第456話 予想外の大収穫

 仕方のないことではあるが、ジョージはアグレイシアをそれなりに慕っているようだ。

 まぁ、ヤツは何も知らない相手が見れば、かなり神々しさ感じるだろうからな。

 そのうえ、力を与えて新たな人生を与えたとなれば、感謝もするだろうし慕う理由にもなるだろう。


 「知っているようだね。私が知りたいのは、貴方がその女神と何かやり取りがあったのなら、その内容を教えて欲しい。と言うことなんだ」

 「は、はぁ…。えっと、あれだけの強さを持ってて異世界の女神様のことを知ってるってことは…もしかして、ノアさんも転生者だったりするんですか?」

 「いいや、私は違うよ?」


 ふむ。そう思われても仕方がない、のか?

 私がかなり特殊な存在であることはジョージも十分理解しているだろうし、マコトから聞いた異世界を題材にした日本の架空の物語には、神から極めて強力な力を与えられて異世界へ送られるという物語が多数あると聞かされている。


 ジョージがそれらの物語を知っているのならば、私もそうして強力な力を与えられてこの世界に送られてきた異世界人と考えるのも、おかしくないのだろう。


 まぁ、実際には私はこの星の魔力から産まれた原種のオリジンドラゴンなのだが。

 なぜ私の姿がヴィルガレッドやガンゴルードのようにドラゴンの姿形をしていないのかは、ルグナツァリオを含めた五大神にも分からないらしい。

 初めてルグナツァリオと出会った時、私のことを詳しく分かっていないと語っていたのは、そういうことだ。ただ、原種のドラゴンであることは間違いないらしい。


 なお、今のところ私は竜人ドラグナムとして活動しているので、この情報は例えジョージであっても教えるつもりは無い。


 「私のことに関しては、後3年もすれば知れるだろうから、今は置いておこうか。それで、教えてもらえるかな?」

 「あ、はい。と言っても、そんなに長い話にはならないですけど…」


 ジョージが奴と会話をしたのなら、その内容にも興味はあるが、それ以上にジョージとヤツが会話をした場所に興味がある。

 おそらくは、ジョージの世界でも私達のいるこの世界でも無い。次元の狭間とでも呼ぶべきような場所でのやり取りだろうからな。

 その状況が知れれば、次元の壁を超えるという目的にかなり近づける気がするのだ。


 『真理の眼』と『モスダンの魔法』を発動して、ジョージが実際に見た光景を確認しながら話を聞かせてもらうとしよう。

 勿論、過去を覗くことに了承は取らせてもらったうえでだ。



 一通りの情報を聞き終わり、『真理の瞳』と『モスダンの魔法』も解除する。


 「…っと、大体こんな感じなんですけど…。えっと…今ので、ノアさんにとって何か利点ってあるんです…?」

 「ああ、大分助かった」


 ジョージが転生することになったのは、当然彼が元の世界で命を落としたからなのだが、彼は態々自分が命を落とした経緯まで教えてくれた。


 簡潔に述べるのならば、成人前に見知らぬ幼子を庇おうとして命を落としたのだ。そしてその魂をアグレイシアに回収され、『位相ディメンジョナルずらしシフト』という魔法の力を与えられてこの世界に転生させられたのだ。


 その際、ジョージはアグレイシアから[自分の思うまま、好きに生きると良い]と言われたようだ。

 また、生前の姿のままこの世界に転生することも可能だったそうだが、どうせ転生するならばと言うことで赤子から人生をやり直したいと願ったらしい。


 これは私の予測だが、おそらく魔獣となった少年も同じような経緯なのだと思う。

 強力な力を与え、好きになように振る舞わせて増長することを狙ったのではないかと思うのだ。

 魔獣となった少年は、生前の姿のままこの世界に転生してきたのだろう。


 あの少年の場合は転移になるのかもしれないが、一度死を経験して新たな生を得たことに変わりはないのだから、転生と呼んで問題無いだろう。


 ただ、残念なことにジョージとヤツが会話をしていた状況は、『真理の眼』をもってしても不可能だった。

 過去が見えるのは、あくまでもこの世界限定なのだろう。


 それに関しては非常に残念だったのだが、一つだけ、だが非常に有力な情報を得られた。

 それは、ジョージの魂が彼の今世での母親の胎内に宿った瞬間だ。

 別の次元からこの世界に干渉したため、ヤツの、この世界とは違う次元の気配を把握することができたのだ。

 ヴィルガレッドから異世界人の気配を察知する術を教えてもらっていなければ、間違いなく見落としていたところだった。今度会ったら礼を言っておこう。


 ほんの僅かな気配だろうと、認識できたのならば此方のものだ。

 規模で言うならば、それは大きな山を構築している砂の一粒程度の情報ではあるだろうが、それだけで十分すぎる。少しずつでも、解析していけば良いのだ。


 かなりの時間が掛かってしまうだろうが、ヤツはこの世界に侵略行為にそれほど力を入れていないようだ。まるで片手間の作業で、上手くいけば儲けもの、気長に成果を待つようなやり方なのだ。


