第566話 魔王国劇場の特等席

 あれから私とルイーゼは、拡張された空間の中で昼食の時間になるまで組手ではなく進化した秘伝奥義の習得に励むことにした。

 なお、私は別途『幻実影ファンタマイマス』の幻を使用して残り2つの秘伝奥義の改良に着手していた。おかげでルイーゼに目にものを見せてあげられそうだ。


 「だぁーもぅっ!難しすぎぃ!」

 「いやいや、最初の頃よりもかなり良くなっているよ。凄い成長速度だ」


 やはりいくら周りから天才と言われていたとしても、ルイーゼはいきなり進化した轟魔王旋撃を使用できなかったのである。

 それが普通、などとは間違っても言ってはいけないのだろう。半日足らずで徐々に良くなっている時点で十分異常だと考えるべきだ。多分だが、エイダが見たら卒倒すると思う。


 「ルイーゼが初めて奥義を習得できたのは、修業を始めてどれぐらい経ってからなの?」

 「そうね。60才辺りから始めて4年で何とか発動できるようになったわ。尤も、十全に使えるようになるまでにそこからまだ時間が掛かるんだけど…。言っとくけど!これでも歴代で最速なんですからね!?」

 「うんうん。凄い凄い。そして偉い」


 実際のところ、魔王の秘伝奥義はその名にふさわしいだけの威力と習得難易度をしている。大抵の魔族は、習得のための知識を持っていたうえで生涯を掛けても習得できない可能性すらあるのだ。


