第372話 『色褪せぬ宝』

 子供達は、意外にも目が覚めたらとても晴れやかな表情をしていた。

 昨日のやり取りで、十分に涙は流せたらしい。


 子供達が言うには、私は約束を必ず守る人だから、と再会を確信しているのだとか。既にその時を楽しみにしているようにも見えるな。

 この子達のこと、しっかりと記憶しておこう。家での生活が快適になり過ぎてついうっかり忘れてしまっては、目も当てられなくなってしまうから。



 屋敷を出る際に扉の上に設置した絵画を回収し、チヒロードへと向かうとしよう。今回は、一家5人全員を竜車に乗せて移動することにした。

 それほど時間が掛かるわけではないが、竜車の中で家族で話したいこともあるだろうからな。


 チヒロードに到着したら、いつものように"ダイバーシティ"達と合流だ。

 私がこれから絵画を書き上げることは既に街中に知れ渡っているので、多くの街の人間達が城壁の上で待機している。


 センドー家も絵画を描く様子を見学することも伝えてあるので、一応彼等が見学できるスペースは残っているようだが、かなりギリギリだな。

 "ダイバーシティ"達にその辺りの事情を聞けば、一昨日の午後の時点で今日の城壁の入場が抽選予約制となったらしい。


 抽選会は昨日の午後の間に行われたらしく、私が演劇を楽しんでいる間、劇場の外は大盛り上がりだったそうだ。

 劇場から出た際、街中に歓喜と落胆の感情が渦巻いていたのは、城壁への入場券が抽選で当たった者とそうでないものの感情だった、というわけだ。


 なお、"ダイバーシティ"達は私と共に劇場で演劇を鑑賞していたので、当然抽選会に参加していない。

 つまり、彼等は今回私が絵画を描く様子を鑑賞できないのだ。全員非常に残念そうにしていた。


 城壁の入り口にて、"ダイバーシティ"達と一時的に別れる際に声を掛けておく。


 「それじゃあ、行って来るよ」

 「ぬぁあああ~ん、案内役枠でボク達のスペースも取っておいてくれればいいのにぃ~~~」

 「流石にそれは図々しすぎでしょ。ただでさえ昨日は凄く良い思いをさせてもらったんだから」

 「そもそも演劇を観に行かなけりゃ、抽選会には参加できたんだけどな」

 「参加できても当選するとは限らないけどな…」


 アジーは昨日の演劇、そこまで魅力を感じなかったようだな。1目目はともかく、2目目はとても楽しんでいたように見えたのだが…。


 「どう考えても『姫君』様と共に特等席で演劇を観賞できた昨日の待遇の方が今後得られそうにない機会だろうが!しかも我々まであの時の費用は無料だったんだぞ!?」

 「実際のところ、あの席を利用しようとした場合、一人でどれぐらいの費用が掛かってたの?」


 それは私も気になるところだな。多分今の私ならばすぐに稼げる金額だとは思うが、今後利用するためにも把握しておきたいところだ。


 ココナナの質問に、エンカフが真剣な表情で答える。


 「金貨25枚だ。つまり、俺達はあの時に『姫君』様に金貨125枚分の借りを作ったことになる」

 「い゛っ…!?」

 「うっわぁ…。サービス良いなぁとは思ったけど、そんなにするんだ…」

 「『格納』を使える人間を一人につき一人付けてるんだから、そりゃそんぐらいするわよねぇ…」


 エンカフは私に借りを作ったことを気にしているようだが、私は特に気にしていない。

 楽しいことは一人で堪能するよりも親しい者達で共有した方が有意義なのだ。実質誰も損をしていないのだから、気にする必要はないのである。


 さて、あまり長話をして既に城壁の上で待機している者達や、私が話をしているせいで城壁にな入れないセンドー家を待たせるのも悪い。

 そろそろ話を切り上げて入場させてもらうとしよう。


 私が城壁の上、絵画を描く場所まで辿り着いた途端、私の到着を待っていた者達から大音量の歓声が沸き上がった。そんなに楽しみにしていたのか。


 城壁の上に待機していた人の数、およそ150人。全員が期待に満ちた目で此方に視線を送っている。センドー一家も、あの一団に加わることになる。


 センドー一家も所定の位置について、いつでも絵を描き始めても良い空気になったので、そろそろこの街の景色を描かせてもらうとしよう。


 「それじゃあ、早速描かせてもらうよ。それと、こうして集まってもらったのに悪いけれど、あまり時間をかけるつもりは無いからね?」

 「勿論、承知の上です。あの絵画も、それほど時間を掛けずに完成させたと耳にしています」


 それなのに、昨日の午後の時間を使って抽選会を行っていたというのか。

 本当に、慕われたものである。

 ならば、今に始まったことではないがその思いに応えないわけにはいかないな。

