第237話 別れの挨拶

 あと私が別れを告げるべき相手は、誰がいるだろうか?

 レオナルドとレオンハルト、それからカンナか。あとは、リオリオンもだな。


 特にリオリオンには間接的にとはいえ、龍脈の魔力を使わせる事になるのだ。扱いには注意をするように釘を刺しておこう。


 では、まずはカンナの元に行くか。都合の良い事に彼女はちょうど休憩中だ。声を掛けさせてもらうとしよう。


 「やあ、カンナ。お疲れさま。今、良いかな?」

 「ノア様、いかがなさいましたか?」

 「そろそろ別の国に旅行に行こうと思ってね。親しくなった者に別れの挨拶をしようと思ってね。」

 「っ!それはつまり、私を親しい者と…!?」


 そう言っているのだが、少々信じられないらしい。カンナとしてはメイドとしての職務を全うしていただけに過ぎないからなのだろうが、私は彼女個人に対して好感を持ったのだ。

 メイドとしての働きぶりと言うよりも、オリヴィエ達を想う気持ちが、私に親しみを覚えさせたのだ。


 勿論、他のメイド達も王族を敬っているのは間違い無いだろうが、如何せん、カンナの見せてくれた王族達に対する反応は私を楽しませてくれたのだ。

 別れを告げるぐらいの親しみを覚えるというものだ。


 「今後はカンナにとっていい光景が沢山みられるんじゃないかな?近い内にリナーシェはいなくなってしまうけど、新しく2人の子供が産まれて来る訳だし、オリヴィエもレオンハルトも、家族に対して遠慮をしなくなるだろうからね。」

 「はい。その件に関しては、ノア様にはどれほど感謝を述べても足りません。皆様のわだかまりを解いていただいた事、本当にありがとうございました。」


 カンナは本当に今の王族達が好きなのだな。彼等が幸せそうにしている事が、彼女にとっての幸せのようだ。感極まり過ぎて鼻血を噴き出さなければいいのだが…。


 私との別れを惜しんでいるのは確かなのだが、それ以上にカンナは嬉しそうにしている。この喜びの感情は、何処から来るものだろうか?


 「それにしても、随分と嬉しそうにしているね。何かいいことでもあったの?」

 「はい!昨日の夜、遂に、遂に完成したのです…!」

 「完成…。ああ、アレか…。公開は、まだ先なんだっけ?」


 アレ、と言うのはネフィアスナが私に描いてくれた私の全身が映った肖像画だ。流石に体力と魔力の消耗が激しすぎたので、昨日制作するまで体を休めていたのだ。


 折角描き上げた絵画が破損してしまっては事だからな。腕利きの魔術師達を呼んで、私が描いた王族達の絵画と共に保存と保護の魔術をこれでもかと言うぐらいに施すらしい。


 「はい!何せ国宝ですから!リナーシェ様の全力の一撃にも余裕を持って耐えられるほど頑丈に保護していただくそうなのです!現在はどちらの絵画も宝物庫に厳重に保管されています!」

 「それなら、めったな事では破損しなさそうだね。」


 事情を詳細を知っている辺り、彼女も宝物庫に保管する際に同行していたのかもしれないな。

 メイドに宝物庫を見せてもいいのかどうかは私の知るところでは無いが、王族の専属メイドともなれば、ある程度の地位があってもおかしくはないのだ。

 王族と同行、という形でなら宝物庫への立ち入りも許可されているのだろう。


 「ええ!勿論です!それにしても、やはり生で見るのは違いますねぇ…。皆様の幸せそうなご尊顔の何と尊い事か、そしてノア様から溢れ出た虹色の輝きの、何と神々しい事か!はぁ…先にノア様に報酬として見せていただけなければこのカンナ、一目見た時点で失神していた事でしょう!」


