第236話 約束を胸に

 オリヴィエは自分の部屋でリナーシェや母親達と談笑しているようだな。カインも一緒である。


 今まで会話をする機会が殆どなかったからか、家族会議からしばらく経ったのにも関わらず彼女達は一緒にいる時間が非常に多い。

 まぁ、オリヴィエは今後かなり忙しくなるだろうから、こうしてゆっくりと話をすることが出来るのも今の内ぐらいだろうからな。

 気のすむまで存分に話をしておくといいさ。どうせ私の話はそれほど長い内容では無いのだから。


 ドアにノックをして入室の許可を得れば、全員が私を歓迎してくれた。


 「ノア様。もうよろしいのですか?」

 「アイツ等、かなり金の採掘に執着してたんでしょ?何だかんだゴネられたりしなかったの?」


 カイン以外は今朝私が何をしていたのかは知っている。彼女達はもう少し時間が掛かると思っていたようだ。


 「幸い、彼等は皆レオナルドに協力してくれる意志を見せてくれたよ。これなら、数年後には魔力溜まりからの魔力供給が可能になると思うよ。」

 「これから、忙しくなりそうですね…。」


 オリヴィエの目はやる気に満ちている。私との約束を果たすために、私やマコトがより一層この国に来て良かったと思えるような国にするために、これから尽力していく事になるだろうからな。


 近い内にニスマ王国へ出立するリナーシェは勿論、レーネリアやネフィアスナも、彼女とこうしてゆっくりと会話をする機会が減る事が分かっているのだろう。

 オリヴィエの前向きな表情とは反対に寂しげにしている。


 「今の内に沢山お話ししておかなきゃいけないわねぇ。」

 「ふふふっ、3人とも一度口を開くと長いですからね。食事の時間は忘れないようにしないと。」


 ネフィアスナが言っていた通り、オリヴィエやリナーシェだけでなく、レーネリアも長話をするタイプらしい。ファングダムの女性と言うのは、皆そうなのだろうか?


 私の疑問にはオリヴィエが答えてくれた。


 「おそらくですが、曾御婆様に似たのかと。大叔父様が以前[お袋にそっくりになった]、と仰っていましたから。」

 「リオリオンがリビアに頭が上がらなかったのは、そういう理由だったのか。」

 「御爺様や大叔父様だけじゃなくて、御爺様も父様も、曾婆様には頭が上がらなかったみたいよ?苦手意識を持って当然でしょうね!」

 「となると、レオンハルトもリビアには頭が上がらなくなりそうだね。」

 「ふふふっ、そうねぇ~。と言うか、もう今の時点で結構そんな傾向が現れてるわねぇ~。きっと、リヴィエに対して負い目があるのねぇ~。」


 しみじみと語ってはいるが、あまり気に病んではいないようだ。お互い、自分の気持ちを押しとどめるような事は今後はしないだろうから、言いたい事があったら言うだろうからな。

 特にオリヴィエとレオンハルトは仕事の関係上頻繁に会う事になるのだ。会話をする機会も増えるだろう。


 レーネリアがオリヴィエをリヴィエと呼んだ事で、リナーシェが私がオリヴィエの事をリビアと呼んでいる事に気付いたようだ。


 「ねぇ、ノア。もう変装をさせる必要もなくなったけど、リヴィエの呼び方、戻したりしないの?」

 「うん。この呼び方は私なりの愛称であり、オリヴィエのあだ名でもあるからね。私としては別人としてではなく、常にオリヴィエとして話をしていたよ。」

 「ノア様…。」


 私の言葉にオリヴィエが嬉しそうにしている。その様子を見て他の女性陣がややヤキモチを焼いているようだ。


 「あらぁ、リヴィエったら、ノアちゃんの事が大好きなのねぇ~。うふふ~。いっその事、ノアちゃんと結婚する?私は大歓迎よぉ~?」

 「レ、レーネ母様…!私とノア様はそういう関係ではありません…!」


 まさかレーネリアの口からもレオナルドやレオンハルトと同じ言葉が出るとはな。やはり親子なのだろうか?まぁ、彼女もオリヴィエの結婚相手を見つけるのは難しいと思っているようだ。