 彼等の、ここにはいない街の人間達の思いもすべて汲み取り、その思いと私の思いを一つにして絵画を書き上げるとしよう。


 その前に、一度この場で『真理の眼』を使用する。過去に起きた出来事を確認しておくのだ。


 今日までのこの場での事象を確認している間に、『収納』からキャンバスと画材を取り出していつでも絵を描けるように準備をしておく。


 良し。確認は終わった。街の人間の思いも汲み取り終わった。後は思うままにそれをキャンバスにぶつけていくだけだ。


 『補助腕サブアーム』を発動し、それぞれの腕に一本ずつ絵筆を持たせる。尻尾にはパレットの魔術具だ。

 この場所から見える景色に込められたこの場にいる、この街に住まうすべての人々の思いを私の体に、私の持つ絵筆に乗せて、キャンバスに絵の具を塗りたくる。



 絵画を描き始めて30分、一つの作品が完成した。我ながら、会心の出来と言っていいだろう。


 だが、安心はできない。

 例え私が満足のいく作品だからと言って、私の絵画を望む街の人間達が気に入るとは限らないのだ。


 「完成だよ。題名は…そうだね、『色褪せぬ宝』と言ったところかな?」


 キャンバスから少し横にずれ、この場にいる全員に絵画の内容が見れるようにする。


 少しの沈黙の後、今日この場に姿を現した時以上の歓声とともに盛大な拍手が私と絵画に送られた。

 良かった。この街の人間達も、この絵画を気に入ってくれたようだな。


 ただ一人、ヒローだけはやや顔を赤くして俯いているが。

 ちなみに、その隣にいるナナリーはとても嬉しそうにしている。


 私が描いた絵画の内容は、ヒローのプロポーズの場面を参考にしたものだった。

 若い男性がこの場所から移る日の出を背景に、若い女性に婚約用のアクセサリーを渡しているシーンを描いたものである。


 ナナリーが言うには、ヒローはこの場所から見える景色を背景に、ナナリーにプロポーズしたのだと語っていた。


 「生涯、私の隣で私を支えて欲しい。この景色を、君と共に守りたいんだ」

 「素敵な景色…。ええ、私も、貴方の隣でこの景色を守ります…」


 先程、『真理の眼』で確認した内容だ。

 事実、彼等は誓い通りにこの景色を現在まで守り続けている。そしてこの街の住民達はそのことを理解し、彼等に感謝している。


 ならばこそ、その誓いの現場を描こうと思ったのだ。

 この景色は、この街にとっての宝なのだ。

 今後もこの景色を、この街の宝を守り続けて欲しいという私の願いも込めて、この絵を描かせてもらった。


 まぁ、ヒローからすると自分の恥ずかしい記憶をほぼ正確に描かれている状況だからか、羞恥で顔を赤く染めてしまっているのだが。

 それ以上にナナリーやヒローの子供達が喜んでいるので、彼には悪いが我慢してもらおう。


 まぁ、一言も告げずに絵画を描いてしまったことは謝っておくが。


 「貴方達の思い出を何の説明もなしに題材にして済まなかったね。反対されたくなかったから、意図して伝えなかったんだ」

 「いえ、大丈夫です。これからしばらくナナリーからはからかわれるでしょうが、こうして皆が喜んでくれているのですから、文句はありませんよ」

 「しっかりと防護を施して、末永くこの街の人々に愛されるようにしたいですね、貴方!」


 防護なら心配する必要はない。額縁も既に制作済みだからな。劣化防止効果を付与された"楽園"由来の木材で作った額縁だ。

 後は、ヒローが言っていたように、街の人間が気軽に観れるような施設を建築して、そこに設置すればいいだろう。

 その瞬間を私が見ることはないだろうがな。


 次にこの街に訪れた時には、是非ともじっくりと鑑賞させてもらおう。建物も含めてな。


 「それではヒロー、この絵画は依頼主である貴方に預けるよ」

 「はっ。謹んでお受け取りいたします」


 額縁をはめ込んだ絵画をヒローに私、彼が『格納』機能を持った鞄に絵画を仕舞うと、この場に集まった者達から再び盛大な拍手を送られることとなった。


 錬金術のノウハウはおろか、異世界の知識が手に入った。私も知らなかった魔術具のノウハウも知れた。極上の包丁が手に入った。演劇という娯楽を知れた。


 この街では、本当に沢山の得るものがあった。この国に、この街に来て本当に良かった。心からそう言える。


 少し名残惜しいが、頃合いだろうな。

 そろそろ、この国の王都に、リナーシェに会いに行こう。


 城壁から降りて"ダイバーシティ"達と合流する。まずは冒険者ギルドへ向かい、今回の依頼の報酬を受け取るとしよう。


 それにしても、城壁の上での歓声が凄かったからか、下にいた人々も絵画の出来がどのようなものか気になって仕方がないようだ。


