第627話 互いにファンだった

 歌を歌おう。

 元々は旅館を紹介してくれた返礼に歌を披露するかジオラマを制作して旅館に渡すつもりでいたが、今回は前者にした。

 それというのも、"オルディナン・リョーフクェ"の最奥で演奏会を開いたのが大きい。あの時間は、本当に楽しかったのだ。


 やはり音楽は良い。音を奏で、歌を歌うほど楽しくなってくる。飽きがこない。

 早い話、私が歌いたいから歌うのだ。それで返礼になっているのか聞かれれば回答に困るところだが、喜んでくれるというのならそれで良いと思っている。

 喜んでもらえなかったら……その時は改めてジオラマを渡すとしよう。歌を返礼にするとしても、家に飾る用としてジオラマは作ると決めていたのだ。


 「そういうわけでね、素敵な旅館を紹介してくれた礼に、歌を披露しようと思っているよ。私の歌唱力や演奏技術は、ミスティノフが保証してくれる」

 「はい!歌も演奏も、とっても素晴らしかったです!」

 「それは素晴らしいですね!して、それを行う日時はお決まりで?」


 実を言うとまだ決まっていない。

 この街に滞在している間、部屋の中で街全体に響かせようかとも思ったのだが、今はミスティノフがいる。

 これは私の我儘なのだが、どうせなら彼にも参加してもらおうと思ったのだ。


 しかしミスティノフは1曲歌を歌うだけで金貨が数百枚動くようなシンガー界の中でも頂点に君臨しているような存在だ。しかもスポンサー付きである。

 私の一存で歌を歌わせるのは、流石に横暴が過ぎると思うのだ。

 どうせなら、誰にも文句を言われない状況で堂々と彼と歌を披露したい。というわけで、一度彼のスポンサーと話を通して彼とのセッションをやらせてほしいと頼むつもりだ。それをミスティノフを救出した報酬にしてもいい。

 勿論、今回の返礼で歌う光景はリリカレールに渡した結晶体でも閲覧が可能だ。彼女も喜んでくれると嬉しい。


 「その際、歌を歌う様子はスーレーンの領土内ならばどこからでも視聴が可能にするつもりだよ」

 「そ、そのようなことが可能なのですか!?」

 「可能かどうかと聞かれれば、可能だと答えるよ。ちょっとこの大陸でやりたいことがあってね。その練習にもってこいなんだ」


 旅行の締めくくりに行う大演奏会。その内容は人間だけでなくオルディナン大陸に住まうすべての知的生命体に伝えるつもりだ。

 そのため、今回の旅行ではこの大陸の魔境にも積極的に足を運ぼうかと思っている。

 領域の主達は基本的に高い知性を持っており意思の疎通が可能だ。挨拶ついでに音楽を披露すれば、いずれも友好的な関係が築けるのではないかと勘繰っている。

 それに、今回の騒動で分かったが、やはり領域の主との戦闘はリガロウにとって非常に糧になる。あの子の成長のためにも、領域の主と面識を持っておきたいと思ったのだ。


 そんな私の計画のためにも、スーレーンの領土全体に私とミスティノフが歌や演奏を披露している光景を伝える催しは、良いリハーサルになると考えた。

 開発した魔術や魔術具も実際に効果を検証したわけでは無いからな。いざ演奏会を行った際に不具合が発生して映像を届けられなかったら目も当てられない。一度実際に使用して不備がないか確認をするのだ。


 「その、やりたいことというのは……」

 「今はまだ秘密。だけど、すぐに分かると思うよ。"ヴィステラモーニャ"達へ依頼を発注した者に会った際、内容を教えるからね。それまでは我慢して欲しいかな?」


 しばしの沈黙。

 いや、実際には非常に小さな声で相談をしている。相も変わらず私にはまる聞こえではあるが、聞こえていると伝えた場合、彼等は非常に気まずくなるだろうから黙っておくことにした。


 相談の内容に関しては特に気にする必要のない内容だった。

 このまま踏み込んだ質問を続けるか、別の質問に移るのか、それとも質問を終えるのかといった内容だ。


 とりあえず満場一致で1つ目は無し。

 私が我慢して欲しいと言っているにも関わらず更に踏み込んだ質問をすれば私の不興を買うことに繋がると判断したようだ。

 彼等の考えは懸命だとは思うが、私は別にその程度では不愉快になったりはしない。ただ、私の両肩で大人しく寝ている2羽がどのような反応をするかだ。

 今のところ気持ちよさそうに眠っているが、彼女達は意外と周囲の変化に機敏である。私が少しでも煩わしいと感じた瞬間、目を覚ますだろうという確信がある。

 そして私が煩わしいと感じた原因をすぐに見つけてしまうだろう。


 それで彼等に攻撃するということは無いだろうが、睨みつけることぐらいはやりそうなのだ。

 私の見立てでは、彼女達の睨みに耐えられる人間はこの場にはいない。全員意識を失ってしまうだろう。

 まぁ、そんなわけで踏み込んだ質問をしないという彼等の選択は間違っていない。


 2つ目の他の質問だが、彼等は私がこの街に滞在する1週間の予定が気になるようだ。

 その気持ちは分からないでもないが、私の街での活動など一般的な旅行客とそう変わらないぞ?

