第432話 ギャングのボス・ヴォイド
ヴォイド達にスラム街の自治化計画について話をしているわけだが、内容が内容のため私達の周囲には防音結界を張っている。遮断しているのは音のみなので、宿に入る前から私達の鼻孔をし続けていた料理の匂いは、問題無く認識できる。
彼等には魔術の知識があるようで、私が防音結界を使用したのが理解できたようだ。その効果範囲の狭さに驚いている。
人間達が使用できる結界の範囲は、最低でもこの宿の部屋一つ分ほどだ。私の知る限り、それ以上狭めることはできない。
自治化計画の内容を話し終えると、タイミングを見計らったかのように注文した料理が運ばれてきた。
まぁ、私が料理を配膳されるタイミングで話し終えただけなのだが。
料理の配膳が終わり従業員も去ったところで、ヴォイド達の拘束を解除する。
この時点で暴れようとするのならば、その時は痛い目を見てもらう予定だったが、自治化計画の内容に思うところがあるようだ。特に暴れることなく大人しくしてくれていた。宣言通り拘束を解除したことで多少の信頼も得られたのかもしれない。
「それじゃあ、いただくとしようか。遠慮せずに食べるといい。私もそうする」
「………」
発言に偽りなく、ヴォイド達のことなどどうでもいいかのように運ばれた料理を口にしていく。
その間、彼等は黙って料理を見つめ…いや、アレもはや睨んでいると言っていいな。彼等は料理を睨みつけるだけで、一向に口に運ぶ気配がない。
折角注文したのだから、一口ぐらい食べれば良いものを。
うん、匂いに違わぬいい味だ。高級料理店や貴族が宿泊するような高級ホテルで提供される料理も勿論美味いが、他者の視線を気にせず食べられるような料理の方が私は好きだ。気が楽だからな。
ひとしきり料理を睨みつけて満足したのか、今度は私が料理を口に運ぶ様子を睨みつけている。
私の注文した料理の方が美味そうだとか、そういった類の視線ではないな。もっと別に言いたいことがあるらしい。
3皿ほど料理を平らげたところで、ようやくヴォイドが口を開いた。さて、どんな文句が出てくるやら。
「良い匂いだよなぁ…。『黒龍の姫君』サマがそうやってパクパク食べるってこたぁ、実際のところさぞ美味い料理なんだろうよ…」
「うん。とても美味いよ?で?」
何らかの皮肉を口にして、自治化計画に対して反対意見を出したいのだろう。
大方[自分達はこんないい食べ物は満足に食べなられない、平然と食べられる街の人間達に比べて不公平だ、そんな連中の益になるようなことなどやりたくない]、と言ったところだろう。
どうでもいいことのように次の言葉を促せば、苛立たし気に予想通りの言葉を語り出した。
「俺達スラムに住む連中が、普段どんなモンを食ってるか知ってるか?カビの生えたパン、傷んだ野菜のクズ、腐りかけの肉、街の連中の残飯…。そんなモンでも上等な方だ。場合によっちゃあ3日間何も食えねぇ時だってザラだ」
「あの環境だったら清潔な水も満足に得られないだろうね」
話の途中で私に言いたいことを言われたせいで、若干苛立たしさが増しているな。
「チッ…そうともさ。満足に水だって飲めやしねぇ環境だよ。で?そんな一方でこりゃあ何だ?俺達が食うもんに困ってる間、この街の連中は平然とこんな上等なモンを毎日食えるってのか?一体なの冗談だよ?」
「ふむ…続けて?」
「こんだけの余裕があるなら、何で俺達に何もしない?何で誰もが俺達を無いものとして扱う!?おかしいだろうが!?その上で俺達弱者は、まだこの街の連中に搾取されろっていうのかよ!?ふざけんじゃねぇ!!」
机を叩きつけ、ヴォイドはこちらを憤怒の表情でこちらを睨みつけている。脅しのつもりだろうか?それとも、感情に訴えて自分達を解放しろとでも?
