第454話 宿泊準備
修業の協力の申し出、断る理由はないな。だが、一つだけ問題がある。
「申し出は嬉しいけど、新聞はどうするの?私としては、貴女がこの国にいるのなら貴女の記事を読みたいのだけど…」
「それはとても光栄なのですが、私の一番の取材対象であるノア様は、現在この場にいますからね!そもそも、ノア様がこの場に留まっていたら新聞が読めないのでは?」
「それに関しては全く問題ないよ」
『
だからジェットルース城の人間からすれば、私もジョージも自室に待機している状態なのだ。
リガロウに関しても問題無い。
厩舎から出て噴射飛行で上昇したところは目撃されているが、それ以降は高度が高すぎることと夜と言うこともあって、人間達には視認することができなかったのだ。
私達が"ドラゴンズホール"に移動を開始した辺りでリガロウの幻を用意して、上空から厩舎近くに着陸させてやれば、飛行を楽しんだ後に帰ってきたという体にできるのだ。
実際に、幻を厩舎に戻した際に声を掛けられた。
「り、リガロウ殿!一体どうしたと言うのですか!?」
「今日一日退屈だったからな。それに空も飛んでなかった。だからああして思いっきり飛んだんだ」
「はぁ…」
周りの人間達はリガロウがやや怖いらしく、会話ができると分かっていても若干及び腰である。
それでいながら失礼とされる行動を上から命じられて強要されているのだから、彼等も不憫と言う他ないのかもしれない。
「あの…そのままこの国を出て行ってしまうこととかは…」
未だにリガロウを諦めきれていない者達がいるのだろうな。あの子にこの国から出て行ってほしくないのだろう。
こんなセリフをあの子が聞いたらそれこそ怒り出すだろうが、彼等の目の前にいるのは、私が操る幻だ。少し驚かせるぐらいに留めておこう。
「グルルル…!お前…姫様がこの国にいると言うのに、俺がこの国から出ていくと思っているのか…?」
「ひえぇ…!す、すみません、すみません!」
少し威嚇するように唸ってから文句を言ってやれば、大抵の人間はリガロウに対して怯えてしまうのだ。こうなってしまえば、相手は引き下がるしかないだろう。
とまぁ、こんな感じてリガロウも含め私達の方は何も問題はない。
問題はイネスだ。
彼女は『幻実影』を使用できるわけではないし、使用できたとしても一日中使用できるわけでもない。
そして彼女に関しては私が彼女の幻を用意しても意味が無いのである。
私が気に入っている新聞記事は、イネスでなければ書けないのだから。
私がイネスの新聞が好きだと言ったのが良かったのだろう。妙案を思いついたようで新たな提案を申し出てきた。
「で、ではこうしましょう!私が殿下の修業に付き合うのは夜の時間で、それ以外はロヌワンドで新聞記事の制作のために活動させていただきます!」
それならば問題無いな。
私は新聞を読めるし、イネスは短時間だがジョージの修業に付き合える。良いことづくめだ。
「問題はこの場所までの移動なのですが…」
「それに関しては全く問題ないよ。言っただろう?街まで送るって」
「はい?」
「貴女も転移魔術を使えただろう?私達があの場所にいたのは、転移魔術を用いたからなんだ」
「はいぃ!?」
そこまで驚くことなのだろうか?
イネスができるのだから私ができても不思議ではないと、彼女ならば思えない筈がないと思うのだが…。
「私が転移魔術を使用できるのは短距離限定ですし、そもそもこういったものが無ければできませんよぉ…!」
そういって懐から非常に巨大な水色の魔石を取り出して私に見せてくれた。これだけの大きさならば相当な量の魔力を蓄えておけるのだろう。
これだけの魔石だ。購入しようとすれば、煌貨が必要になるほど価値があるんじゃないだろうか?
