第626話 昨日の出来事を説明しよう

 私が旅館の部屋に戻ると、リガロウを含めた皆が私の帰りを待っていた。


 〈ご主人!お帰りー!〉

 〈万事、上手く事が運んだようですな。流石はおひいさまでございます〉

 〈やっとご飯が食べられるわ!みんなでごはんを食べましょ!〉〈ノア様が帰ってくるまで我慢してたのよ!早く食べたいのよ!〉


 なんてこった。皆、夕食が配膳されていたというのに、私が帰ってくるまで食べずに待ってくれていたというのだ。

 それぞれが『収納』から夕食を自分達の目の前に取り出していく。


 〈ご主人とフレミーとリガロウの分もあるよ!〉

 〈じっと見てたら置いて行ったわ!〉〈最初は持って帰ろうとしてたのよ!〉

 〈儂等の声が聞こえたわけでは無いようですが、儂等の言いたいことは理解できたようですな〉


 それは……従業員も災難だったな。

 特に魔力等の力を込めていなかったとしてもこの子達から見つめられてしまっては恐ろしかっただろうに。

 まぁ、私のためを思ってやってくれたことだし実際に私達の分の夕食も確保できたのだから、ウルミラ達を責めるつもりはない。ただ、料理を運んでくれた従業員には後で詫びておくとしよう。


 〈ご主人!庭を眺めながらごはん食べよ!お昼の時も綺麗だったけど、夜の景色もすっごくキレイなの!〉

 「そうだね。そうしようか。本当に、良い場所を紹介してくれたものだ……」


 ウルミラの言った通り、昼に見た庭の光景も見事な景色だったが夜の景色もとても美しかった。

 庭の植物には小さな花を全体に咲かせる樹木があるのだが、その花の花弁が発光しているのだ。決して強い光というわけでは無いが、だからこそ庭全体の景色が良く分かるようになっているし、風で散る花びらが夜の黒色にとても映えるのである。


 〈綺麗……。素敵な景色を見ちゃった。フフフ、良い服が作れそう。ノア様、新作の出来栄えは期待しててね!〉

 〈儂もこの景色を自分の作品に投影しようと思いますぞ。旅の思い出にもなるでしょうし、傑作間違いなしですな〉

 「ありがとう。期待しているよ。さ、そろそろご飯を食べようか」


 目の前の光景を題材にした服や陶器か。どう考えても名作の予感しかしないな。

 フレミーの製作技術は言わずもがな。実際に花びらが散っていると錯覚するような服を制作してくれるだろう。

 ゴドファンスの作品も日に日にその品質を向上させ続けているのだ。

 実を言うと、彼は船旅中も作品を制作していたりする。尤も、その光景が人間達の目に入ったわけでは無いため、彼が陶器を制作しているなどとは思われていないのだが。

 彼は船旅中の甲板から見える光景にも感銘を受けており、見事にその景色を題材にした陶器を船旅中に完成させているのだ。


 あの時に制作していたのは観賞用の大皿だったが、今度の作品はどんな形状になるかな?

 私個人の要望としては酒に関連した作品だと非常に嬉しいな。

 仄かに光りながら舞い散る花びらを見ながら強めの酒を楽しむなど、実に風情があるじゃないか。そうだ。風呂に酒を持ち込んでもいいのか確認を取っておこう。

 この魔い散る花びら、位置的にこの旅館の屋外風呂でも見ることができる筈だ。


 風呂に入りながら美味い酒を飲み、美しい景観を楽しむ。最高じゃないか。まさに旅行の醍醐味と言える。

 思いついたのならすぐにでも楽しみたいところだが、今は目の前の料理からだ。折角皆が私達のために我慢してくれたのだから、その思いを無下にするわけにはいかない。じっくりと堪能させてもらうとしよう。



 食事を終え、風呂も済ませて極上の布団に入れば、あっという間に次の日の朝だ。

 夕食や風呂は勿論、風呂から出て部屋に戻って来たら畳に敷かれていた布団の寝心地も文句無しだった。


 私達が宿泊する部屋にベッドが無かったため、就寝のための部屋は別にあるのかと思っていたのだが、そうではなかったのだ。

 私達が風呂を堪能している間に従業員達が全員分の布団を部屋に持って来て畳の上に敷いたのである。当然のようにリガロウサイズの布団まで敷かれていた。

 今まで寝る時はベッドの上で寝ていたから、床に敷かれた布団で寝るという体験はかなり新鮮に感じられたな。

 そして肝心な寝心地なのだが、しっかりとした畳張りの床のおかげで布団は傾くことも無く、下手なベッドよりもずっと安定感があった。

 加えて言うなら布団も高品質だった。流石に使用された素材はベルガモスの絹糸のような最高級品というわけでは無いが、それでも上質な絹糸を使用しているため滑らかな触り心地が布団に入った私の全身を包み込んでくれたのだ。