 それをたったの4年で発動だけでもできるようになってしてしまったのだ。手ほどきをしていたエイダはさぞ驚愕したことだろう。


 「まあね。最初に見せてもらって、それを真似した時なんかは、かなり驚かれたわ。尤も、全然うまくいかなくて怪我しそうになっちゃったんだけどね」


 見よう見まねで初めて行おうとしてそこまでできる時点でとんでもないことなのだろうな。頭を撫でておこう。


 「よしなさいっての。恥ずかしい」

 「見られているわけでもないんだし恥ずかしがることないと思うけど」

 「それでも!……最近撫でられてバッカな気がするわ。私にも撫でさせなさい!」

 「ん。分かった」


 ルイーゼに撫でられるのは好きだ。

 確かに最近は私が撫でてばかりだったような気がする。撫でてくれるというのなら歓迎しよう。存分に撫でてくれ。


 「ちっとも恥ずかしがらないんだから…」

 「恥ずかしがる理由がないからね」


 ついでだから優しく抱きしめさせてもらおう。

 互いに頭を撫で合うというのも、悪くないな。とても優しい気持ちになれる。

 ルイーゼ?そんなに激しく撫でられるとあまり気持ちよくないんだけど…。ああ、でもこの撫で方も親しみを感じられていいな。


 「…で、いつまでこうしているつもり?」

 「ん…。そうだね。そろそろ拡張を解除しようか。昼食にしよう」


 拡張空間の外では既に稽古や訓練を終えて一息ついている者達が殆どだ。

 ちなみに、見学していたアリシアは膝にウルミラの頭を乗せて彼女を撫でながらレイブランとヤタールの話し相手になっていた。

 あの子達にもルグナツァリオの寵愛があるから、終始ご満悦といった様子だ。

 この後は昼食を食べることになるわけだが、やはりアリシアも一緒に食べるのだろうな。


 リガロウは…。かなり本格的に鍛えられているようだな。全身傷だらけである。

 しかし、心配する必要は無さそうだ。

 傷だらけではあるものの、既に自己再生が始まっているし、あの子自身それほど気にしている様子はない。

 それどころか存分に力を振るえたためか充実感に満ちた様子である。


 「皆お疲れ様ー。お昼にしましょ。ママとパパも一緒に食べるわよね?」

 「ええ、そうさせてもらうわ」

 「こうしてみんなで一緒に食事をする機会は久しぶりだからね。勿論一緒に食べるとも」


 というわけで昼食のメンバーは朝食の時と変わらなくなりそうだ。

 いや、今回は宰相も加わるだろうから1名追加か。


 なお、宰相は執務をこなしていたため稽古には参加していなかったりする。

 食堂に着いたら真っ先に小言を言ってくるとルイーゼが辟易としていた。



 昼食を終えた私達は、王都・インスティクの観光を行うことにした。

 王都というだけあって流石に広く、そして非常に賑わっている。

 メンバーは私達とルイーゼ、それにアリシアとその護衛達だ。


 街の住民達は当たり前のようにいつも通りの生活をしているため、当然私達が城下街に出ればその姿が視界に入る。


 そうなれば後はいつも通りだ。

 瞬く間に私達の情報が街中に広まり、人目私達の姿を見ようと多くの住民達が集まってきた。

 ただし、自分達から語り掛けてくるような者は1人もいない。


 「陛下や巫女様、ましてノア様に自分から話しかけに来るような無礼者はこの街にはおりませんよ」

 「その辺は人間達とそう変わらないわね。護衛を付けて堂々と街中を歩いてる王族一行に自分から近づいて行くような平民なんていないでしょ?」


 確かにいないな。

 なるほど、言われてみれば今はそういう状態だ。

 考えてみれば、今の私達は結構な大所帯である。それだけでも気軽に話しかけてくる者はいないだろうな。


 何より、アリシアの護衛2人が微弱ではあるが威圧に近い気配を纏っているのだ。

 遠目から見る分には問題無いが、近づきたいとは思わないのかもしれない。

 街の住民を威圧するのはどうかと思うが、煩わしい思いをしなくても良いので利便性が無いわけではない。スムーズに観光を楽しめそうだ。


 さて、王都観光というわけだが、最初に向かったのは劇場である。


 そう。この街には劇場があるのだ。

 ルイーゼが言うには私に見せたい演劇があるとのことなので、早速見せてもらうことにしたのだ。


 ちなみに待遇はチヒロードの劇場で受けた特等席のサービス以上の待遇をされた。

 いやまさか、あの時の待遇もこれ以上ないほどの待遇だったのだが、まさかその上を行く待遇があったとは…。


 私達が案内された特等席の個室は、舞台の真正面に位置にある。


 しかもただの個室ではない。

 なんと空中に浮いているのだ。


 とは言っても最初から空中に浮いているわけではない。

 最初はホールの天井に設置されていて、準備が整い次第舞台が最も見えやすい位置まで個室ごと移動するのだ。

 この際移動する場所はこちらで調整が可能である。それも演劇中にだ。


 移動の際に音は出ず、その上個室の外側は特殊な処置をしているためか、外側からはまるで個室が見えなくなっているのだ。

 つまり、他の観客や演者達に気を遣うことなく好きな位置で演劇を観賞できるというわけだ。


 しかもこの個室、何とトイレと風呂付である。勿論、風呂やトイレでも演劇の鑑賞が可能だ。

 排泄を行わない私にトイレは不要だが、風呂に入りながら演劇を楽しめるなど、誰が想像できるだろうか?ちょっと贅沢過ぎないか?


 「まぁ、贅沢よね。で、入るの?」

 「折角だから楽しんでみようと思う。ルイーゼはどうする?」

 「私はやめとくわ」


 それは残念だ。演劇を見ながらルイーゼの表情も見てみたかったのだが、彼女が風呂に入らないというのであれば、私だけでも楽しませてもらうとしよう。

 ああ、そうだ。他の子達はどうするのだろう。私と一緒に風呂に入ってくれる子はいるだろうか?


 風呂の広さはかなり広い。

 流石に全員では入れないが、リガロウだけならば一緒に入れるだけの広さがある。


 「リガロウ、どうする?一緒に入る?」

 「キュウ、グキュウ!」


 一緒に入ってくれるらしい。嬉しそうに返事をしてくれた。とても嬉しい。



 控えめに言って最高だったな!

