第210話 衝撃の情報

 5分ほどして気付け用のお茶とやらが入ったようだ。匂い自体はそこまで悪いものではないように感じる。

 しかし護衛の女性が言うには非常に不味い味らしい。やはり気になるな。


 護衛の男性が茶の入ったコップを二つ持って来た。一つはジョッシュ用だ。


 「ノア様。一応淹れてはきましたが、まずはジョッシュ様が口にした時の反応を見て、それから実際に飲むかどうかをお決めになってください。」

 「そんなに酷いの?」

 「少なくとも、私は絶対に口にしたくありません。」


 女性の護衛が即座に答えた。

 なんと、彼女にそこまで言わせてしまうほどなのか。そしてそんな物を自分の上司ともいえる巫覡ふげきに平然と飲ませる辺り、ジョッシュと彼等との関係はかなり親密なものなのかもしれない。


 「さ、ジョッシュ様。お茶が入りましたよ。ひとまずコレを飲んで落ち着きましょう。今のままでは会話もままならないようですからね。」

 「ああ、うん!そうか、そうだね!いただこう!いや、本当に凄い事なんだ!私は今!歴史的瞬間を目にしていると言って良いのだ!この目に映る光景は!あまりにも素晴らしすぎる!」


 コップを受け取りながらも、ジョッシュは興奮が収まらずに自身の心情を述べ続けている。彼の瞳には、私だけでなくオリヴィエもまた、特別な存在としてその目に映っているようだ。


 まさかとは思うが、ルグナツァリオめ、オリヴィエに寵愛を与えたのか?巫覡がここまで興奮する理由なんて、それぐらいしか想像がつかない。


 訊ねて確認を取りたいところだが、そんな事をすれば折角少しだけ落ち着きを取り戻したジョッシュが再び暴走してしまう。それに、事情は本人から聞けばいいのだ。態々ルグナツァリオに確認を取る必要は無い。


 ジョッシュが何の疑いも無くコップに口を付け、勢いよくコップの中身を口の中に注いでいった。その結果はというと。


 「ゴップァアッ!?!?ふ、ふがああああっ!?に、にがぁああいっ!しっぶぅううい!ナニコレェ!?お茶じゃあないじゃないかぁあ!?」


 すぐさま盛大に吹き出してしまった。余程苦く、そして渋かったのだろう。あまりの不味さに悶絶してしまっている。

 なお、彼は私達の方を向いていたため、彼が噴き出したお茶は私達に掛かりそうになっていたのだが、こうなる事を予測していた女性がいつの間にか取り出した板によって、不味いと評判の茶を被る事態は防がれた。


 見ようによっては余計に騒がしくなっているようにも見えなくはないが、先程よりはジョッシュは正気を取り戻しているのは間違いない。

 口に含んだ液体が茶ではないと言うジョッシュの訴えに対して、お茶を淹れて来た護衛の男性が、少々憤慨した様子で淡々と答える。


 「失敬な。ちゃんとれっきとしたお茶ですよ。まぁ、ジョッシュ様が今しがた口に含んだのは、いつもの紅茶ではなくスメリン茶ですけど。」

 「何て物飲ませてんのぉーっ!?アレは飲むんじゃなくて、匂いを嗅がせて正気に戻すためのお茶でしょうがぁーっ!うっ!?げぇええ…!まだ口に味が残るぅ…!」


 匂いによる刺激で正気に、か。そういう物もあるんだな。それはつまり、ジョッシュの言う通りあのお茶は本来飲み物では無いのでは?

 女性の護衛が私に寄って来て改めて忠告してくれる。


 「と言うわけで、見ての通り想像を絶するほどに非常に不味いです。それでも、お飲みになられますか?」

 「いただこう。折角淹れてくれたわけだしね。」


 私の我儘で用意してもらったのだ。ならばその責任は私が取らないとな。


 「無理はしないでくださいね?一口、口に含んで駄目そうでしたら、遠慮なく戻してしまって結構ですからね?」

 「ちょっ!?君達!?何してんのぉーーーっ!?」


 早速コップを受け取り匂いを嗅いでみる。…近づけて匂いを嗅いでみると、確かに匂いだけでも苦味と渋みを感じさせてくるので、これだけでも十分に気付けとして効果があるだろう。


 では、コレを口に含んだら?