 全員分の布団を用意してくれていたため、今回は皆それぞれの布団で寝ることとなったが、それでも私は快適な睡眠を堪能できた。


 そんなわけで昨日の疲れなどまるで残すことなく(そもそも疲れていないが)私は朝を迎えられた。

 皆で朝食を取ったら早速冒険者ギルドへ移動だ。今回の同行者はリガロウとレイブランとヤタールである。

 何故彼女達が付いて来てくれるのかというと、昨日のカジノで私が口にした食事が原因のようだ。


 〈ノア様と一緒にいれば美味しい物にありつけそうよ!〉〈抜け駆けはダメなのよ!私達も食べたいのよ!〉

 「今日はカジノに向かう予定は無いよ?」


 そう説明したはずなのだが、彼女達は同行を止めるつもりはなく、私の両肩から離れる気はないようだ。

 私は両頬に彼女達の羽毛が当たって大変気持ちがいいので構わないが、私に付いて来たからと言って食べ物にありつけるとは限らないのだ。後で食事にありつけなかったからと文句を言わないでもらいたいところだ。


 〈心配してないわ!〉〈ノア様の行くところに美味しいものありよ!〉


 そんなことは無いと思うのだが……。

 いや、待て。ふと自分の過去を振り返ってみると私は何かと行く先々で美味い食べ物を口にしている気がしてきた。


 しかし、仕方がないのである。

 美味そうな香りが私の鼻孔を刺激したり、美味そうな料理のレシピが記載された本を目にしたり、客人としてもてなす際に美味い菓子を用意してくれたりであの手この手で食べ物のほうが私の興味を引いて来て止まないのである。


 ……うん、詭弁だな。認めよう。私は行く先々で様々な食事にありつけていると。


 「それじゃあ、これからは私と行動を共にするの?」

 〈そのつもりよ!美味しいものが食べたいわ!〉〈ついて行くのよ!沢山食べるのよ!〉


 相変わらず食い意地の張っている娘達だ。そこが可愛くもあるのだが。夢中になって食事をするこの娘達の姿はいつ見ても愛おしいのだ。まぁ、それを言ったら他の子達も同じではある。

 とにかく、食べ物目当てに私に同行してくれるというのなら、食事関係には積極的に関わっていくとしよう。



 そんなこんなで冒険者ギルドのギルドマスター執務室だ。現在この部屋にはギルドマスターと当事者であるミスティノフ。そして彼を護衛していた"ヴィステラモーニャ"達がいる。

 ただ、ここで1つ小さな騒動が発生してしまった。

 今回もリガロウにはギルドの外で待機してもらっているが、私の両肩にはレイブランとヤタールが止まっている。私が部屋に入るなり2羽の姿を確認したギルドマスターや"ヴィステラモーニャ"達が青ざめていた。


 正体がバレているわけでは無いが、この娘達は人間達から"楽園"において最も危険な存在とされる"死神の双眸"と呼ばれる存在だからな。熟練の現役冒険者パーティや過去に高ランクの冒険者だったギルドマスターからしたら、この娘達を前にしたら生きた心地がしないのも無理はないだろう。


 こちらとしても必要以上に警戒させたり怯えさせるつもりはないが、限界はある。


 「気にするな、と言っても無理だろうからこのまま話を続行させてもらうよ?早速だけど昨日私が"オルディナン・リョーフクェ"に向かって起きた出来事を説明させてもらおう」

 「お、お手柔らかにお願いします……」


 そのお手柔らかが何に対してなのかは分からないが、少なくともレイブランとヤタールはじっとしているつもりだ。

 というかこの娘達、姿勢をそのままに寝ているな。私の話は退屈そうだと判断したのだろう。まぁ、ウチの子達には昨日既に報告しているから同じ内容になってしまうからな。退屈に感じてしまうのも無理はないだろう。


