第624話 リガロウの成長
プレゼントに満足してくれたリリカレールは、私がミスティノフを連れて帰ることを快諾してくれた。
「本当に素敵な贈り物をありがとう。今度会ったは、私が貴女にプレゼントを用意する番ね」
「期待しておくよ。必ずまた、ここで音楽を楽しもう」
「ええ!その時を楽しみにしているわ!」
リリカレールと熱い抱擁を交わし合い、お互いに再会を約束して別れを告げる。次にこの場所に来た時が楽しみだ。
今度はいつ会いに行こうか?旅の締めくくりの演奏会を開いた後か。それとも、リリカレールにも演奏会に参加してもらおうか?
悪くない手だな。
リリカレールの歌唱力や演奏技能はこれからも上達していくだろうし、締めくくりの演奏会を開く頃には今以上の音楽家になっていそうだ。
領域の主は自分の領域から出られないわけでは無いし、誘ってみるのもいいかもしれないな。
尤も、すぐに誘うつもりはない。多分だが、誘えば2つ返事で引き受けてくれると思う。
ただ、誘った時点で私と行動を共にしたいとも言い出しかねない気がするのだ。
いくら私でも、領域の主を人間達の生活圏内へ連れ歩くような常識知らずではない。リリカレールを誘うのはしばらく後だ。
そうだな。ミスティノフの他に少なくとも後2人ほど音楽関係者と友好的な関係を築き、彼等を演奏会に誘ってからにしよう。そうすれば人間達にも折角だからという建前が立てられる。
良し、そうと決まればこのまま街まで戻るとしよう。
さて、街まで戻る際には当然リガロウに乗って帰るわけだが、ミスティノフはどうしようか?
ウチの子達が指摘したことで私以外の者を自分の背に乗せるようになったとはいえ、自分よりも弱い者を背中に乗せるのには抵抗があると思うのだ。
今回も私が尻尾で彼を掴み上げる形になるのだろうか?
しかし、リガロウも成長しているようだ。
なんと、私の予想とは裏腹に、あの子は自分からミスティノフに歩み寄ったのだ!
「乗りな。尻尾で背中まで持ち上げてやるよ」
「えっと……良いん…ですか……?」
ミスティノフもまさかリガロウから直接騎乗の許可が出るとは思っていなかったようで困惑している。
私だってあの子の態度には少し驚いているのだ。まさか、戦闘能力が皆無としか言いようのない少年を自分から背に乗せようとするとは想像できなかったのだ。
ミスティノフの問いに、リガロウは静かに答えた。
「お前は俺が知ってるヤツ等よりも凄く弱いけど、お前の歌う歌は聞いてて凄く心地よかった。姫様と同じぐらい上手かったぞ。だから、俺はお前を背中に乗せてやる」
「えと……ありがとう、ございます……?」
リガロウも強さ以外の要素で相手を判断するようになったのである。これもヴァスターのおかげだろうか?
あの子とヴァスターの力の差が開き続けてもなお、お互いの関係に変化がない。あの子は相も変わらずヴァスターを"ヴァス爺"と呼び慕っているのだ。
それこそ生物としての強さ以外の部分、相手の内面や技能などを見るようになったと言って良いのではないだろうか?
