第48話 真・黒雷炎

 脆っ!?


 真上に蹴り上げるつもりで顎下を軽く蹴ったつもりだったのだが、私の右足甲が目標の顎下に触れた瞬間、首から上が爆ぜてしまった。

 蹴りの圧のおかげか、奴の肉片は私の方には飛び散ってはこない。


 別に、血で汚れようが臓物が身体にこびりつこうが、本来であれば気にする事ではない。

 エネルギーを内側から放出すれば、おそらく汚れは綺麗に取れると思う。

 だが、私のこの連中に対する嫌悪感は相当なものなのだろうな。この連中の肉片はおろか、血の一滴も浴びる事を良しとはしなかった。

 そしてその血を森の土に吸わせる気も無い。


 それにしても、最強だの無敵だのと嘯いていた割には、随分と生物強度が低い。

 私だってドラゴンだという自負があるのだ。同列に扱われたくないので、この連中がドラゴンとしては格が低い連中だと願いたい。


 まぁとにかく、随分と想定を下回る強度だったようだ。とりあえず、力を失って地上に落下しそうになっているので、首を左手で掴んで落下を防いで、掴んだ場所へ『凍りつく』意志を乗せたエネルギーを流し、凍結させて出血を抑える。

 私自身は図形によって風を生み出し、それを翼で受ける事によってその場でホバリングしている。


 周囲を見れば、ドラゴン共は唖然とした表情をしていて、何が起きているのかを整理できていないようだ。

 蹴ったドラゴンの首を左手で掴み、凍らせ、連中を一通りゆっくりと見回し、一呼吸したところで、ようやく一体のドラゴンが我に返ったようだ。

 叫びながら私に何者かを尋ねてきた。


 〈何モンだテメェ!?何をしやがった!?〉

 〈"混じり者"の分際で俺達に手ぇ出してただで済むと思ってんのか!?〉

 〈何をしたのか分からねぇが、いい気になってんじゃねぇぞ!?〉

 〈不意打ちなんざ汚ぇ真似しやがって!絶対ぇブッ殺して殺る!!〉


 自分達が今までしてきた事を棚に上げて、よくもまぁここまで好き勝手に喚く事が出来るものだ。呆れて物も言えないとは、こういう事を言うのだろう。


 それにしても、"混じり者"か。

 この連中には私がドラゴンとヒトの混種に見えているようだ。外見でしか判断が出来ていないのだろうな。

 それに、"混じり物"という蔑称がある以上、どうもドラゴンというものは混種を忌み嫌うようだ。

 全てのドラゴンがそうなのかは分からないが、少なくともこの連中は混種を見下し、忌み嫌っている。


 「質問は一つずつだ。まず、最初の質問。質問に質問で返すが、私がこの森の主だと言ったら、お前達は信じるのか?」

 〈テメェが森の主だぁ!?〉

 〈"混じり物"風情がふざけた事ぬかしてんじゃねぇ!!〉

 〈ちょっと飛べるからって、いい気になってんじゃねぇぞ!!〉

 〈調子に乗るのも大概にしやっ!?!?!?〉


 先程からご丁寧に順番に一言ずつしゃべっていたが、最後の一体がしゃべり終わる前にエネルギーを解放させる。

 これだけ接近していれば、今から即座に別々に散らばろうとも一体たりとも逃がす事は無いからな。


 私のエネルギーを感知した時、今までの勢いが嘘みたいに無くなっている。が、私にとっては関係のない事だ。


 「今、お前達が何を考えているのか、何をしようとしているのか、私にとってはどうでもいい。それと、残りの質問だが、答える意味は無い。お前達は、既に森の敵であり、私の敵だ。始末する。」

 〈ふ、ふざけんな!?なんだよお前!?何なんだよ!?〉

 〈"混じり物"が何でそんな力を持ってんだ!?おかしいだろ!?〉

 〈クソがッ!お、俺達に何かあったら、"ホール"の奴らが黙ってねぇぞ!!〉

 〈は、ハッタリだ!こんなの、見せかけに決まってる!!"混じり物"がこんな力持ってるわけねぇんだ!!〉


 三体はその場で委縮して、一体は逃げようとしている。

 散々この森で好き勝手に暴れまわったというのに、随分と態度が急変したようだ。


 この連中に、先程までの態度を振り返らせて煽ってやれば、さぞ悔しがるのだろうし、もしかしたら許しを請いだすかもしれないが、一々そんな事はしない。時間の無駄だ。


 尻尾を伸ばして委縮している三体の心臓部、エネルギー発生の中心部を鰭剣きけんでまとめて刺し貫く。

 何の反応も出来ずにいたため、非常にあっけない。貫いた場所からこの連中の血が森に落ちていかないように、この連中も尻尾から意思を流して凍結させておく。


 〈あ、ありえねぇ・・・。こ、こんな事、こんな事ある筈がねぇ!お、俺は、俺達はドラゴンなんだぞ!?クソッ!クソがああぁ!!!〉


 逃げようとしていたドラゴンが、セリフだけ聞けば自棄になって挑もうとするように聞こえるが、実際の行動は、セリフとは裏腹に一目散の逃走である。


 このまま追って仕留めても良いが、ふと稽古の後にホーディから教えてもらった『黒雷炎』を試したくなったのだ。

 それというのも、ホーディが使用した『黒雷炎』は『黒炎』に『黒雷』の要素を加えて作り出した、いわば『黒炎(雷荷)』とも言える事象だったからだ。


 ならば、『黒炎』と『黒雷』、どちらも同じ割合、完全な融合状態の事象であった場合、また違った事象、『真・黒雷炎』とでも言える事象が発生するんじゃないかと思いついたのだ。