 記憶映像を見せた時も実際に失神してしまっていたからな。前情報なく2つの絵画を見たら間違いなく失神していただろう。

 そんな反応を面白いと思ったからこそ、私はカンナに親しみを覚えたのだ。


 2つの絵画が国民達に公開される頃には、私はこの国にはいないだろうな。早くても今日、遅くても明日には一度家に帰るのだから。


 「オリヴィエとの約束があるから、必ず再びこの国を訪れさせてもらうよ。その時は、また城の案内を頼めるかな?」

 「お任せくださいませ。」


 カンナも私と再会できると確信しているようだ。あまり別れを惜しんでいるように見えない。

 それどころか、今から既に再開を楽しみにしているような雰囲気すらある。


 彼女らしいと言えばらしいのか?まぁ、しんみりとした別れよりも私は好きだ。この場を後にするとしよう。



 さて、次はレオナルドかレオンハルトに別れを告げようかと思ったのだが、2人とも今はまだ仕事中だ。城から出てリオリオンの元に向かうとした。


 こんな事でいちいち転移魔術を使うつもりは無い。勿論移動手段は徒歩だ。時間を潰す事も目的の一つなのだからな。


 数日間しか来ていないだけで大分懐かしさを感じる入り口を通り、最下層にいるリオリオンの元に向かう。彼も忙しそうにしているな。

 何せ魔力集積具だけでなく、魔石製造機も量産する必要があるのだ。しかもファングダムの各都市に設置するともなれば忙しさに拍車をかけることになるのは必至だ。


 予算はまぁ、間違いなく下りる。これまで金の採掘に執着していた有力貴族達の説得は終わっているし、今後の事を今もレオナルドと話しているからな。

 リオリオンは、予算が下りた時に迅速に作業に取り掛かれるように今から下準備をしている、と言うわけだ。


 リオリオンが私に気付いて此方に歩み寄ってくる。やや寝不足そうだが、非常に覇気に満ちている。今の仕事が楽しくて仕方が無い、と言った様子だな。


 「忙しい所悪いね。お邪魔しているよ。」

 「よう、ノア!お前さんのおかげで、コッチは順調そのものだぜ!」

 「忙しそうにしているけど、ちゃんと寝てる?予算が下りてから倒れてしまったら事だよ?」


 今のところ大丈夫そうだが、リオリオンの状態は気持ちが高ぶって無理をしている状態と言っていい。

 こういう状態には限界がある。肝心な時に倒れてしまっては目も当てられなくなる。きっとオリヴィエだけでなく他の親族からも懇々と説教を受ける事になるんじゃないだろうか。


 「ったく、世話焼きな奴だな。睡眠はちゃんと取ってるよ。お袋みてぇな事言ってきやがって…。オリヴィエがお袋に似たの、お前さんの影響じゃねえだろうな?」

 「アレが素なんだと思うよ?リナーシェも似たような感じだったし。」

 「げぇえええ…。リナーシェもかよぉ…。なんだってウチの家系の女ってのは、皆お袋に似ちまうんだ…。」


 リナーシェもオリヴィエに負けず劣らず話が長いことを教えると、とてもげんなりとした表情をしている。

 自分の母親を彷彿とさせる特徴が受け継がれる事を嘆いているようだ。

 私としては、世代を超えて特徴が引き継がれているのは、喜ばしい事だと思うのだが、リオリオンからしたら受け継いでほしくない特徴らしい。


 それにしても、ウチの家系、という事は…。


 「リオリオンの姉妹や家族も?」

 「おう。俺には兄貴の他に姉貴と妹がいたんだが、どっちもお袋に似て話が長ぇのなんのってな?しかも俺の娘にも、更には孫にまでしっかりとその性質が受け継がれてなぁ…。」


