第490話 次回の旅行計画

 料理を作るのは調理場、そして予め調理場に防臭結界を張った状態でだ。そうでなければ、皆して料理の香りに惹かれて調理場に集まってしまうだろうからな。

 私は、自分で作る料理は完成品を味わってもらいたいのだ。例え味見をしたいと申し出てもらったとしても、完成までは待ってもらいたい。


 しかし、料理というものは味が複雑になればそれだけ完成に時間が掛かるのが常である。

 皆に提供したいラーメンもまた、スープの味が複雑な料理だ。この匂いを嗅いだら、皆して辛い時間を過ごさなければならなくなってしまうだろう。


 と、いうわけでマギモデルによって神楽舞を行っていた辺りからスープの仕込みを始めていたりする。そしてスープの完成もあと僅かと言ったところだろう。そろそろ麺を茹でるとしよう。


 リガロウにラーメンを食べてもらった時に思ったのだが、ラーメンボールにした際にチャーシューや煮卵などの具材をそのままにすると、ホーディ達のような口の大きな子達はともかくラフマンデーみたく口が小さな子達にはやはり食べ辛いままだ。

 口の小さい子達には、具材を細かくカットした状態で小さなラーメンボールを作るとしよう。


 神楽舞に集中していたおかげで、皆私が調理場で何かを作っていたことに気が付いていないようだ。

 ラーメンをこの場で提供して驚かせてあげよう。


 「皆、そろそろ昼食にしようか。今回の料理は皆には初めて振る舞う料理だよ」

 〈ごはん!ご主人いつの間に作ってたの!?〉

 ―初めて食べる料理、楽しみだね~―


 その期待に応えよう。『収納』からラーメンを取り出すと、器から濃厚な香りをした湯気が周囲に立ち込める。

 その香りを認識した皆は、恍惚とした表情となっている。


 〈初めて嗅ぐ香りです…。これは、何とも複雑で…〉

 〈食欲をそそる香りですな。しかし、おひいさま。この料理は…〉

 〈美味しそうだけど、凄く食べ辛そうだよ?〉

 「このままではね。今、食べやすくしてあげるよ」


 ラーメンの香りに喜んでくれはしたものの、この料理をどうやって食べれば良いのか分からず、困惑しだしてしまった。

 当然である。この子達は口の形状から啜るという行為ができないからな。だからこそ、私はラーメンボールと言う存在を作り出したのだ。


 それぞれの器に入っているラーメンに干渉し、スープ、麺、具材を細かく一つにして一口で全てを味わえるようにしておく。


 〈おお…。これならば…〉

 〈我等でも問題無く食べられるな!〉

 ―わーい!いただきまーす!―


 少々熱を持った料理ではあるが、皆気にしていないようだ。

 ウルミラはドラゴンの肉で焼き肉を行った際に熱さで食べ辛そうにしていたが、今は気にせず食べている。


 〈えへへ!オーカドリアがおっきくなった辺りから、熱い食べ物でも平気になったんだ!この料理、美味しいね!〉


 なんと。

 オーカドリアが成長してからというもの、"楽園"に住まう者達が皆して強化されたわけだが、そんなところにまで影響が出ていたのか。そう言えば、以前カレーライスを振る舞った時も問題無く食べていたな。

