第431話 問答無用!

 商業ギルドを後、一度気配を希薄化させながら人混みにまみれ、誰もが私を認識できなくなったところでスラム街の傍まで転移する。

 のんびりと歩いていたらそれだけで夕食の時間になってしまうからな。移動時間は可能な限り短縮させる。


 気配の希薄化を解いてスラム街に入って行けば、すぐさまガラの悪い人間達が私に近づいてきた。

 先程スラム街を歩き回っていた時は、いちいち人に絡まれてスラム街を見て回る邪魔をされたくなかったので、気配を希薄化させて顔と尻尾を隠せるローブを身に纏っていたのだ。

 そのため、誰にも声を掛けられるどころか、誰からも一切干渉されることなくスラム街を見て回れた。


 反対に、今の私は普段通りの格好だ。

 スラム街に新聞が出回っているとも思えないし、この場所に住まう者達の中には私のことを知らない者もいるだろう。


 汚れ一つ無い上質な服に同じく汚れ一つ無いきめ細かい肌。虹色の光沢を放つ頭髪や同様の光沢を放つ尻尾の鱗。更には異なる七色の花をつけた尻尾カバーと、今の私は非常に目立つ格好だ。

 おまけに私の顔は、人間達からは非常に美しい顔立ちらしいからな。


 これだけ目立つのだ。干渉してこない筈がないのである。むしろ私が何者か知らないからこそ、極上の獲物と判断してギャング達は私に近づいて来る。


 実に好都合である。

 『成形モーディング』によって作り出した魔力ロープによって、声を掛けられる前に私に近づいて来たギャング達を捕らえていく。


 「へ…?な、何じゃこりゃあ!?」

 「う、動けねぇ!ど、どうなってんだ!?」

 「ちょっ!勝手に引っ張られ…!」


 連中に気を遣う必要など微塵もない。

 移動しながら向こうから近づいて来る者達だけでなく、このスラム街全域にいるギャング達を、片っ端から魔力ロープで捕えていく。


 目的地であるギャングのボスがいる建築物に到着する頃には、200人を超える人間の列が出来上がっていた。

 勿論、密着させてしまうと圧力で怪我を負わせてしまう可能性があるので、少しだけ距離を開けている。そのため、結構な行列が出来上がってしまった。


 幸いなことに、目的地前は人が集まるに適した広場の状態になっていたので、引っ張ってきた者達を一カ所に集めてその場に留めた。


 「おいネーチャン!こりゃあ一体、何の真似だよ!?」

 「聞いてんのか!?コッチ向けよ!!」

 「俺達を誰だと思ってやがる!?このままじゃただじゃ済まねぇぞ!?」


 問答無用で連れてきたから連中の私に対する鬱憤が溜まっているのも当然だ。

 しかし、私はそれらのすべてを無視して建物の中へと入っていく。

 建物内部にいたギャングの構成員も、遠慮なしに魔力ロープで捕えてエントランスに該当する場所に集めておいた。


 そうして現在、私はギャングのボスがいる部屋の前にいる。

 部屋の内部には側近らしき人物が2名とボスの計3名。残りのギャング達は全員捕らえている。

 夕食の時間まで残り15分。さっさと話をつけるとしよう。


 扉には鍵が掛かっているようだが、関係ない。力づくでこじ開け、部屋の中に入らせてもらう。


 部屋の中に入ると、そこには立派な執務机に脚を乗せ、室内であるにも拘らず深めに中折れ帽をかぶった200才代後半の妖精人エルブの男性が此方を睨みつけていた。

 その両脇には、同じく妖精人の男女。同じ出身なのだろうか?構えるようなそぶりはないが、警戒自体はしているようだ。


 細かいことを話すのは後だ。とりあえず、この3人も他の構成員達の元まで連れて行こう。


 「邪魔をする。とりあえず、3人とも外に出ろ」

 「いきなりドアブッ壊しながら入って来て、最初に言うことがソレかよ。『黒龍の姫君』サマってのは、随分と乱暴者なんだな」


 流石にギャングのボスともなれば、私が何者かは把握していたらしい。まぁ、関係ないが。

 話をすることなど何もないと言わんばかりに魔力ロープを出現させて側近含めて3名を捕らえる。

 会話もすることなく問答無用で捕らわれるとは思っていなかったらしく、先程まで冷静で余裕を持った態度だったギャングのボスも、慌てた様子を隠し切れない。


 「ちょっ!?否応なしかよ!?」

 「お前達の構成員は全員一ヶ所に集めているから、話はそこでする。今は黙ってついてきなさい」

 「あー…、駄目だこりゃ、何言っても聞く耳持たねぇな…。分かったよ。だが、なるべくなら優しく引っ張ってくれよ?」


 諦めが早いというか、潔いというか、随分と物分かりが良いな。もっと反抗されると思ったが、すぐに冷静さを取り戻して余裕のある態度を見せてきた。

 おまけに、慌てて暴れようとした側近達に視線を送り、大人しくしているように指示を出している。

 話が早くて非常に助かる。思った以上に上手くことが運びそうだ。

