第433話 美味い料理を食べて腹が満たされれば
ヴォイド達を引き連れてスラム街に戻り、『
なお、宿からスラム街までの移動中は、周囲にヴォイド達を魔力ロープで拘束している幻を見せているが、実際には拘束していない。既に信用に足る人物だと私が判断したからだ。
この状態で街で暴れようとするほどヴォイド達は浅はかではないし、私の不興を買うつもりもないようだからな。
拡張された空間に入ると、そこには老若男女問わず、知識を強制的に詰め込まれたことですっかり疲れ果ててその場で突っ伏している者達で溢れ返っていた。
「ボス!無事だったんですね!?」
「ソイツに何か、ヒデェことされてねぇですか!?」
「うわぁーん!ボスが帰ってきてくれたああああ!!」
そんな彼等ではあったが、五体満足の状態で帰ってきたヴォイド達の姿を見て、喜びの声を上げていた。
「部下達からは随分と慕われているんだね?」
「力で従わせても、コイツ等は目の届かねぇところですぐに好き勝手な行動をするからな。ガラじゃあねぇが、こうして慕われてりゃあ、言うことも素直に聞いてくれるってわけよ」
望んでギャングのボスになったわけではないのか。俄然、ヴォイドの過去に興味が出てきたな。
この国のすべてのギャングがヴォイドのような人物ではないと思う。
それこそ、娯楽小説に出てくるような典型的な悪党そのままなギャングのボスもいるのだろう。
最初に出会えたギャングのボスがヴォイドで良かった。計画を進めやすい。
慕われているのだから、構成員達への説明はヴォイドに任せるとしよう。私はその間に彼等の食事を作るとしよう。
ヴォイドに後を任せ、食事を用意するために移動を開始したのだが、途中で彼に呼び止められてしまった。何の様だろうか。
「ちょい待ち?アイツ等のメシを作ってくれんのはそりゃあ、ありがてぇんだけどよぉ、食材はどうすんだよ?慈悲深い『姫君』サマが用意してくれる。ってわけじゃあねぇんだろ?」
「施設の地下に、たんまりとため込んでいるだろう?それを使わせてもらうよ」
「ちょっ!?知ってたのかよ!?……あーいや…うん、良いさ。使えよ。俺達に稼がせるってんなら、これからもっとマシな食料を手に入れられるんだろうからな」
潔くて大変よろしい。頭を撫でてやりたいところだが、ある程度距離が離れているため、それはできなさそうだ。
そもそもヴォイドは帽子をかぶっているし、頭を撫でようとしても拒否されそうではあるが。
それでは、地下で食料を回収して構成員達の食事を作るとしよう。と言っても、あまり凝った料理を作るつもりは無いが。
一度に大量に作れる料理として、献立はシチューとパンで良いだろう。
食器は…誰も見ていないのだし、『
出来上がった料理を拡張された空間へと持って行くと、彼等の視界に私の姿が映る頃には全員が此方に視線を向いていた。ヴォイドも側近達も含め全員である。
拡張された空間は、閉鎖空間である。そのため、私が施設内で料理を作っていてもその匂いは彼等には感知できなかったのである。
そして、私が料理を持って空間内に入ってきたと言うことは、料理の匂いがその瞬間に彼等の元へとし伝わると言うことだ。
拡張された空間は1K㎡と結構な広さがある。そのため料理の匂いが彼等に届くまで少しの時間があるわけだが、私が歩く速度と匂いが彼等の元まで到達する速度で比較すれば、断然後者の方が早いのだ。
「あ…ありゃあ…メシ、なのか…?」
「う、うまそぉ~…!」
「やだ…涎がとまんないよ…」
「は、早く!早くソイツを食わせてくれ!」
彼等は普段、宿でヴォイドが私に語ったような食事を口にしていると思われる。そんな彼等に暖かい料理の匂いを嗅がせればどうなるか。
答えは見ての通りだ。若干理性を失いかけている者が現れてしまうほど、彼等は匂いの元を口に入れたくなっている。
