第235話 元の鞘に収まる
この部屋の壁に『投影』の魔術を発動して、これから見せる映像が私が見た光景、という事を説明したうえでこの場にいる者達全員に見せる。
場面は私が廃坑の最下層で"蛇"と対峙しているところだ。
当然ながら映像を見せる魔術に驚かれはしたが、今はその事については捨て置いてもらおう。それよりも確認しておきたい事があるのだ。
「貴方達、この女性に見覚えは?」
「い、いや…私は、知らん…。」
「私もだ…。」
「そもそも、あ奴等はいつも自分達の顔を深くかぶっていたから、この者が我等と取引を行っていた者達かどうかは、分からん。大体、この女もローブを深くかぶっているせいで顔が分からぬではないか…。」
…全員、嘘は言っていないようだな。それに、私が見せている"蛇"もほぼ顔が見えていない。
私の場合は『モスダンの魔法』によって彼等が取引をした相手の素性や"蛇"の正体を突き止められたのだ。彼等に聞いても分からないのは当然だったな。
だが、ここで思わぬ証言が得られた。招集された有力貴族達の中で最も地位の高い者だ。
「わ、私は一度だけ見た事が、いや、会った事がある…!会話もした…!最初にあ奴等が接触して来た、取引を持ち掛けてきた時の事だ。お、同じ手だ。この者と同じ、蛇の刺青を、私は確かに見た…!」
ああ、確かに"蛇"には蛇の刺青が全身に彫られているな。私が見せている映像にも手の甲に蛇の刺青が映っている。
良く気付けたものだ。彼も得体のしれない相手に対して、流石に警戒しないわけにはいかなかった、という事だろう。
引き続き映像を見てもらい、事の顛末を確認してもらう。尚、音声までは出していない。私が神々と会話が出来る事まで知らせるつもりが無いからだ。
「こ、これはっ!?どういうだっ!?何故、突如周囲の環境が変わるのだ!?」
「先程まで地下にいたと筈なのに、何故突如上空と思わしき場所に!?」
「いや、それよりもこの光景は!この大蛇は…!」
「まさか、本当に真実だったと言うのか…!?信じられん…!」
レオナルドも含め、映像の内容にとても驚いている。映像を見せる魔術だけでも相当な驚愕を与えてしまっているうえ、更に急に場面が地下深くから上空へと変わった事、そして視界には巨大と言うだけでは言い表せないほどの大蛇。頭の情報処理が追い付かないもの無理はない。
レオナルドが場面が急に変わってしまった事に予測を断てたようだな。有力貴族達よりも少しは私の力を知っているから建てられたのだろう。
「ノア…そなたよもや、転移魔術が使用できるのか…?」
「その通り。この映像の大蛇がこの国の地下で動いたら、大災害になっていたからね。遥か上空に転移させてもらったんだ。その後、この魔物は人のいない土地に転移させたよ。私には斃せないからね。」
「……そうか…。」
「て、転移魔術…。」
「「「そんな馬鹿な!?」」」
嘘は言っていない。移動は全て転移魔術で行ったし、私にはヨームズオームを斃す事はおろか、傷付ける事すら出来ない。
出来るわけが無いな。あんな可愛い子に自分の意思で怪我を負わせるとか、ありえないにもほどがある。
まぁ、ここにいる者達には、私ですらどうにもならない凶悪な魔物がいたと思わせられればそれでいい。レオナルドだけには、後でこっそりと私とあの子の関係をそれとなく教えておこう。
『投影』を解除して有力貴族達に語り掛ける。流石にこれだけの映像を見せれば納得もしてくれるだろう。
「分かってもらえたかな?あの連中の目的は、あの魔物を目覚めさせてこの国を滅ば事が目的だったのさ。私が魔物を人のいない場所に転移させたことで、その目論見も潰えたのだけどね。」
「「「………。」」」
ううむ。あまり私が予想していた反応では無いな。彼等はどうにも納得している様子では無いのだ。彼等からは疑念の感情を感じられる。
おっと、レオナルドが先程見せた映像の事で聞きたい事があるらしい。
「…地下にいた場面で、アークネイトらしき人物が見えたが?」
