第623話 プレゼントを渡そう
リガロウとリリカレールの稽古はあれからも苛烈さを増しながら続き、リガロウの体力に限界が来て稽古が終了する頃にはすっかり日が沈んで辺りは暗くなってしまっていた。
開けた場所ではあるため真暗というわけでは無いが、周囲に光源が無いため、ミスティノフからしたらかなり視界が悪くなっているかもしれない。
それはそうと、結局遅くまで時間が掛かってしまったため、おそらくデンケンは既にカジノで十分遊び尽くして外に出ている頃だろう。今頃になって私がミスティノフ救出のため"オルディナン・リョーフクェ"へと向かったという報告を耳にしているかもしれない。
現状街がどのような状態になっているかを調べるのは造作もないが、どうせこの後すぐに街に戻るのだ。
ルグナツァリオから警告などが入ってきているわけでも無し。ゆっくりとリリカレールとの交渉を始めるとしよう。
「リガロウもリリカレールもお疲れ様。どうだった?私の自慢のリガロウは」
「貴女が可愛がる理由が分かるわね。とても素直で良い子。それに飲み込みも速くて鍛えがいがあるわ。将来性がある子って良いわね」
いいなー。直接リガロウを鍛えられて。私は今まで一度もリガロウに稽古をつけたことが無いというのに。
「それは仕方がないわよ。大好きなお姫様に自分から牙や爪を突き立てるだなんて真似、通用しないと分かっていても恐れ多くてできっこないわ」
「なら、リリカレールも同じような経験を?」
リリカレールも自分の眷属には稽古をつけたことが無いのかと思い訊ねてみたのだが、彼女は人差し指を下唇に触れながら思いにふけるようなしぐさを取った後、こちらとしても気の抜けるような回答をした。
「うーん……。正直、私は誰かにこうして稽古をつけてあげるようなことが無かったら何とも言えないわね。そもそも、私は誰かに仕えたこともないし、今も貴女のようなお気に入りの配下がいるわけじゃないし……」
「参考にならない……」
「それだけ慕われているということよ。諦めましょ」
ならば、今は、今は我慢しておくとしよう。
だが、決してあきらめたわけでは無い。私達ドラゴンの寿命は非常に長いのだ。いつかは、いつかきっと、リガロウに直接稽古をつけてあげるのだ。私はその日を心待ちにしておこう。
さて、リガロウへの稽古も終ったことだし、リリカレールとミスティノフに私達からプレゼントを渡すとしよう。
「それじゃあ約束通り、貴女がリガロウに稽古をつけている間に作ったプレゼントを渡そう、と言いたいところだけどその前に。私の友達から貴方達に渡したいものがあるんだ。リリカレールは途中で気付いていたみたいだけどね」
「人間達が身に纏っている服のような物を作っていたわよね?それを私にくれるの?」
〈うん。私はフレミー。ノア様の配下で初めての友達なの。よろしくね。貴女の歌、とっても素敵だったから、私の糸で貴女が音楽を奏でる時の衣装を作ってみたよ〉
『収納』に仕舞っていたリリカレール用に制作した衣装を取り出し、彼女の前に差し出す。
彼女の肌色に合わせ、緑を基調とした色合いをしているが、その素材のすべてにプリズマイトの性質が加わっていて場所によっては虹色の光沢を放ち慎ましさと煌びやかさを両立させ対象だ。
しかも彼女の外観を損なうどころか元からそうであったかと錯覚するほどに身にまとった姿に違和感がない。
服を身に纏って目に見えてパワーアップしたと分かるかのような外見となったのだ。
なお、私とルイーゼのために作ってくれたドレスのような再生、復元機能はともかく可食機能は搭載されていない。
迷わず衣装に袖を通し、リリカレールがとても心地よさそうな表情をしている。
「凄い……。初めて着る筈なのに、今までずっと着続けていたかのような着心地……。それに、とても不思議。この服を着てから、音楽を奏でたくて仕方がないわ」
「そのための服らしいからね。せっかくだし、1曲どう?」
「フフ、そうね。聞いてもらえる?」
断る理由はない。リリカレールのソロ演奏。堪能させてもらうとしよう。
あれから1時間。フレミーの用意してくれた衣装と音楽の親和性は非情に高く、1曲演奏しただけでリリカレールの気が済む筈がなかった。
楽器による演奏を終えると、すぐに次の演奏を始め、歌まで歌いだしたのだ。
こちらとしてはもろ手を挙げて歓迎すべき出来事だな。リリカレールがそうまでフレミーの服を気に入ってくれたということなのだ。
