第568話 周りを頼ろう
空を見据えてこちらに向けられている悪意に向かって垂直に跳躍する。
流石に一足跳びで目的地に到着することはできず、100mほど上昇したら魔力板を発生させ、思いっきり尻尾を叩きつけて更に上昇を行った。
尻尾にも魔力を込めたため、上昇速度は脚力のみで上昇した時よりも遥かに速い。
別に『
ただ、魔術を使用するよりも尻尾で跳ね上がった方が効率が良かったというだけの話だ。
そしてある程度上昇できれば、尻尾による跳ね上がりも使用する必要はなくなる。
どれだけ視力の良い種族だろうと、流石に10㎞も上昇していれば視認は不可能だろう。地上ではルイーゼが避難勧告を出しているから、それどころではないだろうしな。
『
いつでも出てきていいように魔力は溜めておこう。
それはそれとして、上空20㎞にもなれば流石にアリシアの感知範囲にも及ばない筈だ。
今ならば神々と連絡を取っても問題無い筈だ。
『ルグナツァリオ、状況は!?』
『ソレが出現するまであと10秒といったところだ。どうするつもりか聞いても良いかな?』
脅威を感じてはいないが、間違いなくこれからこの世界に出現する悪意の主は、この世界に害を齎すものだ。加減もしなければ容赦もしない。
出現までにまだ猶予があるならば、遠慮なく準備させてもらうとも。10秒もあれば準備時間は十分だ。
『先手必勝だ!覚えたてだが、初手で勝負をつける!』
『済まないが、出現中は攻撃をしないでくれ。空間が変異している最中に貴女の力が加わったら、この世界にどのような影響が出るか分からない』
『…分かった』
無防備なところを責められないのは癪ではあるが、この世界に悪影響が出る可能性は回避すべきだ。
仮にこれから出てくる者が出現しきる前に始末できたとしても、それが原因で異界からこの世界に干渉しやすくなったとなれば本末転倒だろうからな。
手出しできない分、異界から出現する過程をしっかりと見据えておくとしよう。上手くいけば次元を超える方法に近づけるかもしれない。
何もない場所に色が付く。
黒に近い灰色と黄みがかった白色が不均一に混ざり合い、全体が濁っている。
色は徐々に範囲を広げ、やがて人間い近い形を形成していく。
こちらも先制攻撃の準備をしておくとしよう。
本来ならば一切の手加減なく全力の一撃を放ちたいところだが、今の私は初めて意識を覚醒したころと比べてあらゆる能力が強くなり過ぎている。
仮に七色の魔力を使用して全力の必殺技を放った場合、これだけの超高高度であってもこの星に影響を与える可能性が高い。
不本意ではあるが、最初の一撃は星に影響を与えないと判断するギリギリの威力に留めておく必要がある。
その一撃で終わってもらいたいところだが、相手の戦力が未知数である以上、楽観はできない。
どうやら完全に出現し終わったようだ。
忌々しいことに出現した悪意の主がこの世界の空間に干渉した過程を解析できなかった。
異界からこの世界に割り込んできた筈だというのに、この世界で生み出されたかのような出現をしたからだ。
だが、現象として起きたのならば後で『真理の眼』を用いて精査が可能だ。
今はこの悪意の主の始末に集中しよう。
出現の確認と同時に対象に向けて『消滅』の意思を乗せた弾丸ブレスを発射する。それと同時に私も相手に向かって噴射加速で接近した。
相手はまだこちらを認識していないようだ。
自分の状況を確認している最中といったところだろうか。
「っ!!?!?」
自分の目の前に弾丸ブレスが迫っていると確認して驚愕しだした。
だが、弾丸ブレスは当てるつもりで放ったわけではない。
相手に向かって接近した私は、"氣"を纏わせた右手を弾丸ブレスに突き刺し、ブレスをも右手に纏わせる。
私の右手に"氣"を纏わせているためか、はたまた自分のブレスだからなのか、この体が『消滅』の魔力に触れても全く影響はなかった。とにかく、これで準備完了だ。
準備が整った時には、出現した者の眼前まで私は到達していた。
一切の躊躇いなく、弾丸ブレスを纏った状態で全力の手刀を地面に対して水平に放つ。
その瞬間、出現した者だけでなく、何もかもを切断したたかのような感覚が私の知覚範囲の限界を超えて伝わって来た。
「………っ!?!!?!」
ドラゴンにおける必殺技であるドゥームバスターと魔王奥義である
仮にこの技を地上に向けて放った場合、ここからでも魔王国全域を真っ二つに両断していたであろう威力だ。
やはり威力を落としておいて正解だったな。
もしも弾丸ブレスを七色の魔力で発射してドゥームディザスターを放っていた場合、地上に向けて放っていなかったとしてもこの星に影響を与えていただろう。
