第373話 凱旋パレード!

 リガロウに跨り雪原を走ってから1時間。それまでの間に3つほど都市や町を通過して、私達の目的地が視界に入って来た。


 ニスマ王国王都、ニスマスだ。

 王都というだけあってその面積はニスマ王国内最大となっている。チヒロードも大都市と言えるほど発展した都市ではあったが、ニスマスはそれを更に上回る。


 私達が今日ニスマスに訪れることはニスマスの人間達にも、と言うかリナーシェにも伝わっていたのだろう。

 城門には、私達を歓迎する50人の兵士達が待機していた。


 全員ランドランに騎乗しているな。その状態で私達を歓迎して案内するのであれば、騎獣を預ける必要はないのだろうか?


 兵士達を乗せているランドラン達は私の存在を強く意識しているようで、今にも平伏してしまいそうな様子である。

 しかし、兵士達がそうさせないのだろう。兵士の手綱から微弱な魔力がランドランへと流れているのが見て取れる。

 ああすることで、自分の意思を騎獣に伝えて行動を指示しているのだ。騎獣を操る上で欠かせない技術らしい。当然だが、"ダイバーシティ"達もやっていることだ。


 どうやら騎獣を預ける必要はないようだな。

 兵士の長らしき人物が前に出て、私達に歓迎の言葉を送ってきた。


 「王都ニスマスにようこそお越しいただきました!我々は勿論、リナーシェ王太子妃様も、心より『黒龍の姫君』様をお待ちしております。このまま王城までご案内いたしますが、よろしいでしょうか?」

 「問題無いよ。ここから王城までは、多くの人々が集まっているようだし、街の人達に愛想を振りまいた方が良いのかな?」


 これだけの大人数でこちらを迎え入れたのだ。城門をくぐればパレードが始まると思っていいだろう。

 『広域ウィディア探知サーチェクション』を使わずとも、王城まで続く道の両脇に、大勢の人間が集まっているのが容易に理解できるのだ。


 私の質問に、兵士長は気さくな態度で答えてくれる。


 「ハハハ!確かに、そうしていただけば民達は歓喜しますな!ですが、ご無理をなさる必要はありません。『黒龍の姫君』様は、自然体でいらしていただければ結構です。その代わりと言ってはなんですが…」


 そこまで口にして、兵士長の視線は"ダイバーシティ"達に向けられた。

 愛想を振りまく仕事は、"ダイバーシティ"達に任せるようだ。


 多分だが、私が愛想を振りまくと効果があり過ぎるのだろう。ティゼミアで凱旋した時にも、モスダン公爵からやり過ぎだと苦言を言われてしまったからな。今の私が愛想を振り撒いたら、パレードの進行に支障が出る可能性があると見た。


 思った通り、兵士長は"ダイバーシティ"達に街の人間達に愛想を振りまくように要求してきた。


 「君達には、『黒龍の姫君』様の分まで民達に愛想を振りまいてもらいたい。頼めるかな?」

 「それぐらいなら大丈夫です!この時のために良い服着て来ましたしね!」

 「誠心誠意、勤めましょう」

 「まぁ、しゃーねぇよな。知らねぇ連中ばっかだてのが、せめてもの救いだぜ」


 他者から注目を浴びることが好きなティシアには願っても無い要望なのだろう。こちらにまで嬉しそうな気配が伝わって来る。

 反対にアジーは注目を浴びることがあまり好きではないようだからな。渋々と言った様子だ。

 そもそもアジーは愛想を振りまくこと自体が得意ではない。パレード中はぎこちない笑顔で進行しそうだ。


 そして余裕綽々なのがココナナである。

 当然だな。彼女もアジー動揺自身が注目を浴びることはあまり好きではない。だが彼女の場合、全身が隠れる"魔導鎧機マギフレーム"を身に纏っているのだ。

 自慢の最高傑作を周囲に見せびらかせるし、自分の姿は隠せるしで、いいことずくめなのである。

 余裕な態度でいるのが癪に障るのか、アジーが恨みがましい視線を送っていた。


 「あまりリナーシェを待たせるのも悪いし、そろそろ行こうか」

 「はっ!総員傾聴!!これより『黒龍の姫君』ノア様とその案内役である冒険者パーティ"ダイバーシティ"を王城まで誘導する!!全員、配置に付け!!」


 兵士長が号令をかけると、配下の兵士達全員が素早く移動を開始し、私達の前後に整列した。ランドランに騎乗した状態で、だ。

 大した練度である。おそらく選りすぐりの兵士を用意したのではないだろうか?


