第625話 増えていく計画

 ギルドマスターの執務室に入った私達(リガロウは外で待機している)を迎えたのは、ギルドマスターだけではなかった。

 私に指名依頼を発注した"ヴィステラモーニャ"達も執務室で待機していたようだ。

 私がミスティノフを連れ帰って来たという報告は彼等も耳にしていたようで、既に盛大に喜んだ後なのだろう。今の彼等の表情はとても落ち着いている。


 彼等は私達の姿を目にした直後、同時に頭を下げて感謝の言葉を口にした。


 「ノア様!緊急なうえに非常に無茶な依頼だというのに引き受けていただいたばかりか、見事解決していただいたこと、誠にありがとうございました!」

 「どういたしまして。といっても、特に危険はなかったのだけどね。ミスティノフを連れ帰れた敬意をこれから話そう。と、言いたいところだけど、今日はもう遅い時間だ。私は部屋で待機している皆と風呂に入って旅館の布団を堪能したい。詳細は明日報告するということで良いかな?」

 「勿論です!ゆっくりと本日の疲れをお癒し下さいませ!」


 頭を何度も下げながら大きな声でギルドマスターが答える。

 ギルドマスターの外見はというと、それはもう筋骨隆々の立派な体躯をしていて荒っぽい口調が似合いそうなのだが、そんな外見とは反対に非常に腰が低い。

 この低姿勢が私相手でしかも緊急の依頼を解決したからなのかはたまた元からなのか、"ヴィステラモーニャ"達の表情を見れば良く分かる。


 彼等は皆してギルドマスターに対して信じられないものを見るような視線を向けているのだ。つまるところ、彼のこの態度は普段からは想像のつかないのだろう。

 まぁ、荒くれ物の多い冒険者達を管理しまとめあげる人物で、しかもカジノの責任者でもあるのだ。常日頃から低姿勢な態度でいる筈がないな。

 ただ、私が本来の口調で語るギルドマスターの姿を直接この目で見ることは叶わなそうだ。彼等は強い感謝と恩義、そして畏怖の感情を向けられているのがハッキリと分かるのだ。


 詳細を説明するのは明日にするとして、カジノへの入場許可はもらっておいた。

 事情を説明したら、ギルドマスターはすぐに許可証を差し出してくれたのだ。

 というか、元から渡すために予め用意していたようだった。しかも彼がカジノの責任者であると見抜いていると私が説明する前から理解したうえでだ。

 私ならばそれぐらい見抜いていると思っていたのだろうか?実際その通りなのだが、なかなかに信頼されたものである。


 とにかく、これで堂々とカジノへ入退場が可能となった。デンケンの様子を伺いに行くとしよう。



 ミスティノフと別れてカジノの前に移動すれば、午前中と変わらぬ2人があの時と同じ佇まいで扉の前に立ちふさがっていた。

 彼等はずっとあんな調子で出入り口に立っているのだろうか?城門の門番と違い、カジノの出入り口には休憩所らしい場所はない。正直門番よりも大変な仕事ではないだろうか?

 それというのも、カジノはまだ営業中であり当然出入り口を塞ぐ彼等の仕事もまだ継続中だからだ。どこの国、何処の街でも大体午後8時には街の出入り口である城門を閉じてしまい、日中の門番は仕事を終えるため、今もまだ仕事を継続している彼等は城門の門番よりも辛いのかもしれない。


 まぁ、城門の門番には目の前の彼等には無い仕事もあるため、一概にどちらが大変なのかは決められないだろうな。

 ただ、少なくとも拘束時間は長くなるため忍耐力は必要になるだろう。人間にとって、ずっと立ちっぱなしというのは辛い筈だ。


 彼等は私の姿を確認すると、まだ何も声を掛けていないというのに両脇に移動してカジノの扉を開けてくれた。

 既にギルドマスターから彼等に連絡が言っているのだろうか?


 「良くぞお越しくださいました。どうぞ、お通り下さい」

 「ご苦労様。これは差し入れだよ。遠慮なく受け取って欲しい」

 「!……ありがたく頂戴いたします」


 彼等に渡したのは、私がいつも風呂上がりに飲む、良く冷えたリジェネポーションだ。

 消耗した体力や披露した筋肉の回復を早めるだけでなく滋養強壮効果もあるため、今の彼等にも効果があると考えたのだ。少なくとも昼からずっと立ちっぱなしだった彼等を労いたくなったため渡すことにした。