 街を散策して文化や販売されている品物を物色し、食事の時間になったら旅館に戻って食事。食事が済んだら散策を再開して日が沈むころになったらまた旅館に戻って夜の時間をのんびりと過ごす。それを1週間続けるだけだ。それだけの時間があればこの街全体を見て回れるだろうからな。

 ああ、そうだ。散策をする前に図書館からの指名依頼を済ませておかなくてはな。ココでの会話が終わったら早速済ませておこう。そうしたら後は自由時間だ。存分にこの街を見て回るとしよう。


 そう言えば、ミスティノフや"ヴィステラモーニャ"達も1週間この街に留まることになったわけだが、彼等はどうするのだろうか?

 先程は食べ歩きや飲み歩きをすると語っていたりもしたが……。どうせだし、彼等にこの街を案内してもらうというのもアリかもしれないな。


 それと、彼等の宿泊先も知っておきたい。

 可能ならば私達が宿泊している旅館に宿泊してもらうのが一番いいのだが、ミスティノフはともかく"ヴィステラモーニャ"達は難しいかもしれない。

 それでも、私が彼等の分の宿泊料を支払うと言えば宿泊できるようになるのだろうか?


 思い立ったら確認だ。聞いてみるとしよう。


 「確認してみなければ分かりませんが、他ならぬノア様の要望です。ご要望が叶う可能性は非情に高いと思われます」

 「それはそうだろうね。この場に旅館の責任者がいるわけでは無いのだから、この場にいる者達の一存で決めるわけにはいかないか」

 「ミ、ミスティーはともかく、我々まで宿泊させてもらうわけには……!」


 "ヴィステラモーニャ"のリーダーと思われる人物が旅館の宿泊を辞退しようとしている。

 彼等としては、今回の騒動は自分達の失態と考えているようで私の厚意に預かる資格がないと考えているようだ。

 自分を責めずにはいられないのだろうが、相手が領域の主ではどうしようもないのだ。今回の騒動は誰のせいでもないと私は考えている。

 そもそも、騒動とは言うが、私にとっては存分に音楽を堪能してその上かけがえのない友までできた最高の時間だったからな。誰を責める気にもならないのである。


 とはいえ、無理強いは良くない。単に彼等が旅館での生活に気後れしてしまっているだけなのかもしれないし、ここは彼等の要望に沿うべきだろう。


 「それなら、私の我儘に突き合わせるのだから貴方達の宿泊費用だけでもこちらで用意させてもらって良いかな?」

 「っ!……わかりました。ご厚意に預からせていただきます」


 あ、今断ろうとしたな。ただ、断りの言葉を出す前に断ろうとしても私の気が変わらないと察したのだろう。流石は熟練の冒険者と言ったところか。相手の気持ちを読み取る能力も高い。

 リーダーの言葉に他の"ヴィステラモーニャ"達も激しく首を縦に振っているため、彼等は旅館に宿泊するつもりが無いのだろう。

 それならば仕方がない。彼等にも旅館に泊まってもらうのは諦めるとしよう。


 「ミスティノフはどうする?私は貴方にもあの旅館に泊まってもらえると嬉しいのだけど」

 「え、えっと……よろしいのでしょうか……?」


 私は構わない。むしろ泊まって欲しい。しかし超が付くほどの一流シンガーの場合、自分の行動を自分の一存だけで決められないのかもしれないな。

 ミスティノフは周囲に視線を移して誰かから意見を貰いたそうにしている。


 ここでミスティノフの背中を押したのは、この街の代表だった。


 「良いと思いますよ?ミスティノフ様はスーレーンだけでなくこの大陸中から支持を集めている方ですから、誰もあの旅館を利用することに文句をいう者はいないでしょう。それがノア様からのお誘いであるならば尚更です」

 「だな!ミスティー、遠慮するこたぁねぇぜ。コイツも人生経験だと思ってたっぷり堪能してきな!」

 「は、ハイ!」


 街の代表に続き、デンケンまで背中を押し出した。多分だが、あれはミスティノフと会話がしたかっただけだな。ミスティノフに返事をしてもらっただけだというのに感激して身を震わせている。