なるほど。この魔石から得られる大量の水色の魔力を使用して転移魔術を成功させたのか。
現在、魔石に込められた魔力はかなり減少してしまっている。
この魔石は魔力の補充ができるタイプのようだから、時間を掛けて魔力を補充すれば、イネスは再び転移魔術を使用できるだろう。折角だから補充しておくとしよう。
「ありゃあー…。一瞬ですかぁ…」
これだけの魔石を使用してようやく短距離での転移魔術を成功させられると言うのであれば、ここからロヌワンドまで転移できると言うのは、異常なことなのだろう。
だが、私はイネスに対して
彼女がジョージと交流があるのならば、いずれジョージの口から伝えられる可能性が高いからだ。
それに、彼女に対してはそれほど隠す必要も感じられないしな。
イネスは新聞記者だが、私が望まない新聞記事は書かないと信用できるのだ。
そんな私の信じるイネスは、私から巨大魔石を受け取り、既に落ち着いた様子を見せている。
「こんなことが余裕綽々でできちゃうノア様ですから、転移魔術も余裕でできちゃうんでしょうねぇ…。では!お言葉に甘えて送迎をお願いしちゃってよろしいでしょうか!?」
「よろしいよ。これからロヌワンドに戻る?」
流石はイネスだ。気持ちの切り替えが早い。
ならば、さしあたって今決めるべきはイネスを今から街へ送るか、明日早朝に送るかのどちらかである。
「そりゃあもう、明日送っていただきたいです!ノア様と一緒に一夜を過ごせる機会なんて、滅多にありませんからねぇ…!あ!寝顔を撮影させてもらってよろしいでしょうか?」
「記事にはできないと思うよ?」
「しませんよ!私の宝物にするんです!ああ、勿論フウカさんにも差し上げますよ!あの人もノア様のことをとっても慕っているようでしたから!」
ああー…。確かに、フウカは物凄く喜びそうだな。ただ、撮影した経緯をしっかりと伝えないと酷い目に遭ってしまいそうだ。その点はしっかりと注意しておこう。
「渡す前に、ちゃんと私から許可を得たと言っておいた方が良いよ?ああ見えて彼女は相当な手練れだ。戦闘になったら、多分貴女では勝てない」
「あっ、やっぱりそうなんです?微妙に気配を察知されてたり隙が全く無かったりで、ちょ~っとだけ怖いなぁ~って思ってたんですよ!」
イネスも人間の基準で考えれば相当な手練れではあるが、戦闘に特化している者と比べたら流石に実力は劣るからな。しかもフウカの能力を考えると、相性は最悪の部類に入るんじゃないだろうか?
まぁ、今のところフウカはイネスに対して悪印象は抱いていないようだし、今後も仲良くしてもらいたいものだ。
さて、それではそろそろ『
リガロウがジョージにどのような修業を付けているか大体は把握しているし、時間も時間だ。今日はもう、休ませてあげるとしよう。
その間に、私は『通話』でフウカと連絡を取る。
〈ノア様?どうされましたか?〉
〈掛け布団と敷布団、それから枕を2セット作ってもらって良いかな?凝ったものでなくて良いよ〉
私がフウカに要求するのは、ジョージとイネスのための寝具の作成だ。
私の分は必要ない。なにせニスマ王国で素晴らしいベッドを購入させてもらっているからな。今日から修業が終わる日まで、あのベッドでリガロウと一緒に寝るのだ。
〈2セット、と言うことは、ノア様が使用するわけではないのですね?〉
〈うん、強いて言うなら客人用かな?事情はまた後で説明するよ〉
〈承知致しました。それでしたら10分もあれば完成します。連絡はいかがいたしましょうか?〉
素晴らしい。流石フウカだ。それならばジョージやイネスを待たせることもないだろう。
〈それなら、10分後に貴女の元に幻を出すから、渡してもらえる?〉
〈承知致しました。すぐに仕立て上げ、幻の御来訪をお待ちしております〉
これで良し。フウカには後で何かお礼をしないとな。何が良いだろうか?まぁ、それは後で考えるとしよう。
箱(以降、修業場と呼ぶ)の扉を開けると、息も絶え絶えと言った様子のジョージが、今にも倒れてしまいそうな状態でリガロウと対峙していた。
なお、私が修業場に入る際にイネスも一緒に入ってきているのだが、その際に怪盗の姿に格好を戻している。勿論、胸元のボタンもしっかりと閉めている。苦しそうだが、ジョージに正体を教えるつもりが無いのだから、仕方のないことなのだ。
リガロウは修業場に入ってきた私を確認すると、ジョージのことなど意識から外れたように嬉しそうい私の元まで駆け寄ってきた。
「姫様!用事はもう良いんですか!?それと、俺は戻らなくて良いんですか?」
「そっちは問題ないよ。ジョージを見てくれてありがとう、お疲れ様」
「キュウゥ~…」
ジョージが私達のやり取りを見て何か納得のいかない物を見ているかのような視線を送っている気がするが、気にしないでおく。
「ジョージはどうだった?」
「あんまり強くないですね」
「それは仕方がないよ。君の知っている人間達は、とても強い部類に入るからね。そして、彼をそんなとても強い部類の人間達に一矢報いるための手段を身に付けさせるのが目的なんだ」
私達の会話も普通にジョージに聞こえているので、何やら誤解を与えてしまったようだ。
「え…?鍛えて、くれるん、じゃ…」