 ホーディから教わった『黒雷炎』の図形を作り出す。

 やはり『黒炎』がベースになっているな。使用割合としては『黒炎』が8に対して『黒雷』が2、か。ここから『黒炎』と『黒雷』の使用の割合を示す"形"を精査して1:1の状態へと作り替えていく。


 ・・・良し、出来た。


 図形を改良している内に、ドラゴンは随分と遠くに離れていったようだ。視界には小石よりも小さく映っている。まぁ、関係ないが。

 奴に狙いを定めて事象を発生させよう。使用する事象の図形は『黒雷炎波』だ。



 あっ。しまった。頭に血がの上っていたからか、エネルギーの色を分けるのを忘れていた。

 図形を作るところからエネルギーの制限を掛けずに制作していたため、最早どうにもならない。



 発生した事象は見た目だけでいうなら、黒に近い紫色の光を放つ円柱を横倒しにして、凄まじい速度でまっすぐに伸びていくような見た目、すなわち以前のようなエネルギーの奔流に近い見た目だ。


 色を分ける事なくエネルギーを使用してしまったため、規模も凄まじい。

 円柱の半径が森の奥地の樹木二本分はある。奔流の進む速度は先程私が使用した噴射による高速移動よりもはるかに速い。不意を突かれて使われたら、私でも回避は困難だろう。


 〈ヒィッ・・・ハッ・・・グケャッ・・・!?〉


 放たれた奔流は一呼吸する間も無く、あっという間にドラゴンに追いつき飲み込んでいく。

 あまり放出し続けても森の住民を混乱させてしまうだろうから、ドラゴンを飲み込んだ事を確認してすぐにエネルギーの供給を断っておいた。


 エネルギーの供給を断っても、図形に残ったエネルギーが尽きるまでは、事象は発生し続ける。

 樹木五本分の高さから放ったため、地上に影響は無いとは思いたいが、実際の所はどうなのだろうか?

 どれほど遠くまで影響を及ぼしたのか、分かったものではない。


 図形のエネルギーが尽きて奔流が収まると、逃げていたドラゴンは塵一つ無くなっていた。

 まぁ、この結果は予測出来てはいた。ホーディが放った『黒雷炎』ですらエネルギーを抑えていたとはいえ、私に大きなダメージを与えたのだ。

 私が手加減せずに使用すれば、こうなる事は分かっていた。


 かなり強力な攻撃手段だ。私の知る図形による事象の中では、間違いなく最大火力と言っていい。

 帰ったらホーディに教えてあげよう。彼ならば適性があるし、無闇矢鱈に森で扱うことも無いだろう。


 さて、森に危害を加えていた連中は始末したわけだが、左手で掴んでいるのと、尻尾でひとまとめに貫いている計四体の死体をどうするかだが、家に持って帰ろうと思う。この死体を森に還元させたくないのだ。


 無いとは思うが、新しく森で生まれてくる命にこの連中のような思考を持った者が産まれてきてしまう気がしてならない。

 だったら、今の今まで排泄を全くしていない私が喰らってしまった方が森のためだろう。

 だからと言って、独り占めする気は無い。望むのであれば、皆にもこの連中の肉を分けてあげるとしよう。


 では、噴射による高速移動によってさっさと家に帰るとしよう。





 ―"楽園浅部"のとある集落にて―


 広大な"楽園"のほんのごく一部にあたる、小さな集落。そこは総勢300体ほどの魔物、蜥蜴人リザードマンの変位種、宝麟ジュエルケイル蜥竜人リザードマン達が住まう集落である。


 ただでさえ、とある事情によって窮地に追いやられている最中に、ここ数十年は無かったドラゴンによる襲撃が重なり、どう対処するかを集落の長と一体の戦士が相談していた時だ。


 最近になって森の"最奥"に確認できた存在が、凄まじい速度で上空にて蛮行を働いている者達の真下に現れたのだ。

 何をしに来たのかと思えば、圧倒的な強さで瞬く間に五体のドラゴンを蹴散らし、再び"最奥"へと戻っていった。


 「"勇者"よ・・・。あの御方の御姿、しかと見ていたな。」

 「はい。あの御方、"黒龍の姫君"様こそが、これまで確認が出来なかった、この森の主で間違いないでしょう。」

 「このような森の浅い場所にまで気に掛けて下さる御方だ・・・。我らの願い、聞き届けて下さるやもしれん・・・。」

 「"森の監視者"達ならば、"姫君"様にお取次ぎ出来るやもしれません。」

 「うむ・・・。思念波の扱いに長けた者を、直ちに集めよう。最早、我らが助かるにはこれしかあるまい・・・。」


 深刻な面持ちで今後について相談し合っていた二体の魔物の目には、希望の光が僅かに宿っていた。

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