 しかし、レーネリアが今の発言をしたのは理由がある。

 流石は母親と言うべきか。彼女はオリヴィエが誰かに対して恋慕の感情を抱いている事を見抜いていたのだ。


 「あらぉ~。そうなの?リヴィエったら、好きな人がいるみたいだったから、てっきりノアちゃんの事だと思ったのだけど…。」

 「っ!?!?」

 「ええぇーーーっ!!?リヴィエ、好きな人いるのーーーっ!?」

 「まぁ…!?」


 事実を指摘されてオリヴィエは非常に驚いているな。そして同じぐらいリナーシェも驚いている。

 ネフィアスナは、オリヴィエに想い人がいる事を素直に喜んでいるようだ。


 リナーシェはオリヴィエの想い人が誰なのか気になって仕方が無いようだ。妹に詰め寄って問いただしている。


 「誰!?誰なの!?ソイツ、私より強いの!?性格は!?見た目は!?」

 「お、お姉様、落ち着いてください。」

 「駄目ですよ、リーナ。こういった話はデリケートな問題なのですから、無理に聞きだそうとしてはいけません。」

 「ええーーー。」


 気持ちが高ぶっているリナーシェを、ネフィアスナが優しく諭している。やや不満が残るようだが、一応その言葉には従うようだ。


 「そ、その、今は、まだ、駄目です…!」

 「じゃあ、いつかは教えてくれるのね!?手紙でも何でもいいから、ちゃんと教えてね!?その想いが成就するように、私、全力を尽くすから!」


 相手の事は気になるが、オリヴィエが好意を寄せている以上、その相手を一応は信じる事にしたようだ。


 自分の幸せを願われている事が嬉しく、オリヴィエもその想いに答えるようにリナーシェに対して声援を送っている。


 「は、はい。お姉様も、頑張ってくださいね?」

 「まっかせなさい!駄目王子の曲がった性根なんて、私が真っ直ぐに叩き直してやるんですから!」

 「遠慮する必要は無いわよ!ガツンとやっちゃいなさい!」

 「レーネさん…。」


 私怨の籠った声援を送るレーネリアに対して、ネフィアスナが窘めている。

 口には出していないが、オリヴィエもネフィアスナと同じ気持ちのようだ。リナーシェとレーネリアの態度にやや引き気味である。


 結婚の話となり、慕っている姉が城から離れる事に寂しさを覚えたのだろう。カインがオリヴィエに対して疑問を口にした。


 「リヴィエねえさま、おしろからいなくなっちゃうですか…?」

 「「あう…っ!?」」


 カインから寂しげな表情で訊ねられて、オリヴィエもリナーシェもショックを受けたのだろう。

 ただでさえリナーシェはもうじき城から居なくなってしまうのだ。このうえ更にオリヴィエまでいなくなったとなっては、流石にショックが大きくなるだろう。

 何せようやく慕っている姉と話が出来ているのだ。もっと一緒にいたいと思うのが普通だろう。


 「大丈夫ですよ、カイン。お姉様はともかく、私はお城から居なくなりません。沢山のお仕事がありますからね。」

 「じゃあ、こうして、おはなしすることは、あんまりできないのですか…?」


 カインを優しく宥めるも、的確な指摘を受けてしまう。

 何も言えなくなってしまうかと思ったが、以外にもオリヴィエはしっかりと弟と向き合った。


 申し訳なさそうに、だが、優しい表情でカインを諭し始めたのだ。


 「ええ。私も、お兄様も、そしてお父様も。これからとても忙しくなります。こうして、沢山お話をする機会は少なくなってしまうでしょう。」

 「………。」

 「ですが、まったく無くなるわけではありません。たとえ短い時間でも、貴方をないがしろにするつもりはありません。」

 「ほんとうですか?」


 オリヴィエが家族と話が出来なかった事に対して辛く思っていたように、カインも慕っている兄や姉達と碌に話が出来なかった事を寂しがっていたのだ。

 再びその時と同じような思いをしてしまわないか不安なのだろう。姉の言葉に偽りがないか、確認を取っている。


 「約束します。そしてカイン。貴方にも、近い将来大きな、そしてとても大事なお仕事ができます。」

 「ぼくにも?」


 読めた。これから生まれて来る新たな兄弟の話をして、兄としての自覚を持たせるつもりだな。


 人間の子供に限らず、子育てと言うのは大抵は大変なものだ。中には生まれながらに力を持った魔物などもいるが、そう言ったものはごく少数だ。

 年下の兄弟のために四苦八苦している間は、寂しさなど感じている場合では無いだろうからな。オリヴィエが狙っているのはそういう事なんじゃないだろうか?


