第472話 新魔術『亜空部屋』
私が"
本来刀の製造と言うのは時間が掛かる物なのだ。少なくとも、良い物を作ろうとしたら一日ででき上がる物ではないだろう。
彼等のペースだと、新しい刀の完成は…4,5日後になりそうだ。
現在はジョージと鍛冶師が向かい合い、タイミングを合わせてドラゴンの鱗が混ざった合金を交互に槌で叩いている。
「殿下ァッ!相槌のペースがちと速くなってんぞぉっ!コイツをなまくらにするつもりかぁっ!!」
「っ!?すまねぇ!」
ジョージの槌を打つ速度が鍛冶師の知る速度ではなかったようだ。
慌てて力加減を調節して槌を振るい直している。
"ドラゴンズホール"の修業によって、ジョージの身体能力は少しではあるが上昇している。それこそ、今のジョージが振るっている槌の速度が若干速くなるぐらいには成長したのだ。
鍛冶師は槌を打つペースに、少しのずれも出したくないようだ。
一週間後、ジョージはこの国から出て行ってしまう。そうなれば、この国の鍛冶師である彼は、ジョージのための刀は今後打てなくなってしまう。今回が最後の機会だと言って良い。
だから、最高の刀を完成させたいのだ。
それは鍛冶師にとっての誇りであり、ジョージとの絆の証にもなる。手を抜くことなどあり得ないのだ。
故に、多少のミスも許されないのだ。例え立場が上の者だろうと、怒鳴り散らすぐらいには、彼は本気だし必死なのだ。
今の彼等に私がしてやれることは、見守るだけだ。
ジョージも鍛冶師も過酷な環境で合金を撃ち続けているため、滝のように汗を流しながら槌を振るっている。
私ならばそんな彼等の状態を常に万全の状態にできるだろうし、そもそも彼等だけを過酷な環境から解放してやることもできる。
だが、そんなことはできない。
ネフィアスナが私の絵画を手掛けていた時と同じである。
ああいった何かを真剣に製作する者と言うのは、自分の状態に急な変化が起こることを良しとしない。ひとたび困惑すれば、その拍子に動きが乱れるからだ。
少しのミスも許されないような作業でそれは致命的だ。
だから、今の私にできるのは彼等を信じて見守ることだけなのだ。
そして、彼等の作業が一段落ついたら、その疲労を労うように美味い食事と適度な糖分と塩分を摂取できる飲み物を用意してやるぐらいなのだ。
飲み物はスポドリがあるし、美味い食事は街の外で調理済みだ。体力が付くようにボリューム満点の肉料理を用意してある。今日も私の料理の相棒"黒龍烹"は絶好調である。
ステーキにハンバーグに唐揚げ。それからクリームシチューにカレーもだ。炊いた米と焼き立てのパンもある。
肉ばかりではバランスが悪いので、当然野菜も用意してある。いくらお代わりを要求されても賄える量だ。好きなだけ食べてもらうとしよう。
作業が一段落ついたころには夕食の時間はとっくに過ぎていて、現在時刻は午後8時である。
2人と一緒に食事をしたかったのと、2人が真剣に槌を振るう姿に見惚れていたため、私も食事を取っていない。
「ふぃーっ!よぉし、今日の作業はここまでだ…!殿下、お疲れさまでした。それと、作業中の無礼をお許しください」
「いや、良いよ。俺だって自分の相棒をなまくらにしたくないんだ。注意するところはしてもらわないとな…。それに…」
ジョージはなにやら言いたいことを言えずに口ごもっている。
ああ、そうか。鍛冶師はジョージが皇位継承権も家名も剥奪されたことを知らないのか。でなければジョージのことを殿下と呼びはしないだろうしな。
だが、信頼する相手だからこそ、自分の口で自分の現状を伝えておくべきだと覚悟を決めたようだ。
「親方。俺はもう殿下じゃない。兄、ジェルドスの命を絶った罪で、家名も継承権も剥奪されて追放処分を受けたよ」
「な…!どういうことです!?決闘は、相手の命を奪っても罪にはならん筈じゃあ…!」
話が長くなりそうだし、この辺りで一度会話を切らせてもらおう。私ははやく夕食を食べたいのだ。
