第455話 ちょっと聞かせて

 ジョージとの邂逅について説明し終わると、イネスは微笑ましいものを見る表情で風呂場に視線を向けている。

 彼女は今も仮面をつけてはいるが、全身が隠れる"魔導鎧機マギフレーム"内にいるココナナの表情すら読み取れる私に、今の彼女の表情が読み取れないわけがないのだ。


 「初心ですねぇ…。実に年相応で可愛らしいじゃないですか。いやぁ、殿下もなかなかのラッキーボーイですねぇ!」

 「異性に対する免疫がないようだからね。多分貴女の裸でも同じだったんじゃないかな?」

 「あの様子だとそんな感じですねぇ…。や、だからって私は裸を見せたりしませんからね!?」


 まだ何も言っていないんだが…。ああ、そろそろ10分が経過するか。フウカから布団セットを受け取るとしよう。


 フウカの元に幻を出現させると、特に知らせていないというのに彼女は跪いて待機していた。

 確かに10分後に幻を出現させるとは言ったが、この様子だと2,3分前には布団セットを完成させてこうして待機していた可能性が高いな。

 まさか、それ込みで10分間と言ったのだろうか?


 跪いた姿勢のまま、フウカが私に歓迎の言葉を送ってくれる。


 「ようこそ御来訪くださいました。ご要望の品は既にこちらに」

 「流石の速さだね。貰っておくよ」


 使用している布はフウカの糸で織った物ではなく、市販の布を使用したようだ。

 とは言え、縫合に使用した糸自体はフウカの糸を使用している。彼女の魔力が布団や枕の布や内部の綿に浸透し、強度を上げているようだ。


 改修する際に軽く触れてみたのだが、なかなかの触り心地である。しかも布団と枕、どちらにも『安眠』の魔術構築陣が縫い合わされている。これならばジョージもフウカも睡眠に不都合することはないだろう。