 「これからネフィー母様のお腹から、貴方の年下の兄弟がいっぺんに2人も産まれてきます。」

 「うん。ぼく、にいさまになるって、リーナねえさま、いってました。」

 「ええ、そうです。カイン、産まれたばかりの赤ちゃんは、何もできません。カインも、そうだったのですよ?勿論、私も、お姉様も、お兄様も。」

 「うん…。でもぼく、ひとりでおきがえできるようになりました!」


 おそらくメイドや母親たちに褒められたであろう事をカインが姉に報告する。

 その報告にオリヴィエが嬉しそうな表情で優しく弟の頭を撫でている。撫でられたカインは、とても嬉しそうであり、そして気持ちが良さそうだ。


 どうでもいい話だが、私は他者を撫でる事はしょっちゅうあるが、他者から撫でられたことは無かったような気がする。今度、ルイーゼ辺りに頼んでみようか?


 「えへへ…。」

 「偉いですね。その調子で一人で出来る事が増えれば、その分母様達もカインにお礼を言うでしょうし、褒めてもくれます。」

 「そうなのですか!?」


 母親達から感謝を伝えられ、さらに褒められるという内容が、カインの琴線に触れたようだ。興奮気味にオリヴィエに聞き返している。

 そんな弟を愛おしく撫でながら話を続ける。


 「ええ。そうなのですよ?カインが一人で自分の事が出来るようになれば、その分母様方は赤ちゃん達の事を見てあげられますからね。勿論、母様方だけでなくメイド達もです。彼女達からも褒められますよ?それに、自分の事を一人で出来るところを赤ちゃん達に見てもらえば、きっと赤ちゃん達もカインの事を立派なお兄様だって思ってくれます。カイン。貴方のお仕事は何か、分かりますか?」

 「リヴィエねえさま!ぼく、がんばる!がんばって、レオンにいさまみたいなりっぱなにいさまになる!」


 オリヴィエの問いかけに、目を輝かせてカインが答える。今のあの子に寂しさは無い。やる気に満ち溢れている。


 「とっても偉いです。頑張ってください。ですが、忘れないでください。甘えていけないわけでは無いのです。寂しくなったら、私にも、お兄様にも、母様達にも、お父様にも、遠慮をする必要はありません。存分に甘えて下さい。私達は、家族なのですから。」

 「は、はい…!」


 そんなカインを愛おしそうにオリヴィエは抱きしめ、そして頭を撫でている。カインとしては姉に抱きしめられるのは母親達に抱きしめられるのとは感覚が少し違うのだろう。少し恥ずかしそうにしている。


 本当に成長したな、オリヴィエ。私が知り合ったばかりの彼女からは考えられない姿だ。

 弟を想う姉の姿に、母親達も感激してしまっている。レーネリアなど、今にも涙を流しそうだ。子供達の成長が嬉しいのだろうな。


 辛抱堪らなくなった、と言ったところだろうか?弟と妹の様子を見てリナーシェが二人を纏めて抱きしめる。


 「私は城から居なくなっちゃうけど、もう会えなくなるわけじゃあないのよ。会いたくなったら、何時でもニスマ王国に来なさい。何なら、フィリップを引きずって私がコッチに戻って来るわ。この国の良いところを、これでもかと叩きこんでやるんだから!」

 「まぁ、お姉様ったら。少しは手加減してあげた方が良いですよ?」

 「リーナねえさま、おてがみかいていいですか?」

 「勿論よ!ジャンジャン送ってきてちょうだい!必ず返事を書くわ!」

 「ふぐぅーっ!もうっ!レオンってばあの子は一体どこで何をしてるのよぉ~!?こんな素敵な場面にいないだなんてぇ!あの子もここにいたら、きっと素敵な光景になってた筈よぉ~!」