 確実に気分を悪くする事が理解できていると言うのに、私の好奇心はそれを知りたくて仕方が無いようだ。


 ジョッシュは、彼が口にして吹き出してしまったスメリン茶なるものを、護衛達が私に手渡している事に驚愕しているが、今更後には引けない。コップに口を付けていただくとしよう。


 「………。」


 あまりの衝撃に思わず言葉に詰まってしまった。スメリン茶なる茶を口に含んだ瞬間、凄まじい苦味と渋みが私の舌を刺激してきたのだ。

 しかもこの苦みと渋み、非常に後に残る。女性の護衛が言っていた通り、端的に言って非常に不味いと言える。

 …なるほど。不味いというのは、こういう感覚を言うのか。


 まだ私が目覚めてから一年はおろか半年すら経過していないが、私は随分と恵まれた生を送り続けてきていたのだな。

 改めて、私は今まで美味なものしか口にしていなかった事を自覚する。


 これはジョッシュが噴き出してしまっても無理はない。本来であれば体が拒絶する味だぞこれは。


 「ノ、ノア様…?あの、大丈夫ですか…?」

 「き、ききき君達何してくれてんのっ!?そんな物をこの御方に飲ませるなんて、どうかしてるよ!失礼にもほどがあるだろう!」

 「そう言われましても、ご所望なされたのはノア様ですし…。」

 「事前にどういった物かは伝えてはいますし、先にジョッシュ様がどのような反応をするかを確認していただいたうえで、です。」

 「そうかもだけど、そうかもだけどさぁ…!」


 私がスメリン茶口に含んでから一向に反応が無いため、オリヴィエは心配そうに私を見ているし、ジョッシュは非常に不安そうにしている。

 彼はどれほどの味だったのかを先程体験したばかりなのだからな。当然である。


 だが、舌から伝わって来るスメリン茶の成分は、意外にも決して人体に害のある物では無いようだ。むしろその逆で、人間にとって有益な効果をもたらす成分しか含まれていない。


 我慢して飲料を続けて行けば、健康な肉体を手に入れる事が出来るだろう。

 尤も、他の食材からでもスリメン茶に含まれる栄養素は摂取できるので、無理にこのスリメン茶を飲む必要は無いのだが。


 確か人間達の古い言葉に[良薬は口に苦し]、と言う言葉があったか?

 薬の部分は例えの話であり、本来はそんな苦い薬の様に真心からの諫めの言葉は受け入れがたいが有り難いものだ、と言う意味だった筈だ。まぁ、今では薬は苦いのが当たり前だ、と言う意味で使われている事の方が多いようだが。


 このスメリン茶はその最たる物だな。身体が思わず拒絶してしまうほどの味ではあるが、有益である事は間違い無いのだ。


 そして一度口に付けた以上、残す、ましてや戻してしまうと言う選択肢は、私には無い。決して飲めない物では無いのだ。全て飲み干して見せよう。


 「「ええっ!!?」」

 「なんと…!?」

 「うわぁ…。」


 私がコップの中身を一気飲みした事で、オリヴィエとジョッシュは驚愕のあまり目をいっぱいまで開いているし、男性の護衛は驚きながらも称賛と尊敬の視線を送っている。

 だが、女性の護衛は私に対してかなりドン引きしてしまっているな。自分もスメリン茶を口にしてしまったところを想像したのか、口元を押さえている。


 それにしても、本当に苦味と渋みが後に残る。コレを好んで常飲する者は余ほどのもの好きなのだろう。


 コップを男性の護衛に返却して感想を述べさせてもらうとしよう。


 「凄まじい苦味と渋みだね。なによりこのスメリン茶の成分、人にとっては健康にいい成分しか含まれていない事に驚かされたよ。」

 「流石はノア様。このスメリン茶の素晴らしさをご理解いただけるとは!そうなのです!このスメリン茶、非常に健康によろしいのです!味のせいで嫌厭されがちではありますが、老いてなお健康でいらっしゃる方々は、軒並みこのスメリン茶を愛飲しているのです!」