「ああ、どうやらあの連中は幽閉されていたアークネイトを秘密裏に開放して、あの魔物を目覚めさせる実行犯にしたみたいなんだ。残念だけど、既に彼は跡形も無くなってしまっているよ。」
「な、何と言う事だ…。」
"蛇"と接触した事のある貴族が嘆いている。アクレイン王国から彼の捜索のために、それなりの数の人間がこの国に訪れている事を知っているからだ。
どういう事情であれ他国の重要人物がこの国で死亡したのだ。国際問題となってもおかしくないだろう。
安易にアークネイトを消滅させたのは私だ。その責任は取るつもりだ。だからこそ次の旅行先はアクレイン王国にするのだし、今回は時間を置かずに行くつもりだ。
まぁ、多少は家で過ごすが、それについては我慢してもらおう。人間達から見た移動時間を考えれば、3日間ぐらいは家でのんびりできる筈だ。
「私はこの女性の調査のために、今度はアクレインに向かうつもりだよ。なにせ、あの大蛇は放っておけば、それこそ世界を滅ぼせるだけの力を持っていたのだからね。」
「そうか…。これからこの国は秘匿技術を持つ事になる。他国の人間にあれこれと嗅ぎまわられたくはない。出来れば早急にこの国を嗅ぎまわっている連中を国に返してやってもらいたいものだな。」
「そのつもりだよ。」
この会話は打ち合わせ通りだ。私もレオナルドもこの国のために行動しているという事を知ってもらえればいいのだが…。
残念ながら、あまり効果は無さそうだな。一人を除いて、有力貴族達から疑念の感情が消えていない。その一人と言うのは、一番地位の高い貴族だ。
疑念を持った貴族の一人が我慢できずに訴えだした。
「さ、先程見せた映像が、本当の映像だと言う証拠はあるのかっ!?貴公が我等を従わせるために虚偽の映像を見せているのではないのか!?」
「そ、そうだ!それに、転移魔術などと…!」
「ほ、本当に使えるのなら、い、今ここで使って、証明して見せるがいい!」
ああー、なるほど。私の言葉を信用出来ないのか。自分達にとって都合の悪い情報を認める事が出来ないから、私が見せた映像を根本から否定したいんだな。
今まで私の言葉を信用してくれる者達ばかりだったから、提示した証拠の映像そのものを疑われるという考えはなかった。
さて、どう説明したものかな。転移魔術に関しては問題無い。実際に転移魔術を使用して彼等を廃坑の最下層だの上空に連れて行けばいいのだから。
問題は『投影』の信憑性だな。私の記憶をそのまま映像に投影したと言っても、彼等は信じそうにない。
まぁ、まずは証明できる事から証明してしまおうか。
「それじゃあ、廃坑と上空に今から行こうか。」
「「「「「は?」」」」」
まずは廃坑の最下層だな。アークネイトを消滅させた場所へ、この場にいる全員と共に転移する。
レオナルドにも伝えていなかったが、まぁ、そこは事後承諾だな。言いたい事はあるだろうし、まともな方法じゃないから、後で苦情を言われる事を承知の上で発動させよう。
「なぁっ!?」
「「「な…!こ、これは…!」」」
「ノア…。転移をするにしても、先に告げてからにしてもらえぬか?」
驚愕したのはレオナルドも同じだったためか、意外と早くに苦情を言い渡された。まぁ、強引な手段を取ったのは間違い無いからな。謝っておこう。
「悪かったよ。何分、コッチは手軽に証明できる事だったからね。」
なにせ私は映像の信憑性についてどう説明したものか未だに考えが及んでいないからな。出来る事はさっさと済ませておきたかったのだ。
「それじゃあ、今度は上空に行ってみようか。」
「ま、待て!待つのだっ!」
「どうかしたの?」
廃坑に移動した次は上空に転移しようとしたのだが、そこで貴族の一人から待ったが掛かった。
流石に問答無用で転移し続けたら心象も悪くなるだろうから、彼の言い分を聞かせてもらうとしよう。
「こ、これは現実の光景なのか!?我々は、幻を見せられているだけではないだろうな!?」
「そ、そうだ!こ、これが現実だと言いきれるものか!げ、幻覚だと言う可能性だってあるのだ!」
いやまぁ、集団幻覚にさせる事も出来ないわけでは無いが…。
面倒臭い連中だな。そうまでして私を信じたくないのか?