 姉弟3人のやり取りを見てレーネリアが悔しそうにしているのだが、無茶を言わないであげて欲しい。レオンハルトは絶賛仕事中なのだ。

 彼の仕事はオリヴィエよりも多い。騒動の際に兵を率いていたように、政治以外にも軍務にも携わっているのだ。

 休む時間は当然作ってはいるだろうが、それでもその時間は非常に限られているだろうな。


 だが、だからこそ自分を慕っている家族との時間は、彼にとってこの上ない癒しの時間となるだろう。幸せそうにカインやオリヴィエと話をするレオンハルトの様子が、容易に目に浮かぶ。



 もう、十分だろうな。今、私がファングダムでやるべき事は無い。今回のこの国の観光は、終わりにしていいだろう。


 まだこの国の都市をすべて見て回ったわけでは無いが、私は再びこの国を訪れる。その時に見て回ればいいだろう。


 「ノア様?どうされました?」


 オリヴィエ達を見つめる私に何らかの気配を感じ取ったのだろう。不思議そうな表情で声を掛けられた。


 少々名残惜しいが、別れを告げさせてもらうとしよう。


 「ああ、この国で私がやるべき事も片付いたみたいだからね。そろそろ、家に帰って少し休んでから、別の国、アクレイン王国へ行こうと思うんだ。」

 「…っ!」


 別れの時が近いと知り、オリヴィエが言葉に詰まる。

 幻も含めれば、何だかんだで彼女とは結構な時間一緒にいたからな。私の自惚れでなければ、彼女は私との別れを惜しんでくれているのだと思う。


 「ああー…そうだったわ。ノアってば、旅行でここに来てたんじゃない。普通に馴染んでたから、すっかり忘れてたわ。」


 呆れ気味にリナーシェが呟く。彼女としても私が城を、この国を去る事が頭から抜けていたらしい。


 そして、それはカインも同じである。二人の姉の腕から解放され、今度は私の元まで足を運ぶ。


 「ノアさま、おうち、かえるのですか?」

 「うん。帰るよ。」


 体を屈め、目線を合わせてカインの頭を優しく撫でる。

 相変わらず、フサフサな耳の触り心地が素晴らしい。洗髪料の品質が私が普段使いしている者よりも良質なものだからだろうな。

 先程姉達に撫でられたり抱きしれられていた時もそうだったが、撫でられている事が嬉しいのか尻尾が軽快に揺れている。可愛い。


 おっと、いかんいかん。悦に浸っている場合では無かったな。ちゃんとカインの相手をしてあげなければ。


 「また、おあいすることはできますか?」

 「ああ、またこの国に訪れるよ。約束もした事だしね。」


 そう言って、オリヴィエの方を見る。

 静かに頷く彼女は、今にも泣きそうな表情をしているが、決して涙を流そうとはしない。私を心配させまいと気を遣ってくれているのだろうか?


 だが、何を遠慮する必要があると言うのか。私は散々オリヴィエを甘やかして来たし、これからも必要があるのなら彼女を甘やかす!


 立ち上がり、両腕を広げてオリヴィエをこちらに呼ぶ。


 「リビア、おいで。」

 「…!」

 「自分で言っただろう?甘えてはいけないわけでは無いって。私も同じ気持ちだよ。甘えたいのなら、遠慮せずに甘えていいんだよ。」


 堪え切れずに此方に駆け寄り、私に抱きつく。私も優しくオリヴィエを抱きしめ、いつぞやの時のように優しく頭を撫でる。


 「ノア様…!」

 「うん。」

 「必ず、必ず再びこの国を訪れて下さい…っ!ノア様から受けた御恩を、お返しいたします…!」


 魔術具研究所で行った宴会の帰りにも似たような事をオリヴィエに伝えたが、あの時は完全に酔いつぶれていたからな。伝わってはいないだろう。


 改めて、ハッキリと伝えておこう。


 「ゆっくり、少しずつでいいからね。一度だけじゃなくて、何度でも訪れるつもりなんだから。」

 「はい…っ!」


 遂に堪え切れずに泣き出してしまったな。

 思う存分泣くと良い。そうして気持ちをスッキリさせた後は、きっと、とてもいい表情をしている事だろう。



 別れの言葉は伝えた。


 今すぐ、と言うわけでは無いが、他に別れを告げる相手にも別れを告げ、一度家に帰るとしよう。

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