 「いや、飲んで無い人でも、健康な年配の方はいるからね?皆が皆そうじゃないからね?」


 男性の護衛はスメリン茶に悪感情は無いようだ。それどころか非常に気に入っている節すらある。

 ひょっとして、彼はこのスメリン茶を常飲しているとでも言うのだろうか?我慢強い人だな。


 少なくとも、私は常飲したいとは思わない。スメリン茶を飲まずともスメリン茶に含まれる栄養素は摂取出来るし、そもそも私は食事から栄養素を摂取する必要が無いからだだ。


 私が飲食をするのは、あくまで美味いものを楽しむためである。好んで不味い物を口にする理由は無いのだ。



 なんにせよ、貴重な体験をする事が出来た。それにジョッシュも十分落ち着いたようである。

 今の彼にならば私が話しかけても問題は無いだろう。

 ここからは真面目な話になるだろうし、部屋に防音魔術を施しておこう。


 さて、此方から自己紹介をしようかと思っていたのだが、その前にジョッシュから自己紹介を始めてくれた。


 「色々とお見苦しい姿を見せてしまいましたね。改めまして、ファングダムの巫覡、巫を務めております、ジョッシュです。ノア様とオリヴィエ殿下、天空神様からの御寵愛を授かった御二方が並んでおられる光景をこの目に収められた事、誠に感激させていただきました!ありがとうございますっ!!」

 「っ!!?」

 「…一発で分かってしまうんだね…。」

 「な、なな、なんですってぇ!?ジョッシュ様!!確かな事なのですか!?」

 「ま、待ってください!情報が、情報が多すぎます!聖女様の正体がオリヴィエ殿下で、しかも天空神様から御寵愛を!?」


 念のため個室で、しかも防音魔術を施しておいて良かった。

 大勢の人がいる今の情報を教会の中央部で語られでもしたら、途轍もない騒ぎになっていた筈だからな。


 それにしても、ルグナツァリオはいつの間にオリヴィエに寵愛を授けていたんだ?ダンタラが彼を非難していたのも頷ける。

 神についてはまだ良く分かっていないが、寵愛というものが気軽に与えて良いものでは無い事ぐらいは流石に理解している。


 …後で揺さぶる思念を送り込んで事情を確認させてもらおうか?

 いや、オリヴィエがルグナツァリオから寵愛を与えられた事自体は喜ばしい事だとは思っているんだ。ただ、そのせいで今後彼女はリビアとして行動する事はほぼ不可能になったと言って良いだろう。


 一つの計画として、この国の問題を片付けた後はオリヴィエの正体を公開してしまおうと思っていたし、彼女もその事は了承を取っていたのだ。


 ただ、あわよくばリビアという隠れ蓑は残しておきたいと言う気持ちが私にはあったのだ。他人に気を遣わずに気軽に旅が出来ると言うのは、気分がいいからな。


 オリヴィエがルグナツァリオから寵愛を受けた事を隠す事は出来ないだろうから、せめて彼女の正体ぐらいは伏せていてもらうとしよう。


 「ジョッシュ、悪いのだけど彼女の、リビアの正体については、まだ内密にしてもらえるかな?」

 「承知いたしました。いと尊き御方、ノア様が望まれるのです。私は愚直にその言葉を守るのみに御座います。」


 あっさりと受け入れられてしまった。ジョッシュは、と言うよりも巫覡全般にとって、私と言う存在はかなり上位の存在、それこそ神に近しい存在として認識しているようだ。

 …実際にその通りなので何とも言えないな。


 「良いの?」

 「ノア様は、オリヴィエ殿下に非常に高度な変装を施して、普段とは別人のような姿をなされていたのです。何か理由がおありなのでしょう。私が口をはさんでいい事ではありません。ですが…。」