使用して分かったが私が全力でこの技を使用した場合、もしも手刀の先に月があったのなら月は真っ二つになっていたところだった。それはつまり、確実にこの星を両断できる威力だということだ。
制限無くむやみに使用して良い技ではないな。使うのならば条件を付ける必要があるだろう。
さて、出現した者は当たり前のように胴体を両断されたわけだが、残念ながらこれだけでは終わらないようだ。
分断された下半身の方は切断面から徐々に消失していきながらも足の先端からボロボロになって崩れ落ちていく。
アレは肉体の崩壊ではない。分裂して落下しているのだ。異界から出現した者は、群体でありながら1つの個としても存在しているようだ。
このまま地上に落とせば魔王国中に害を振り撒くことになる。さっさと始末しようと思ったのだが、分断された上半身がそれを指せなかった。
崩れ落ちていく下半身に意識を向けた瞬間、私に向かって魔力塊が迫ってきたのである。
しかもただの魔力塊ではない。魔力には明確な殺意と『消滅』の意思が込められていた。
相手も魔力を使用できるらしい。まったく別の力を振るう存在というわけではないようだ。
本来ならば『消滅』の意思を込められた魔力塊など危険極まる力だが、今の私に焦燥感はなかった。
ルイーゼと修業を繰り返していたおかげだな。問題無く対処できると確信しているのだ。
左手に"氣"と魔力を融合して纏わせ、手刀ではなく掌底を打ち魔力塊を弾く。
勿論、無作為に弾くわけではない。撃って来た相手にそのまま返すようにして弾かせてもらった。ついでに私の掌圧を加算させて相手が放って来た時以上の速度にしている。
絶・ディバイダ―の応用、絶・リフレクターとでもいったところか。元の奥義よりもより防御に特化させた技だ。
対象の魔力を分断するのではなく名前の通り跳ね返すことを目的とした技だ。
その気になれば轟魔王旋撃さえも跳ね返せる可能性を秘めている。
尤も、跳ね返すには高速回転する奔流の中心を正確に捉えなければならないが。
奥義を跳ね返した際のルイーゼの表情は、やや恐怖に引きつっていた。
自分の放った奥義がそのまま迫ってきたのだから恐ろしかったのは当然だ。
しかも技を使用した反動で体が僅かにとは言え硬直してしまっていたため、あの時はさぞ肝を冷やしたことだろう。
あの時は何とか回避できていたが、直後に[殺す気かっ!?]と怒られてしまった。跳ね返すって事前に教えた筈なんだがなぁ…。
「ーーーーーっ!!!?!?!」
声にならない叫びと言うヤツだろうか?
聞く者が聞いたら不快感を隠せないような悲鳴とも叫びとも呼べるような騒音を放ち、跳ね返された魔力塊を両手で防いでいる。
なお、私に魔力塊を放った時点で失った下半身は再構成したようだ。
アレが跳ね返された魔力塊の対処をしている間に、改めて落下している分体を始末しようと思ったのだが、ルグナツァリオに呼び止められてしまった。
『ノア、落下している分体は気にしなくて良い』
『良い訳が無いだろう。アレが地上に落ちたら地表を汚染し始めるぞ』
徐々に理解してきたが、出現した者は浸食能力があるようだ。しかも自身のエネルギーを用いて自己増殖まで可能ときた。
この時に消費するエネルギーは魔力でも生命エネルギーでも何でもいいようだ。もしかしたら星の力や信仰エネルギーまでも利用可能かもしれない。
出現した者はこの星を手始めに飲み込み、ゆくゆくは世界そのものを飲み込むつもりなのだろう。そんな者をむざむざ地上に落とすわけにはいかない。
そもそも『幻実影』の幻を使用すれば問題無く対処が可能なのだ。
『その通りなのだろうけどね、貴女は1人ではないんだ。もっと親しき者達を頼って欲しいな』
ルグナツァリオに諭された直後、落下している下半身が突如何者かの体当たりによって貫かれた。
速い。
私でも意識していなければ認識できなかったほどの速さだ。
ただ、あの現象は先日確認していたため、下半身を貫いた者の正体はすぐに理解できた。
音速を遥かに越えた速度で移動していたにも関わらず、周囲に物理的な影響が一切出なかったのだ。
そんなことができる者は限られているし、私は先日それを目の当たりにしている。
『私達もこういう時のために色々鍛えた。もっと頼って』
『うん。ありがとう、ロマハ』
とても小さなカラスの姿をしたロマハが私の眼前まで一瞬で到達すると、一言自分のことを頼って欲しいと伝えて再び下半身へと突撃していった。
上半身が跳ね返された魔力塊を飲み込み、強引に自身の力へと変換したようだ。
変換して得られた力で損傷した個所を修復している。
だが、かなり強引に変換したようだな。増殖と崩壊が同時に起こっている。