 「短時間でこれだけの物を仕立て上げてくれて、本当にありがとう。お礼をしたいのだけど、何か欲しいものはある?」

 「ノア様とこうして顔を合わせ、会話をし、同じ卓で食事ができた時点で望外の結果に御座います」


 つまり、報酬はいらないとフウカは述べているわけだ。

 勿論、それで私が納得するわけがない。


 そういうわけだから、この場で何か手早く作ってしまおう。


 『収納』から小さな木片と先程イネスからもらったプリズマイトの小さな欠片、そしてレーネリアからもらった魔力で塗料を生み出すパレットを取り出す。

 プリズマイトの欠片は、すり潰して粉末状にしておこう。

 木片は"楽園浅部"の木材の端材だ。蜥蜴人達達から受け取った物ではなく、ティゼム王国で購入した物である。


 まずは塗料の作成だな。

 パレットから黒に近い紺色の塗料を生成して、その中にプリズマイトの粉末を投入して均一に混ぜる。

 塗料が混ざったら、塗料を綺麗な球形に加工した端材にむらなく塗り、魔術で水分を取り除いて乾燥させる。

 後は『我地也ガジヤ』で小さな鎖に繋がれたクリップと台座を作り、今しがた作った球形を台座に取り付ければ、耳飾りの完成だ。

 艶のある黒に近い紺色の球体が、いくつもの小さな七色の輝きを放っている。

 満点の星空を想像して作ってみたのだが、上手くできたようだ。

 両耳に付けてもらいたいので、当然2つ作った。


 瞬く間に装飾品ができ上がっていく光景を、フウカは目を見開いて凝視している。

 完成した耳飾りを彼女に差し出すと、両手を口を覆って驚いている。


 「良ければコレ、受け取ってもらえるかな?着けたところを見せて欲しい」

 「こ…これほどの物をいただけるだなんて…!よろしいのでしょうか…?その、仕事に対して対価があまりにも…」


 フウカには塗料にプリズマイトが使用されているのが理解できているのだろう。


 「気にする必要はないよ。どの素材も片手間で手に入った素材だからね」

 「使用した粉末がプリズマイトだったような…。い、いえ、ノア様の前にそのような疑問は不要ですね…。それでは、ありがたく頂戴いたします」


 少し躊躇いながらも私の手から耳飾りを受け取り、そのまま私の前で両耳に装着してくれる。


 「い、いかがでしょうか…」


 耳飾りを取り付けた姿の感想を訪ねてくるが、似合っているに決まっているじゃないか。フウカに似合うように作ったのだからな。


 「うん、良く似合ってる。綺麗だよ」

 「ありがとうございます…」


 フウカが照れて俯き、顔を赤くしている。恋慕の感情は無いようだが、今のフウカの表情を見たら大半の男性は魅了されてしまうだろうな。

 尤も、フウカは元から器量が良いので、イスティエスタには彼女に想いを寄せている男性が複数人いるようだが。


 「それじゃあ、私はこれで失礼するよ。また何かあったら顔を出すよ」

 「はい、その時をお待ちしております」


 フウカに別れを告げ、幻を消す。耳飾りの作成にもそれほど時間を掛けていないので、ジョージはまだ風呂に入ったままである。

 それでは、就寝の準備をするとしよう。


 と言っても、先程受け取った布団を適当な場所に敷いて、少し離れた場所にニスマ王国で購入したベッドを置くだけだが。


 「うひゃあぁ~、すんごいベッドですねぇ…!まさに王族の方々が使うにふさわしいベッドです!」

 「コレで寝るのは実は初めてだったりするんだ。正直、こうしてこのベッドを使う時を、かなり楽しみにしていたよ」


 なにせ少し横になっただけですぐに意識がまどろんだからな。このベッドでリガロウと一緒に寝たら、どれだけ心地良い気分になるか、想像がつかない。

 しかし、ジョージやイネスが眠りに就くまで私は寝るつもりは無い。やっておくことがあるからな。


 ベッドと布団を用意して15分ほど経過したところで、風呂場からジョージが出てきた。血行が良くなっているためか、肌がやや赤みを帯びている。


 「はぁー…。まさかこんなにゆったりとした気分で風呂に入れる時が来るなんて、思ってもみなかった…!えーっと、ノアさん…?ありがとうございました!」

 「どういたしまして。私のことは好きに呼ぶと良いよ。貴女も風呂に入る?」

 「折角なので堪能させていただきましょう!素晴らしい機会を与えて下さった『黒龍の姫君』様に、今一度、この上ない感謝を…!」


 イネスに風呂に入るかを訪ねれば、彼女も普通に風呂を使用するらしい。ジョージは後は寝るだけだろうし、風呂に入っている姿を見られるような心配はないだろう。


 ああ、そうだ。風呂上がりのジョージにはコレを渡しておかないと。


 「ジョージ、リジェネポーションがあるから飲むと良い。良く冷えてるから美味いと思うよ」

 「至れり尽くせりじゃないっすか!い、良いんですか…?」

 「風呂上がりにはコレ、と決めているからね。怪盗にも同じ物を渡すつもりだよ」

 「いつの間にか布団まで敷かれてる…」


 ジョージが普段使用しているベッドに比べれば品質が落ちるかもしれないが、布団にはフウカが気を利かせて『安眠』の魔術効果が発揮するようになっている。

 その上彼は監視や暗殺の危険の中睡眠をとることが多かっただろうからいつもよりも快適な睡眠が得られると思いたい。

 ついでに、私も彼に『快眠』の魔術を掛けておく。これでうなされることもないだろう。

 尤も、『快眠』の魔術を使用するのは別に理由があるからなのだが。


 その後、イネスが風呂から出る前にジョージは布団に入り、そしてすぐに眠りについた。疲れていたのだろうな。それに加え、安心したというのもあるのだろう。


 「ありゃ、殿下はもう眠っちゃったんですね?」

 「かなり疲れていたみたい。とても安心しきった顔で寝ているよ」


 そう伝えると、仮面と帽子を取り、興味深そうにジョージの寝顔をのぞき込む。


 ジョージの寝顔を見たイネスは、両手を頬に当て、なにやら感極まった様子で悶えている。


 「おっひょおーーー!!これはシャッターチャーーーンス!!写真にしたら爆売れ間違いなしですよぉ~~~!!で、す、が!流石に道徳に反している気がするので、この目に留めるだけにしておきます!」