 仮にお手柔らかにというのがこれから話す内容についてだとしたら、それは約束できない。私は昨日起きたことをそのまま話すつもりだからだ。

 尤も、事は既に平和的に解決しているのだ。どのような内容であれ気楽に聞いてくれればそれで良い。

 私としては、昨日の出来事よりも今後のことだ。ギルドマスターだけに話す内容ではないが、"ヴィステラモーニャ"達の依頼にも関わって来る話なのでこの場でついでに話させてもらうとしよう。


 と、思っていたのだが、ここに来て急な来客がこの執務室に訪れて来た。

 この街の代表である。どうやらデンケンが連れてきたようだ。街の代表と共にデンケンも一緒にいる。


 「悪ぃな、『姫君』様。内容が内容だからついでになっちまうが、コイツにも説明を頼めるか?二度も同じ説明をするのは面倒だろ?」

 「いや、むしろ助かるよ。連れて来てくれてありがとう。どうせだし、貴方も聞いて行く?」

 「おう、勿論そのつもりだぜ?何を隠そう、俺もミスティーのファンなんでな。何がどうなったのかいち早く知りてぇんだ」


 昨日の反応でそうではないかと思っていたが、やはりデンケンもミスティノフの熱狂的なファンだったか。無事に連れ帰ってきたことは伝えたが、それでも何者かに攫われたと聞かされれば気が気でなかったのだろう。

 デンケンは私に同じ説明を何度もさせないために街の代表を連れてきたと言っているが、それだけではなさそうだな。

 確かにそれもあるのだろうが、実際のところ、自分が真相を知りたいという理由が大半を占めていそうだ。

 公私混同になるとは思うが、建前はしっかりとしているしデンケンはそれなり以上に地位が高い。この場で話を聞く資格は十分にあるだろう。


 では、改めて昨日のあらましを説明するとしよう。



 説明を聞いた人間達は、ミスティノフ以外はうつむいたまま固まってしまっていた。

 ではミスティノフはというと、彼は昨日の演奏会を思い出してか表情をほころばせていた。ああいった経験を今後とも行いたいと言った様子だ。

 その願い、私が叶えて見せよう。彼を盛大な演奏会に案内するのだ。


 その計画をこの場で俯いている者達に説明する前に、なぜ皆してそのような態度になっているのか聞く必要があるな。


 「私の説明に、何か問題でもあった?」

 「ああ…‥その、何と言いますか……」

 「魔境の主に、特別な服をお渡しになったとのことですが……」


 ああ、そこか。

 ミスティノフにはベルガモスの絹糸による衣装を渡したのに対し、リリカレールにはフレミーの糸を使用した服を渡したからな。素材が気になるのかもしれない。


 「それほど気にする内容でも無いよ。人間では身に付けられない品だから」

 「それは、どういう意味で……?」

 「そのままの意味で。身に付けたら多分、服に込められた魔力で身を滅ぼしてしまうよ」


 特に制限を掛けることなくフレミーが自分の糸で編み込んだ服なのだ。それは即ち、あの服には彼女の魔力がたっぷりと込められているということに他ならない。

 人間からしてみれば未知の素材になるのだろうが、彼女の魔力に触れて無事でいられる人間を、今のところ私は確認できていない。

 入手に関しては諦めてもらう他ないな。そもそも、フレミーの服を着たリリカレールは服を着る前よりもかなりパワーアップしているし。


 フレミーはあの服を作る際に糸にプリズマイトの性質を持たせた糸も使用したのだ。頑丈どころの話ではないのである。

 もしも真実を知ったら間違いなく人間達は欲しがるだろうが、当然ながら私はリリカレールに渡した服にも座標記録を行っている。邪な者が彼女からフレミーの服を奪おうとしようものならば私が動くとしよう。

 尤も、領域の主であるリリカレールには、必要のない気遣いかもしれないが。


 名残惜しそうにはしていたが、一応はフレミーの服から意識を外しておくらしい。


 「それにしても、ノア様が既に歌をご存知だったとは……」

 「その辺りはルイーゼのおかげだね。とても素敵な体験ができたよ。勿論、ミスティノフの歌も素晴らしかった」

 「ノア様もリリーさんもとっても素敵でした!」


 最初はリリカレールに怯えていたミスティノフも、今ではすっかり同士であり友人のような関係となっている。

 一日とは言え、アレだけ一緒に音楽を楽しんだのだから当然と言えば当然だな。むしろあれだけ同じ感動を共有し合ってなお友好的な関係に慣れなかったらそれはもう相いれない関係になってしまうのではないだろうか?