 今回の見学者の中には記者はいなかった。彼等も平等に抽選会に出たようなのだ。そして残念ながら当選しなかったようだ。

 彼等の悔しがる表情が目に浮かんでくるな。


 まぁ、それも絵画を設置するための施設が完成するまでの話だ。もう少しだけ我慢してもらおう。


 冒険者ギルドで報酬を受け取ったら、いよいよこの街ともお別れだ。

 騎獣の預り所へリガロウや"ダイバーシティ"達のランドランを受け取りに行くと、そこにはセンドー一家だけでなく、私がチヒロードで深く関わった者達が待機していたのだ。


 ヒローに募金で集めた資金と署名用紙を届けた男女や鍛冶師のドルコに昨日私に対応した劇場の支配人、更には私に素晴らしい演劇を見せてくれた劇団ミニア・トゥガーテンの長らしき者が待機していたのだ。

 ミニア・トゥガーテンには、私が色鉛筆で描いた絵を渡していたが、それだけで顔を出しに来るものなのだろうか?


 来るのだろうな。

 劇団長は私の前で跪くと、やはり昨日渡した絵についての礼を述べて来た。それと、支配人は間違いなく彼等に彼等の名前を覚えておくという私の言葉を伝えていたようだ。そのことにも礼を言われてしまった。


 私の彼等に対して行った行為は、劇団員全員が感銘を受けたらしいのだ。

 私から言わせれば、私の方こそ彼等によって大きな感動を与えられたのだ。これでは感謝のぶつけ合いである。


 キリがないので、今回はこちらが引き下がろう。

 また面白い劇を見せてくれることを期待していると述べて、他の者達に別れの言葉を告げるとしよう。


 劇場の支配人。どうやら昨日の今日で座席の予約が半年以上満席になったらしい。勿論、特等席も含めて全てだ。支配人の言葉に耳を傾けていたエンカフが衝撃を受けていた。

 ただ、私の特等席だけは必ず開けておくらしい。いつでも訪れて演劇を楽しんでほしいとのことだ。


 その言葉に甘えよう。

 今度この街に来た時には、ミニア・トゥガーテン共々、私を楽しませてもらおうじゃないか。

 勿論、今度は無償で、というわけにはいかない。劇団にも劇場にも、十分な報酬を用意しよう。


 ドルコ。彼が言うには、昨日の時点で精霊の姿が見えるようになったらしい。会話はできないらしいが、意思は伝わって来るとのこと。

 どうやら私が精霊に与えた食事が原因で視認できるようになったそうなのだ。彼からも少々大袈裟に感謝されてしまった。


 だが、その気持ちが分からないわけではない。

 これまで彼は自分の炉に精霊が宿っていることすら知らなかったのだ。

 そこに私が訪れたことであっという間に精霊と心を通わせるまで至ったのである。私がドルコに齎した影響は、極めて大きいと言っていいだろう。


 今後はより一層良いものを生み出し続けると私に誓いを立てだした。

 金属を扱うから、多分未だに眠り続けているダンタラに祈った方が効果があると思うぞ?目を覚ましたら流石に寝すぎだと文句を言っておくから。


 署名と募金を運搬した一組の男女。彼等は別に夫婦というわけでは無ければ交際中、というわけでもないようだ。単純に、同じ仕事を引き受けただけの関係だったらしい。

 しかし、これも巡り合わせなのだろう。今も彼等は交際しているわけではないが、どちらも互いに意識をし始めている状態になっていた。


 センドー家。私が城壁から下りる時までのヒローの様子は、まだ羞恥によって顔が赤くなっていたのだが、今は違う。

 一人の領主として、立派な佇まいをしていると言っていいだろう。

 なかなか慣れるのが早いじゃないか。ナナリーはヒローのこういうところを気に入っているのかもしれないな。

 ヒローの子供達も私と別れる際に涙を堪えている様子はない。昨日言った通り、笑顔で別れられそうだ。


 「繰り返しになるけど、必ずまたこの街を訪れよう。その時は、またあなたの屋敷の世話になるかもしれない」

 「遠慮せずに、我が屋敷を頼ってください。我等一同、歓迎いたします。子供達も、それを望んでいますからね」


 そうみたいだな。今分かったが、この子達が私に会うのを楽しみにしている理由は、自分達が大人になり、立派になった姿を見せたいからのようだ。


 気が早すぎるなんてものではないだろう。この子達全員が大人になるまでに、まだ最低でも9年の月日が必要なのだ。

 おかしくなって、少し吹き出してしまった。必ず、9年以内に再びこの街を訪れよう。

 この子達がまだ子供の内に再会してやるのだ。


 別れは済ませた。"ダイバーシティ"達も既にランドランに乗っている。私も自分から私の傍に来たリガロウの背に乗るとしよう。


 それでは、笑顔で王都に出発だ!

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