「この服、本当に凄いわ!同じように歌を歌って曲を奏でている筈なのに、服を着る前と着た後で全然感覚が違うの!」
〈気に入ってくれたみたいだね。とても似合ってるよ〉
「フレミー、だったわね。素敵なプレゼントを本当にありがとう!」
フレミーとリリカレールも仲良くなったようでなにより。今後はリリカレールのための衣装も制作して行くことになるのだろうな。
実を言うと、私が魔王国から家に帰ると、フレミーはルイーゼのための服を何着も制作していたのだ。今度ルイーゼに会ったら渡して欲しいと言っていた。
どうせだから今度は自分で渡してあげると良いと言って彼女が製作した服はすべて彼女の収納空間に収まっている。
そう、今度ルイーゼと会う時は、フレミーも一緒だ。というか、ウチの子達全員で合えたらいいと思っている。
どのような形になるかはまだ決まっていないが、オーカドリアを含めた全員で会いたい。多分だが、私が世界中に自分の正体を公表するタイミングになると思う。
その時には、ルイーゼにはフレミーが用意した様々な服を着てもらうつもりだ。なお、現在も順調に数が増え続けている。当然、中には私とお揃いの服もある。
旅行から帰って来てフレミーに服を渡すたびに、彼女の中でインスピレーションが刺激されるそうで、製作が非常に捗るとのことだ。
今回はイスティエスタでフウカの店に訪れた際、彼女が製作した服を見てかなり創作意欲が刺激されていた。"マグルクルム"で海上を移動している時はもっぱら衣服の製作をしていたのだ。
多分、この大陸を渡り歩いている間にも様々なまだ見ぬ衣服を目にすることになるだろうから、フレミーの作品は更に増えていくだろうな。
そうして出来上った服も、今後は私やルイーゼ、リリカレールに渡されるというわけだ。まったく、私の友達は最高だ。
リリカレールへのプレゼントが終わったら次はミスティノフへのプレゼントだ。
「あ、あの……この服は…?」
「この子が貴方の歌を気に入ったから、そのお礼。魔王国で購入したベルガモスの絹糸性だよ」
「も、物凄い高級品なんですけど、良いんですか?」
「この魔協の最奥で手に入れた素材で作られた服だって似たような物なのだから、気にすることは無いさ。この娘のセンスは私が保証する。きっと似合うと思うよ」
「あ、ありがとうございます……」
やや怯えながらではあるが、素直に受け取ってくれるようだ。
歌を歌っていた最中は集中していたから周囲の状況をそれほど気にしてはいなかったが、やはりフレミーのことは少し怖いらしい。というか、リガロウとリリカレールの稽古を行っている際、実を言うとミスティノフは終始小さな悲鳴を上げ続けていた。
ハッキリ言って人知を超えた戦いに片足を突っ込んでいたからな。大迫力では済まない光景を目の前で見せ続けられていたのだ。
高ランクの冒険者のような戦うことを生業とした人間ならばともかく、一般的な戦闘力しか持たないミスティノフにとっては、さぞ恐ろしい光景だっただろう。
ただ、プレゼント自体は気に入ってくれたようだ。受け取った衣装を見て目が輝かせながら顔をほころばせている。衣装を抱きしめる仕草がまた可愛らしいな。絵に描いておこう。誰に見せるわけでもないが、私の思い出の品の1つだ。家に帰ったら飾っておこう。
服を抱きしめながら喜ぶミスティノフの様子を見て、リリカレールが1つ要求を出してきた。
「ねぇ、その服を着て、ここで歌を歌ってもらうことはできる?」
「い、今からですか?」
その要求は正直予測できた。というか、私も見たい。
しかし、困ったことに既に時間はかなり遅い時間となっている。
別に移動時間を気にしているわけでは無い。リガロウに全力で飛んでもらえば10分も掛からずに街に到着するだろう。
問題は、フレミーの衣装を来てミスティノフが歌い始めたら間違いないく演奏会の第2部が始まってしまうということだ。
リリカレールも衣装を身に纏いより音楽を楽しめるようになった今、彼の歌を聞いてじっとしていられるとは思えない。無論、私もだ。
「1曲だけでも、歌ってもらうことはできないかしら?」
1曲だけでも、歌ってしまったらそこから演奏会だぞ?先程の自分を振り返ると良い。というか、ミスティノフはまんざらでもなさそうだな。着てみたいのか。その衣装。
それ自体は嬉しいのだが、やはり時間がな……。
既に夕食の時間を回っているのだ。旅館での初めての食事……は昼食で体験できたが、だからこそ夕食の味が気になる。
