第567話 異界からの悪意
表彰式は3日後。即ち20日に行われるようだ。
時間は正午。それなりに出し物があったりするため、2時間近く時間を取るそうなので、その前に昼食は済ませておくべきだろう。
その日は流石に稽古や修業はせずに最終的な打ち合わせを行うようだ。
なお、表彰されるのは鳥型の魔族だけではなく、タンバックにて発生した魔物の大量発生の対応で活躍した者も表彰されるらしい。
「つまり、アンタも表彰されるってわけ」
「まぁ、そうなるだろうね」
私が大量発生した魔物に対する対応で行った行為など、魔物と戦う者達に対して1曲歌って応援しただけなのだが、流石にそれがどういった効果を齎したのかは十分に把握している。[私は歌っただけで表彰の必要はない]などとは口が裂けても言えないのだ。
私が表彰されるというのであれば素直に表彰されよう。
なに、こういった経験は初めてではないのだ。気負う必要などどこにもない。
「ところで、その表彰って具体的に何かもらえる物とかあったりするの?」
「んー…。まぁ、ありていに言えばお金よね。アンタの場合は500万テムになるかな?やったことで言えばもっと渡しても良いんだろうけど、規模が規模だからね…」
魔王国にとって魔物の大量発生は恒例行事でありそれほど深刻な問題ではないからな。
私がいなくても問題無く対処はできたし元よりあの日で終わらせるつもりでいたのだ。脅威度が低かったのである。
そう言うわけで報奨金もそれほど多くはないのである。それこそ、入場料を設けて人を集め、そこで私が大勢の前で1曲歌った方が稼げるんじゃないかと思えるほどだ。
「ま、それはそれとしてアクセサリを1つ渡しておくわ!今後の活動に大いに役に立ってくれる筈よ!」
「ということは、ただのアクセサリではないんだね?」
自信満々に語る以上、特別な意味を持っているのだろう。
ただ、こういった時に渡される金銭以外で渡される品となれば、ある程度予想はつく。なにせ初めてではないからな。
「そうね。アンタだけにしか渡せないような特別な品よ?本当ならこの国を出る時にでも渡そうと思ったんだけど、ついでだからこの機会に渡しちゃえってことになったの」
「一応聞くけど、効果は?」
「魔術的な効果はないわね。只々頑丈で滅多なことじゃ壊れないくらいよ?ただし、そのアクセサリは私と対等な関係であることを示す品でもあるの」
「知ってた」
そんな気はしていた。つまり、私がそのアクセサリを所持しているということは、私が魔王と同じ権限を持っていると示しているのである。
短くどういった品を渡されるか予想できていたことを伝えると、少し残念そうにルイーゼは苦笑した。
「まぁ、この手の品を貰うのも初めてじゃないでしょうからね。でも、できれば目立つところに常日頃着けててほしいなーって思ったり?」
「品物次第だよ。着けていて問題なさそうなアクセサリなら常用するさ」
「そこは任せなさい!この魔王国の技術の粋を集めて作られたすんごいブローチを用意したわ!着脱も簡単だから、色々な服に付けられるわよ!」
ブローチか。それならかさばらないし常用できそうだな。
出来栄えに関してはルイーゼも既に現物を見ているからか、とても自信あり気にしている。
ならば、当日を楽しみにしておくとしよう。
しかし、できることならもう少し早く私も表彰される旨を伝えて欲しかったな。
「ゴメンって。会議が難航して急遽決まったの。というか、ほぼほぼタンバックの人達の声が大きかったわね。後エクレーナ」
「ああ、[ノア様も表彰されるべきだ]って感じで直談判でもしたの?」
「まさにそのまんまの台詞でね。んで。会議に参加した連中って皆昨日の誕生日パーティに参加してたのよ。後は分かるわね?」
ああ、私の歌を全員聞いていたというわけか。
ならば、魔力を込めて歌ったらどれほどの影響を与えていたのか、そう考えたわけだな。
ちなみに、私の表彰に反対していた者達も私に対して悪気があったわけではない。
というか、むしろ私を気遣っての反対だったのだ。急なスケジュールに付き合わせるのは問題があると、そう彼等は判断していたのだ。
それが昨日の歌を聞いてコレは表彰すべきという意見が大勢になったというわけだな。
まぁ、私としてはどちらでも問題無い。表彰式までに時間の余裕があるし、特に断る理由もないからな。
ウチの子達も私が称えられることに好意的なので表彰は賛成のようだ。
改めて、当日を楽しみにしておこう。今は街の観光を楽しむのだ!