ヴァスターに現世に残ってもらって本当に良かったと思う。彼のおかげで、リガロウの精神は本来よりも早く成長しているように感じられるのだ。
さて、リガロウから騎乗許可も下りたのだから、ミスティノフにもリガロウに乗ってもらうとしよう。
わざわざ尻尾の先端を彼の前に差し出して自分の背中まで持ち上げようとしてくれているのだから、あの子も随分と気を遣えるようになったというものだ。
だが、ミスティノフの方にあまり動きがないな。どう乗ればいいのかまごついているように見える。
尻尾で持ち上げてもらえるとは言え、先程までリリカレールと激しい戦闘を行っていたし、その際にリガロウは思いっきり尻尾を使用しているからな。
リガロウの尻尾には私の尻尾と同様に
この子の鰭剣にも、人間達の街に入るようになってからは周囲の人間達をうっかり負傷させないように私と同じく尻尾カバーを取り付けてもいる。
だが、だからと言って怖くないわけがない。尻尾カバーを付けていてもあの子の身体能力が下がるわけでは無いのだ。
あの子が全力で戦闘を行った際の周囲の影響を間近で見せられたのだから、怖がってしまうのも当然である。
ここは私が助け舟を出すとしよう。
「ミスティノフ。怖いかもしれないけど、リガロウは気遣いのできる優しい子だよ。思い切って尻尾に跨ってみると良い」
「へぅあっ!?」
む、声を掛けるタイミングを間違えてしまったか。素っ頓狂な声を上げて驚かせてしまったようだ。全身の体毛が逆立ち跳び上がってしまいそうなほどに体をすくめている。
歌を歌っていた時はまるで物怖じしない様子だったのだが、あの時の姿は見るかげもないな。此方が本来の姿なのだろうか?
いや、どちらもミスティノフの本来の姿なのだろうな。リガロウや私を前にしても物怖じしないほど、彼は歌を歌うことに情熱を掛けているのだ。
まったく素晴らしい話じゃないか。
私が言うまでもなく、それほどにまで熱を入れられる何かがあるというのは誇っていい事実である。老若男女問わず人気を集めているシンガーなだけはあるな。
しかしこのままでは話が進まないので、リガロウに頼んでミスティノフの足の間に尻尾を通し、半ば強制的に尻尾に跨る体制を取らせることにした。
「わ!わわ!う、浮いて!?」
「大丈夫。決して落としたりはしないから。それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
リガロウが尻尾を動かす前に私はこの子の背に飛び乗る。うん。相も変わらず良い据わり心地だ。この子が私のために、私に会わせて進化してくれたと認めざるを得ないだろう。
私がリガロウの背に跨ると、この子はミスティノフを乗せた尻尾を動かして私の前まで連れてくる。
どうして欲しいのかは分かっているので、尻尾に乗っかっているミスティノフの脇を持ち上げてリガロウの背、つまり私の目の前まで移動させて腕を彼の腹の前まで回して固定する。つまるところ、後ろから抱きしめるような形になるな。
ただ、ミスティノフの小柄な外見もあって少し積極的になり過ぎてしまったようだ。彼は顔を真っ赤にさせて驚き慌てている。
「え?ええ!?あ、あの、この体勢は!」
「気にする必要はないさ。そもそもこの程度の密着は歌を歌っている最中は頻繁に行っていただろう?」
「そそそそんなことを言われましても……!」
そう。私が演奏会を行っている最中に体を密着させていたのは、何もリリカレールとだけではないのだ。
感情のままに体を動かしていたからな。私もリリカレールも当たり前のようにミスティノフと肩を汲んだり抱きしめたりしていたのである。
その時はミスティノフもまるで気にした様子はなかったし心の底から楽しそうにしていたので、無意識のうちにミスティノフと密着しても問題無いと考えてしまっていたようだ。異性の人間だとは理解していた筈なのだがな。
慌てるミスティノフに気休め程度の説明をしてみたのだが、やはり効果はないか。
まぁ、問題は無いさ。
私に密着していることなど、リガロウの噴射飛行を体験していればどうでもよくなってくるだろうからな。
さぁ、街まで帰るとしよう!