 おそらくはヤツも神ではあるから、ルグナツァリオ達と同様に非常に永い年月存在し続けているのだろう。ヤツからしたら例え1万年の時間が経過したとしても、大した時間が経過したわけではないと考えているのかもしれない。


 解析にかなり時間掛かるとは言ったが、それでも数年で終わらせるつもりだ。

 今の私の力ならば、私が自分の正体を世界中に公表する頃には解析もほぼ終わっている筈だ。ヤツに気取られる前に先制して、ヤツの存在する次元に攻め込る。


 ようやくつかめた足掛かりだ。ジョージと接触できて本当に良かった。値千金と言ってもいい。

 ある意味では、マコトの後継者になって欲しいという願い以上の収穫だ。


 「あの…、ノアさんって、アグレイシア様のことを良く思ってないようですけど…なんかあったんですか?」

 「何かあったというよりも、現在進行形で行動していると言うべきだね」

 「はい?」


 いかんな。感情を抑えていたつもりではあったが、私がヤツに対して不快感を抱いていることをジョージに悟られてしまったようだ。

 まぁ、コレから事情を説明するつもりだったし、どの道不快感は伝わってしまっていたかもだが。


 「ヤツは、この世界に対する侵略者だ。最終的にこの世界を滅ぼし、自分にとって都合の良い生物をこの世界に移住させようとしている」

 「そ…それ、本当なんですか…?」


 唐突に言われても信じられないだろうな。ジョージにとってヤツの存在は感謝こそすれど、嫌悪する理由が無かったのだから。

 それでも、ヤツがこの世界を滅ぼそうとして活動している"女神の剣"の発端であることは間違いない。


 「アインモンドが非常に危険な組織と繋がっているのは知っているだろう?」

 「ええ、まぁ…。それでアイツにとって都合の良い傀儡にするためにジェルドスを次期皇帝にするつもりのようですし…」

 「その危険な組織こそ、ヤツのためにこの世界を滅ぼそうとしている連中なのさ。連中は自分達のことを"女神の剣"と名乗っている」

 「………」


 少しは信じてくれる気になったが、それでもまだ完全には信じる気にはなれないらしい。

 自分にとって怨敵とも言えるような相手が、自分を転生させてくれた存在が元となったことを信じたくないのかもしれない。


 「さっきも確認したけど、私が過去を読み取る力を持っていることは話したね?その力を用いて私はアグレイシアのことを知った。そして、ヤツが送り込んで来た転生者がこの世界で好き放題に暴れ、その後"女神の剣"が結成されることになった。そこまでの経緯、見る?私なら見せられるよ?」

 「………お願いします」


 真剣な表情でジョージが私に望む。自分がこれまで信じてきた存在を否定する覚悟はできたらしい。

 前世と合わせて30年程度しか生きていないというのに、大した胆力だ。

 これも、一度死を体験したからなのだろうか?


 いや、これはジョージの本質だろうな。でなければ見ず知らずの幼子を命を捨ててまで助けようと等しないだろう。


 「では、これから一切の偽りない情報を貴方に見せる。時間の経過に関しては気にしなくて良い。今この場は夢の中だからね」

 「あ、はい。なんか凄いこと言ってた気がしますけど、気にしないでおきます」

 「ありがとう。では、見せよう。アグレイシアに送り込まれた異世界転生者の末路と、その後この世界に蔓延るようになった組織が誕生する瞬間を」


 『投影プロジェクション』を用いて、ジョージに例の映像を見せるとしよう。

 彼に言った通り、時間を気にする必要はない。夢の中ならば肉体の老化などは関係ないからな。『時間圧縮タイムプレッション』によって憂いなくいくらでも引き延ばせるのだ。



 映像を見終わったジョージは、かなり気分が悪そうにしているな。

 不快感が尋常ではなかったのだろう。その場で崩れ落ち、両手を地面についてえずいている。尤も、夢の中なので胃の内容物を吐しゃすることなど出来ないのだが。


 流石に千年分の情報をそのまま見せ続けたらジョージの精神が持たないと判断したので、魔獣が暴れる様子は本人の了承を取って2週間分の活動を見せた後は省かせてもらったが。


 肝心な部分である、魔獣が討伐された後の神器の発見者とヤツとの間で行われたやり取り自体は、すべて見せることができた。


 「大丈夫?今見せた映像は、嘘偽りのないこの世界の歴史だよ。まぁ、信じる信じないはあなた次第だけど」

 「…俺は…この世界を滅ぼすために、この世界に転生させられたんですか…?」

 「貴方にそこまでは望んで…いや、期待していないというべきかな。貴方から聞かせてもらった話からして、ヤツは侵略にそこまで力を入れている様子はないからね。見下しているんだよ。この世界を」


 魔獣となった少年の働きは、ヤツにとって望外の結果だったのだろうな。それこそ、自分でこの世界の人間に干渉してくるほどに。

 そしてそのせいでこの世界は何度か人の手によって滅びかけていた。


 まぁ、その都度五大神や新世魔王が動いたりしたおかげで、今も世界は存続しているわけだが。

 しかし、私が意識を覚醒させてからというもの、随分と連中の動きが活発になっている気がするな。

 それとも、この星は連中の動きが活発になったことを察知し、その対応をさせるために私を産みだしたのだろうか?