そんなわけで竜の月20日。早めの昼食を終えて私達は表彰式の会場に来ている。
例の鳥型魔族の姿も前日に確認済みだ。
非常に魅惑的な姿をしていた。その日はずっとレイブランとヤタールを撫でまわし続けていた。
物凄く触ってみたかったからな。彼女達で気を紛らわさせてもらったのである。
成人男性に対して失礼であるのは承知の上だが、非常に可愛かったのだ。彼の姿を見た瞬間、思考が停止しかけたほどだ。
鳥が服を着て歩いている。
そんな外見だったのだが、服から出ている彼の頭部や腕?いや翼は非常にモッフモフだったのだ!
少し風が靡くたびに羽毛がふわっと靡いて、その毛質がとても柔らかいと物語っていた。きっと毎日の毛づくろいを欠かしていないのだろう。
〈なかなかの色男だったわね!〉〈きっとあの男同族からモテモテなのよ!〉
そうだろうなぁ…。あれほど見事な羽毛と翼。同族ならば見惚れない筈がない。レイブランとヤタールですら褒めるぐらいなのだからな。
今更ながらにルイーゼがラビックに服を着せたがっていた理由が分かってきた。
あの子が服を着たら絶対可愛いからな。家に帰ったらすぐにでもフレミーにラビックの服を作ってもらうように頼んでみよう。
というか、魔族達は様々な種族がいるわけだが、モフモフな魔族達は結構他の魔族からモテるのではないだろうか?
「ん?まぁ、モテるわね。いいこと?ウチのモフモフ好きの割合は魔王国全体で見ても4割は固いわ!」
「?4割?意外と少なくない?」
私が見たところもっとモフモフ好きな魔族が良そうな気がするのだが…。
だが、その考えは私の見積もりが甘いだけだった。
「その4割が全員、私達のような毛皮に覆われていない、人間に近いタイプの魔族だったとしたら?そんで、残りの6割がモフモフ種族だったり水棲系の魔族だったりで肌にモフモフを感じ辛い種族だったら?」
「………全員じゃん…。モテモテじゃん…」
そう。ルイーゼの言っていることが正しければ、素肌を持つ魔族達は漏れなく全員モフモフ好きだと言っているようなものである。
「だから、モテるって言ってるでしょ?まぁ、その分モフモフな種族ってモフモフ好きな連中からよく触られたり撫でられたりするせいでむやみにモフらないようにって法律までできちゃったんだけどね…」
「まぁ、外見が違うだけで同じ魔族なら、そうなるのか…」
仮に種族が違う異性がモフモフ種族に過剰なスキンシップを取った場合、取られた相手はスキンシップを取って来た相手に対して異性として意識するだろうし、場合によってはそのまま行為に及ぶ可能性もあるのだ。
そういった事態を防ぐための法律なのだろう。
この法案、立てられた当時は反発が大きかったんじゃないだろうか?
「まぁね。それまで触りたい放題だったから、楽しんでた連中はそれはもう盛大に猛反発したらしいわよ?」
やはり大いに反発されたらしい。主に4割の魔族達から。
まぁ、モフモフされる種族の意見もあり、何とか穏便に法律は可決されたそうだ。
「流石に他の種族から見たら目に余る行為だったって話だからね。賛成意見多数で問題無く可決されたわ。結構昔の話だから、今じゃ常識になってるの」
それでもモフモフ好きなのは変わらないようだ。
むしろ普段モフモフした魔族に触れられないためか、触れたり撫でたりしても問題無い魔獣や動物は非常に可愛がられている。
ウチの子達が好意的に見られていたのも、そういった部分があるようだ。
表彰を受ける鳥型魔族、ヒューイに受賞するのは私とルイーゼの2人でということになっているので、モフモフしないように気を引き締めておこう。
話を戻して表彰式。
最初はタンバックで大量発生した魔物の対応で活躍した者達が表彰される。つまり、私もだ。
エクレーナ達の表彰が終わり、いよいよ最後、私の番が回って来た。
式場に集まった魔族達の視線を一身に集め、ルイーゼから言葉を受ける。
「『黒龍の姫君』ノア。貴女はタンバックにて大量に発生した魔物の討伐に、その歌をもって多くの魔族達を鼓舞すると同時に強力な補助を与えたことで魔物討伐に大いに貢献してくれました。よって、その行為を称え、ここに貴女を表彰します」
そう言って私に近づき、私の胸元に先日彼女が語っていたブローチを取り付けてくれた。
虹色に輝くドーム状の宝石を取り付けたブローチだ。宝石は透明度が高く、ブローチの台座が見えるようになっている。
そして台座には魔王国の国章が彫り込まれていた。
魔族達に体の正面を向けてブローチを身に付けている様子を見せる。