 風呂に入りながら娯楽を楽しむという時点で十分満足できたのだが、演劇の内容も十分楽しめたのだ。

 演劇の題目は『運命の出会い』。登場人物は私とリガロウ。


 そう。つまり私とリガロウの出会いを題材にした演劇だったのだ。

 それこそリガロウとの出会いに始まり、"ワイルドキャニオン"で修業した日々。そしてリガロウの進化を経て修業を終えるところまで。


 特に脚色した部分はなく、ほぼ正確に私達の過去が演じられていた。


 記者達に修業の内容を説明はしたが、ああまで正確に内容を再現できるとは思っていなかったので、非常に感心させられた。

 と思ったら、なんと脚本家がわざわざニスマ王国まで赴き"ダイバーシティ"達に直接取材をしたらしい。


 なるほど。ティシア辺りは喜んで取材に応じそうだ。多分、報酬もかなり良かったのだろう。納得の再現度である。


 風呂から上がれば、早速ルイーゼに演劇の評価を求められた。


 「で、どうだった?本人から見て、あの劇の内容。実際の体験と比べて、脚色されてるところとかあった?」

 「いいや。見事にあの時の状況を再現していたね」

 「グキュウ!そんなに前の話じゃないのに、懐かしかったです!」


 うんうん。風呂に浸かりながらリガロウは演劇に熱中していたものな。楽しめていたようでなによりである。


 「それじゃあさ、演劇の題材になった気分を教えてくれる?」

 「別にどうとも。流石に自分が世間一般から見てとんでもないことを頻繁に行っていることぐらいはもう理解しているからね。多分、これからも私のことを題材にした演劇や物語は作られていくんだろうなってことぐらいかな?」

 「恥ずかしいとか、思ったりしないの?」


 そんなことが気になるのか。ハッキリ言って愚門だな。


 「ルイーゼ、私が今までに羞恥心を抱いたこと、あったと思う?」

 「あー、はい。そうね。アンタはそう言うヤツだったわ」


 こんなことでいちいち羞恥心を抱くのであれば、写真集など出していないからな。何とも思うわけがないのである。


 演劇に関してはルイーゼやアリシア達は勿論、ウチの子達にも好評だった。


 "ワイルドキャニオン"で何をしたのか、ニスマ王国から帰って来た時に映像を踏まえて説明していたのだが、それでも楽しめたようだ。


 〈人間達の視点から見た姫様の心象が伝わって来て面白かったですね〉

 〈ランドラン達を可愛がるご主人を見て、やっぱりご主人だな~って思ったよ!〉

 〈ノア様がキラキラしてたわ!〉〈ノア様が綺麗だったのよ!〉


 演劇という以上、当然私の役を務めた者もいたわけで、レイブランとヤタールはその演者を褒めていた。


 ウチの子達としては、私の姿を真似たり演じたりする行為は別に問題無いらしい。


 〈アレは姫様の御活躍を姫様として再現したものですからね。当然、当人が姫様の威光を騙るのであれば、私達としても不愉快に思うでしょう〉


 ああ、アレは演劇だと分かったうえで見ていたから純粋に楽しめたのか。

 私を騙り利益を不当に得ようとするのならば、その時は容赦をしないらしい。


 「無関係の者は巻き込んではダメだよ?」

 〈無論、承知しております〉


 この子達が1体だけでも暴れたら、その時点で1つの街が1日も掛からずに消えてしまうだろうからな。制裁は当事者だけにしてもらいたい。


 「ちょっとー。怖い会話しないでもらえますー?」

 〈ルイーゼ様、大丈夫だよ!ボク手加減得意だもん!〉

 「そうね、ウルミラちゃんやラビックちゃんは大丈夫でしょうけど…」


 そう言ってルイーゼがレイブランとヤタールを見つめる。

 勿論、この娘達が手加減など出来るわけがない。この娘達を怒らせたら最悪私かルイーゼが止めることになるだろう。


 〈めんどくさいからそう言うのはやりたくないわ!〉〈お仕置きするのはゴドファンス辺りに任せるのよ!〉


 こうは言っているが、実際にはどうなるのか分かったものではない。この娘達も何だかんだで私に結構な忠誠を向けてくれているのは分かっているのだ。


 まぁ、彼女達が私のことで怒ったらその時はその時だ。自分達の行動を悔いる暇もないまま星に還ることだろう。


 演劇は十分に楽しめた。

 夕食までにはまだ時間がある。引き続き王都観光を楽しませてもらおう。


 そう思い劇場を出たところである。宰相と『通話コール』で会話をしていたルイーゼに声を掛けられた。


 「ノア、表彰式の日程が正式に決まったわよ」


 ほう。大まかな段取りは予め進められていたようだが、遂に日程が決まったか。


 表彰式。

 忘れるわけがない。ニアクリフの港から出港する船の写真。アレを撮影した者の表彰を行うのだ。


 つまり、いよいよ気になっていた鳥型の魔族に会える日が決まったということだ。


 「前にも言ったけど、モフモフしちゃダメよ?」

 「うん。気を付ける」


 釘を刺されるが、正直確約はできない。私のモフモフ好き度合いは、ルイーゼがよく知っているからな。


 当日の私の我慢強さを信じるのみである。

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