 その時は只々皆の幸せそうな表情に気が付かなかったのだが、あのころからウルミラは熱い料理も問題無く食べられるようになっていたようだ。


 他の皆も、幸せそうにラーメンを食べてくれている。やはり、自分の作った料理を美味そうに食べている光景を見るのは、とても幸せだ。

 この光景を眺め続けていたい気持ちはあるが、私の鼻孔を刺激するラーメンの香りがそれを許してくれない。私もラーメンを食べるとしよう。


 うん!スープが麺に良く絡んでいて良い味わいだ!麺の食感も想定通りにできたようだ。

 尤も、私の場合、顎の力と歯が強靭過ぎるため口にした物はほぼ抵抗を感じることなく噛み切れたり噛み砕けるので、あまり関係のない話だったりするのだが。


 今の今まで、口にしたもので抵抗を感じられたのは、オーカムヅミの果実ただ一つである。それも私が進化した後は抵抗を感じられなくなってしまったのだが。

 オーカドリアの果実は齧る前に鰭剣きけんで切り分けてしまったので、どれほどの硬さがあるのか分からない。


 私がラーメンを啜りながら食べていると、他の皆が私の食べ方に注目しだした。


 〈ふむ。その料理は本来そうやって食べるものなのだな〉

 〈んー?でもボク達だとご主人みたいな食べ方は無理じゃない?〉

 〈無理だね。だからノア様は私達でも食べられるようにしてくれたんだね〉

 〈とっても美味しいわ!ノア様のおかげよ!〉〈嬉しいのよ!ありがとうなのよ!〉


 ついでなので、ラーメンボールを作れるようになった経緯を皆に説明しておこう。

 皆がこうしてラーメンを楽しめるのも、リガロウのおかげでもあると言えるのだ。


 〈そっかー。あの子は旅行先でご主人と一緒にご飯が食べられるんだねー〉

 〈………〉〈………〉


 おや、ウルミラの発言を耳にした途端、レイブランとヤタールが黙ってしまった。何か思うところがあるのだろうか?


 と思ったら2羽同時に私の前で羽ばたきだした。訴えたいことがあるのだろう。


 〈ノア様!私達も旅行がしたいわ!〉〈今度の旅行に連れて行ってほしいのよ!〉

 〈あ!それならボクもー!〉


 どうやらこの子達は、リガロウが私と食事をしているのが羨ましくなったようだ。

 蜥蜴人リザードマン達の集落に私を迎えに来た時点で理解していたが、レイブランとヤタールも魔力を完全に隠蔽できるようになっている。

 それならば、この子達を次の旅行に連れて行っても良いのかもしれない。


 いや、待てよ?


 「レイブラン、ヤタール。君達、魔力を少しだけ出すことはできる?具体的には、あの蜥蜴人達と同じぐらい」


 完全に魔力を絶った状態と言うのは、ある意味では目立つ状態だ。私と一緒にいる時点で目立つことは避けられないだろうが、魔力が全く無いことを良いことに、この子達に絡んでくる者が現れないとも限らない。

 それは、かなり煩わしいことになる。失礼ではあるが、この子達が人間達に配慮しきれるとは思えないのだ。

 ならば、予め非常に強力な魔獣と判断してもらった方が平穏に旅行を楽しめそうなのだ。


 魔力を完全に絶つことよりも、少量だけ放出することの方が遥かに難しい。

 2羽に尋ねれば、この子達は首を動かして私から視線を逸らしてしまった。そこまではまだできないらしい。


 〈手加減って、難しいわよね…〉〈ちょっと出すのは、大変なのよ…〉

 「それだと、連れて行くのはちょっと難しいね」


 ああ、旅行について行くことができないと知って、うな垂れて落ち込んでしまった。可愛らしいけど可哀想だ。


 そうだな。私としても、全員とは言わないがこの子達をルイーゼに会わせてあげたい。彼女も私と同様、モフモフした生き物が好きだからな。きっと喜んでくれる。


 うん。今できないというのなら、出来るようになればいいだけの話だ。


 「ラビック、それにウルミラ。レイブランとヤタールに魔力の制御を教えてあげてもらえる?」

 〈ボク達が教えるの?〉

 〈私は構いませんが、2羽が素直に学んでくれるでしょうか?〉


 ラビックの疑問も尤もだ。レイブランとヤタールはじっとしているのが苦手だからな。退屈になると、すぐに空へ飛び去ってしまうのだ。

 正直、彼女達が完全に魔力を絶つことができただけでもとても頑張ったと思えるぐらいだ。私の旅行について行きたい思いで必死に頑張ったのだろう。


 レイブランとヤタールを撫でながら、頑張ったことを褒めてあげよう。


 「2羽とも本当によく頑張ったね。だから、もう少しだけ頑張ってみよう?君達をルイーゼに会わせてあげられたら、私も嬉しいし、彼女もきっと喜ぶよ?」

 〈そこまで言われたら仕方がないわね!〉〈魔王国に一緒に行くのよ!〉


 やる気になってくれたみたいだし、この調子なら魔王国にこの子達を連れて行けるだろう。

 良し、どうせだから、この子達が少しだけ魔力を放出できるようになった時に魔王国に行くとしよう。それまでに、魔大陸中に点在している"女神の剣"を潰して、まだ訪れていない人間達の国に訪れておくのだ。


 〈姫様、レイブランとヤタールに魔力の制御を教える代わりと言うわけではありませんが、私も魔王国を訪れてみたいと思います〉

 「ラビックも一緒に来てくれるの?良いよ。一緒に行こう」


 これは物凄く嬉しい申し出だ。まさかラビックまで一緒に来てくれるとは!旅行中にこの子を抱っこできると思うと、口の両端がどうしても吊り上がる。


 この子を抱きかかえ、レイブランとヤタールを両肩に乗せながらリガロウに乗って移動している様子を想像してみよう。ついでにリガロウの隣で楽し気にウルミラを走らせてもみよう…。

 ………良い…。非常に良い!是非とも実現させたい!


 「他に、一緒に魔王国に行きたい子はいる?」

 〈我は主がいない間、"楽園"を守護するつもりでいるからな…〉

 〈興味はございますが、儂の体躯では縮小化ができなければ、色々と不便でしょうからな…〉

 〈主様のための蜜の制作作業を怠ることなどできませぬぅううう!〉

 ―ルイーゼにはこの前会ったから、僕はここにいるね~―


 他の子達は一緒に来るつもりは無いようだ。ホーディは、少し遠慮しているような気配もある。

 留守中に"楽園"を守護してくれることは頼もしいが、彼にばかりその役目を押し付けては、彼と共に旅行をすると言う私の願いが達成されなくなってしまう。どうにか対策を考えなければ。


 そして魔力の制御や身体のサイズなどの条件をクリアしているフレミーも一緒に来る気はないらしい。


 〈私も別に良いかな?あ、でもルイーゼ様に服をプレゼントしたいかも!〉

 「良いの?」

 〈うん!お揃いの服を着たノア様とルイーゼ様見てみたい!〉


 お揃いの服かぁ…。うん、それも良いな!作ってくれるというのなら、是非とも作ってもらおうじゃないか!


 〈任せて!プリズマイトも問題無く食べられたし、すっごいのを作って見せるからね!〉


 何て頼もしいんだ。私の友達、最高だな!

 今のフレミーの台詞からして、早速プリズマイトの性質を持った糸を使用して服を作るようだ。今から完成が楽しみだな。


 そうだ、私もルイーゼのためにぬいぐるみを作るんだったな。折角だし、フレミーに糸を融通してもらえないか、相談しておこう。


 〈良いよ。どんな糸が良い?〉

 〈何の変哲もない、フレミーが元から出せていた糸が良いかな?〉

 〈分かった!それならすぐにでも沢山用意できるから、後で持ってくね!〉

 「ありがとう」


 ぬいぐるみの材料に困ることは無さそうだ。後は、どのようなぬいぐるみにするかだな。やはり、可愛いのが良いだろう。家の皆の姿を模した物にしようか?

 うん、この子達と触れ合うルイーゼは本当に楽しそうにしていたし、そうしよう。



 ラーメンも食べ終わり、レイブランとヤタールは早速ウルミラとラビックから魔力の制御を学ぶつもりのようだ。

 その際、フレミーも少しだけ協力してくれたようだ。

 2羽が途中で飛び去ろうとしても逃げられないように、あの娘達の頭上に糸を張り巡らせたのである。途中で飛び去ろうとしたら、糸が絡まって身動きが取れなくなってしまうだろう。


 そのことをレイブランとヤタールは知覚していない。それどころか、ウルミラとラビックもだ。2体にも教えなかったのは、下手に意識させて2羽に気取られないようにするためだろう。

 片手間でそれをやってのけるのだから、フレミーはやはり凄い子だ。

 あの子達4体で挑んでも、彼女に勝つのは難しいのではないだろうか?


 フレミーは『広域ウィディア探知サーチェクション』の使い手だからな。ウルミラの透明化も幻も通用しないだろう。

 レイブランとヤタールではあの子の糸を斬れないと言っていたし、糸による罠はラビックにとっても動きが阻害されるだろうし…。うん、やはりフレミーはホーディに次いで強いな。


 フレミーがああしてレイブランとヤタールを見張ってくれているのなら、魔力の少量放出もそう遠くない未来に実現できるようになるだろう。


 未訪問の国を見て回るのは、なるべく早くした方が良いのかもしれないな。

 今のところ"女神の剣"を一気に始末できる状況になっていないため、"楽園"の外に出る必要もないのだ。少しの間、のんびり暮らすとしよう。



 ヨームズオームとともに"追憶の宝珠"を通して今回の旅行を振り返っていると、いつの間にか辺りが暗くなり始めてきた。

 それはつまり、夕食の時間が近づいてきたと言うことである。


 今回の夕食で何を振る舞うかは、イスティエスタを出る時に決めている。ハン・バガーセットだ。


 ようやく再現可能となったあの味を、皆にも堪能してもらうのだ。

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