「一応、身体能力や魔力を上昇させはするよ。だけど、これから決闘までの間にジェルドスを上回る身体能力や魔力を得るのは不可能だ」
「そ、そんな…」
ちゃんと勝てるようにはするから、そんなに失望しないでほしい。身体能力や魔力が戦闘のすべてではないのだから。
ジョージも、それぐらいは知っていると思うのだが、ショックが強すぎてそこまで考えが至っていないようだ。
「気を落とさず、最後まで話を聞いたらどうかね、殿下。君を見捨てるつもりならば、『黒龍の姫君』様は君をこの場所に連れてきていないだろう?それに、先程のあの方の言葉から察するに、この方は君にジェルドス殿下に通用するような必殺技を授けてくれる、と言うことではないのかね?」
「えっ!?ひ、必殺技!?ほ、本当ですかっ!?」
イネス、フォローありがとう。と言うか、普通に会話に混ざってくれるんだな。
ジョージも怪盗がいることにまるで違和感を覚えている様子がないし、彼も怪盗に対してかなりの親しみを持っているのだろう。その正体が女性だとは気付いていないようだが。
まぁ、仮面の効果で声まで変わっているから、仕方がないと言えば仕方がないが。
とりあえず、ジョージの質問には素直に答えておこう。
「それぐらいしか、今の貴方がジェルドスに勝てる方法がないからね。だけど、勘違いはしないようにね?」
「えっと、勘違いって?」
「例え強力な必殺技を習得したとしても、貴方が強くなったわけではないと言うことを忘れないように」
「あ、は、はい!」
うん、ジョージは必殺技に憧れを抱いている半面、それを使えるようになったからと言って適切なタイミングで正しく使用できなければ意味がないことを、正確に理解できているようだ。それならば心配はいらないだろう。
「それじゃあ、今日はこのぐらいにして休むとしよう。風呂に入ってくると良い」
「え?ふ、風呂ですか?えっと…風呂って、どこに?」
「今から作るよ」
そう言って『
一度"ワイルドキャニオン"で風呂場を作っているし、今回は自重せずに『我地也』を使用するため、あっという間に完成する。お湯や水に関しても"ワイルドキャニオン"で使用した魔術具があるので、それを使用すればいい。
ついでにトイレも作っておこう。人間には必要な設備だからな。こちらも"ワイルドキャニオン"で同じ事をしているので何も問題無い。
瞬く間に修業場に大小2つの部屋が扉も含めて出来上がる様子に、2人共驚愕して絶句している。
「はい、風呂とトイレを作っておいたよ。どっちがどっちなのかは、ドアの模様で判断すると良い。洗料は私からのサービスだ」
トイレのドアには便座のマークを、風呂の扉には風呂屋のマークを付けている。そもそも部屋の大きさで十分分かるとは思うが、念のためだ。
「す、すげぇ…。世界最強ってこんな簡単にヤベェことやっちゃうんだ…」
「素晴らしい…!いやはや、『黒龍の姫君』様には驚かされてばかりです!芸術とも呼ぶべき魔術を我々の前で披露してくださったこと、この上なく感謝いたします!」
大げさな言い回しだが、本当にそう思っているんだろうなぁ…。怪盗の状態だと台詞の内容に関しては隠し事をする必要がなくなるから、ある意味では楽なのかもしれないな。イネスが楽しそうだ。
後は着替えだが、それはジョージが風呂に入っている間に彼の部屋に出現させている幻で回収してしまえばいい。『清浄』で汚れは落とすから、寝間着だけあれば良いだろう。
風呂に向かおうとしたジョージなのだが、何かを思いついたようにイネスの方を向いて提案を持ち出した。
「あ!そうだ、折角だからアンタも一緒に入ろうぜ!裸同士の付き合いって一度やってみたかったんだ!」
「フッ、折角のお誘いだが、断らせてもらうよ。それに、怪盗と言う存在は正体不明であることに魅力があると思わないかね?私は君ほど疲れていないから、ゆっくりと楽しんできたまえ」
「やっぱダメかー。ま、そういうことなら一番風呂はもらうぜ?えっと…良いんですよね?」
怪盗と私とで随分と態度が異なるが、それがジョージの私に対する評価なのだろうな。少なくとも、彼は私を世界最強の人間と判断しているようだ。
それに加え、彼は怪盗に対してそれなり以上の友情を抱いているようだからな。砕けた口調になるのだろう。
「良いよ。私はもう風呂に入っているからね。後は寝るだけなんだ」
「あっ!!あ…あぁ…い、いってきまーーーす!!!」
私が了承を取ると、顔を真っ赤にさせて風呂場まで走って行ってしまった。
ああ、私の裸を見た時のことを思い出したのか。そう言えば、人間の異性に裸を見せたのは、アレが初めてだったか?
ジョージの反応が全てではないが、人間の男性は女性の裸を見ると先程と近い反応をする、と考えてよさそうだな。
騒ぎにしかならないだろうし、今後は不用意に見せないように気を付けるとしよう。
「なんだったんでしょうねぇ…?今の反応…」
ジョージが風呂場に入って行ったので、正体を隠す必要がないと判断したイネスが素の口調で私に尋ねる。
まぁ、答えてしまって良いだろう。
イネスが転移した場所に何故私達がいたのか、その経緯を説明しよう。
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