 その後に握り拳を作りながら[非っっっ常に惜しくはありますが!!]と悔しそうに述べているので、滅多に見られない様子なのだろう。

 まぁ、安心しきったようすで安らかな寝息を立てているジョージの寝顔は、年相応の少年の寝顔だ。

 しかもジョージは多くの人間達が美少年と認めるような顔立ちである。


 写真にして販売すれば、飛ぶように売れるとイネスが判断するのも当然なのかもしれないな。


 イネスに良く冷えたリジェネポーションを渡したら、私もベッドに入るとしよう。勿論、彼女にも『快眠』が時間差で掛かるように魔術を仕掛けておく。


 私が寝ると『幻実影』の幻も消えてしまうが、その点は問題無い。監視に対する対処も既に考えてある。


 〈それじゃあ、後は頼むよ〉

 〈お任せください、いと尊き姫君様。龍神様からご助力をいただけるのであれば、幻の効果を持続させる程度、私にも可能です〉

 〈『細かい調整は私がやっておくとしよう。それでは、おやすみ』〉


 と言うわけで、睡眠が必要ないヴァスターにルグナツァリオが一時的に力を与え、この場所からジェットルース城にある私達の幻を維持してもらうのだ。

 感覚としては、船着き場のボートが波に流されないように縄で陸地に括りつけている状態に近いな。

 睡眠中だから大きく動かす必要もないし、私もリガロウもジョージも、寝相が悪いと言うこともない。問題無く監視の目を欺けるだろう。


 「リガロウ、おいで」

 「クキュゥ~。失礼します」

 「あ、一緒に寝るんですね」


 勿論だ。こういう時でもなければリガロウと一緒に寝る機会なんてないからな。今日から決闘が始まる前日ぐらいまで、存分に堪能させてもらうとも。


 「それじゃ、おやすみ。夜更かししないようにね?」

 「コレを飲んだら私も休ませていただきますよ。あ、寝顔は撮影させてもらいますけど、よろしいですよね!?」

 「好きにすると良いよ」


 そういうわけで、私はリガロウと密着した状態で横になる。

 うん、この子が私の眷属だからか、とても安心できる。

 今日は、昨日以上に…よく眠れ…そう…だ…。



 翌日。

 レイブランとヤタールに起こされて体を起こせば、リガロウが傍にいないので、既に起床していることが分かる。


 修業場の内部にはいないようだ。『広域ウィディア探知サーチェクション』で周囲を確認してみれば、リガロウはドラゴンズホールの上空を元気いっぱいに噴射飛行で飛び回っていた。

 周囲の目は、ルグナツァリオが隠蔽してくれているようだ。


 さて、リガロウに声をかける前に、ジェットルース城の幻と再接続しておくとしよう。それと、幻を維持してくれていたヴァスターにお礼を伝えておかないと。


 幻を自分の意識と再接続した後、リガロウとヴァスターに朝の挨拶をしようと思ったのだが、その前に五大神達が揃いも揃っていっぺんに挨拶して来た。


 〈『おはよう、ノア。今日はいつも以上によく眠れていたようだね』〉

 〈『そのベッドのおかげ?』〉

 〈『ノアちゃんがすぐに寝ちゃったから、記者の子がめっちゃ驚いてたぜ?』〉

 〈『んでもってリガロウは寝てなかったから、イネスに警戒してたんだよな。かなりビビってたぜ?』〉

 〈『写真はしっかりと撮影したみたいですけどね。おはようございます、ノア』〉


 別に昨日の時点でも黙っていると言うことはなかったのだが、今日は一段と賑やかだ。五大神から見ても、イネスは面白い人間だと言うことだろうか?


 イネスもジョージも布団の『安眠』と私の『快眠』の効果で熟睡中だ。

 と言うかイネス、仮面と帽子を身に付けたまま眠っているのか。正体を知られる訳にはいかないからと言うのは分かるが、随分と徹底しているな。服装もそのままのようだし。

 確かに、こんな様子を見れば面白いと思ってしまうのも無理ないだろう。


 それはそれとして、やるべきことを果たさないとな。

 朝食を作り、その傍らでジョージに対価を求めるとしよう。


 『悪夢ナイトメア』と言う他者に術者が意図した夢を見せる魔術がある。

 それはつまり、魔術を用いて他者の夢に干渉できることを意味している。


 そういうわけだから、実際に他者の夢に干渉し、会話が可能な『夢談ドリーミャット』という魔術を開発してジョージに掛けることにした。

 なにせ修業の対価として教えて欲しい内容は、イネスに聞かれる訳にはいかない会話だからだ。


 術を発動させれば、問題無くジョージの夢に干渉できたようだ。

 まぁ、夢の内容と言うか光景は私が用意したのだが。


 一応、リラックスした状態で会話ができるように、可愛らしい色とりどりの花が咲き乱れる草原を用意した。

 天気は晴れ。そよ風が吹き、暑くも寒くもない快適な温度だ。


 そんな場所に、私とジョージが面と向かい合っている状態だ。


 「えっ?これって、どうなってるの…?え?ノア…さん?」

 「楽にしてくれていい。ちょっと魔術で貴方の夢に干渉させてもらったよ」

 「はぁ…なんだってそんなことを…」

 「対価を支払ってもらうためさ」


 その言葉を聞いた途端、ジョージの表情に緊張が走る。

 警戒されてしまったようだが、敵対や害意がある緊張ではないな。これは、どんな無理難題を出されるか不安になっている緊張と警戒だ。


 「貴方に求める対価は、あることを教えて欲しいんだ」

 「あること?」

 「うん。それ以外は修業の対価を求めないよ」


 そう伝えると、少しだけ緊張がゆるみ、ジョージの体から力が抜ける。

 と言っても、これからジョージに聞くことは、彼が誰にも話していないであろう秘密に関わることだ。再び警戒されてしまうかもしれないな。


 まぁ、警戒されたらそれまでだ。さっさと聞きたいことを聞かせてもらおう。


 「貴方は、アグレイシアと言う言葉に聞き覚えはある?」

 「んなっ!!?な、なんでノアさんが異世界の女神様の名前を!?」


 なるほど。

 そうか。やはりジョージがこの世界に転生したのはヤツの手引きだったようだ。

 そしてそれは、ヤツがこの世界を諦めていないことを意味している。


 上等。

 既にこの世界を諦めているのなら2,3発顔面を全力で殴り飛ばした後に文句を言ってやるぐらいで済ませようと思ったが、遠慮してやる必要はないようだ。


 最低でも、ヤツを神の座から引きずり下ろすぐらいのことはしてやろう。

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