第628話 腕白少女は事情を知りたい

 というわけで依頼を片付けて来た。

 これまでもそうだったが、私にとって本の複製は一瞬で終わる作業なのだ。依頼された本を全て複製しても所要時間は5分と掛からなかった。


 ギルドで依頼の完了手続きを終わらせたら、後は街の散策だ。


 「あーっ!やっと見つけたー!」


 と行きたいところだったのだが、ギルドを出た私達の元に聞き覚えのある声がティゼム王国の言語で投げかけられた。台詞からしてずっと私を探していたらしい。

 ティゼム王国の言語。即ち私の知人もしくは友人であり、ティゼム王国の人物だ。声の主はシャーリィだった。


 「おはよう、シャーリィ。何かあったのかな?」

 「何かあったのかな?じゃないですよ!むしろこっちが聞きたいですって!昨日何があったんですか!?なんか周りが凄い騒ぎになって先生のこと称えてるんですけど!?」

 「昨日何があったのかは新聞を読めば大体分かる筈だよ?」

 「……いや、新聞はこの国の文字で書かれてるし……」


 ああ、シャーリィはまだスーレーンの言語を完全に習熟できているわけでは無いのか。

 アイラから船旅中にシャーリィを含めて外国の言語に不安がある者達に教鞭を振るってほしいと頼まれたため授業を定期的に行いはしたのだが、流石に付け焼刃だったようだ。

 あの授業でまともにオルディナン大陸で使用されている複数の言語を習熟できた者は1割もいなかった。


 一応、文字の読み書きができないだけで最低限の会話は可能なため、意思の疎通ができないわけではない。外交の仕事がこなせないことは無いだろう。

 尤も、シャーリィが付いて来たのは後学のためであり、今回彼女がこの大陸の人間達と外交的な会話をする機会はあまりないと思う。


 とは言え、やはり文字を読めないということはこの大陸、この国で発行されている新聞や本を読めないということでもある。それでは自力での情報収集が困難になってしまう。彼女には引き続きこの大陸で使用されている言語の習熟に励んでもらいたいところだ。


 「シャーリィ、私が何を言いたいか読み取ったようだけど、露骨に嫌な顔をしない」

 「だ、だってぇ~……」


 [だってー]ではない。地頭は良いというのに文字の羅列に目を通したり長く話を聞こうとすると途端にやる気をなくすのは早急に直した方が良い。

 もう少し面倒を見てやりたいところだが、私はこれから"ヴィステラモーニャ"の一部のメンバーと街を散策するのだ。シャーリィもついてくるつもりだろうか?

 私は別に構わないが、アイラがそれを認めるだろうか?

 彼女達は明日には移動を開始する予定の筈だから明日に備えて準備などもあるだろうし、のんびり観光を楽しんでいる場合ではないと思うのだが……。


 「そうなんですよぉ~。せっかく見たことのない武器とか建物とか色々あるのに物色できないんですよ!今だって必死にお母さんを言いく…じゃなかった、説得して1時間だけ自由時間ができたって言うのに…!」


 シャーリィはアイラを言いくるめたつもりでいるようだが、多分アイラは分かっていてシャーリィに自由時間を与えたのだろうな。

 彼女達は私達と違い、目的地までかなりの移動時間を必要とする。移動を開始してしまえば、碌な自由時間を設けることができないのだ。

 確かに休憩中にジョージやオスカーと模擬戦なり稽古なりで体を動かすことはできるだろうが、折角外国に、それも他の大陸に来たのだ。ただでさえ昨日まで船の上にずっといたのだから、多少の自由時間ぐらいは認めても良いと判断したのだろう。


 それでも1時間しか自由時間を認められなかったということは、かなりスケジュールが詰め込まれていると見て良いだろうな。

 まぁ、これも社会勉強のうちの1つなのだろう。シャーリィには是非とも忍耐という言葉を覚えてもらいたいところだ。


 しかし、この街に来て真っ先に注目する品が食べ物や服や装飾品ではなく武器とは……。相変わらずな少女である。

 折角器量が良いのだから、もっと衣服や装飾品にも気を遣えば良いものを……と、これでは意見の押し付けになってしまうな。

 アイラは先程のような考えを持つだろうし、実際にシャーリィに訴えているのだろうが、私とシャーリィは違うのだ。別に私に迷惑が被るわけでもないのだから、私がシャーリィの趣味趣向についてとやかく言う必要はないな。それはアイラの役目だ。


 で、シャーリィは私を探していたようだが、結局のところ昨日何があったのかを私の口から聞きたいということでいいのだろうか?