上半身、いや既に下半身を再構成しているからその呼び方は正しくないか。とりあえずアレはインベーダーとでも仮称しておこう。
改めてその姿を確認するが、インベーダーは異形と言って刺し違えない姿をしている。
シルエットだけ見れば鳥の翼を背中から生やした人間なのだが、実際にはそんな生易しいものではない。
体色は出現した時と同じく全身が黒に近い灰色と黄みがかった白色が不均一に混ざっており、しかもこの黄みがかった白色、絶えず全身を這いずるように蠢いている。
それに、人間の形をしているのはシルエットだけだ。
全身に歪な形状の眼球があり、これも絶えず動いて周囲を見渡している。見る者を不快にさせるような外見だ。気の弱い者が見たら発狂しそうでもある。
その癖して口が無い。いや、浸食能力がある以上、全身全てが口と言って良いのだろう。自分よりも体積の小さい者は全身で取り込み、自分よりも大きい者は触れた際に浸食して相手も自分に変換していくと言ったところか。
体の内部も私の知る生物と同じ構造をしていないと考えるべきだろうな。
口が無いのに叫べるのかという話ではあるが、口が無いからこそ声にならない叫びをあげているのだろう。
音は空気の振動だ。魔力を用いればヨームズオームのように口を用いずとも音は発生させられる。あの子の会話方法と一緒にはしたくないが、同じようなことなのだろう。
翼もまた異質だ。
翼だけは純白なのだ。いや、正確には翼の付け根はやや灰色に濁っている。だが、どちらかというと翼の白色がインベーダーの肉体に流れて黄みがかった白色になっているようにも見える。
「ーーーっ!!!!!」
形容しがたい雄たけびを上げながら翼から魔力を噴射してインベーダーが私に肉薄してきた。
その加速は元から使用できたのか?それとも私の噴射加速を真似たのか?
どちらにせよ、遅い。
"氣"と魔力を融合させて全身に纏い、インベーダーを迎え撃つ。
鰭剣に『凍結』や『焼却』、『消滅』の意思を乗せて切りつければ問題無いかもしれないが、『消滅』の意思を乗せたドゥームディザスターを受けても始末できずに分裂しているのだから、あまり良い結果にはならないだろう。
こういう時は打撃だ。殴って蹴って叩きつけて相手のエネルギーを減らすのだ。
体当たりをしながら私を掴んで取り込むつもりだったようだが、その前にインベーダーの体に尻尾カバーをぶつけてやる。この時勢い余って相手の肉体を引きちぎらないように気を付けた。
尻尾カバーはインベーダーの真芯に当たり、突進の勢いもあって凄まじい勢いで吹き飛んでいった。
下半身の相手をロマハがしてくれるのならば、私は吹き飛んでいったインベーダーを追撃しよう。
そう言えば、ロマハはインベーダーに浸食される可能性はないのだろうか?
『神様舐めちゃダメ。余裕』
大丈夫らしい。何らかの方法で浸食を防いでいるようだ。
よく見てみればロマハの全身は星の力で覆われている。アレが浸食を防ぐ防護膜になっているのだろう。
ロマハは落下し続ける下半身を何度も貫き、細切れにしていく。
彼女が衝突した部分は消滅しているようだな。このまま跡形もなく消滅させるつもりだろうか?
『流石にそれはめんどう。ちょっとは地上に落ちる』
『ロマハ?』
それじゃ駄目だろう!?こっちは被害をゼロにしたいんだ!
やはり私が幻を出して対処した方が良いんじゃないか?
そんな私の焦りを、ロマハは優しく諭してくれた。
『だからノアはもっと周りを頼るべき。地上にはルイーゼ達がいるでしょ?地上に落ちたのは大したことないからあの子達に任せれば良い。そのために修業をしたんでしょ?』
それはそうだ。
そうなのだが、やはり私は親しい者に傷付いて欲しくはないのだ。
相手が道の存在である以上、万が一、最悪のパターンもあり得ないわけではないのだ。
傲慢と言われても仕方がないが、大切なものは失いたくないのである。
『大丈夫。あの子達は強いよ。信じてあげて。それで戦いが終わったら褒めてあげて。いつかもっと大きな戦いが起きた時に、あの子達を信じてあげられるように』
…そうか。そうだな。異界との戦いは、今回で終わりではない。
出現した者が奴と関係があるかどうかはまだ分からないが、いつかヤツの元へと乗り込む時、私はこの世界を直接守れないだろう。
そしてこの世界の親しい者達への心配は、私の動きを鈍らせる可能性がある。
動きの鈍りは敗北に繋がる。
確実にヤツに勝利するためにも、私は私の親しい者達を信じる必要がある。
ならば、私の自慢の親友と配下達を信じよう。
皆、頼んだよ。
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