 彼等から純粋な感謝の感情を受け取り、カジノ内へ入らせてもらうとしよう。

 なお、扉の大きさの関係上リガロウには入れないため、この子にはここで一足先に部屋に戻ってもらうことにした。


 「済まないね。デンケンに声を掛けたら私達もすぐに戻るから」

 「はい!俺も頑張って体を小さくする技を身に付けます!」


 私の元に来た時は上空から降りてきたが、帰りは飛将を行うつもりはないらしい。リガロウはゆったりと歩きながら旅館の方向へ移動し始めた。この街の街並みを楽しみながら帰るつもりのようだ。


 旅館へ帰るリガロウを見送っていると、フレミーから声を掛けられた。


 〈リガロウは本当に良い子だね。あの様子ならすぐにでも縮小化を覚えそうだし、そうなったら今よりもあの子と一緒にいられる時間が増えるね〉

 「うん。是非そうなって欲しいし、早くあの子を家に招待してあげたい」

 〈流石にそれはもうちょっと時間が掛かっちゃうかなぁ…。あ、そうだ。この建物の中には面白い格好をした給仕がいるんだったね?〉

 「そうそう。フレミーにも見て欲しかったんだ。是非あの衣装を再現してみて欲しい」

 〈任せて!新しい服なら大歓迎だよ!〉


 なかなかに面白い格好だったからな。愛嬌と扇情を兼ね備えた印象を与える奇抜な衣装だった。給仕を見る異性の視線に、邪な感情があったのも無理はないと言えるだろう。

 主に女性が身に纏っていたのだが、男性がいないというわけでもなかった。まぁ、男性の方が肌の露出は少なかったが。

 

 フレミーならば『広域ウィディア探知サーチェクション』を使用してすぐにでも衣装の全容を把握できるだろう。私はデンケンの元に直行することにした。


 「頼むぜ!ココで勝てれば今までの負けが全部ひっくり返るんだ!俺に勝利を齎してくれ!」

 「相変わらず楽しんでいるみたいだね、デンケン」

 「お、おお!?ひ、『姫君』様かよ……。戻ってきたんだな」


 デンケンはかなり賭け事に熱中していたようだな。この様子では外で何が起きていたのかなどまるで把握していないのだろう。

 ちなみに、彼は現在騎獣によるレースゲームの着順を予測する競技に参加している。倍率の高い着順に掛けていることに加え先程の発言を考えると、ここまでに結構負けてしまっているようだ。大分冷静さを失っているようだな。カードの役を揃える賭け事をしていた時とは随分な違いだ。


 多分だが、今どれだけ時間が経過しているかも理解していないだろうな。もうじき始まるレースが終わったら、デンケンに話してあげるとしよう。



 デンケンの予想は見事に外れていた。かすりもしなかったと言って良い。まぁ、彼が掛けたのは大穴中の大穴だったらしいから、当然の結果とも言える。

 口を開けたまま固まってしまっているデンケンには悪いが、リガロウにすぐに戻ると約束した手前、さっさと要件を伝えさせてもらうとしよう。


 「もう結構遅い時間になるし、今日の賭け事はこの辺にしておいたら?」

 「………今日はとことんツイてねぇ日だな。そうさせてもらうぜ。って、もう遅い時間って言ってたが今何時だ?」

 「午後9時34分」

 「……マジで?」


 マジである。午前中からカジノに入り浸り、今の今まで碌に飲食をしていなかったのだろう。今になってようやくデンケンは空腹を抱き始めたようだ。自分の腹部を右手で擦り、気の抜けた表情をしている。


 「道理で腹が減ってると思ったぜ。いや、結果としちゃ負け越したことになるんだが、途中までは結構勝ってたんだぜ?ただよぉ、勝った後にちょっと負けてまた勝つと、止め時が分からなくなっちまってなぁ…」

 「それでこんな時間までズルズルと?」

 「お、おう。随分手厳しいな。こっちに来るまでに結構掛かったみてぇだし、何かあったのか?」


 やはりデンケンは外の様子など何も知らないようだ。ならばかいつまんで説明するとしよう。



 「はぁーーーっ!?ミスティーが攫われたぁーーーっ!?」

 「大きな声だね。ちなみに、もう連れ戻してきているよ」

 「お……俺がカジノで遊んでる間に、トンでもねぇことになってたんだな……」


 説明を受けたデンケンの驚愕の声は当然のようにカジノ全体に響き渡った。特に防音結界などは張っていなかったからな。当然だ。

 そしてミスティノフの知名度がオルディナン大陸中に知れ渡っているともなれば、カジノの利用客達も平然としてなどいられないだろう。というか、従業員まで動揺してしまっている。客も従業員も、もれなく彼のファンなのだろう。