 まったく、知名度で言ったらデンケンもミスティノフに引けを取らないだろうに。その証拠に、ミスティノフはデンケンを羨望の眼差しで見つめているのだ。


 「提督にそうまで言ってもらえるなんて凄く嬉しいです!あの!サイン貰ってもいいですか!?」

 「………」


 あ、デンケンが固まった。ミスティノフに慕われているとは思っていなかったようだ。

 ミスティノフはミスティノフで、デンケンのファンだったのだ。


 別に不思議な話ではない。

 なにせデンケンはこれまで困難と言われていたあのズウノシャディオンがいる海域を幾度となく大陸を越えてこれまでとは比較にならないほど短時間で他大陸との交流を果たし、そして無事に自国に戻ってきているのだ。自国民からすれば英雄もいいところなのである。

 まだまだ少年としてのあどけなさが残るミスティノフからすれば、憧れない筈がないと言ったところか。


 仕方がないから声を掛けて勝機を取り戻してやろう。


 「デンケン?サインの1つや2つ、今のタイミングならどうということは無いだろう?」

 「お、おお!?お、おう!そ、そうだな!ああ!勿論サインぐらいどうってことねぇぜ!何に書いたらいい!?」

 「それでは、コレにお願いします!」


 意気揚々とミスティノフが取り出したのは、一冊の本だ。題名は"歴史が動いた日"。知らないタイトルだな。何度も読み返されているためか所々に摩耗が見られている。

 肌身離さず所持している辺り、余程大切な本なのだろう。

 デンケンが本を目にして目を見開いて驚いたかと思えば、少し恥ずかしそうにもしている。そして嬉しそうに本を受け取ると手早く自分のサインを書き始めた。


 「まったく、参ったもんだぜ!あの頃は俺もまだまだ詰めが甘いところが多くて失敗ばかりだった……」

 「でも!その失敗があったからこそ、今の提督があるんですよね!」

 「へっ、まぁな。俺の進んだ航路に、後悔はねぇぜ!」

 「ふ、ふぉおおおおお~~~!?」


 何やらミスティノフがいたく感動しているようだが、何があったのだろう?

 あの様子だと、戻って来た本に書かれたサインを見た反応というよりも、デンケンの先程の台詞を聞いてからの反応のように思える。

 ともすれば、先程のデンケンの台詞。ひょっとしてミスティノフが大切そうに抱きしめている本に記されている台詞ではないだろうか?

 先程の会話の内容や拍子に描かれている絵から考察するに、あの本はデンケンの過去に関係する書物ということか?


 知らないタイトルの本という時点で非常に興味深いというのに、デンケンの過去の話ともなれば私の興味は更に跳ね上がる。この亜と向かう図書館で探してみよう。


 さて、互いが互いのファンであると分かった以上、デンケンだけ与えるでは少し不公平だな。

 憧れの人物からサインを受け取って喜んでいる所悪い気もするが、ミスティノフにも少し働いてもらうとしよう。


 「ミスティノフ。貴方もお返しにサインでも渡したらどうかな?」

 「ちょ、『姫君』様!?」

 「ぼ、僕のサインでよろしければ……。その、提督に喜んでもらえるかどうかは分かりませんが……」

 「コイツに頼む!!」


 了承を得た言葉を聞いた途端に動き出したな。今しがたかぶっていた帽子を脱いで素早い動きでミスティノフの前に差し出した。


 「こ、コレって提督帽じゃないですか!良いんですか!?」

 「ああ!コレで頼む!コレ以外に選択肢はねぇ!」


 デンケンがかぶっていた帽子は、船の船長達がかぶっている帽子と似ているが、より刺繍による装飾が豪華だったりする。

 彼の帽子は、私がこれまで見たことのある帽子の中でも特に凝った装飾が施された帽子だ。おそらく、提督にしか着用を許されていない特別な帽子なのだろう。

 カジノの中ですらかぶっていたところを考えるに、相当大事な品と見た。


 ミスティノフは先程まで恐れ多そうな態度を取っていたが、デンケンの熱意に満ちた視線を受家続けているうちに根負けしたようだ。

 彼も手慣れた手つきでデンケンの帽子にサインを書き、帽子を受け取ったデンケンが今にも叫びそうなほど喜んでいる。


 「これで、いつ、どんな時でもミスティーに応援してもらってる気分になれるぜ!」

 「えへへ…!提督にそう言ってもらえるだなんて……!」


 デンケンだけでなくミスティノフまで嬉しそうだな。まぁ、憧れている人物から褒められたり肯定的な意見を言われたら嬉しく思うのは当然か。


 とにかく、これでこの場における用事は片付いたと言って良いだろう。

 デンケンが街の代表を連れてきてくれたおかげで余計な手間も省けたのが大きい。


 残りのやらなければならないこと、即ち図書館からの指名依頼を終わらせるのだ。

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