 「えっと、まぁはい、そういうことです!昨日この街に来たばかりなのに何で先生こんなに街の人達から称えられてるんですか!?」

 「結論から言うとこの国、この大陸でとても人気のある人物を助けたからだね」

 「ええ……。初日からなんでそんなことに……。先生って行く先々でトラブルを解決しなきゃ気が済まない性格だったりします?」


 何か貶されているような気がしなくもないが、実際のところ私に降りかかるトラブルは解決しなければ気が済まないのはその通りだったりする。

 仮に取るに足らない私に関係するトラブルが発生してそれを私が無視したとしよう。その時は良いかもしれないが、無視したことが原因でより大きな、それこそ取り返しのつかないような事態になったら目も当てられないのだ。

 可能な限り最善な結果を出したいし、不都合だの悲劇だのと言った事象は可能な限り避けたいのだ。

 誰だって嫌な思いはしたくないだろうし、私だってそれは変わらない。


 「確かに、私は自分に関わるトラブルだったらすぐに解消するだろうね。だけどね、シャーリィ。それは私に問題がある訳ではないんだ。トラブルが発生してしまう側に問題があると考えるべきじゃないかな?」

 「いや、責めてるわけじゃないですから。まぁ、それはそれとして先生って間違いなくトラブル体質ですよね?」


 果たしてそうだろうか?本当に私がトラブル体質持ちだとしたら、船旅中も大きなトラブルに見舞われていた筈だ。

 尤も、あの時はトラブルが起きる前にトラブルの発生源であろう"女神の剣"達を殲滅したからなのかもしれないが。


 「否定したいところだね。もしも私がトラブル体質だったら今回の船旅はもっと騒がしくなっていたと思うよ?私がトラブル体質なのではなく、世界がトラブルを大量に抱えているだけなんだよ。私が今まで遭遇したトラブルは、私がいなくても同じタイミングで発生していただろうね」


 尤も、今回の騒動に関しては、私がスーレーンに来なければ発生しなかった可能性もあるのだが。

 ただ、私がこのタイミングでスーレーンに来なくても私をもてなすためにミスティノフは衣装の準備はしていただろうから結局彼の歌声がリリカレールの耳に届いて囚われてしまうのは変わらないのだろうな。

 うん、やはり私がトラブルを呼び込んでいるのではない。世界がトラブルを抱えていると考えた方が良いだろう。

 

 「本当ですか~?そうなってくると、先生が本当に救世主って話になってくるんですけど……」


 実際のところ、私が干渉しなければ少なくとも人間社会に大きな影響が出ていたのは間違いないからな。シャーリィがそう思うのも納得がいく。


 「そう思いたければそう思えばいい。私は否定しないよ。実際に何度も複数の国を救っているのだからね」

 「おお……。大抵こういうこと言われると否定する場合が多いそうですけど、普通に肯定しましたね……」


 否定する理由が無いのだから、否定はしないさ。肯定もしないがな。今言った通り、そう思いたければそう思えばいいのだ。それを止はしない。

 正直、私自身もタイミングが良すぎると思っているのだ。

 現状、この星が私を意図的に人間に近い姿で生み出して人間社会に干渉させようとした可能性も考えられる以上、私が救世主だという意見を否定するつもりも肯定するつもりもない。


 実際はどうなのだろうな?

 私という存在はただ単に"楽園最奥"の魔力が規定値まで達したから自然に発生したのか、それとも星の意思が意図的に生み出したのか。

 龍脈と繋がった際に感じたあの視線(推定星の意志)とのやり取りを考えるに、後者である可能性が非常に高いと私は考えている。


 もう一度あの時と同じ体験ができれば良いのだが、私が進化した際にそれは不可能になってしまった。

 進化前は魔力嵐の中心で明確な圧力を感じていたというのに、進化後にはその圧力を全く感じなくなってしまったのだ。

 それが龍脈と一体化したからなのかそれとも私の生物強度が跳ね上がったからなのかは分からないが、同じ方法で星の意志と意思の疎通ができるようになるとは思えない。


 なんとなくではあるが星の意志と意思の疎通をする場合、もっと星の根源となるような位置まで、つまり星の中心に移動する必要があるのではないだろうか?