分かっていたことではあるが、あの場所から一気に噴射加速によって街まで移動した瞬間、ミスティノフは悲鳴を上げて意識を失いかけていた。
正直、そうなるように仕向けたところはある。
変に私に対して異性として意識してもらいたくはなかったからな。より強い刺激を与えてそれどころではなくしたのである。
街には問題無くは入れた。まぁ、門をくぐらずに上空から冒険者ギルドの前まで降り立ったのだが。
街から出る時も冒険者ギルド前から飛び立ったのだ。戻ってくる時も冒険者ギルド前に降りてきた方が事情を知っている者にとっては分かりやすいだろう。
時刻は既に午後9時過ぎ。一応ギルドの戸は開いているとはいえ、殆どの人間がギルドには残っていない。
私達がギルド前に上空から降りて来てもあまり騒ぎにはならなかった。
まぁ、ミスティノフはそれどころではないのだが。
「ひ、ひぃ……ふぅ……つ、着きまし……た……?」
「うん。到着したよ。冒険者ギルド前だ」
「ほ、本当にあっという間だった……」
ここからリリカレールの住処まで、本来ならば何日も時間を掛けて移動しなければならない距離だからな。それが10分もしない内に戻ってきたともなれば何とも言えない表情になってしまうのも仕方のないことだろう。
信じがたい事実に呆然としているミスティノフを眺めていると、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
私達の中の誰かの魔力反応でも察知してギルド職員が駆けつけてきたのだろう。
「ノ、ノア様!ご無事ですか!?あ……ああ!?ミスティー!無事だったのですね!?」
「ど、どうも……」
「ただいま。もろもろの事情を説明するから、とりあえず中に入るとしようか。それと、ギルドマスターはいるかな?」
「は、はい!勿論待機しています!我等一同、ノア様の御帰還を心待ちにしておりました!ど、どうぞこちらへ!ギルドマスターがお待ちです!」
ギルドマスター含め、ギルド職員達は私が必ずミスティノフを連れて帰ると信じてくれていたようだ。
その理由が私の今まで訪問した国で行って来た活動によるものなのか、それとも魔王と対等の存在だと認識されたからなのかは分からないが、とにかく私に勝る人間はいないと判断されているようだ。少なくともスーレーン内で私に対して力を誇示するような者は現れそうにない。
勿論、それはスーレーン内での話であって他の国ではどうなるかは分からない。
いつの時代、どの国にも救いようのない大馬鹿者とやらはいるようだからな。この大陸にもデヴィッケン=オシャントンのような人物はいるものと考えるべきだろう。
そのデヴィッケンが私に関わってどうなったのか、この大陸の者達も知ってはいると思うのだが、別大陸の話だからな。詳細は知らないのかもしれない。
私に対して直接何か不愉快な行動をしてくる分には問題無い。その場で少し驚かせてやればいいだけだ。
問題は、私が懇意にしている者達に干渉してくる場合だな。
今のところ、私は私と親しい者が悪意にさらされたことが無いのである。
いや、正確に言えばアイラやシャーリィはインゲインの悪意にさらされていたのだが、私が防いでいたから未遂に終わっている。
なにが言いたいのかと言えば、もしも実際に私が懇意にしている者に危害が加えられた場合、どれほど私が怒るのか想像がつかないのである。
下手をすると、危害を加えて来た者の国ごと滅ぼしても怒りが収まらないなどということになりかねない。
……良い方は悪くなるが、監視が必要だな。
危害を加えそうな人物に対してではない。その逆、私が懇意にしている者達にだ。
座標登録を施した品を渡してある人物はともかく、そうでない者には護衛も兼ねて無色透明の幻を付けておこう。
勿論、ミスティノフにも幻を付けておく。
まぁ、彼に関しては過剰なまでの護衛を人間が付ける可能性もあるが、今回のようなことが今後無いとは限らない。
[備えあれば憂いなし]と言うヤツだ。どれだけ準備をしてもし過ぎるということは無いのだ。
まぁ、少なくともスーレーン内で私が懸念するような出来事は怒らないと信じたいところだ。本格的に警戒するのは、私や私と親しい者達がこの国を出てからだ。
不埒な輩に対する警戒はこのぐらいにしてギルドマスターへの報告に意識を集中するとしよう。
それに、ギルドマスターには別件で用があるのだ。
そう。カジノへの入場許可証である。
驚愕すべきことに、なんとデンケンは未だにカジノに入り浸っていたのである。あの様子ではミスティノフやスーレーン全体に危機が迫っていたなどとは微塵も思っていないのかもしれないな。1回1回の賭け事の結果に激しく一喜一憂しているのだ。
ギルドマスターへの報告を手早く済ませ、カジノの入場許可証を受け取ったら、堂々とカジノへ向かいデンケンを迎えに行こう。
事情を説明し、カジノの結界以上に盛大に驚かせてやるのだ。
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