 さて、詳細を説明してここでの会話は終わりではない。重要なのはここからである。


 「さて、折角こうして集まってもらっているのだから、私の今後の予定を伝えておこうと思うよ。元々そちらとしても確認しておきたかっただろうしね」

 「は、はい!よ、よろしくお願いします…!」


 私の予定を伝えるだけではない。スーレーン側としても私に対して何かしらの要望があるはずだろうからな。それを聞く必要もある。

 勿論、要望を聞きはするが、それに従うかどうかは内容次第だ。まぁ、よほど私の予定からかけ離れていなければ叶えるつもりではいるが。


 「まず、この街の滞在期間なのだけど、上陸した日も含めて1週間を予定しているよ。その後はまずは貴方達に素材改修依頼を発注した人物に会おうと思ってる」


 この街での予定滞在期間を伝えたら"ヴィステラモーニャ"達が深刻な表情で円陣を組んで小声で会話をしだした。何やら心配事があるようだ。

 なお、彼等の会話は普通に私の耳に入ってきている。


 「1週間……」

 「ま、間に合いそうか?」

 「多少無理をして身体強化を行えば何とかってところか……」

 「我々は良いとして、ミスティーはどうする?ついてこれないだろ」

 「交代で背負ってけば……」

 「いやいやいやいや!移動自体はできても俺達の全速移動の負荷にミスティーは耐えられないだろ!?ミスティーに何かあったら依頼人からだけじゃなく国中から総叩きだぞ!?」


 そうか。彼等は私がミスティノフのスポンサーに会う前に話を通しておかなければならないと考えているのか。そして今日も含めて後7日間でスポンサーの元までたどり着くにはかなりの強行軍を行う必要があると。リガロウならば1日も掛けずに目的地に到着できると理解しているからああまで深刻に焦っているのだな。

 このままではすぐにでも移動を開始してしまいそうだし、早めに誤解を解いておかないとな。


 「貴方達もここでゆっくりしてもらって構わないよ。私と一緒に目的地まで行こう」

 「「「「へ?」」」」

 「ミスティノフを連れ帰って来た時、彼は何ともなかっただろう?私なら彼に負担を掛けることなく高速で目的地まで到着できるんだ。貴方達も一緒に連れて行こう」


 困惑している様子だな。ああ、"ヴィステラモーニャ"は4人のパーティだし、リガロウに運んでもらうのは難しいと考えているのか。


 「心配いらないよ。貴方達のことはウチの子達が運んでくれるから。あの子達は、現状リガロウよりも速いんだ。勿論、移動の影響が出ないように防護も可能だよ」

 「「………」」

 「なんか今、とんでもないことを聞いてしまったような……」


 ただでさえリガロウの移動速度は規格外とされているだろうからな。そんなリガロウよりも速く移動ができると知らされれば、信じられないと思うのも仕方がない。

 だが、事実なのだからどうしようもないのだ。

 リガロウはウチの子達に対する態度を変えるつもりもないし、誰が見てもあの子よりもウチの子達の方が立場や力が上だと感じてしまうだろうからな。変に隠すと余計に話がややこしくなるだろうし、ならばいっそのこと先に事実を伝えておくのである。


 私に目的地まで運んでもらえる事実を受け入れ始めると"ヴィステラモーニャ"達は次第に表情をほころばせていった。

 既に依頼の品は回収し終わっているため、出発までの時間は自由時間なのである。


 彼等は最早自分達の話は終わったとばかりに早速自由時間の計画を立て始めた。


 「長めの休暇になるな」

 「簡単な依頼で小遣い稼ぎをするも良し、カジノで遊びまくるのも良し!」

 「久々に食べ歩きでもするかねぇ」

 「お?良いね!付き合うぜ?ついでに飲み歩きもしようや」


 聞いていて心が弾んでくる会話だ。特に食べ歩きや飲み歩きという単語には魅力を感じずにはいられない。同行しても構わないだろうか?


 まぁ、それは後で確認するとしてだ。

 折角街の代表もいることだし、もう1つ私の予定を伝えておかないとな。


 旅館を紹介してくれたことへの返礼についてである。

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