第457話 新たな修業法の可能性

 話が終わる頃には、ヤツの真実を知ってやや不調になっていたジョージも平静を取り戻すまでになったようだ。


 「まぁ、こんなところかな?他に何か聞きたいことはある?」

 「えっと…。ノアさんとマコト=トードーって、かなり親しかったりするんですか?」

 「親しいね。初めての友人と言っても良いぐらいには親しいよ」


 友は、な。私の初めての友達はフレミーである。が、それをいちいちジョージに説明する必要はない。


 何か考え込むようなそぶりをした後、ジョージが私に向き直る。その瞳には明確な決意が宿っている。


 「決めました。ジェルドスを討ちます」

 「良いの?決闘の前日ぐらいまでに決めればそれで良いんだよ?」

 「そこまで悩んでたら、きっと修業が身につかないと思います。ただ、その…折り入ってお願いがまたできてしまったというか…。ちょっと図々しいとは思うんですけど…」


 ふむ。ジョージは修業以外に私に何かを求めたいようだ。だがあれもこれも望んでしまうのは、気が引けるらしい。

 私としてもジョージに無茶な願いをする予定なのだ。ヤツの手がかりを掴めた礼もあるし、望みがあるなら可能な限り叶えてやりたいところだ。


 「何か望みがあるのなら聞くだけ聞かせてもらって良いかな?内容によっては叶えられるものかもしれない」

 「良いんですか?」

 「貴方が私にもたらしてくれた情報は、それだけの価値があったんだ」


 もしもジョージから情報を得られなかったら、ヤツの次元に攻め込むのに100年以上の年月を掛けていたかもしれない。

 それが大幅に短縮できたのだ。

 ジョージには聞くだけ聞くと消極的な反応を示したが、大抵の望みは叶えてあげようと思っている。しつこいようだが、それだけ私は彼に感謝しているのだ。


 「そ、それじゃあ…。俺を、ティゼム王国…ティゼミアに連れて行ってもらって良いですか?あ、勿論、全てを終わらせた後ですが」

 「……理由を聞かせてもらって良い?」


 ちょっと驚いたな。ジョージはティゼム王国に行きたいのか。

 さっきマコトの名前が出てきたし、もしかして彼に会いに行きたいのか?


 「ええっと、あんまり褒められた理由じゃないですけど…。俺はさっき言った通り、憧れていた世界で気ままに生きたいんです。それはきっと、冒険者として生きるのが一番かなって。それに…予想はしてましたけど、やっぱりマコト=トードーは同郷の人だったみたいだから、安心できると思うんです」

 「そう…」


 ありえるのか?こんなことが。あまりにも私にとって都合がよすぎる気がするのだが…。

 本当に仕組まれたことだったりしないのか?


 〈『違うとも。彼がマコト=トードーに会いたがっていたのは、貴女が生まれる前からだしね。だからこそ後継者候補として申し分が無かったんだよ』〉

 〈『ま、ルグはそれを知っててノアちゃんに伝えてなかったんだけどね!』〉

 〈『あ!?おい!余計なことは…!』〉

 〈『………』〉

 〈『ぐわああああーーーーッ!!』〉


 まったくこの駄龍は…!どうしてこう重要なことを伝え忘れてしまうのか。

 おそらく悪気など欠片もないし、彼にとっては至極どうでもいいことだったから伝えていなかったのだろう。

 だが、私だってそれなりに悩んでいたのだ。

 私の勝手な要望を一人の少年に押し付けることには多少の罪悪感もあったし、人生を決定づけてしまうことへの抵抗もあった。

 それらの悩みがかなり軽減される情報だぞ、その内容は。


 それと、他人事のようにルグナツァリオに憐みの感情を向けているが、貴方達も他人事ではないからな?


 〈『知っていたのなら、教えて欲しかったのだけど?』〉

 〈『あ!?う、うん、そうだね!伝えとくべきだったね!』〉

 〈『げっ!?ちょっ!?もしかしなくても俺達もか!?』〉

 〈『だって地上のことは駄龍の分野だもん!私悪くないもん!』〉

 〈『…まぁ、ルグの性格を知っていたら伝えておくべきだったとは思います。すみませんでした』〉


 五大神達は自分の管轄ではないことには深く関わろうとしないようだからなぁ…。今までそうしてきたから、そういうものだと思っているのだろうが、今後は気を付けてもらいたいものだ。


 とりあえず、指で弾く程度の思念を送るぐらいに留めておこう。


 〈『まぁ、今後気を付けてくれればいいよ。私も今後はルグナツァリオに何か聞くときは細かく確認を取るようにしておこう』〉


 4柱とも揃いも揃って痛がっている気配を感じる。残りの1柱は痛みでのたうち回っている気配だ。それが誰かは、言わずもがなである。


 と言うか、この場所はジョージの夢の中だというのに、普通に私に声を掛けて来れるんだな。

 まぁ、彼等も『夢談ドリーミャット』を使用してジョージの夢に干渉すればできないことではないか。


 そろそろ話をジョージに戻そう。先程のやり取りは数秒程度のやり取りではあったが、放置していることには変わりないからな。そろそろ何らかの反応を示さなければ不審に思われてしまう。


 「良いよ。その要望に応えよう。ただ、全てが終わり、貴方が自由の身になったら…その時は私からも貴方に一つ要望がある」

 「えっと…金銭関係だったりします?」

 「まさか。私はこれでも結構金持ちだからね。金には困っていないよ。まぁ、私からの要望に関しては、今は頭の片隅に入れておけばいいよ。朝食も出来上がっていることだし、そろそろ起きようか」

 「分かりました。あ、ここでの会話の内容とかって、目が覚めたら忘れちゃったりします?」

 「出来ないことはないけど、それではここでの会話の意味がなくなるだろう?全部覚えているよ」


 人間に限らず、夢とは目が覚めたらその内容を忘れてしまうことが多いらしいから、ジョージも気になったのだろう。

 勿論、夢の内容を忘れさせることもできるが、必要はない。と言うか、それではここまでの会話が全くの無駄になってしまうのだ。忘れさせるわけがないな。


 …待てよ?