「現実だよ。と言うか、幻覚を疑われてしまっては、何を言っても信じられないだろう。逆に聞くけど、貴方達はどうしたら信じてくれるのかな?」
根本から疑われてしまっては、どうしようもないからなぁ…。
彼等を力で脅したところで効果的とは思えないし、その方法はレオナルドも望む物では無いだろう。
どう彼等に納得してもらおうかと悩んでいたところ、レオナルドが助け舟を出してくれた。
「貴様等、ノア殿がどういった人物か、もう一度よく思い出したらどうだ?彼女はいったい何者だ?」
「そ、それは…。」
「「………。」」
レオナルドの言葉には怒気が乗っているな。私の言葉に疑いを持った事に対して怒っているようだ。彼の怒気に気圧され、貴族達が委縮してしまっている。
最も地位の高い貴族が、気圧されながらもレオナルドの質問に答える。
「天空神様と煌命神様から寵愛を授かった御方です。しかも、天空神様からの寵愛に至っては過去の偉人に並ぶほどの強さと…。」
「それがどういう事か、貴様等は分かってノア殿を疑っているのか?」
「「「うっ…そ、それは…し、しかし…。」」」
ああ、そうか。天空神は常に人間達を見守っているから、何か悪さをしたらすぐに分かると言い伝わっていたな。
そんな神から寵愛を受けているという事は、その行動を常に肯定されているようなものなのだ。
似たような事を以前シセラも言っていたな。つまり、例え私の言葉に偽りがあったとしても、それが悪行ではなく、正当性があると人間達は判断する、という事か?
「貴様等の発言は、教会を、そして五大神を真っ向から敵に回す言葉だ!!これ以上彼女に対して不当に疑いをかけると言うのであれば、此方にも考えがある!!」
いかんな。このままでは一人を除いて有力貴族を罰する勢いだぞ?流石にそれを行っては今後の国の運営に支障が出るんじゃないだろうか?
彼等はティゼム王国の悪徳貴族達と違い、真っ当な貴族である事は確かなのだ。秘密裏に"魔獣の牙"と取引をして金の採掘に執着していたこと以外は優秀な者達だった。それはレオナルドも認めている事だ。
今彼等を失うのはファングダムの損失だ。レオナルドは私に恩義を感じてくれているからか、少し熱くなりすぎているな。
ここは私が彼を宥めるとしよう。
「レオナルド、落ち着こう。私は別に怒っていないよ。彼等の信頼を得るにはどうしたらいいか悩んでいるだけさ。」
「そなたにそう思わせている時点で、この者達は罰せられるべきなのだぞ?」
「公の場で事情聴取をしなかったのは、多少の無礼や不敬に対して目を瞑るためだろう?彼等はこの国にとって必要じゃないのかい?ここで彼等を失うのは、もったいないよ。」
人間達にとって、ルグナツァリオの寵愛を持つ者の言葉を否定する行為は、かなり背徳的な行為らしい。
だが、私は彼等の態度に気を悪くしていないのだ。公の場では無いのだから、ここは一つ大目に見てやって欲しいものだ。
「むぅ…。そなた、少々甘すぎるぞ。」
「承知の上だよ。甘くてけっこう。それで災いが私に降りかかるのなら、責任を持って受け止めよう。」
自分でも甘い事は分かっているさ。
そしてレオナルドが私を気遣ってくれている事も。こんな対応を取り続けていたら、その内手痛いしっぺ返しが来ると言っているのだろう。
私だって、ただ災いを受け止めるつもりは無いとも。私の言葉はまだ終わっていない。続きを語らせてもらう。
「その時は、此方も容赦をしないし遠慮もしない。私だって見過ごせないものはあるんだ。」
私の甘さが原因で災いが起きるのなら、それが悪意のある行為ならば、遠慮なく始末するという内容を、ほんの少し魔力を解放させて牙を見せながら仄めかせば、私以外の全員が息を呑み込んで緊張を走らせた。
示威行為だったことは認めるし、こうすれば怯える事も分かっていた。何時までも怯えさせるつもりは無いので、さっさと魔力を霧散させる。
結局、私は彼等を納得させるにはこういった力に頼った方法を取る事しか思いつかなかった。物的証拠などは何も無いので、私を信用してもらう他ないのだ。
「ふぅ…分かったか?ノア殿は貴様等に嘘を言う必要など無いのだ。その気になれば、彼女ならばこの国を滅ばす事も容易いだろう。そうしないのは、偏に彼女がこの国に好感を持ってくれているからだ。そして、貴様等の優秀さも、この国に対する忠誠心も知っているからこそ、貴様等の態度を許してくれたのだ。」