「十分な量があるから、慌てずに並んで受け取るようにしなさい。もしも力ずくで強引に奪おうとしようとしたら、私も教師も黙っていない」
「「「「「はい!わかりました!」」」」」
「お、おぅ…。お前等、随分と素直になったな…」
教育中に、それなりに痛い目を見た者達もいるからな。私はともかく、教師であるアーノ(コレも私だが)の恐ろしさは十分に理解したのだろう。
不興を買えばどのような目に遭わされるか、想像してしまったのかもしれない。
近くにいる者達から行儀よく列を作り、構成員達は食器と共にシチューとパンを受け取って行く。
「受け取ったら次の者の邪魔にならないように、なるべくここから離れた位置に移動しなさい」
「はい!ありがとうございます!」
「慌てて移動して、零したりしないようにな」
零してしまったら勿体ないからな。落ち着いて場所を取り、味わって食べてもらいたいものだ。
作ったシチューは大量にある。それこそ、全員がお代わりを2回お代わりをしても、まだ余るほどだ。
尤も、パンに関しては私が焼いたわけではなく、保管されていた物を持って来ただけなので余裕があるわけではないが。
パンが食べたいと言うのならば、材料を大量に購入して彼等自身で作れるようになってもらおう。勿論、作り方自体は教える。
「あったけぇ…。こんなメシ食えたの、いつぶりだ…?」
「うめぇ!うめぇぞぉ!!」
「おがぁぢゃあああん、うぉおおおん!!」
「コレ、自分で作れるようになれねぇかなぁ…」
「もっと!もっと食わせてくれぇ!」
やはり、食べ足りない者が現れたか。一人がもっと食べたいと言い出せば、他の者達も同じようにお代わりを要求してきた。
「お代わりはまだあるから、欲しければ来なさい」
こうなることは元より想定していたので、何も問題無い。
それに加え、ある程度腹を満たせたからか、先程よりも行儀良くなっているようにも見える。配膳は先程よりも実にスムーズに行えた。
美味い料理を食べて腹が満たされれば、大体こんなものなのだろう。
構成員達が食事を堪能していると、ヴォイド達3人がやや羨ましそうな視線を構成員達に送っている。
「食べたいの?」
「い゛っ!?い、いや…。俺達はさっき食っちまったし…」
食べたそうにしていたのでそのことを指摘すれば、慌てた様子で否定しだした。遠慮する必要はないのだが…。
「そう?じゃあ、そろそろ私達もいただくとするよ」
「あれだけ食ってまだ食うのかよ!?しかもソイツも!?」
私と幻の分の料理を食器によそっていると、ヴォイドから盛大にツッコミが入ってきた。
味見をしたから味は分かるのだが、なかなかの出来栄えだったのだ。食べるに決まっているだろう。まぁ、イマイチな味でも食べるが。
そして幻にも食べているところを見せないと怪しまれてしまうだろうから、当然食べさせるとも。なにせ、この幻はしばらくこの場でギャング達を教育していくのだからな。
だから、ヴォイド達が遠慮する必要など無いのだ。
「皆で一緒になって同じ物を食べるというのも、良いものだよ?」
「いや、腹が減ってるわけじゃねぇから…」
「そう?なら、腹が減って食べたくなったらいつでも言うと良い」
人間は私のように食べたいだけ食べられる体ではないからな。宿で食べた食事だけで満腹になってしまった、と言うことだろう。
まぁ、この料理が今後2度と食べられないというわけではないのだ。無理に食べさせる必要もないだろう。
食事が終わったら、後のことはヴォイド達に任せるとしよう。私はこれからもうひと仕事だ。
冒険者ギルドへ行き、ギルドマスターと話をつけないとな。
冒険者ギルドにおける私の信用は、もしかしたら国家よりも大きんじゃないだろうか?