「その話は、食事をしながらでどうかな?」
「!?ひ、『姫君』様!?ま、まさかずっとここに!?」
「よ、良くずっと見てられましたね…」
2人とも集中していたからか、私のことなどすっかり忘れてしまっていたようだ。鍛冶師は勿論、ジョージまでもが声を掛けられて驚いてしまっている。いや、ジョージの場合、呆れているのか?これは。
「2人が真剣に作業をする光景に、見入ってしまっていたよ。お疲れ様。御馳走を用意しているから、存分に食べると良いよ」
「えっ!?良いんですか!?やったあ!頑張った甲斐があったぜ!」
「『姫君』様は料理も一級品だってなぁ聞いてたが、それを俺が口にできるなんてなぁ…。その…俺みてぇなのが、ご一緒しちまって良いんですか?」
随分と自分を卑下するものだ。ジョージが親方と呼ぶと言うことは、彼はこの鍛冶工房の長だろうに。
ならば、それ相応の地位があるのだ。卑屈になる必要は何処にもない。
尤も、彼の地位が低くても私は構わず食事に誘う。良い物を見せてもらったのだ。その対価は払わなければな。
「どうせだから、食べる場所もちょっと特別な場所で食べようか。実は、ちょっと面白い事ができるようになったんだ」
「面白い、こと…ですか?」
「な、なんでだろう…。ちょっと嫌な予感が…」
失敬な。ちゃんと調整をして違和感のないようにするから、心配することなんて何もないさ。
空間を操作して、扉を出現させる。
何もない場所に突如扉が現れたことに、2人とも驚きを隠せないようだ。
アインモンドを救助した、あの男女の亜空間操作能力と『収納』や『格納』を利用して新たに開発した魔術、『
効果は単純。亜空間に製作した部屋への出入り口を用意する魔術だ。
この出入り口は、この星の何処で発動させても問題無く指定した亜空間の部屋へと繋がるようになっている。
部屋は複数用意したので、別々に部屋を分けることすら可能だ。
ちなみにだが、転移魔術と併用することで、部屋から出る際に入った時とは別の場所に出ることも可能である。
出現させた扉を開けば、裕福な平民の民家と同じ規模の食卓が目に入ってくることだろう。
「ええ…。そこ、どこなんですか…?」
「ふふ、まぁ、私の秘密の部屋だとでも思っておけばいいよ。さ、遠慮はいらない。入っておいで」
「はぁ……やっぱ『姫君』様ってとんでもねぇなぁ…」
やや躊躇いながらも、2人とも部屋の中に入ってきてくれる。
それでは、御馳走を『収納』から取り出して夕食を始めるとしよう。
「す、すげぇ…マジモンの御馳走だ…!」
「こ、こりゃあ…宮廷料理人も顔負けだな…ごく…っ!」
カレーはジョージも修業中に食べていたが、クリームシチューやステーキは食べていなかったからな。目を輝かせている。
『収納』から料理を取り出した時点で料理の香りが辺りに漂うため、鍛冶師もその匂いで料理の味を大体理解したようだ。生唾を飲み込んでいる。
「腹もすいていることだろうし、好きなだけ食べると良い。私もそうする。では、いただきます」
「「いただきますっ!!」」
2人とも良い食べっぷりだ。ジョージだけでなく、鍛冶師にも私の料理は気に入ってもらえたらしい。
刀の制作はまだ終わっていないし、沢山食べて明日に備えて欲しい。
この空間には別室に風呂とサウナと水風呂も用意してある。使い方はジョージならば知っているだろうし、存分に疲れを落とすと良いだろう。
食が落ち着いてきたところで、そろそろ今日の決闘で何が起きたのかを説明しておこう。
「………」
「以上が、今日の決闘で起きたことだよ。ああ、アインモンドは私が始末してあるから、ヤツのことは気にしなくて良い」
「…それ、初耳なんですけど…」
伝えていなかったのだから仕方がない。
昼食の間に伝えてもよかったのだが、私の興味がジョージの新しい刀に向いていたからな。そもそも聞かれなかったし、彼もなんとなく私が始末したんじゃないか予想していたのではないだろうか?
