第473話 父の願い

 日が変わり、朝食を食べたら新聞に目を通す。

 記事の内容は取り留めのない内容だ。決闘やジョージの話はおろか、ジョスターが回復したことも記載されていない。

 決闘が内密に行われていたので、無理もない話である。

 イネスは決闘のことを知ってはいたが、流石に決闘場に忍び込む気はなかったらしい。彼女はジョージが決闘に勝利すると信じて疑っていなかったようだ。


 朝食後、キャロと昨日の決闘のことやアインモンドのことを訪ねられたので、当たり障りのない範囲で説明しておいた。

 この国の人間ではない私が、この国の事情をむやみに話すわけにはいかないのだ。


 「さ、宰相様って、この国を乗っ取ってたんですか!?」

 「大抵の人は気付いていたみたいだよ?」


 気付いていてもその方が都合がいいと考えていた者が大半だったため、口に出したくても出せなかったというのもあるのだろう。

 キャロのように気付いていなかった者は非常に少ない。


 その後もキャロと雑談をしながら時間を潰し、約束の時間になったので謁見の間に向かうことにした。



 時刻は午前10時、場所は謁見の間。

 この場には現在、玉座にジョスターが腰を下ろし、その隣に私がいる。

 下にいても良いと言ったのだが、周りからやっかみを受けかねないと説得され、かつてアインモンドがいた位置に私が立つこととなった。


 階下には、ジョージを除いたジョスターの子供達が並んで跪いている。

 彼等も昨日の内に決闘の結果がどのようになったのか多少は耳にしているので、この場にアインモンドがいないことに関して疑問に思っている者は一人もいない。


 ジェームズを除いて、こうしてジョスターの子供達と直接会うのはこれが初めてになるな。

 男女含め、全部で18人いる。ジョージとジェルドスを含めればちょうど20人だ。

 ジョスターは現在67才で長男だったジェルドスは27才だった。

 機能としては問題無いのだろうが、随分と高齢になってから多くの子供を作ったものだ。


 ジョスターが子供達に頭を上げるように促すと、ジェームズが発言の許可を求めた。


 「陛下、発言の許可をよろしいでしょうか」

 「許す。申してみよ」

 「はっ。先日の決闘、勝者はジョージと聞き及んでおります。ですが、そのジョージがこの場にいないのは、どういうことなのでしょうか?」


 彼等は、決闘の勝敗自体は知っていても、その後何が起きたのか詳細を知らないのだ。つまり、ジョージが兄殺しの罪を問われ、その責を請け負ったことを、この場にいる者達は知らないのである。


 「…あ奴は、既に余の息子ではない。ジェルドスを殺めた罪により、皇位継承権と家名を剥奪し、10年間の国外追放処分とした」

 「なっ!?」


 ジョスターの口から出た返答に、ジェームズはおろか他の兄弟達も驚いている。が、その理由は別々のようだ。

 ジェームズのように純粋に罰の内容に嘆いている者もいれば、後継者候補が一人減ったことに喜びを隠さない者もいる。


 「そなた等も聞いての通り、アインモンドは余の名を騙り、そなたらをジェルドスに殺させようとした。ジョージは、それを止めた形になるな」

 「ならばなぜ!?」

 「余の意識が、こうして戻ったからだ。そもそも、あの決闘は余が決めたことではなく、あの国賊が決めたことである。ならば、余の意識が戻った以上、決闘そのものが無効となる。余は、あのようなことを望んではおらぬ」


 決闘がそもそもないものとされるのならば、ジェルドスの命を絶ったジョージは、罪に問われる立場になる。


 ジョージが罪に問われたことを特に気にしていない皇女の1人が、別の質問をジョスターに投げかける。


 「決闘が無効だというのであれば、後継者はどのようになるのですか?」

 「何事もなければ、継承権が最も高いジェームズに余の後を継がせる」

 「「「っ!?」」


 即座に返された返答に、皇位を狙っていたと思われる者達が驚愕している。それとは別に、名を呼ばれたジェームズ本人も驚いているようだ。


 「だが、すぐではない。見ての通り、余の体は快復に向かっておる。まだしばらくは、この地位を譲るつもりは無い」

 「「「………」」」


 現在のジョスターは、私が多少とは言え回復させたこともあり、順調に体調が戻っている。食事も問題なく普通の食事ができるどころか、昨日は2人分の食事を平然と平らげていた。