 この人間の形をした肉体も、その方が都合良く人間達に関われるから?


 …考え過ぎだな。今は私よりもジョージのことだ。

 慰めと言うわけではないが、気を楽にさせてやろう。


 「ヤツは貴方に[好きに生きて良い]と言ったのだろう?だったら、好きに生きればいい。それがもしも私の不興を買うような行動なら、その時は私が始末するさ」

 「…シャレになってないですよ。慰める気、あります?」

 「そもそも慰めではないからね」


 効果があるかどうかは分からないが、背中を優しくさすりながら前向きに考えられるように言葉を掛けたためか、慰めているように捉われてしまったようだ。

 ただ、苦笑している様子を見る限り、少しは立ち直ることができたようだ。


 「ジョージ、一応聞くけど、貴方はどう生きたい?この世界の敵になる?」


 一応と前置きしている通り、ただの確認だ。ジョージの人柄を考えても、彼がこの世界の敵になるとは考えられない。


 苦笑しながらジョージが私の問いに答えてくれる。


 「なりませんよ。俺はただ、憧れた世界で新しい人生を楽しみたいんです。そのためには、まずはジェルドスに勝たなきゃならないんです」

 「良い答えだ。ならば、私も対価に相応しい働きをしよう」


 望外の収穫を得られたからな。盛大にサービスしてやろうじゃないか。

 だが、その前にもう一つ確認しておこう。


 「ジョージ、貴方にもう一つ聞いておくことがある」

 「なんです?」

 「貴方はジェルドスの、自分の兄の命を絶つ覚悟はある?」

 「っ!そ、それは…」


 ジョージから明確な戸惑いが感じられる。

 彼の前世は、争いとは無縁の生活を送っていたようだからな。当然、命のやり取りなど行っていなかった。

 そんな彼が、自分や兄弟のために人を殺めることが可能なのか、確認しておきたかった。


 「分かっていると思うけど、仮に貴方がジェルドスに勝利したとしても、彼が他の兄弟を皆殺しにしてしまった場合は結局彼が皇帝になってしまうよ?」

 「ノアさんなら…何とか…ジェルドスが他の兄弟と決闘をする前に決闘を止めたりとか、出来るんじゃないですか?」


 まぁ、出来る。と言うか、そうするつもりだ。

 ジョージに決闘で勝利してもらい、"女神の剣"に集合してもらう。

 そうしたら連中を始末してついでにアインモンドが肌身離さず所持している古代遺物アーティファクトからジョスターの意思を回収し、彼の肉体に戻す。

 その際、ある程度肉体を回復させておいた方が良いだろう。

 そうしたら、ジョスターに後継者を決める決闘は彼の意思によるものではないと公言してもらい、決闘を無効にしてもらえば良いのだ。


 ただその場合、アインモンドは勿論のこと、確実に癇癪を起したジェルドスも禄でもない行動に出るだろう。


 「その時ジェルドスを無力化して生かしたとしても、将来的に争いの火種になるのは目に見えているだろうね。そして、私や貴方がこの国を立ち去ったら、アレを止める術が無くなる。だったら、大義名分があるうちに、決闘の最中にアレを始末するのが一番だと私は思っているよ。貴方に、その覚悟はある?」

 「………」


 今すぐに答えを求めるつもりは無いが、決闘の時までには答えを出してもらいたいものだ。

 私としてはジョージに決闘中にジェルドスを亡き者にしてもらうのが一番だと思っているのだが、だからと言って今まで命のやり取りを行ってこなかった者にそれを求めるのは酷だと言うことも、一応私なりに理解しているつもりだ。


 「…少しだけ、考える時間を貰っても良いですか?」

 「良いよ。私もすぐに答えが返ってくるとは思っていなかったからね」

 「そう…なんですか?」

 「貴方達日本人は、そういう傾向にあるみたいだからね」

 「ええっ!?な、なんでノアさんが日本のことを知ってるんですか!?」


 アグレイシアの名前を出した時以上に驚いているな。

 ならば、そっちの話もしておくとしようか。


 どの道この国でするべきことを終わらせたら、ジョージにマコトのことを話すつもりだったのだ。むしろ、彼の方から私に尋ねてきたかもしれない。


 またも長話になってしまうが、私が私にとっての異世界である日本と言う国を知ることになった経緯を話させてもらうとしよう。

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