 その態度に免じて、強引に引っ張っていくのは止めておこう。



 ボスを含めて全員を広場に移動させたら、連中を中心に『空間拡張ディメンエキスパ』を発動し、半径1K㎡ほどの空間を展開させる。これで十分な場所は確保できた。

 後は、この連中に用件を伝えるだけだ。


 流石に問答無用で強引に連れて来たうえ、拘束したまま短時間とは言え放置していたせいで、全員私に対して良い感情を持っていないようだ。

 彼等と同様に拘束されたボスの姿を見て、反感は益々強まっている。


 「そ、そんな!ボス!?」

 「て、テメェ!一体どういうつもりだ!?いい加減何とか言いやがれ!!」

 「人間様の言葉が分かんねぇのか!?アァ!?」

 「…さて、どうする?『姫君』様よぉ。コイツ等全員、どうやって黙らせるか、お手並み拝見といこうじゃねぇか…」


 ギャングのボスは、構成員達からかなり慕われているようだ。彼が拘束されている姿を見た途端、この反応だ。

 彼の余裕の態度は、これが原因か。この状況をどう収めるのか、興味深そうに私を見ている。

 では、望み通り手並みを見せるとしよう。


 尻尾カバーに魔力を纏わせ、地面を尻尾カバーで少し強めに叩きつける。

 その際に生じた音は、尻尾カバーに込めた魔力を乗せて拡張された空間に響き渡り、構成員達全員に伝わっていく。


 「「「「「ヒィッ!」」」」」


 拡張された空間の地面の強度は、私が尻尾カバーを少し強めに叩きつけたぐらいでは、『不懐』を施さなくても壊れないぐらいには頑丈だ。

 尻尾カバーを少し強めに叩きつければ、相応の大音量が周囲に響き渡る。

 その音は、先程まで騒いでいた構成員達全員の声量よりも大きい。加えて私の魔力も宿っているのだから、怯えてしまうのも無理はないのだ。


 「初めまして、私はノア。ただのしがない冒険者…でありたかったんだが、今は周りから『黒龍の姫君』と呼ばれている」

 「………」

 「おぅ…。メッチャ強引に黙らせたな…」


 あの状態では会話をしようにも、彼等の怒号で音がかき消されてしまい、まともに会話などできなかっただろうからな。

 時間を気にせずゆっくりと話を進めていくのならば、構成員達を集めずに一直線にボスの元まで訪れ話をつければ良い。そうしてボスの口から構成員達に放せを通せば、彼等にここまで反感を抱かれることはなかっただろう。

 だが、私はこの国の観光を続けたいし、夕食までに間に合わせたかったからな。さっさと話を進めるためにも、強引に全員をこの場に集めた、というわけだ。


 力ずくで全員を黙らせたことに、ギャングのボスは唖然としている。

 こうもあっさりと黙るとは思っていなかった様子だ。そして、彼自身も私が発生させた音と、音に乗せられた魔力に慄いている。


 「お前達をこの場所に集めたのは他でもない。これからお前達には全員、冒険者になってもらう」

 「いや、イキナリすぎんだろ」


 要点だけを述べたからな。私の言葉が終わるとギャングのボスからツッコミが入り、それと同時に一斉に反発する声が上がってきた。

 私に対して恐れの感情はあるようだが、それとこれとは別のようだ。良い根性をしている。鍛え甲斐がありそうだ。


 「それに、なろうと思ってなれるもんでもねぇぞ?なんせ俺たちゃギャングだからな。ギルドの連中も登録させちゃあくれねぇだろ」


 ギャングのボスは、構成員達を冒険者にできるとは思っていないらしい。

 まぁ、何処の街も、ギャングの構成員など賊と何ら変わりないと思っているだろうからな。彼等の評価は、ならず者未満なのだ。

 とりあえず、再び音を立てて黙らせよう。このままでは、私の声がこの連中の耳に入って行かない。


 再び静かになったことで、もう少し詳しく説明ができる。


 「そのために私がいるんだ。お前達が冒険者に登録できるように、ギルド側には私が話をつけておく。私はな、世間では結構信用があるんだ。それと、何も今すぐお前達にギルドへ行って冒険者登録をして来いと言っているわけじゃあない。真っ当な冒険者になるには、お前達には教養も実力も足りなさすぎる」


 今まで自分達の縄張りでは好き放題できていたからか、私の言葉にまたも構成員達は反発している。

 自分達を弱者だとは思っていなかったようで、教養はともかく実力が足りていないと言われて不満に思っているようだ。


 またも音を立てて黙らせる…ではキリがないな。少し魔力を解放させてみるか。

 うん。全員私の魔力を感じ取って明確に怯えだしたな。これでゆっくりと話ができる。


 「足りない教養や実力はこれから身に付けて行けばいい。紹介しよう、お前達を鍛えてくれる、教師・アーノだ」


 そう言って、私の隣に『幻実影ファンタマイマス』による幻を出現させる。外見は庸人ヒュムスの成人男性。ただし覆面をしていて、素顔は分からないようにしている。名前は適当だ。