 兵士全員が配置についたことを確認すると、兵士長は最前列へと移動した。

 これより、ニスマスへと入っていくのだろう。


 自然体でいればいいと言ってくれたので、特に気にせず王城までの道のりの間、ニスマスの街の景観でも眺めておこう。


 「全体、進め!!」


 兵士長の号令と共に、兵士達が同時にランドランを操り、少しの乱れも無く足並みをそろえて王都ニスマスへと入っていく。

 兵士ではなくランドランの足並みをそろえられるのは大したものだな。よく訓練されているのだろう。後でこの子達のことも労ってあげよう。



 城門をくぐり街の中へ入ると、私達は予想以上の熱気と歓声に迎えられることとなった。先頭に着いた兵士長が城門をくぐった時にも歓声が上がったが、観衆の視点から私の姿が見えた瞬間、歓声のボリュームが倍以上に跳ね上がったのだ。

 まるで都市全体が振動しているかのような圧力すら感じさせられる。


 彼等はよほど私達がこの地に来ることを心待ちにしていたのだろう。

 歓声にかき消されて人間の聴力では聞こえそうにないが、私やリガロウを称えている声が耳に入って来る。



 「あれが、『黒龍の姫君』様か!なんて美しい方なんだ!」

 「あの威風堂々とした佇まい!まさしく王者の風格だ!」

 「姫様を乗せてるドラゴンも凄いな!」

 「あんなドラゴン、見たことがないぞ!?ひょっとして、新種なのか!?」

 「新聞を読んでないのか?アレは姫様がランドドラゴンから進化させた、スラスタードラゴンのリガロウだ!」

 「カッコいいなぁ…!確か、人の言葉を話せるんだろ!?」

 「あのドラゴンには、リナーシェ様も興味を持たれていたぞ」

 「ああ…!姫様…!こっちを見て笑ったりしてくれないかなぁ…!」



 と、こんな感じである。ああいった会話は、周囲の歓声によって傍にいる者同士の耳にしか入っていない。他の人間達には聞こえないのだ。


 観衆の中には私に微笑みかけて欲しいと願う者達もいるようだが、生憎と愛想を振りまいて欲しいと頼まれているわけでもないので、それをするつもりは無い。

 パレードの進行に支障を出すわけにはいかないからな。


 私の後ろに続く"ダイバーシティ"達にも歓声は送られているな。彼等は頻繁にリナーシェに呼びつけられているためか、ニスマスの住民達にもその名前を知られているようだ。


 「リガロウ、大丈夫?うるさくない?」

 「平気です。それに、周りにいるこの人間達は皆、姫様を称えていますから。正直、悪い気はしません」


 歓声が鳴りやむ気配がないので、リガロウがうるさそうにしていないか訊ねたのだが、この子としては私を称える声ならば別に気にならないらしい。

 この子のことも称えているのだが、それは別に気にしていないらしい。

 この子は、自分の評価よりも、私が人間達からどう見られているかの方が気になるようだ。


 思えば、リガロウが街の中に入ったのは、これが初めてか。

 これまでは街の城壁の外にある預り所に預けていたからな。街にいる人間が私に対してどういった思いを向けているのか、初めて知ったのだ。


 リガロウとしては、悪くない気分らしい。自分が仕える主が大勢から称えられることを、誇らしく思っているようだ。


 私達の姿を街の住民達にしっかりと見せておきたいためか、私の前を進むランドラン達の歩みは、兵士長からして非常にゆっくりだ。


 リガロウはストレスが溜まってしまうかもしれないが、ここは街並みを見渡すいい機会だと思い、のんびりと王城まで進ませてもらうとしよう。



 ゆっくりと王城に向けて移動すること2時間半。ようやく王城の城門に到着だ。思った通り、リガロウは途中から退屈そうにしていた。

 この子からすると、前が詰まっているように見えていたのだろうからな。ゆっくりと歩くだけではストレスが溜まってしまうのも無理はない。


 だが、決して不快さを周囲に振り撒くことはしなかった。

 自分がそんなことをすれば、周りのランドラン達が怯えてしまうことを、この子は分かっているのだ。

 本当によくできたいい子である。後で沢山褒めて撫でてあげよう。


 城の城門をくぐると、兵士達のランドランはそのまま彼等が普段暮らしている厩舎へと移動するようだ。"ダイバーシティ"達のランドランも、同じくそちらへ預けるようだな。


 リガロウも同じ場所に預けるのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 なんでもリナーシェがリガロウに強い興味を持っているようで、厩舎に預けなくてもいいらしい。


 厩舎で寝泊まりさせないのなら、一体何処でこの子を寝泊まりさせるのだろう?