 夢の中で『時間圧縮タイムプレッション』を使用すれば、意識だけが魔術の影響下には入るだろうから、肉体が老化する心配はなくなるんじゃないか?

 それはつまり、身体能力を高めることはできずとも技術や経験、それと意思の強さを必要とする行動に関しては制限無く修業できると言うことじゃないのか?

 今私が思いついた修業方法が上手くいけば、ジョージはジェルドスを圧倒できるようになるかもしれないぞ?


 …とりあえず、今はジョージを目覚めさせよう。

 時間はまだあるのだから、今晩ジョージが寝た時に本人に断りを入れてから試してみよう。



 ジョージが起床する1時間ほど前のことである。


 イネスは朝食も食べていくようだ。ジョージが起床する前に自力で目覚めた彼女は、私が調理している様子をキャメラで何度も撮影していた。


 「う~~~ん、実に食欲をそそる香りです!コレは是非ともご相伴にあずからなければ!絶対美味しいですよね!?その料理!」

 「私が食べて美味しいと思えるように作っているから、美味しいんじゃないかな?今のところ料理を振る舞った相手からまずいと言われたことはないよ」

 

 ただ、食べるのならどうしても仮面を外さなければならない筈だけど、その辺りは大丈夫なのだろうか?ジョージに素顔を見られる可能性は可能な限り排しておきたいんじゃないのか?


 「御心配なく!こちらの仮面、非常に便利な機能が付いていて、仮面の前に食料等を持って行くと普通に透過してくれるんです!」


 つまり、スムーズな形状変化が可能と言うことか?認識阻害効果や変声機能が備わっていたりと、その仮面、相当に強力な装備じゃないだろうか?

 いや、世間を騒がせている怪盗の装備なら、それぐらいの機能があってもおかしくないのか?だとすると、彼女が着ている怪盗の衣装もかなり強力な機能が備わっていそうだな。

 少なくとも、下手な金属鎧よりも物理的な防御力が高いだけでなく、魔力に起因した攻撃に対する防御力も高いな。


 これらの装備とそれを身に纏うにふさわしい実力がある者が身に付ければ、捕らえるどころかその体に触れることすら難しくなるのだろう。怪盗が今まで誰にも捕らえられたことのない理由である。


 「ところで、殿下はまだお目覚めにはならないのですか?」

 「もう1時間ぐらいはあのままだね」

 「睡眠時間すらも徹底管理ですか…。これはジェルドス殿下に勝ち目は無さそうですねぇ…」


 そのために鍛えるのだから当然だろう。妥協をするつもりは無い。


 さて、そんなことよりも食事の準備もできたことだし、イネスには先に食べてもらおう。食事が終わったら、ジョージが目覚める前に彼女をロヌワンドに送り届けるとしよう。


 イネスが仮面をつけたまま料理を口に運んでいくのだが、彼女が言った通り、料理が仮面に沈み込むようにして透過している。特に料理に仮面の成分が付着している様子もなく、問題無く仮面をつけたまま料理を食べれているようだ。

 料理の評価は上々なようだな。仮面越しだというのに、目を輝かせて喜んでいるのが手に取るように分かる。


 「んっふぅ~~~!すっごく美味しいですぅ~~~!いや、コレ下手な宮廷料理よりも美味しいんじゃないですかねぇ!」

 「イネスは宮廷料理を食べたことあるの?」


 取材などで城に入ったことがあるのだろうか?

 私の素朴な疑問に対して、イネスはバツが悪そうに答えてくれた。


 「ああ、いや…コッチの仕事でお城にお邪魔した際にちょ~っとですね…」

 「つまみ食い?行儀悪いよ?」

 「う゛っ。だ、だって、おいしそうだったんですもの…」


 料理を作る者としては、つまみ食いに対してあまり良い印象は持てない。できることなら、ちゃんと完成した料理を口にしてもらいたいものだ。まぁ、イネスの場合は文字通り盗み食いなのだが。


 満足いくまで料理を食べ終わり、ジョージのために用意した料理を見て、イネスが名残惜しそうにしている。


 「殿下がこれらの料理を食べた時の反応が見られないのが、残念と言えば残念ですねぇ!きっととても可愛らしい表情をすると思うのですよ!」

 「それなら、送り届けるのはもう少し後にする?」

 「いえいえ!怪盗はミステリアスなのがキモですから!このままお暇させていただきます!ごちそうさまでした!」


 名残惜しくはあるが、この場に長居するつもりもないようだ。

 それで良い。イネスには明日の新聞記事を書いてもらわないとだしな。

 手早くロヌワンドの城門付近に転移魔術で送るとしよう。



 そうしてイネスを街まで送り、城の幻で今日の新聞を侍女から受け取った辺りで、ジョージが目を覚ました。


 「あふ…おはようございます…。な、なんか、さっきまで花畑で話をしてた感覚が強くて、変な感じですね…」

 「2,3日もすれば多分慣れるよ。それより、朝食ができてるから、食べようか」

 「はい!目が覚めてから直ぐにメチャクチャ美味そうな匂いがしてたから、さっきから涎が止まんなくって…」


 この分なら、ジョージからも料理を喜んでもらえそうだな。


 存分に食べると良い。


 でなければ、途中で倒れてしまうかもしれないからな。

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