじゃねぇぞ?ハイ・ドラゴンの牙と爪まで使われてやがる…。こりゃあ多分錬金術で素材を結合させてやがるな…。こんなモンよく加工できたもんだぜ…」

 「ええ…。それ、俺の刀を使う必要あったの…?」

 「生まれ変わらせるつもりだったと言っただろう?どうせだから良い物にしようと思ったら、ああなったんだよ」


 白状してしまうのなら、ジョージの刀を使用しなくともハイ・ドラゴンの鱗を刀の分増やせば必要はなかったし、何ならより強力な刀が生まれていただろう。

 しかし、刀に込められていた思いを無駄にしたくは無かったのだ。私の我儘である。


 だが、ジョージとしては折れてしまった刀を、目の前の鍛冶師に打ち直してもらいたかったのだろうな。それに関しては悪いことをしたと思っている。謝っておこう。


 と思ったら、ジョージから謝ることを止められてしまった。


 「謝らないでください。正直、アレが無かったら、俺はジェルドスに勝てなかった気がします」

 「元の刀を使わない方がより強い刀になってたとしても?」

 「それでもです。上手く言えないんですけど…"皆切虹竜"には、単純な刀の強さとは別の、何かがある気がしてならないんです」


 驚いた。ドラゴンの因子は読み取れなくとも、ジョージはあの刀がインテリジェンスウェポンになりつつあるのを朧気ながらに理解しているというのか。

 決闘の開始前や決闘の最中にも呼び掛けていたし、将来は本当にいい相棒になりそうだ。余計なことはせず、大切に保管しておくとしよう。


 「それで、新しく刀を打ってもらって良いかな?ジョージには今手持ちの武器が無くてね」

 「ふぅー…っ。自信作をあっさり折られちまったのは正直ショックではあるが…だったら前より良い物を作るってのが、俺達職人の在り方だ。良いぜ、やってやろうじゃねぇか!」

 「ありがとう」

 「手伝うぜ、親方!」

 「たりめぇだ!殿下、半端な仕事は認めねぇからな?」


 不敵な笑みを浮かべながら鍛冶師がジョージに念を押す。元の刀も2人で打ったとのことだったし、ジョージの腕を信用しての発言だろう。


 「んで、素材は何を使うんで?」

 「素材は魔鉄鋼とミスリル。それから、コレを」


 そう言って、小さな布袋に入った粉末を渡す。

 元の刀よりも良い物を作るのだ。昼食を食べながら、ジョージと何を素材にするか相談した結果、今鍛冶師に渡した粉末を使用することになった。


 「コイツは…ドラゴンの鱗の粉末か…。コレでも相当な品ができるんだろうが…まぁ、『姫君』様が打ったヤツに比べりゃあかなりマシか」

 「素材の金属にアダマンタイトやらオリハルコンやら出された時は、正直かなり慌てたよ。その粉末も、最初はハイ・ドラゴンの鱗の粉末を出してきたし」


 調子に乗ったのは認めるが、より良い物を作ろうと思ったのだから、良い素材を出すのは仕方がないと思うのだ。

 ジョージとしては元の刀と同じく魔鉄鋼とミスリルの合金であればそれで良かったらしいのだが、それでは私が満足できないと言うことで妥協に妥協をしてドラゴンの鱗の粉末を少量混ぜることにしたのだ。


 「まぁ、アダマンタイトだのオリハルコンだの出されても、ウチの工房じゃあ加工しきれねぇからどの道無理だったがな」


 ニスマ王国のドルコはアダマンタイトとミスリルで合金を作り、更に加工していたが、あれは精霊の助けがあったからのようだ。

 この鍛冶工房に精霊はいないようだし、仮にアダマンタイトやオリハルコンを加工できる熱を生み出しても、炉が持たないのだろう。


 それと、私は作業には加わらないようにと注意されてしまった。

 鍛冶師が言うには、私が手を加えた場合、想定以上の品質になる可能性が高いのだそうだ。

 これから打つのは、今のジョージの身の丈に合った刀だ。それ以上の品質は必要ないのだから、見守ってくれればそれで良いと言われてしまった。


 若干寂しさを覚えないわけではないが、仕方がない。


 2人の邪魔をしないように少し離れた場所で見守っておくとしよう。

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