 この調子なら、2,3日後には完全に体調が快復するだろう。


 「この中に、余の後を継ぎたい者はおるか?」


 そう問われるも、その問いに答えるものはいない。

 ジョスターがジェームズに後を継がせると言った以上、それを覆すような発言をするのは得策ではないと考えたのだ。

 尤も、言葉に出さずともその野心まで隠すつもりは無いようだ。

 表情を見れば、ジェームズが次期皇帝となっていることに不満を持つ者がいることは、容易に理解できる。


 「うむ…。もしもそなた等を支援し、皇位を得るための助言をするような貴族がいるのならば、それ等は聞き捨てよ。その言葉は国を乱す逆賊の言葉である」


 少しの沈黙からジョスターの口から出た言葉は、この場にいる全員を驚かせた。

 全員と言うわけではないが、後継者達はこの国の貴族から支援を受けている。そして、皇帝の座を引き継ぐことを望まれている。ジョージもそうだった。

 それは大抵の場合、母親の実家もしくは、その家の派閥の貴族達の言葉だ。

 要するに、将来自分達の権力を強めるための行動である。


 「そなた等に問う。何故、余の兄弟が一人もおらぬか、知る者はいるか」

 「陛下が皇位に就くまでに、熾烈な継承権争いがあったと学びました」


 ジョスターの問いに、いち早くジェームズが答える。


 現在、ジョスターには兄弟がいない。先帝の時代、ジョスターには今の彼の子供達と同じく多くの兄弟がいた。

 だが、誰もが皇位を求め、自分以外を邪魔者として排除するために行動した。


 その結果、10年以上の内乱が続いていたのがこの国だ。

 先代皇帝が存命中から起きた内乱である。尤も、先代皇帝も寝たきりの状態で、それ故に次期皇帝の座を求めて内乱が起きたのだが。

 結局、先代皇帝が命を落とした後も内乱は続き、最終的に生き残ったのはジョスターだけだった。


 「内乱に限った話ではない。戦争が起きた時、真っ先に血を流すのは誰か。それは主を信じ、武器を手に取った兵士達であり、民達だ。戦争が続けば民が減り、その結果、国は疲弊する」


 ジョスターが皇帝の座に就いた時、この国は大きく疲弊していた。内乱が終わる頃には、国の人口は内乱がはじまる前の半分未満となっていた。

 ジェルドスが生まれるのが遅かったのは、子供宝に恵まれなかったという点もあるが、そもそも子供を作っている余裕がなかったのだ。


 疲弊した国を立ち直らせるため、ジョスターは奔走し続けた。


 「40年だ。内乱が終決し、余が皇位に就いてから今の状態になるまで、40年の月日が掛かった。尤も、あの国賊に余が意識を奪われておらねば、もう少し良い環境になっていたやも知れぬがな…」


 少なくとも、この国の貴族が軒並み欲にまみれ、他者を見下す傾向になったのはアインモンドが原因と言って良いだろう。それと、ジェルドスの変化もか。


 「何事もなければジェームズに余の後を託すが、他の者達を蔑ろにするつもりは無い。ジェイド、ジャックス、そなた等は十分な資質があると見ておる。ジェームズが皇位に就いたら、そなた等には相応の爵位と領地を与えよう」

 「「…っ!」」

 「2人だけではない。十分な資質を持つと判断した者には、爵位と領地を与えよう。試練を課す。それを成し遂げて見せよ」


 ジョスターは私がジョージの元へと向かった後、自分の子供達の状況をすぐに調べ上げた。そして成人している3男と4男は、爵位を持つに十分な資質があると判断したのだ。

 それ以外の者達も、試練を成し遂げられれば資質があると認め、爵位と領地を授けると言うことだ。

 領地に関しては問題無い。内乱で多くの高位貴族が命を落とし、その際に皇帝管轄となった領地が大量に残っているからだ。


 先程後継者について訊ねた皇女が、ジョスターに再び尋ねる。


 「殿方達はそれで良いのでしょうけど、私達はどうなるのですか?」

 「皇女達よ。そなた等も変わらぬ。マルグリット、マリアンヌ、マーガレット。そなた等には既に十分な資質があると認め、望むのならば爵位と領地を与えよう。他の皇女達も、試練を成し遂げられれば、爵位と領地を与える。だが、嫁ぎたい先があるのならば申し出よ。余は、それを支援しよう」