「「「………。」」」
許すも許さないも、私は彼等の態度に気を悪くしていないからな。まぁ、ようやく彼等も話を聞いてくれる気になったようだ。
単純に私に対して怯えてしまい、疑う余裕がなっているだけでもあるようだが。
「陛下、確認したき事がございます…。」
「…申してみよ。」
と、ここで地位の高い貴族がレオナルドに聞きたい事があるようだ。ようやく話が進みそうだな。
「結局のところ、我等はどのような処罰を受けるのでしょうか…?」
「「「…っ!」」」
何やら盛大に勘違いをされていたようだ。彼等は"魔獣の牙"と取引をしていた事を理由に罰せられると思っていたらしい。
流石にこの質問にはレオナルトも呆れてしまっているな。私達は最初から彼等を罪に問うつもりなど無いと言った筈なのだが、そのことが頭から抜けていたらしい。
「貴様等、俺達の話を聞いていなかったのか?罪に問うつもりは無いと言っただろうが。俺達が貴様等に望むのは、金の採掘を諦め、人工魔石の量産のための政策に尽力して欲しいという事だけだ。」
「えっ!?」
「で、ですが、あ、あの映像が真実ならば、我々は…。」
「そ、それに、天空神様の寵愛を授かった者に対して無礼を働きました…。」
「我等は、まだこの国に仕えてもよろしいのですか!?」
ああ、そうか。あの映像を見たら自分達が国の滅亡に尽力していた事になるからな。彼等は私を信じられなかったと言うよりも、自分達の行いを受け入れたくなかったんだな。
何も彼等だけの責任では無いのだ。少し安心させよう。
「連中が関与していなくても、金の採掘を続けていく以上、いずれは起きていた事さ。そこまで気に留める事は無いよ。それに、さっきも言ったけど、貴方達の私に対する態度も気にしていないよ。」
「そういう事だ。その為に貴様等を非公式の形で招集をかけたのだ。この事実を知ったら、貴様等の地位を欲しがる連中がここぞとばかりに貴様等を責めるだろうしな。」
「「「へ、陛下…!」」」
「わ、我々のために…。」
ああ、彼等このまま話を続けていたらこの場で膝麻ついてしまいそうだな。
この場所は廃坑である。こんな場所で跪いてしまったら上質な衣服が汚れてしまう。彼等ならば『
場所を執務室に戻すとしよう。
「ちょっといいかな?執務室に戻るけど、異存はないね?」
「ん?ああ、そうだな。何時までもこのような場所で話す事では無いからな。すっかり忘れていた。では、頼んだ。」
今度はちゃんと一言断ったとも。特に驚かせる理由も無いからな。
執務室に戻ると、有力貴族達はおもむろに私に向かって頭を下げ始めた。先程の私に対する態度を謝りたいのだろう。
私は気にしていないと言ったのだが、それでは彼等の気が済まないようだ。
まぁ、納得は出来る。言いたい事は言った方がすっきりするからな。
「ノア様、我等の度重なる狼藉、誠に申し訳ございませんでした。我等一同、深くお詫び申し上げます。」
「「「申し訳ございませんでした。」」」
「貴方達の言葉を受け入れよう。それじゃあ、レオナルド。」
後はレオナルドに任せればいいだろう。と言うか、ここから先はこの国の話だ。私があれこれ言う事じゃない。
「うむ。改めて貴様等に国王として命ずる。今後この国の大きな財源となる人工魔石の量産を確実に成功させるために、貴様等の持てる力を遺憾なく発揮せよ!」
「御意。御命令、承りました。全ては、陛下の言葉のままに。」
「「「「我等一同、尽力いたします!」」」
思った通り、全員レオナルドに対して跪いて彼の言葉に従う姿勢を見せている。場所を執務室に戻して正解だったな。
彼等には最早疑惑も反発心も無い。今後もこの国のために尽力を尽くしていく事だろう。元の鞘に収まったとも言えるか。
「うむ。それでは、早速次回の会議の話をしたいのだがな…。」
「ここから先は、私がいる必要は無さそうだね。退室させてもらうよ。」
「うむ。ご苦労だったな。」
ついでとばかりに今後の事について話し合おうとしていたため、私は部屋を出る事にした。
私の役目は終わったし、国政に関わる話を聞くつもりも無いからな。
さて、そうと決まればオリヴィエの所にでも行くとしようか。
今後の事を話しておこう。
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