ギルドマスターに取り次ぎを頼んだらすぐに部屋に通してもらえたし、そのギルドマスターへのギャング達を冒険者登録させるという要望も、2つ返事で了承されてしまった。
「随分あっさりと了承してくれたけど、良かったの?」
「断れるわけないじゃないですか。それに、連中を真人間にしてくれるどころか、しばらくの間は貴女様が信用する実力者に見張ってもらえるのでしょう?」
といった具合に、私のことを全面的に信用してくれているのである。
流石に、『幻実影』のことを話すつもりは無いので、アーノルド(ヴォイドから名前があからさまだから何とかしろと言われたので改名した)のことは信用に足る人物だと紹介しておいた。
目印として、ニスマ王国の国章が入った腕輪を装備させておく。
実際に顔を合わせたわけでもないと言うのに、こうも信用してもらえるというのは、正直非常に助かる。
ギルドマスターが言うには、何処のギルドでもこの反応は変わらないそうだ。
どうやら、マコトとユージェンがギルド本部に何らかの干渉をしてくれたらしい。そのおかげで世界中の冒険者ギルドからの私への信頼が上がっているようだ。
それはそれとして、ルールはルールだからすぐに"
というよりも、私のランクをすぐに上げることができないことへの、ギルドなりの誠意らしい。
「そういうことなら、その信用を落とさないように責任を果たさないとね」
「スラム街を何とか出来るのであれば、我々としても大いに歓迎できる話なのです。期待させていただきますよ?」
話も済んだことだし、私は風呂屋で入浴を楽しんだら、宿に戻らせてもらうとしよう。
翌日。早速アーノルドと共にヴォイド達を冒険者ギルドに引き連れ、彼等を冒険者登録させる。朝から早速依頼の消化だ。彼等には今日中に"
「なぁ、"初級"に昇格するのって、確か依頼を10件こなす必要があるよな…?」
「移動の心配はしなくて良いと言っただろう?私が現地まで連れて行く」
「おぅ…お手柔らかに頼むぜ…?」
心配しなくても行動に支障が出るような乱暴な運送方法は行わないから、安心すると良い。ヴォイド達の身体能力なら、特に問題無いだろう。心配なら目を瞑っていればいいだけの話だ。
「ところでよぉ、『姫君』サマ自身はもう別の街に移動しちまうんだろ?幻の方は大丈夫なのかよ?」
「何も心配いらないよ。私は例えアクレイン王国に居ようとも、この場所に幻を出せるからね」
「マジかよ…聞かなきゃよかったぜ…」
そういうわけだから、素直に、そして真面目に冒険者として頑張ると良い。なにせ今後ヴォイド達の後を追うような形で大勢の冒険者が生まれるのだ。彼等の手本になってもらわなくてはな。
彼等の食事代を稼ぐためにも、ドンドン依頼を片付けさせていこう!
一方、私の本体はと言えば、リガロウを預けた厩舎に来ている。次の街、サーディワンへと向かうためだ。
サーディワン。大魔境・"ドラゴンズホール"に最も近い人間の生活圏であり、それと同時に最も危険な人間の生活圏でもある。
"ドラゴンズホール"から近いと言うこともあり、稀ではあるが、あの場所からハイ・ドラゴンが街にちょっかいを掛けに来ることがあるのだ。そう、力だけはあるアホ共である。
あの連中からしたら暇潰し程度の感覚なのだろうが、場合によっては"
…頭の痛くなってくる話である。ヴィルガレッドは何とも思わないのだろうか?
彼の元へ遊びに行くと伝えているし、あの街についたらルイーゼとヨームズオームを連れて、早速顔を出させてもらうとしよう。勿論、事前連絡は忘れない。今のうちにしておこう。
…良し、通達も終ったことだし、移動を開始しよう。ルイーゼも今から準備してくれるようだ。
「出発ですね!?準備はできてますよ!」
〈いと尊き姫君様の手料理を食べ、実にやる気に満ちていますね。微笑ましいことです。昨日は昼食も夕食も大喜びで食べていましたよ〉
私の料理を食べている時のリガロウの姿は、さぞ可愛らしかったんだろうなぁ…。私も見てみたかった。
ヴァスターに指摘され、リガロウが少し恥ずかしそうにしている。
「それは良かった。まだ沢山あるから、足りなくなったら言うんだよ?」
「クルルァーゥ…」
何とも言えない鳴き声を上げている。
これは…そうか。沢山食べたいけれど、大事に食べたい。その2つの感情で板挟みになっているのか。
この子は本当に可愛いな。遠慮などする必要はないと言っても、きっと聞かないのだろうな。
サーディワンに到着したら、昨日渡した量と同量の料理を渡してあげよう。
リガロウの首に抱き着いて顔を撫でてあげたら、移動を開始しよう。
久しぶりにルイーゼに会えるのだ。とても楽しみだ!
迎えに行ったら、早速ルイーゼを抱きしめるんだ!
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