 心底げんなりした表情で教えてくれた。

 それは、何と言うか…凄まじいな。おそらく、過去に私が所長室で見たような光景が、娘や孫娘達によってもたらされていたのではないだろうか。

 そう思うと、少し気の毒に思えてくるが、残念ながらリオリオンがそう言った状況に陥るのは、大抵の場合彼の行動に原因がある。自業自得と言うわけだ。


 まぁ、それは良い。私がこの場所に訪れたのは、別れの挨拶のためだ。この辺りで切り出させてもらうとしよう。


 「まぁ、良識を持った行動をすればその辺りは大丈夫じゃないかな?それで、私がここに来た理由なんだけどね?」

 「ああ、そろそろ他の国に行くのか?」


 なんと。リオリオンは私がここに来た理由を予測していたのか。意外だな。だが、それなら話は早い。


 「ああ、海産物を食べにアクレイン王国に行こうと思うよ。」

 「アクレインかぁ…。色々とこっちできな臭い事になってるみたいだが、大丈夫なのか?」

 「その調査も含めてさ。まぁ、そっちは時間を掛けるつもりは無いよ。」


 アークネイトの事を言っているのだろうな。リオリオンだって彼の姿を見たと言う新聞の記事には目を通している筈だし。


 さて、魔石製造に当たっての注意点をしっかりと伝えておかないとな。今のところ危険は無いと言え、遠い未来技術が発展すれば魔力の過剰供給と言う形で暴走する可能性があるのだ。


 「リオリオン。約束して欲しい。」

 「うん?何をだ?」

 「魔石の製造を急ごうとして無理な魔力供給はしないで欲しい。勿論、完成した魔石製造機は多少の無理はできる仕様ではある。だけど、だからと言って、無理をさせて良いわけでは無いからね。」

 「ふむ。まぁ、将来の事までは流石に保障してはやれんが、少なくとも俺がこの役職に就いている間は間違ってもさせぬさ。勿論、役職を引き継ぐ際にも口うるさく伝えておこう。」


 流石に将来の事までは約束できないか。魔石製造機に関わったオリヴィエにも伝えておくが、釘を刺しておく事に変わりは無い。それだけ、魔力の過剰供給は危険な行為なのだ。


 「頼んだよ。私は長生きだからね。末永く外から見届けるとしよう。もしも仮に欲に負けて約束を破ったら、その時は…。」

 「その時は?」

 「私はこの国を助けない。その結果、おそらくこの国は滅びてしまうだろうけど、受け入れてもらう。」


 これは私が知識を提供した時から決めていた事だ。

 多くの者の命を脅かす危険があると知っておきながら約束を違える相手を助けるほど、私は甘い対応をするつもりは無い。


 「そりゃ、何が何でも後世に伝え残さなきゃな。」

 「まぁ、私も時折この国には顔を出すんだ。当然、魔術具研究所にも顔を出して様子を見るから、そこまで心配しなくても良いよ。」

 「お前さん、本当に世話焼きだな。」


 助けないと伝えた時にはかなり緊張したと言うのに、私が様子を見に来ると伝えたら安堵を通り越して呆れだしてしまった。


 さっきはああいったが、私の友人がいる国を、その友人の子孫がいる国をそう簡単に滅ぼすつもりは無いのだ。面倒ぐらい見るとも。

 ただ、面倒を見る内容にも限度があるという事だ。


 「ま、そこまでお前さんに面倒を見てもらっておきながら馬鹿をやらかすってんなら、俺から言う事は何もねえな。どうせ俺も生きてねえだろうし。」


 やや無責任な事を言っているような気がしないでもないが、それだけ私の事を信用してくれているのだろう。私が顔を出して様子を見ている間は間違いは起きないと判断したようだ。


 では、伝えたい事も伝えたし、この場を立ち去るとしよう。


 「それじゃ、頑張って。またね。」

 「おう!俺がここにいる間にまた来いよ!」


 それに関しては問題無い。それどころか、彼が今の職に就いている間に私の正体を人間達に公表すると思う。

 その時、どんな顔をするのか、少し楽しみだ。きっとリオリオンならば、私に対する態度を変える事も無いだろう。


 さて、レオナルドとレオンハルトはまだ仕事中だな。強引に彼等に話しかける事も私ならばできるが、必要性を感じないので行わない。そこまで急いでいるわけでは無いからな。


 ここは一つ、図書館にでも行くとしよう。何だかんだレオスの図書館には顔を出していなかったのだ。


 2人の時間が取れるまでは図書館で時間を潰すとしよう。

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