鍛冶師は私が伝えた内容を嘘だとは思っていないようだが、それでも納得がいっていないようである。
「…いくら何でも、そいつはあんまりじゃねぇですか?殿下に落ち度は、何もねぇじゃねぇですか」
「いや、良いんだよ。どの道、俺はこうするつもりだったんだ。むしろ、親父からあんな風に言ってくれるとは思ってなかった…。恨まれてるって思うと、ちょっとヘコむけどな…」
「ああ、アレは私がそうするようにジョスターに言っておいたんだ」
「…はい?」
訳が分からない、と言った表情でジョージがこちらを見ている。
最初にこの城に来て謁見をした時点でジョスターの状態を把握していたこと、そしてアインモンドに捕らえられた意識を取り戻し、決闘の前日にジョスターの肉体に戻してジョージの望みも含めて事情を説明していたことを話しておく。
「あ、あの…。その話、俺が聞いても良かったんですかい?」
「貴方は口が堅いだろう?問題無いと判断したよ」
「あの…事前に説明する気とか、なかったんですか…?」
「うん。決闘に集中してもらいたかったから、意図的に伝えなかったよ」
少しのミスでジョージの命が危険にさらされていたのだ。余計なことは考えさせない方が良いと判断したので、ジョスターの意識を取り戻したことや彼とのやり取りは伝えなかったのだ。
「…まぁ、親父がノアさんのおかげで無事だったのなら、もうそれで良いですよ…。その、親父を助けてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「あ…っ!こ、これ、俺も頭下げた方が良いのか!?え、ええと…!」
鍛冶師まで机に額をぶつける勢いで頭を下げそうになっていたので、それは止めておいた。料理が顔に着いたら勿体ないからな。
「そんなことをしなくても、貴方の感謝の気持ちも分かるから、頭を下げる必要は無いよ。今後も、この国のために懸命に働いてくれればそれで良いさ」
「う…ううむ…。これが王の器ってヤツなのか…。まるで陛下のお言葉に聞こえたぜ…」
特に魔力も込めていなかったし、完全に鍛冶師の気のせいだとは思うのだが、否定はしないでおこう。元より私は姫だし、彼は確かにそう感じ取ったのだから、彼の感性を否定することはないのだ。
いやまぁ、流石に神だと言われたら否定させてもらうが。
2人とも満足するまで食事を堪能したようなので、少し食休めをさせたら風呂に入るように促しておいた。
ジェットルース城の風呂を参考に作った風呂設備だから、問題無く使用できるし、2人で入ることも問題無く可能だ。
しかし、何故かジョージが顔を赤くしている。鍛冶師と一緒に風呂に入るのが恥ずかしいのだろうか?怪盗と一緒に入ろうとしていたのに?
と思ったら、ジョージは随分と年相応の想像をしていたようだ。
「ふ、風呂って、まさかノアさんも一緒に…!?」
「え゛っ!?で、ででで殿下!ソイツは流石に…!」
「そんなわけないだろう?私だって異性で一緒に風呂に入る行為が問題のある行為だと言うことぐらい学んでいるからね。私は別の風呂に入らせてもらうよ」
『亜空部屋』は、部屋の中で別の部屋の扉を出すことも可能なのだ。つまり、この場で別の部屋の風呂に向かえるのである。
『亜空部屋』の扉を2人目の前で出現させれば、何か納得したように遠い眼をしだした。
「アッ…ハイ…デスヨネー」
「殿下…流石に夢見過ぎですぜ…」
「い、いやだってさぁ…」
ジョージは私の裸を見ているからな。一緒に風呂に入ることに抵抗がないと思われていたのだろう。
実際にその通りではあるが、それが問題のある行為なのは知っているのだ。ならば、わざわざそんなことをする必要はないのである。
私もジョージ達も風呂を堪能し、風呂上がりのリジェネポーションを飲んだら、それぞれの部屋へと返すことにした。ちょっとしたサービスである。
あの状態でベッドに入ったら、すぐにでも深い眠りにつくことだろう。
疲れも取れて英気も養ったことだし、2人は明日も万全の状態で刀の制作ができるだろう。
明日はジョスターの通達に同席する必要があるから作業を一から見学できないが、そこは我慢しよう。
『
では、私も読書を終えたら明日に備えて寝るとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます