第238話 私の帰る場所
レオナルドとレオンハルト、二人はほぼ同時に時間に空きが出来たようだ。そろそろ彼等の元に顔を出すとしよう。
彼等に空いた時間が出来るまでに、随分と色々な書物を目に通す事が出来た。
中でも嬉しいのは、音楽を演奏するための音程や音の強さを記号で分かり易く書き連ねた、楽譜なる書物が大量に手に入った事だ。
音楽というものは非常に種類が多いようだ。その種類、百や二百で済むような数ではない。
試しに楽譜に描かれた音を頭の中で再現してみたのだが、フルルの楽器店で耳にした音楽とはまるで違った旋律だった。
頭の中で旋律を奏でてみたらいてもたってもいられなくなり、一度図書館から退館して楽器店に向かい、初心者が練習するための、それでいて良品質の楽器をいくつか紹介してもらい購入させてもらった。
家に帰ったら存分に演奏させてもらおう。
なお、楽器の演奏方法を記した書物も既に複製して目を通してあるので、演奏するだけならば問題は無い。
家の子達に演奏を聞いてもらい、音楽の感想を聞かせてもらうのだ。
それと、ゴルゴラドで見せてもらった装飾をまとめた書物も複製させてもらった。ほんの一部を見せてもらっただけでも似通ったものからまるで違ったデザインがあったのだ。
どれほどの種類があるか目を通すのが今から楽しみというものだ。
図書館から退館して城へと戻れば、カンナが私を出迎えてくれた。レオナルドとレオンハルトは現在同じ場所にいるとの事で、案内してくれるのだそうだ。
2人の居場所はこちらでも把握していたし、別れの挨拶を済ませた相手にこうして再びごく自然に案内をされるのは、どうにも締まりがない気がする。
「ノア様のご案内をするのは、私の役目ですので。」
「まいったね。確かにその通りだ。」
うん。確かに再び城を訪れた時は案内をして欲しいと言ったのは私だ。こういうのを一本取られた、と言うのだろうか?
まぁ、今更あまり親しくない者に案内されても違和感しかないだろうから別にいいけども。
レオナルドとレオンハルトがいる部屋に到着したようだな。カンナがドアをノックして入要件を述べる。
「失礼します。ノア様をお連れしました。御二方にお話があるそうです。」
「ああ、通してくれ。」
カンナには私の目的を伝えてある。まぁ、伝えなくとも彼女ならば理解していただろうが。
扉を開き、頭を下げて私の入室をカンナが促す。彼女は入室するつもりが無いらしい。どうやらこの部屋は王族用の休憩所らしい。
「2人が一緒にいてくれて助かるよ。手間が省けるからね。」
「ふむ。だとすると、俺達に用があったわけか。何か問題でも発生したのか?」
2人は私が別れを告げに来たとは思っていないらしい。
「コレと言って特に問題は無いよ。だからこそ、かな。そろそろアクレインに行こうと思うんだ。」
「そうか…。まさかそなた、他の者達にもわざわざこうして別れを告げて回っているのか?」
「義理堅い方ですね。ですが、ありがたくはあります。」
「あまり驚かないんだね。」
少し意外である。もしかして、2人もリオリオンと同じように、私が別れを告に来た事を察していたのか?先程はそういった気配は見受けられなかったが…。
「特に問題が無いのなら、もはやそなたがこの国にいる理由も無いだろうからな。今のこの国の見るべきものは、もう見て回ったのだろう?」
「まだまだ見ていない都市はあるよ。それに、村や町と言った都市と比べて小規模な集落にはほとんど顔を出していないしね。」
そういった小規模な集落に顔を出したのは、依頼で向かったサウレッジと、宴会用の食材を調達しに向かった村ぐらいである。
ティゼム王国もそうだが、都市を回っただけでは国を全て見て回ったとはとてもでは無いが言えないだろう。
ティゼム王国もファングダムも、いずれは村も町も、人が住んでいない場所も、全て見て回ってみたいものだ。
「オリヴィエと何やら約束をしていたようですが、好きな時にいつでもこの国を訊ねて下さい。ノア殿でしたら、いつ訊ねて来ても歓迎いたしましょう。」
「だな。そなたは我が国の紛う事なき救世主だ。後世にその活躍は語り継いでいくとしよう。」
勿論、好きな時に訪れさせてもらうとも。今の私は転移魔術によって好きな時に好きな場所に行けるのだから。遠慮せずに会いたくなったら会いに行くとも。
近い内に産まれて来るネフィアスナの子供達も気になる事だしな。
それにしても、レオナルドは私に対して過分な扱いをしていないだろうか?
「救世主とは、また随分と大げさだね。」
「そんな事は無いさ。そなたがいなければ間違いなくこの国は様々な理由で滅んでいたからな。例え万人に知られなくとも、俺はそなたが何をしたのか、そなたから直接教えられたのだ。」
いや、まぁ、私がやった事は救国の英雄と呼ばれてもおかしくはない行為だとは思うが、だからと言って救世主は無いだろう。神話や御伽噺じゃあるまいし。
「ノア殿。ノア殿が私の知らない所で何か、私や国民達知っている事以上の凄まじい偉業を成し遂げていた事は、何となくですが分かります。」
「あー…うん、まぁ、ね。」
レオンハルトにはヨームズオームの事は話していないし、レオナルドも伝えていないようなのだが、それでも私が何か、授与式で知らされた以上の事をやった事は把握しているらしい。
「しかも、そのような御方が天空神様と煌命神様から寵愛を授かっているのです。ノア殿が何と仰ろうとも、人々は貴女を伝説上の人物として捉える事は間違いありませんよ。」
「つまり、レオナルドが私を救世主と呼ぶのも何もおかしくないと?」
「そういう事だ。そもそも、伝説上に語られるような偉人だって、昔は確かに実在していたのは間違いないのだ。そなたも、数百年後には伝説上の存在として語られている事だろうな。」
まぁ、確かに数百年もたてば偉業を成し遂げた人物と言うのは、人によっては伝説となるだろうな。
レオンハルトの言い分も、レオナルドの言いたい事も分かるのだが…。
「…多分、その程度の年月では、私はまだ生きているよ?」
「ならば尚更だな。生ける伝説ではないか。」
「つまり、何も大げさではない、という事です。」
なんてこった。確かに人間達の感覚で言ったらその通りだ。ここで否定をするのは無駄な抵抗というやつか。仕方が無いから受け入れよう。
どうせ私の素性を公開したら、救世主だのなんだのといっていられなくなるだろうからな。数年間の我慢だ。
「それで?そなたは何時頃この国を発つのだ?」
「今日はもう結構遅い時間だからね。明日の早朝になるかな?」
「では、今日は未だゆっくりと出来るのですね?」
「ああ、今日も食事と風呂を堪能させてもらうよ。」
「我等の施設を気に入ってくれたようでなによりだ。」
提供される王族の食事は見事なものだし、風呂屋以上の巨大な浴槽に入浴できたり、極上の寝具で睡眠できたりと、この城での生活は快適そのものだった。これもまた、再びこの国に訪れたいと思える要素の一つだな。
実際のところ、レオナルドは私を一国の姫として、もしかしたらそれ以上の存在として扱ってくれたのだと思う。
「公私共に、そなたには世話になった。改めて、感謝する。」
「貴女がいなければ、私たち家族は、こうはなっていなかったでしょうからね。本当に感謝しかありません。」
「どういたしまして。」
今日までの持て成しが、私がこの国で行った事が理由だと言うのならば、国を救ってくれた事への恩義だとするのなら、甲斐があるというものだ。
存分に城での持て成しを堪能し、日が変わって早朝。私はオリヴィエとカンナと共に、城門まで歩を進めている。
オリヴィエの格好はリビアとしての服装ではなく、王女としての格好だ。変装の必要が無いのだから、当然だな。
オリヴィエが私と同行してくれているのは、見送りのためである。カンナは、オリヴィエの帰りの護衛と言ったところか。
まだ早い時間だと言うのに、結構な市民が目を覚ましており、私達に視線を送っている。しかし、多くの視線を集めていると言うのにも関わらず、オリヴィエに緊張した様子は見られない。自然体の雰囲気を保っている。
「彼等は皆、王女としての私を見ているでしょうから。」
「そうかな?それもあるかもしれないけど、多分、リビアとしての貴女の事も見ていると思うよ?」
「どちらであろうと、素晴らしく尊い御方なのは間違いありません。今はノア様も隣にいらっしゃいますからね。視線を集めるのは当然です。」
「いや、そういう事ではなくてね…。」
オリヴィエは自分が王女として見られている際は、どれだけ視線を集めてもまるで動じないのだが、オリヴィエ個人、つまりリビアとして視線を集めていた時は結構周囲の視線にたじろいでいたのだ。
だから少しは動揺するかとも思ったのだが、その様子が見られなかった事に感心していたのだ。
「そうですね。ノア様のおっしゃる通り、彼等はリビアとしての私の事も見ていると思います。ですが、今やそれも王女である私の姿なのです。王女として振る舞っている以上、平静を崩すつもりはありません。」
「ああっ!姫様…っ!このカンナ、姫様の成長に感動を覚えずにはいられません…!」
「カンナの反応はともかくとして、本当に成長したね。」
一緒にい歩いているカンナは結構大きな身振り手振りをしているのだが、彼女に視線は向いていない。
こうしていても彼女の存在感は希薄なのだ。コレを意図的に行っていると言うのだから、本当に大したものである。
街の城門に到着し、いよいよ以って別れの時だ。
私も、オリヴィエも、そしてカンナも皆、名残惜しそうにしてはいるが、互いに引き留めたり思いとどまるつもりは無いようだ。
「ノア様の旅時に、幸多くあらんことを祈ります。」
「ありがとう。会いたくなったらまたこの国に来るよ。その時はすぐに新聞に載るだろうから、すぐに分かると思うよ。」
「ですね。その時を楽しみにしております。」
特に合図も無く、お互いに抱きしめ合う。一緒にいた時間が長かったせいか、随分と愛着が湧いたようだ。願わくば、これほどの親しみを覚えられる人間と沢山出会いたいものだ。
沢山の知己を得よう。そして、私の永い、とても永い生への活力にしていくとしようじゃないか。
きっと私は、多くの命を見送る事になると思う。それはきっと、とても悲しい事だと思う。
だが、別れがあれば新たな出会いもある。知己を得た者がこの世を去っても、彼等の子孫は健在している事だろう。
そんな子孫達を、末永く見守っていくとしよう。彼等が道を外さない限りは。
それはきっと、とても素晴らしい事だと思う。何もひっきりなしに面倒を見るつもりは無い。
気が向いた時にでも、少し顔を出す程度で良いと思うのだ。私の居場所は、既にあるのだから。
特に言葉を交わす事も無くお互いに離れ、背を向け合い反対方向に歩き出す。私は街の外へ、オリヴィエ達は城に向かって。
オリヴィエは私と別れるまで、我慢をしていたようだ。ある程度歩いたところでカンナに抱きついて涙を流してしまった。
遠慮をする必要は無いと言ったのに、それでも自分が成長したところを見て欲しかったのかもしれない。
抱きしめ合った時に何も言葉を発しなかったのは、話をしたら泣き出してしまいそうだったからかもしれないな。
さて、私の居場所、"楽園"に帰るとしよう!
街から離れ、人目が付かなくなったところで家まで転移する。
今家の中にいるのはヨームズオームだけらしい。今のところ体のサイズを戻すつもりは無いようだ。他の子達はそれぞれ外でやりたい事をやっているのだろう。
私の出現にヨームズオームはすぐに気付いて声を掛けてくれる。それと同時に私に絡みついてくる。甘えてきてくれるのがとても嬉しい。
―あっ、ノアー、おかえり~。忘れ物ー?―
「違うよ。ここが私の家だからね。休みに来たのさ。」
―そうなんだー!じゃあ、これからは一緒~?―
つぶらな瞳で此方に訊ねてくれるのだが、残念ながらあまり一緒にいられる時間は無かったりする。今回は三日ほど家で休んだらアクレインに向かおうと思っているのだ。勿論、皆にはその理由も説明する。
本当なら城門を出たところでアクレインに向かってもよかったのだが、ファングダムで知った知識や技術を皆に振る舞いたかったのだ。ウルミラにご褒美も渡さないとだしな。
で、そのウルミラなのだが、ちゃんと帰ってきているようだ。
彼女が家に帰って来てから、ゴドファンスやホーディから何か言われなかったか、ヨームズオームに聞いてみるか。
―狼の女の子ー?あのねー。森の外の話をいっぱいしてくれたよー!楽しそうだったー!それでねー、カラスの女の子達がとっても羨ましそうにしてたよー?―
なるほどなるほど。どうやら人間の街で見たものを皆に自慢していたらしい。
だとすると、レイブランとヤタールが自分達も人間達の国へ連れて行って欲しいと言ってきそうだな。
ただでさえあの子達は、ウルミラを連れて行く時に自分達も行きたいと願ってきたのだから。
―後ね~、コッチに帰ってくる時に色々と寄り道したみたい~。ノアに人間を助けたら褒められたって言ってたから、帰る途中でも人間を助けたみたいだよ~?後でノアに褒めてもらうんだーって言ってた~。―
ううむ。私があの子を褒めたのは人間を助けたからと言うか、オリヴィエを助けてくれたからなんだが…。きっと物凄く得意げに報告して来るんだろうなぁ…。
多分、あの子は護衛対象のレオンハルトに怪我や火傷を負わせてしまった事を、皆に話していない。
私に褒められたと言うのにゴドファンスに怒られ、とても落ち込んでしまう様子が容易に想像できてしまう。
困った。間違いなく私はウルミラを撫でずにはいられないぞ?そしてそうしてウルミラを甘やかしているところにゴドファンスから苦言を是されるところも容易に想像できる。
…諦めよう。取り繕う事など無駄である。私にとってここで一緒に暮らしてくれる皆は家族同然であり、優劣など付けられないのだ。
苦言も甘んじて受け入れよう。
おや、皆が私の魔力を察知して家まで集まってきているな。
それなら、早速ファングダムで体験した事をあの子達に伝えていくとしよう。
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