 その返答に、皇女達だけでなく皇子達も騒めいている。

 経済的な心配があるのだろう。一人の皇子、アレは先程ジョスターに名前を呼ばれた三男のジェイドだな。


 「その…陛下、それほどまでに大盤振る舞いをなさって、我が国の資産は大丈夫なのでしょうか…?」


 ジェイドの問いに、ジョスターは意地の悪そうな笑みを浮かべながら答える。


 「心配はいらぬ。あの国賊がこの城に余計なものを大量に取り付けてくれたようだからな。それらを撤去すれば、そなた等の門出を送り出すだけの資産になろう」


 ジェットルース城には、今もアインモンドの計画のために大量の貴金属による装飾が施されている。

 用途をジョスターに説明したら、直ちに撤去すると息巻いていた。


 本来のジェットルース城の姿は彼、いや帝国人にとって誇りの一つらしい。その外観を著しく歪めた装飾は、彼にとって我慢ならない暴挙だったようだ。


 「皇女達だけでは無いぞ?皇子達も、良い相手に婿入りしたいと願うのならば、余はそれを支援しよう」


 ジョスターは私に誓っていた。子供達の手綱を握り、内乱を起こさせないと。その覚悟と決意を、この場で私に見せているのだ。


 ジョスターが玉座から立ち上がり、階下へと降りて行く。私も同行しよう。

 その様子に皇子達が驚きを見せるものの、その行動を止める者は一人もいない。

 私が何かをしているわけではない。ただ、ジョスターの放つ気配が、子供達に彼の行動を止めさせないのだ。


 階下に降り、同じ地面の上に立ったジョスターが、子供達を立ち上がらせた後に口を開く。


 「そなた等は皆、余の血を引く余の子である。余は、自分の子供が傷つき命を落とす様など見たくはない。我が子等よ、兄弟同士で争うなどと、余を悲しませるようなことをしてくれるな…。これは、皇帝としての命令ではない。そなた等の、父親としての願いだ…」

 「ち、父上…」「お…父、様…っ!」


 同じ目線、同じ立ち位置からジョスターの嘘偽りない願いを聞き、子供達が感極まっている。中には瞳を潤ませ、涙を目じりにため込む者や堪え切れずに涙を流す者すらいる。


 「10年間という月日は…実に残酷よな…。皆、大きく、凛々しく、美しくなった…。その成長をこの目で見られなかったことが、悔しくて堪らぬ…!」


 ジョスター含め、この場にいる者達は皆庸人ヒュムスだ。

 どの種族も子供の頃は成長が同じとは言え、成人を過ぎてからの成長には種族ごとに大きな変化が起きる。

 彼が意識を奪われる前はまだ子供だった者達も、今では立派な大人になっている者達がいる。

 だが、幼い皇子や皇女の成長はそれ以上に大きな変化となっているだろう。


 その様子を見られなかったことを、ジョスターは本気で嘆いていた。



 子供達への通達が終わり、解散となった後、私はジェームズの部屋に訪れていた。彼に話したいことがあったからだ。


 「どういったご用件でしょうか?」

 「ちょっと貴方に頼みたいことがあってね。突然だけど、貴方に婚約者はいる?」

 「い、いえ、今はいませんが…」


 この反応は…婚約はしていないが想いを寄せる人物自体はいる、と言ったところか。ならば問題無いな。


 私がジェームズに頼みたいことを伝えると、彼は少し考えた後に了承してくれた。彼なりに、思うところがあったようだ。


 私の用件はこれで終わったが、ジェームズはジェームズで私に用があったようだ。ジョージのことについて聞きたいらしい。


 「昨日、ジョージと貴女が鍛冶工房にいるところを見た者がいたそうです。ノア殿は、あの子と面識があったのですか?」

 「うん。今も彼は自分の武器を鍛冶工房で作っているところだろうね」

 「貴女がこの国に訪れたのは、今回が初めての筈…。いったい、いつの間に…。それだけではありません。何故、あの時貴女まであの場にいたのですか?」


 ジェームズはジョージのことを可愛がっていたようだし、まだ弟が追放処分を受けたことに納得がいっていないようだ。

 加えて、私が先程の通達の際にジョスターの傍にいた理由も尋ねられた。

 まぁ、そちらに関してはある程度予想がついているようではあるが。


 隠れてジョージに修業を付けていたことと、ジョスターを救助して回復させたことぐらいは説明しておこう。


 ああ、後はジョージの課せられた罰が彼の望み通りだったことも、ジェームズに伝えておかないとな。

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