 まぁ、今から厩舎に移動しないのならば、その分この子と一緒にいられる時間が増えると考えて良いだろう。


 リガロウから降りて、首周りを優しく抱きしめてあげよう。

 先程いい子にしていたから、頭を優しく撫でて褒めてあげるのだ。


 「さっきは偉かったね。君からしたら退屈で仕方なかっただろうに、よく不満を周りに伝えなかった。偉かったよ」

 「グルォン…。アイツ等は悪くないですから。俺の我儘でアイツ等を怖がらせたくはないです」


 ああ、この子は本当に気遣いのできるいい子だな。

 人間に対しては若干遠慮のない辛辣なところもあるけれど、自分と同族、もしくは守るべき者と判断した者に対してはとても気を遣うようだな。ますます可愛がってあげたくなる。


 優しく抱きしめ、頭や体を撫でてあげるたびに気持ちよさそうな鳴き声を出して甘えてくるから、余計に可愛がりたくなってしまうのだ。いつものことである。


 「アレってさ…分かっててやってるよね…」

 「別にいいんじゃねーの?コッチとしちゃあ、問題が起きねぇからありがてぇことなんだし」

 「頭の良いヤツではあるな」


 "ダイバーシティ"達が私達のやり取りを見て何やら小声で話し合っている。

 彼等の会話を読み取ると、つまるところリガロウは、私に褒められたいからいい子にしていると考えているようだ。


 そんなことは私も分かっているし、実際にこの子は私に可愛がられたいから、いい子に、私が望むように振る舞っているのだろう。


 だが、それのなにが悪いというのだ。

 むしろ褒められるために自分を律して他者に気遣えるこの子の振る舞いは、それこそ褒めるべきだろう。


 後は、私に良く見られたいからと暴走しなければそれでいい。

 仮に暴走するようなら、私が注意すれば良いことだ。この子のことだから、私が嫌がることはどうあってもやろうとしないだろうからな。


 ランドラン達を厩舎に戻し、兵士長が戻ってきた。これからリナーシェの元まで案内されるのだろうか?

 そうなった場合、彼女のことだ。早速、私か"ダイバーシティ"達と模擬戦を行うことを要求するのだろうな。


 そういえばこの国の王太子であるフィリップは、今どうしているのだろうか?

 新聞などを通して彼の姿は確認できたが、リナーシェと結婚してからというもの、かなり尻に敷かれているらしい。

 なんでも毎日リナーシェのトレーニングに突き合わされているのだとか。


 直接話をしたことはないが、多くの者達から禄でもない人物だと言われていると、逆に会話をしてみたくなってしまう。

 とは言え、フィリップが禄でもない人物だと言われていたのはリナーシェと結婚する前の話だ。

 現在彼がどのような人物になっているのか、知るものは非常に少ないのである。


 それと言うのも、フィリップはリナーシェとのトレーニングが嫌なのか、頻繁に城から抜け出していたそうなのだが、その都度最長で30分も経過しない内にリナーシェに確保されているのだ。

 彼女に確保された後は、そのままデートという名目で城下町を見て回ってから城に戻っているそうなのだが、その間のフィリップの様子は借りてきた猫のように大人しいとのことだ。


 私の知る結婚前のフィリップに対する評価は、集中力がなく飽きやすく、無責任で女癖が悪い。更には虚言癖持で面倒臭がりと、良いところなどどこにもないような人物だ。

 そんな人物がリナーシェと関わることでどのように変化したのか、少し気になるところではある。


 これから城内を案内されるそうなのだが、非常にありがたいことにリガロウも一緒で良いらしい。

 密閉された建築物に入るのもこの子にとっては初めてだろうし、いい経験になるだろう。


 兵士長の案内に従い、城内へと足を運ぼうとした時である。


 「ノア!!」


 私の頭上から、私の名を呼ぶ、喜びに満ちた女性の声が聞こえてきた。

 忘れる筈もない。かけがえのない、大切な私の友人の声だ。


 彼女は今すぐこの場に降りて来るらしい。相変わらず元気そうで何よりだ。


 久しぶりに会うことだし、リナーシェを抱きしめて再会の喜びを伝えよう。

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