 ジョッシュとしてはオリヴィエの正体はともかく、彼女がルグナツァリオから寵愛を受け取ったと言う事実は国中に伝えておきたいようだ。

 今、彼が伝えなくとも、いずれは彼以外の巫覡が伝えてしまうだろうからな。


 オリヴィエはファングダムの王女として様々な国に足を運んでいるのだ。彼女が私との約束を果たそうとする以上、今後もそういった活動は行われていく筈だ。

 そうなった時、他国へ移動した際にその国に勤める巫覡が天空神の気配を感じ取れない筈がないのだ。


 ならば、今の内に周知しておく方が都合が良いだろう。どの道騒ぎになってしまうと言うのなら、早い方が良い。


 「分かっているとも。彼女の寵愛については公言してくれて構わないよ。」

 「ノア様!?ですがそれは…!」

 「リビア、諦めよう。巫覡と言う役職は、神の気配を機敏に感じ取る事が出来るようだから、隠しようがないんだ。」

 「あぅうう…。」


 流石にすぐに受け入れる事は難しいか。いきなり進行している神から寵愛を与えられたと言われても、どういう反応をして良いのか分からないのだろう。


 これまでの私の経験から得た知識によると、ルグナツァリオから寵愛を受けた者は、周囲から強い信頼を得る事になる。

 その信頼に応えきれるかどうか、オリヴィエにはその自信が持てないのかもしれないな。


 まぁ、今は彼女が寵愛を得た事も大きなニュースではあるが、それ以上のニュースがあるのだ。

 多分だが、そちらの方を大きく取り上げられて、オリヴィエの事はそこまで大きく取り上げられないだろうから、気を強く持ってもらおう。


 改めて私の方からジョッシュに訊ねさせてもらおう。


 「それでジョッシュ。貴方が私を最初に見た時、物凄い興奮していたわけだけど、それはやっぱり私がとても強い寵愛を与えられているからなの?」

 「よっくぞ聞いてくださいましたっ!なんと!なんとなんとなんとぉっ!!」


 ジョッシュに声を掛ければ、彼は再び激しく興奮しだしてしまっている。

 彼を落ち着かせようにも、他人の感情を操作する魔術は禁呪扱いだ。二人っきりならばともかく、人の眼があるところでは使用は出来ない。


 一応、まだ会話が出来る状態ではあるが、大丈夫だろうか?


 「煌命神様からお告げがあったのですっ!!ノア様がこの度の騒動を収めるのに多大な貢献をして下さったと!!そしてそれを煌命神様がお認めになられ、ご寵愛を授けられたのですぅううう!!!」

 「なっなんだってぇえーーー!!?」

 「ふ、二柱目の御寵愛…っ!ああ…!何という事でしょう…!私達は、今まさに歴史上の、いいえ!伝説上の人物と会話をしているのですねっ!?」

 「ノ、ノア様が、二柱目の…っ!…ハッ!?ま、まさか、ノア様が今のお姿になられたのは…!」


 皆の驚きようが凄まじい。先程までオリヴィエの事について驚愕していた護衛の二人は新しい情報に意識が完全に持ってかれてしまっている。

 忘れたわけでは無いのだろうが、それどころでは無いのだろう。

 そして、オリヴィエは私の体が変化した理由を、煌命神から寵愛を受け取った体と判断してくれたようだ。


 「そ、そういう事だったのかぁ~!いや、耳にしていたお姿よりも遥かにお美しかったので、不思議に思っていたのです!」

 「納得しました。命を司る煌命神様からの御寵愛ですからね。肉体がより良い方向へと、一種の進化を果たしたのでしょう。」

 「勿論私は最初から分かっていましたともっ!ああぁ…それにしても、やはり尊い…っ!おおっ、神よっ!このような素晴らしき方々とお会いできる機会を与えて下さり、心より感謝申し上げますっ!」


 計画通りである。これで私の周囲は今以上に騒がしくはなるだろうが、堂々と街中をこの姿で出歩けるというものだ。


 そして私が二柱目の寵愛を与えられたという知らせは、オリヴィエがルグナツァリオから寵愛を与えられたという衝撃を弱めてくれる筈だ。

 一石二鳥と言う言葉は、まさにこの事だな。



 私達の情報はジョッシュが再び落ち着きを取り戻し次第、オリヴィエの正体を除いて彼の口から公表されるだろう。

 住民達には大きな衝撃を与えてしまう事になるが、今の私にとってはかなり都合がよかったりするのだ。


 そろそろレオンハルトの意識も回復する頃だろうからな。


 彼が目を覚まし次第、事情聴取をさせてもらおうか。

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