防音結界を展開しているから、机を叩きつけた際の音は周囲に聞こえてはいない。だが、ヴォイドの姿は見えているのだ。あまり目立つような行動はとらないでくれると助かるんだがなぁ…。
まぁ、こういうこともあると想定して、いつでも疑似映像を周囲に見せる用意はしていたから、目立つようなことはないのだが。
ヴォイドの反応は、大体予想していた通りの反応だな。
そのセリフを語っているのがスラム街に住む罪のないやせ細った子供であるのなら、まだ幾分かは説得力もあっただろうし、心動かされることもあっただろう。
だが―――
「話にならないな。それより、折角注文した料理なんだから、ちゃんと食べたらどうだ?勿体ないじゃないか」
「…アンタよぉ…。真面目に俺の話聞く気あんのか…?」
正直、聞く気が無いな。
何故ならば、ヴォイドの語る言葉は彼自身の言葉ではないからだ。彼自身が思っていることではない。
「ならこちらからも聞かせてもらうが、満足に食料を得られない筈のお前達が、何故そんな活力を持っている?」
「あん?」
「服装もだ。清潔な水が得られないような環境で、随分と言い身なりをしているじゃないか。お前が被っているその帽子だけで、どれだけの食料が得られるのだろうな?」
「ぐ…っ!」
「それと、お前はさっき街の人々が平然と毎日こういったものを口にできると言っていたが、それも間違いだ。平然でなどあるものか。彼等は日々、汗水を流して自分と他者のために働き、その対価として得られた賃金を支払って食事を得ているんだ。対して、お前達ギャングはどうだ?どうやって食料を得ている?それを私が知らないとでも思っているのか?」
そこまで言って、少し眉根を寄せてヴォイド達を一瞥する。
普段なにも意識していなくても、私の目はやや睨みつけるような形状をしているのだ。眉根を寄せれば、それは一層強まる。
私がスラムの状況やギャング達の所業を正確に把握しているとは思っていなかったのだろう。
強く睨みつけられた(と思っている)ことに加え、自分の意見を真っ向から切り捨てられたこともあり、ヴォイドどころか側近の2人もたじろいでいる。
だが、私の言いたいことはまだ終わっていない。
「仮に慈善事業で食料や衣服をスラム街に提供されたら、お前達はどう動く?平等に分けられた筈のソレを、嬉々として弱者から奪うだろうが。否定はさせないぞ?過去に実際にやっているのだからな。そんなことをしでかしておいて、何で次も無償で資源が送られてくると思っているんだ?スラム街が今もああいった状況になっているのは、偏にお前達が原因だ」
「…っ!?」
マクトの元へ向かう前に、徹底的にこの街のスラム街についての過去も調べ上げたからな。連中がしてきたことも当然把握しているとも。
痛いところを突かれたらしく、ばつが悪そうな表情をしている。
「お前のさっきの言い分、自分達弱者が搾取される、だったか…?一般の暮らしをしている者達はおろか、スラム街に住む弱者相手にすら略奪行為を行って富を得ているお前達に、ソレを言う資格があると…本気で思っているのか?」
そこまで言って、私は自分の瞳に極少量の魔力を込める。この状態で睨まれたら、今の今まで虚勢を張れていたヴォイドも本性を晒さずにはいられないだろう。
「~~~っ!だあああっ!降参だ!頼むからその辺で勘弁してくれ!悪かったって!」
思惑通り、ものの数秒でヴォイドは音を上げた。巻き込まれた側近達はすっかり怯え切っているので、睨みつけるのはこれぐらいにしておこう。
だがヴォイド、お前は駄目だ。
「…私を試したな?」
「ウゲェッ!?ちょっ!?し、しょうがねぇじゃねぇか!アンタのやろうとしてることこそ、紛れもなく慈善事業じゃねぇか!?いきなりこの街に来た奴がんなこと始めるっつって、信用できるかよ!?」
ヴォイドとしては、私がどれほどスラム街に関心を持っているのか、どれだけ本気で取り組もうとしているのかを知りたかったのだろう。
軽い気持ちで援助をされたとしても、すぐに計画は頓挫するだろうからな。
そう、ヴォイドの先程までの態度は、私を試すための演技だったのだ。
ヴォイドはギャングのボスであり、弱者からも略奪を行うような男ではあるが、それでもスラム街の状況を彼なりに憂いていていたのだ。反応からして、側近達もそのことを把握しているようだな。