 「えっ?いや、今どうやってそこに?」

 「一瞬で現れたぞ!?」

 「顔とか全然見えない…。何か、怪しくね…?」

 「怖いよぉ…!」


 流石に何者かが一瞬で目の前に現れる光景に驚いているようだ。中には怯えている者すらいる。これは私の魔力が影響しているな。

 まぁ、驚いていようが怯えていようがやることは変わらない。

 構成員達にはこの拡張された空間で冒険者として登録しても問題無いレベルまで学習と鍛錬を行いながら生活してもらう。

 食料に関しても問題無い。ギャングのボスがたんまりとため込んでいたようなので、それを使わせてもらう。


 「それでは、早速お前達を色々な意味で鍛えてもらうとしよう。後は頼んだよ」

 「ん、頼まれた」


 自分の幻と会話をすると言うのもおかしなものだが、私と幻が別人と認識させるには必要なことなのだ。


 「…お前達には、これから冒険者になるために必要な知識を教える」

 「おいおい、アイツ等はともかく、俺達もか?一応、一般常識ってモンは頭に入ってるんだがなぁ…」

 「お前達はコッチだ。ついてきなさい」

 「マジかよ…。ったく、何をさせられることになるやら…」


 ギャングのボスとその側近達は、ちゃんとした教養がありそうだからな。本格的な打ち合わせを行わせてもらうとしよう。



 ギャングのボス達を連れてきた場所は、私が宿泊手続きをした宿だ。食欲をそそる良い香りが私の鼻孔を刺激してくれている。ちょうど夕食の時間になったようだな。


 「なぁ、『姫君』サマよぉ…。まさか[これから仲良くお食事でも始めましょう]って言うんじゃあねぇよなぁ…?」

 「うん?いや、その通りだけど?」

 「イキナリ俺達全員を拘束して謎空間に閉じ込めたかと思えば、今度はメシのお誘いかよ…。どういう神経してんだ…」


 そう言われてもな。食事の時間なのだから、仕方がないだろう。

 食事もできて今後の予定についての話もできる。一石二鳥じゃないか。


 「ほら行くぞ?ああ、食事代に関しては心配はいらない。私が持とう。好きな物を注文して食べると良い」

 「…その前に、この縄…?を何とかしてくれませんかねぇ…」

 「席に着いて良い子にしていたら、解除するよ」

 「…ったく、泣く子も黙るこのヴォイド様がガキ扱いかよ…。泣けてくるぜ」


 私からすれば、その泣き喚く子供もギャングのボス・ヴォイドもそう変わらない相手だからな。むしろ、気を遣う必要がある分、泣く子供の方が厄介かもしれない。

 ヴォイドは私にある程度無遠慮なおかげで、気を遣う必要を感じないのだ。まぁ、そうでなくとも気を遣うつもりは無いが。


 ヴォイドやその側近達の顔は、チバチェンシィの街の住民達にも知れ渡っているようで、私に拘束されながら宿に入っていく様子を見て、困惑した表情をしていた者が多かった。それは、宿の従業員達も変わらない。


 「ええっと、『姫君』様、その者達は…」

 「彼等は私が見張っておくから、何か問題を起こすようなことはないよ。私が保証しよう。それよりも、注文をいいかな?」

 「はっ、はい!ご注文を伺います!」


 食堂の席に着くと、従業員がヴォイド達のことを訪ねてきたのだ。

 ヴォイド達は、街の住民達からかなり恐れられているようだ。私が拘束していなかったら、そして私が一緒に居なければ、こういった店には入れなかったのだろうな。


 こういう時こそ、私の立場というものを利用する時だろう。責任は受け持つからと従業員を納得させ、何のことでもないように料理を注文することにした。

 なお、彼等の拘束はまだ解かない。全員の料理が運ばれ、いざ食べようという時に解くつもりだ。


 「さ、遠慮はいらない。好きな料理を注文すると良い。メニューが見えづらいというのなら、見やすいようにしてあげよう」

 「「「………」」」


 私も遠慮なく料理を注文させてもらうとしよう。

 うん、この国の名物料理というだけあって、この宿にもドラゴンステーキはあるようだ。注文させてもらおう。


 ヴォイド達も何を食べるか決めたようだ。それぞれ料理を注文している。

 私も料理を注文し終えれば、従業員はやや早い足取りで厨房へ注文を伝えに行った。


 さて、料理が来るまでに少し時間がある。


 その間に、ヴォイド達にはスラム街自治化計画の詳しい話をしておくとしよう。

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