 私の何となくは良く当たるのだ。星の意志との意思疎通が必要不可欠になった場合、星の中心へと向かってみよう。


 さて、私のことはもう良いだろう。


 「それで?シャーリィはこのまま私の話をしたいのかな?それとも、昨日起きた出来事の詳細を知りたいのかな?」

 「昨日の詳細を教えて下さい!」


 だろうな。シャーリィが私を探していたのは昨日の詳細を聞くためなのだから、必要以上に私自身の話をする必要はないのだ。先程までの会話は見事なまでに脱線していたと言えるだろう。

 そういうわけで、多少強引ではあるが話を戻すことにした。



 話を戻して昨日の出来事の詳細をシャーリィに伝えたわけなのだが……。


 「………」

 「何か反応してもらえると助かるのだけど?」


 この通り何も語ることなく固まってしまったのだ。

 このままではお互いの自由時間が台無しになってしまう。特にシャーリィはアイラから許可された時間が短いのだ。この沈黙で自由時間が無くなってしまったらあまりにも勿体ない。


 少し無理をしてでも意識を戻そうか?


 「いや!いいです!大丈夫ですから!ちょっと情報量が多すぎて固まってただけですから!」

 「ならいいけど。意識が戻ったということは話の内容がちゃんと整理できたということで良いかな?」

 「まぁ、先生の歌とか演奏とかまた聞いてみたいなぁとか羨ましいなぁって思ったり魔境の主と一日で仲良くなってたりでツッコミどころは色々ありますけど……。やっぱり一番にきになってて聞きたいのは、魔境の主の強さですね!先生より強いんですか!?」


 流石はシャーリィ。彼女ならばどの点が気になるのかはある程度予想ができていたが、やはり他者の強さに感心が向くようだ。

 私は自身の明確な強さを誰かに語った過去は無いがリリカレールと私、どちらが強いかぐらいは話しても大丈夫だろう。


 「シャーリィ。私とルイーゼが対等だというのは、何も関係だけでは無かったりするんだ」

 「ってことは、先生も魔王様と同じぐらい強いってことですか!?そうなると……やっぱり先生の方が魔境の主よりも強いんだ!」


 ややはぐらかして説明をしようと思ったが、勝手に解釈を進めて自己解決してしまったようだ。

 手間が省けて助かる。相手が勝手に正解に辿り着いてくれたのなら、私の方からとやかく追加で説明する必要はないだろう。それっぽい表情をしていればいい。


 「え?なんですかその表情は。なんか含みのある表情ですね……」

 「ん?いやなに。シャーリィに説明する手間が省けたと思ってね」

 

 妙だな。私はシャーリィが首をかしげるような表情をしていたとでも言うのだろうか?それとも、私の表情から私の心境を読み取ったか?


 まぁ、どちらでもいいか。

 シャーリィが聞きたいことはもう答えたも同然だし、彼女の今後を訪ねるとしよう。

 尤も、昨日の説明をしている間に既にそれなりに時間が経過してしまっているからシャーリィに残された自由時間はそれほど残っていないのだが。


 「うう…。名残惜しいですけど、部屋に戻りますね……。先生!別の街や国で会うことがあったら稽古つけて下さいね!」

 「良いよ。約束しよう。ついでに貴女の成長も見せてもらうとしよう。もしも教えたことが実施できていなかったら……」

 「で、できていなかったら……?」

 「とびっきり地味で厳しい稽古を実施しよう。頑張って今日までに教えたことをものにしようね?」

 「ヒェっ!が、頑張りますっ!」


 船旅での稽古の内容を思い出したのか、シャーリィは顔を若干青ざめさせた。余程あの時の稽古が嫌だったのだろう。

 ならば、再びあの稽古を体験させられないようにするためにも彼女は努力をする筈だ。次に会う時を楽しみにしていよう。



 シャーリィと別れを告げたら、街の散策の開始だ。

 相変わらずイネスが私の様子を観察しているし、またウルミラに連れて来てもらうとしよう。


 今回は"ヴィステラモーニャ"のメンバーも同行するのだ。他大陸の有力冒険者に取材ができるのだから、イネスにとっても悪い話ではない筈である。


 「それじゃあ、頼んだよ」

 〈はーい。じゃ、ちょっと待っててね!〉


 そんなやり取りをしている間にウルミラはイネスの背後に『幻実影ファンタマイマス』による幻を発生させてあっという間に私の元に連れて来てしまった。


 「あのー…心臓に悪いので、できれば事前に連絡をしてもらっても……いえ、何でもないです……」


 自分の隠形に自信を持っているため、自分が相手を感知できないどころか一瞬で捕えられる事態に強い精神ダメージを負っているようだ。

 自分から堂々と私の元に来てくれればこのようなことをしなくても済むのだが、これは最早イネスの習性のようなものなのだろう。

 なお、私は彼女が隠れてこちらの様子を観察する限り今回のような対応を変えるつもりはない。どちらが先に諦めるか、根競べと行くとしよう。


 散策メンバーは揃った。


 そろそろ"ヴィステラモーニャ"のメンバーと合流して散策を開始しよう。

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