 デンケンの絶叫とも言える驚愕の声を耳にして誰もが青ざめていたが、私が既に問題は解決したと伝えたことで皆平静を取り戻している。これ以上の騒ぎにはならないだろう。


 「おお……!『黒龍の姫君』様。流石だ……!」

 「ノア様に掛かればどのような問題だろうと解決できてしまうのだろうな」

 「良かった……!ミスティーが無事で、本当に良かった……!」

 「しかし、ミスティーを攫う者がいるだなんて……。犯人は一体誰だったんだ?」


 前言撤回。普通に騒ぎになった。

 カジノ中から私を称える声やミスティノフの無事を喜ぶ者達の声が聞こえてくる。

 これは、リリカレールに攫われたとこの場で話してしまった場合今以上の騒ぎになってしまうな。

 いずれ、というか明日には知れ渡る情報ではあるが、今この場で説明する必要はないだろう。間違いなく私の時間が減ってしまう。


 強引に旅館に戻る手も無いわけではないが、それをやったらほぼ確実にこの場にいる者達は私に対して怯えの感情を抱くと思う。


 基本的に私を知る人間達は私の行動を阻害しようとしない。私の行動を阻害して不興を買ってしまった場合、どのような目に遭わされるか想像がつかないからだ。

 過去の私の活動はオルディナン大陸にも十分に知れ渡っており、少なくともスーレーンの人間からは決して怒らせてはならない相手だと思われているようなのだ。


 だからこそ、私に緊急の指名依頼を発注した"ヴィステラモーニャ"達も非常に深刻そうな表情をしていたわけだな。

 いやまぁ、ミスティノフが攫われた時点で非常に深刻な事態ではあるのだが、その上で私の行動を阻害することになると理解していたからというのも理由の1つだったのだ。


 とにかく、この場で詳細を放すつもりはない。

 明日早朝に冒険者ギルドへ足を運び詳細をギルドマスターに説明し、そこから人間達の手で今日の出来事を拡散してもらうとしよう。

 ギルドマスターに説明を終えたらデンケンに案内してもらい、この街の代表に会う。


 旅館を用意してくれた礼を何にするかの相談もあるし、今後のミスティノフの扱いについても話がしたいのだ。

 "ヴィステラモーニャ"達が引き続き彼を護衛するとは思うのだが、私もそれに一枚噛ませてもらいたい。


 現在、"ヴィステラモーニャ"達はミスティノフのスポンサーから依頼を受けてミスティノフと同行している。ということは、彼等と行動を共にすれば必ず目的の人物と接触できるのだ。

 元々彼等には報酬としてミスティノフのスポンサーと思われる人物への取次ぎを要求しているのだ。

 彼等が私への報酬を踏み倒すことは無いだろうし、ミスティノフの護衛に私も加わると申し出れば、彼等は快諾してくれる筈だ。


 ただ、彼等の移動速度に合わせると時間が掛かり過ぎるからな。移動はウチの子達とリガロウで行う。

 ミスティノフはリガロウに乗れるし、ウルミラやゴドファンスならば冒険者達を運ぶことぐらい訳もないからな。あっという間に目的地まで到着だ。

 私はまだこの街や旅館を十分に堪能していないからな。彼等の本来の移動速度を考えれば、満足いくまで楽しんでから移動を開始しても遅くはないだろう。


 というわけで、私はこれから旅館に戻るのである。

 リガロウにすぐに戻ると約束した手前、コレは決定事項だ。誰にも邪魔させない。


 そう言うわけだから、フレミー。そろそろ旅館に戻るとしよう。


 〈ん?あーもう旅館に戻るの?ここにいる人達が着てる服、どれも見栄えが良いからもうちょっと眺めてたかったんだけど……。ああ、そっか。リガロウにすぐに戻るって言っちゃったもんね。分かったよ。旅館に戻ろう〉


 流石はフレミー、話が早くて助かる。そして気遣いもできる。

 それにしても、彼女は奇抜な格好の給仕だけでなく、利用客や従業員全員の服装に興味を持ったようだな。それは即ち、彼女の製作レパートリーが大いに増えるということだ。


 実に歓迎すべき話である。

 今回の旅行ではフレミーが同行してくれるおかげで、気に入った服をすぐに彼女が私用の服を仕立ててくれるのだ。

 フウカには悪いが、今回は折角同行してくれた私の友達の好意にあずかろうと思っている。

 行く先々で見つけた服を沢山着るのだ。きっととても楽しいぞ?


 そうだ。沢山の服を着れるのならば、チヒロードの時のように写真集を制作してみるのもいいかもしれないな。

 いいぞ。やりたいことが次々に思い浮かんでくる。楽しみで仕方がない。


 この気持ちを忘れないまま、旅館に戻って皆と風呂に入るとしよう。

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