同時に表彰台の背後に私の胸元のブローチが大きく映し出された映像が表示された。『
式場に集まっているすべての魔族達にブローチの映像が見えたことだろう。宝石の台座に彫り込まれた魔王国の国章も含めて。
「今彼女に取り付けたこのブローチは、この国からの彼女に対する親愛の証。そして私達の信頼の証でもあります」
ルイーゼがその言葉を言い終えた瞬間、式場が歓声で埋め尽くされた。
こうなることは予め予測できていたので、ウルミラの周囲には防音結界を張っておいた。もしも結界を張っていなかった場合、何処かへ逃げてしまっていただろう。
国章が彫り込まれた装飾品の意味は、魔族達にも理解しているのだろう。
この日、私は魔族達に魔王と対等な存在だと認められたのだ。
そして、そんな魔王と対等な存在だからこそ、私はルイーゼと共にヒューイを表彰するのだ。
そうしてやって来たヒューイの表彰。
先日目にした時よりも豪華な衣装を身に纏っている。
そして先日見た時よりも毛並みが整っている。小さな風がそよぎ、ヒューイの羽毛から爽やかな洗料の香りが仄かに伝わってくる。きっと今日のために洗料も奮発したのだろう。
触れたら、さぞ気持ち良いんだろうなぁ…。
「……っ」
ルイーゼが魔族達に分からないように私の脇腹に肘を打つ。
分かっているとも。
決して取り乱さずにモフモフしたりはしない。
確かに見事な毛並みだ。鮮やかな色彩だ。とても柔らかそうだ。
しかし、ここで私がヒューイをモフりだしたら折角の式典が台無しである。
ルイーゼの面子を保つためにも、我慢しなければ。
表彰台にヒューイが立ち、ルイーゼが彼の功績を称えようとした、その時だ。
私達のちょうど真上。遥か上空に、空間の歪みが感じられた。
「っ!ルイーゼ!全員に避難勧告!」
「えっ!?ちょ、何が起きたの!?」
ロマハが語っていた、空間の様子がおかしい理由が、これでハッキリした。
何者かが、異界からこの世界に訪れてきたのだ。
それがアグレイシアの手によるものか、はたまたまったく別の要因でこの世界に来たのかはまだ分からない。
だが、明確な悪意は感じ取れる。
ルイーゼもその悪意を感じ取って動揺しているのだ。
「ラビック、ウルミラ、レイブラン、ヤタール!結界を覆うのを手伝ってあげて!」
〈承知しました〉
〈お仕事ね!腕が鳴るわ!〉〈任せて欲しいのよ!手加減しないのよ!〉
〈他の街にも幻を飛ばしたよ!全部いっぺんには見れないけど、なるべく早く見回るね!〉
流石はウチの子達だ。対応が早い。
ウルミラなど上空から発せられた悪意を感知した瞬間にこの国を中心として3方向に『幻実影』による幻を展開し、魔王国全体の様子を見に行ってくれた。
「リガロウ、君はここで待機してアリシア達を守ってあげて」
「姫様…」
心苦しいことだが、おそらく悪意を発している何かはリガロウでは対処できない。
この子もそれを理解しているからか、とても悔しそうにしている。
「アレに関しては私がすぐに片付けてくる。今の強さに不満があるのなら、この一件が片付いた後にでも沢山鍛えよう」
「はい!ご武運を!」
リガロウに見送られて上空へと飛び立つ…前に、一応ルイーゼにも声を掛けておこう。
「行ってくるよ」
「なんかとんでもなくヤバいのがきそうなんだけど…大丈夫なの?」
「そのために今日まで修業を続けてきたからね」
ルイーゼは不安そうにしているが、私はかなり落ち着いている。
今も絶えず放たれている悪意に対して、私はそれほど脅威を感じていないのだ。
だが、当然懸念もある。
「ルイーゼ」
「なに?」
「私がアレを何とかしている間、ここのことは頼んだよ?」
異界から現れるのは、何も1つとは限らないのだ。
そしてこの悪意を放つ存在の対処をしている間に、魔王国に別の何かが危害を加えないとは限らない。
ルイーゼにはそういった時のために国の防衛を頼みたいのだ。
だが、ルイーゼは呆れた様子で私の額に手刀を打ち付けた。
「あのねぇ、私を誰だと思ってるの?魔王よ?この国の国主。つまり、言われなくてもこの国を守るのは私の役目なの!」
「今は私も魔王と対等なんでしょ?だから、頼むね?」
「もう、調子いいんだから…。気を付けてね」
勿論だとも。脅威を感じてはいないが、一切の油断はしない。
折角の表彰式を台無しにしてくれたのだ。
その落とし前を付けさせてもらおう。
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