こっそり『幻実影』で部屋に幻を出して料理を楽しんでもいいのだが、もしもその様子を旅館の従業員にでも見られてしまったら話がややこしくなってしまう。
なにより、ここで演奏会第2部が始まってしまった場合、今日1日をこの場で過ごすこととなってしまいそうだ。それはつまり、旅館で用意された大浴場や布団を堪能できなるということでもある。
それは遠慮したい。私は皆と一緒に風呂に入りたいし皆と一緒に寝たいのだ。
非常に我儘な話だが、私はそろそろ街に戻りたいのである。
そこで登場するのが、私のプレゼントというわけだな。
「フレミーの衣装を着たミスティノフの歌。私も見てみたいし聞いてみたいけど、きっとあっという間に物凄い時間が経過してしまうよ。そろそろミスティノフを連れて街に戻らせてもらいたい」
「うう……お別れが辛いわ。せっかくこんなにも仲良くなれたのに……」
「その別れの辛さを少しでも緩和するために、私の作ったプレゼントを受け取って欲しい」
「そういえば、そういう話だったわね。フレミーのくれた服が凄かったから、すっかり忘れてしまっていたわ」
なかなか酷いことを言うじゃないか。いや、捉え方によってはフレミーの服だけでミスティノフを解放してくれたと捉えてもいいのか?
とにかく、プレゼントを渡すとしよう。自分で言うのも何だが、会心の出来栄えだ。
『収納』から結晶体が取り付けられた首飾りを取り出し、て見せる。結晶体は、魔王国で歓迎の返礼として渡した物と同じような見た目をしている。
「その首飾りは?とても綺麗ね」
「ありがとう。当然、貴女が見れば分かるだろうけど、ただの装飾品では無いよ。コレの中には、今日私達が奏でた音楽の映像が記録されていてね、好きな時に好きな場面を視聴できるんだ」
「な、なんですって!?そ、それじゃあ、貴方達が人間達の街に帰った後も……!」
「そう。今日の出来事を思い返せるんだ。それだけじゃないよ?」
尤も、搭載した昨日はそれだけではない。
リリカレールの元には今後も出向くだろうが、それは結構な時間の空きがあると思うのだ。
その間、音沙汰がないのは互いに寂しいと思ったので、更なる機能を追加しておいた。
『収納』からもう1つ同じような結晶体を取り付けた首飾りを取り出し、私自身の首に掛ける。
「ソッチは?」
「私が今自分の首に掛けた首飾りとこの首飾りは連動していてね。私が旅先で音楽を披露する機会があったら、この首飾りに通知されるんだ。そして、私の首飾りを通してその光景はこの首飾りに投影される」
「それじゃあ!」
「そう。今後は新しい音楽も貴女に随時披露して行けるというわけさ」
当然、ミスティノフを含めた大陸中にいる音楽関係者との合同コンサートなどがあればその映像もリリカレールの元に届く。更にそれらの映像は記録されるため今後は好きな時に視聴可能なのだ。
「素敵!最高の贈り物よ!」
「言っただろう?良い物だと保証すると」
「ええ!貴女の言ったことは正しかったわ!本当に素敵!どうしましょう!私、しばらくの間ずっと同じことをしているかも!」
感激するリリカレールの元まで足を運び、彼女の首に首飾りを掛ける。
感激のあまり周囲に意識が向けられていなかったため、私の接近にも気付かなかったようだ。
首飾りを掛けられた直後、リリカレールは言葉を失うほどに驚愕した。
「ひゃ!?あ、あああああ~~~!!?そ、そんな!サービスが良すぎるわ!」
「肩を組んで歌を歌った仲だろう?これぐらいはどうということは無いさ」
私の行為はリリカレールにとって刺激が強すぎたらしい。まぁ、喜んでもらえたのだから良しとしよう。
「使い方は分かるかな?」
「ちょっと待ってね?………ええ、大丈夫よ。問題無いわ。早速使ってみて良い?」
「勿論だとも。思う存分堪能すると良い」
私がそう答えるよりも早く、リリカレールは結晶体を起動させて映像を再生し始めた。
そして映像が再生された途端、彼女は両手を組んで黄色い悲鳴を上げ出した。
「きゃあああああーーー!!!あの時の!あの時の感動がこうしてまた!凄い!凄すぎるわ!最高よ!」
気に入ってくれたようでなによりだ。
これならば、ミスティノフを連れ帰っても文句はないだろう。
リリカレールに別れを告げ、街に戻るとしよう。
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