尤も、現状を憂うばかりで、解決策など何も思いつかなかったようだが。
「とりあえず、もう茶番は良いだろう?折角注文した料理が冷めないうちに、食べた方が良いよ?懸命に働く者の料理の味、しっかりと味わうと良い」
「へいへい、イタダキマスよ…。お前等も、もう食って良いぞ」
ヴォイドが料理を口に付け、側近達にも許可を出したことで、彼等も安堵した様子で料理を口にしだした。
「あー…クソッ…。うめぇなぁ、こりゃあよぉ…」
「うう…っ。あったかいよぉ…」
「100年経った今でも…この店の料理は変わらず美味いなぁ…。いや、あの時よりももっと美味くなってる…」
ヴォイド達も裕福な生活を送っているが、それはあくまでスラム街基準での話だ。こういった料理をまともに食べる機会は、あまりないのだろう。
というか、どうやらヴォイドや側近の片方はこの店で食事をしたことがあるようだ。
料理を口にして、懐かしむ反応をしている。
この店の料理が美味いと知っているのなら、お節介になるが、もっと美味いと思えるようにしてやろう。
「その美味い料理、もっと美味くなる方法を教えてあげよう」
「あ?」
「働け」
「「「は?」」」
私の答えに、3人共揃って同じ言葉と顔をしている。
少ししてヴォイドが[それができれば苦労はしない]という表情をしているが、何も問題無い。
「お前達には一足先に冒険者として活動してもらう。スラム街でも説明したが、私は世間からの信用がそれなりにあるんだ。ギルドマスターに掛け合って、冒険者登録できるようにしてやろう」
「そ、そりゃあありがてぇけどよぉ…。登録したての"
「その点も問題無い。依頼を受ける量に制限はないし、大量に依頼をこなすための伝手もある」
そう言って、私は物陰に幻を出現させ、私達の席に着かせる。
ヴォイドは魔術の心得がそれなり以上にあるのか、はたまた魔力の流れのようなものが人一倍よく見えるのか、幻を見て驚愕していた。
「移動は彼にお願いすればいい。目的地まであっという間に連れて行ってくれるだろう」
「いや、ソレ…アンタだろ…。え?マジで…?実態がある幻…?」
やるじゃないか。スラム街でも見せたとはいえ、こうもあっさりと幻と見抜かれるとは思わなかった。
この分だと、今も『
「よく見抜いたね。正解だよ。コレも、そして今もギャング達を鍛えているアーノも、私が魔術で生み出した幻だ。実態を持ち、感覚が共有できる、とても便利な幻さ」
「「っ!?ボ、ボス!?本当なのですか!?」」
「ああ、感覚が共有できるかどうかまでは分からんが、間違いねぇ…。あのアーノとか呼ばれたのも、今ココに来て黙って席に着いたコイツも、実態のある幻だ…。まったく、俺たちゃとんでもねぇ存在に目ぇつけられちまった見てぇだぜ…」
それだけの素養があるのなら、真っ当な冒険者として成功していただろうに、何がヴォイドをここまで落ちぶれさせたのだろうな?
今からでも聞いてみたいが、それは後にしておこう。
料理を口にしながら幻について説明しようとしたのだが、またもヴォイドからツッコミが入ってしまった。
「いや、幻もメシ食うのかよ!?」
「感覚を共有できると言っただろう?五感の共有は完璧だとも。食事を楽しめるだけじゃなく、風呂にも入れるぞ?」
「………良し、お前等。これからは『姫君』サマには絶対逆らうな。チミッとでも怒らせたら、その時点でアウトだと思え」
「「は、はい!」」
『幻実影』の性能を正確に理解し、それを平然と2つ発動できる私の実力を、朧気ながらに把握できたようだ。
これで、ギャング達も大人しく教育を受けてくれるようになるだろう。ヴォイドは彼等にかなり慕われているようだからな。
これでギャング達を鍛えている間の食糧問題も解決したと言っていいだろう。
ヴォイド達に稼がせて、その金で食料を用意すれば良いのだ。
教育期間中の料理ぐらいは、私が幻を通して面倒を見てやろう。尤も、素質のありそうな者には調理を教えるつもりだが。
食事を終わらせたら、スラム街に戻るとしよう。
連中の教育を始めて1時間と少しではあるが、その時間で大量の知識を詰め込まれたことでギャング達は頭が疲れ果てているのだ。
ギャング達に、美味い食事を用意してやるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます