第565話 新奥義!

 一旦組手は中断して奥義の進化を試みよう。

 あの時の相反する2つの回転が滞留し続ける現象…。単独で発生できれば文句無しの進化と言えるだろう。

 勿論難易度は相応に跳ね上がるし、私もすぐにできるようになるとは思っていないからな。

 何度か試し打ちを行う必要があるだろう。


 「ねぇ、まさか私をその実験台にするつもりじゃないわよね…?」

 「流石にそんなことはしないよ」


 冗談で微笑みながら[よくわかったね]とでも言おうと思ったが、ルイーゼはこの手の冗談を嫌う。反応を見るのは面白そうだが、正直シャレになっていないので嫌われかねないからやめておいた。


 「検証用の的として…コレを使おうと思う」

 「…なるほど。流石ね」


 私達から50mほど離れた場所に直径3m、高さ5mの円柱を『我地也ガジヤ』を用いて作り出す。材質は勿論『我地也』で生み出せる最も頑丈な金属、プリズマイトだ。


 以前のルイーゼならばこの光景にも驚いていたのだが、流石に慣れたのだろう。若干呆れの表情もあるが難なく受け入れていた。


 「コイン1枚分のプリズマイトを精錬するだけでもとんでもないコストが掛かるって言うのに、贅沢なものよねぇ…。後で消しといてよ?経済が滅茶苦茶になるわ」

 「うん。欲しいとは言わないんだね」

 「そりゃまぁ欲しいけどさぁ…どう考えても駄目でしょ。手に余るわ」


 プリズマイトは本来極めて希少な金属だからな。多分あの円柱だけで現状人類が所持しているプリズマイトの総量を越えていると思う。

 こんなものを残しておいたら経済崩壊待ったなしなので用件が終わったら消去するのは当然なのだ。


 「それじゃあ、始めるよ。まずはこれからやることを見てもらって良い?」

 「分かったわ。何をするのか、見届けさせてもらおうじゃない」


 両手に魔力を集めて高速回転させ、それぞれの手で轟魔王旋撃を使用できる状態にする。回転方向はそれぞれ相反する回転だ。


 「うわぁ…。ねぇ、この時点で既にもうヤバくない?」

 「気持ちは分からないでもないけど、大事なのはこれからだから」


 両手から高速回転する魔力の奔流を、2つの奔流がちょうどプリズマイトの円柱に当たる場所で接触するように放出してみた。


 私の魔力ならば出力を高めればプリズマイトの円柱も難なく抉り取って貫通させられるだろうが、今回の目的は2つの奔流をぶつけた際に生じたあの球体である。そのため、先程の組手の時よりも奥義の威力は落としている。

 勿論、どちらの奔流も放出速度や回転速度、使用した魔力量は同等だ。違いがあるとすれば回転方向だけである。


 そんな2つの奔流が的に直撃すると、先程の組手の時と同じような相反する2つの回転を行う球体が発生。プリズマイトの円柱がすべて球体に飲み込まれてしまった。

 魔力の放出を行うのはこのぐらいで良いだろう。後はあの球体が消失するのを待ち、プリズマイトの円柱がどうなったかを確認しよう。


 3分ほど経過して回転する球体が消失した。

 そこに残っていたのは、金属を強引にねじったかのような姿をした、円柱というよりも最早棒切れといった見た目になったプリズマイトの柱だった。直径3mもあった厚みが、今では20㎝にも満たない直径となってしまっている。


 「「………」」


 もたらされた結果に対し、しばらくの間私達は言葉を発することができなかった。

 そしてこの結果に対して言いたいことがある。


 「………違うなぁ…」

 「何がぁーーー!?」


 私の呟きに対してルイーゼが驚愕した様子でこちらに振り向き私の両肩を掴み揺さぶり出す。


 「プリズマイトって基本的に加工ができないってされてるものなの!確かに錬金術を使えばちょっとずつ形を変えられるから完全にできないってわけじゃないけど!不変の象徴なの!今の両手で使っても私が使ったのより魔力を消費してなかったわよね!?つまり練習すれば私にも使えるってことなのよね!?」

 「ルイーゼ、落ち着いて。私が違うって言ったのは威力の話じゃないから。後、プリズマイトは別に破壊できない物質じゃないから」


 プリズマイトは小石程度の大きさならば少し強めに握ってやるだけで砕けてしまう程度の頑丈さだ。その際抵抗も感じなかった。

 勿論それは私だからできることではあるが、ルイーゼだってその気になれば破壊自体はできる筈だ。


 「…じゃあ何が違うって言うのよ…」

 「現象。それから技の形だね」

 「技の形ぃ?」


 そう。

 今回は単純に2つの奔流をぶつけてみたのだが、どうにも私が納得いくような現象にはならなかったのである。

 確かに組手の時と同じような現象が発生した。

 だが、それだけなのだ。私が思うに、あの現象には先があるような気がしてならない。


 「そりゃあ、組手の時と違って真正面からぶつかったわけじゃないし?ていうか、アンタとしてはどうしたいのよ」

 「うーん…。どうしたいのかって聞かれると答えに困るんだけど…。少なくとも、今の状態よりも球体が長持ちすると思ってたんだ」


 少なくとも、組手の時に発生した球体を放置していた場合、もっと長時間球体が残ると思っていたのだ。

 勿論、魔力量は今回使用し、膨張すると言う点を無視した場合を想定しての話だ。

 それに、回転速度も想定していた速度よりも遅かった。というよりも奔流の時点での回転速度よりも遅くなっていた。


 互いの回転が干渉しあい、それが抵抗となって減速してしまったのだろうか?それが予定よりも早く球体が消失した原因に繋がる?


 「それなら、最初から2つの奔流をくっつけて撃ってみたら?」

 「…なるほど。試してみる価値は大いにあるね。早速やってみるよ」


 流石ルイーゼ。習得して長いこともあり、良い着眼点を持っている。早速新しい柱を用意して試してみよう。


 先程同様両手に高速回転する魔力塊を発生させ、今度はこれらを別々に打ち出すのではなく1つに融合させる。

 …む。抵抗を感じるな。上手く回転が噛み合わない。しかも抵抗が原因で回転速度も下がっている…。

 となれば、やはり球体が想定よりも早く消失してしまったのは双方の回転が嚙み合わなかったからと考えてよさそうだ。


 ならば、今やるべきはこの状態で双方の回転が完全に噛み合うように調整することだな。


 ゆっくりと時間を掛けて徐々に抵抗を取り除いて行くこと約2分…。

 私の両手に相反する回転を同時に耐えず行い続けている球体が完成した。

 不思議な感覚だ。手のひらには右回りと左回りの両方の回転を同時に感じている。しかも互いに互いの回転を加速させているのか、徐々に回転速度が上がってきている。


 「凄い…。どうなってんの、それ…」

 「………ふぅ」


 完成した球体の回転を徐々に緩め、魔力の供給も絶って消失させる。


 「えっ?ひょっとして…失敗…?」

 「いや、あの魔力量だと威力があり過ぎる気がしたからね。可能な限り魔力量を制限してもう一度やってみるよ」


 流石に拡張空間が吹き飛ぶようなことにはならないが、それでも衝突した場所から半径100mは高速回転する球体上の奔流に飲み込まれる気がしたのだ。

 私は問題無くてもルイーゼが無事では済まなくなる可能性がある。


 「そ、そう…。助かるわ…」


 それでは、気を取り直してもう一度先程の回転する球体を作り出そう。


 既に感覚は掴んでいる。

 今回は満足のいく球体を作り出すのに時間は掛からず、轟魔王旋撃を使用する感覚で準備が整った。


 「…やっぱ、アンタってとんでもないバケモノよね…。さっきの今でもう問題無く使えるようになってるんだから…」

 「普段の修業の賜物だよ」


 私は日々を遊び惚けているわけではないからな。

 『幻実影ファンタマイマス』を使用して日々力のコントロールのための修業を行っているのだ。ただし人目のつかない場所で。透明の幻を使用して。


 「それじゃあ、行くよ」

 「ええ、どれほどの威力になるか、見せてもらいましょうか」


 両手を突き出し、相反する2つの回転を行う球体を解放して奔流を放出する。

 やはり放出された奔流も相反する2つの回転を行っている。その回転には少しのずれもない。

 完全に重なり合った回転する奔流が、的であるプリズマイトの円柱に衝突した、その次の瞬間―――


 「わきゃーーーっ!!?」

 「これは…ちょっと想定以上だったと言わざるを得ないな…」


 別々に轟魔王旋撃を放ちぶつけた時よりも更に魔力量を抑えたというのに、プリズマイトの円柱を中心に発生した球体は半径20m近くにまで及び、更に強烈な魔力嵐となって私達に襲い掛かって来た。


 ヴィルガレッドの住処で私が受け止めた魔力嵐よりも小さな規模であったため私は何ともなかったのだが、ルイーゼからすると不意打ちだったこともあり危うく吹き飛ばされそうになっていた。

 すぐさま彼女の背後に尻尾を回してこちらに引き寄せて結界で防護しておこう。


 「ふぃーっ!ビックリしたぁ…。ありがと。にしても…」

 「うん…。まさか、ここまでになるとは…」


 既に魔力の放出は止めている。だが、最初に放った時と違って魔力が消失するまでにかなり時間が掛かりそうだ。


 この状態では私はともかくルイーゼがまともに動けないので、球体が消失するまで大人しく待機しておこう。



 結局、魔力が消失するまでに20分近く時間が掛かった。使用している魔力に対して威力が尋常ではないな…。


 「かけらも残ってないって言うか、とんでもないことになってるわね…」

 「一応、床には防護を掛けてあった筈なんだけどね…」


 そう。私達が、少なくともルイーゼが全力で組み手を行えば、流石に訓練場の床は衝撃に耐えられずに崩壊する。

 それを防ぐために私が防護魔術を掛けていたのだが、そんなものは始めからなかったとばかりに抉り取られ、見事なクレーターが出来上がっていたのだ。


 勿論、最初に的に向けて使用した時は床には何の破損もなかった。

 それが回転を完全に噛み合わせることでこうまで変わるとは…。


 これで最初に使用した時よりも消費魔力量が少ないとは、結果だけを見せたらまるで信じてもらえないだろうな。


 しかし、予想以上に奥義の進化は上手くいったようだ。後で名前を考えておこう。


 「実験は成功と言って良いだろうね」

 「ねぇ、ノア?一応聞くけど、何を想定してこんな技を開発したの…?」


 ルイーゼが引きつった表情で私に問いかける。

 正直な話、愚問だな。


 「決まっているだろう、私がここまでのことをする必要のある相手なんて、ヤツぐらいしかいないよ」

 「ヤツって…。ああ、異世界の…。まぁ、準備しすぎるってことはないか…」


 その通り。最悪の場合、この技すらも通用しない可能性すら考えられるのだ。手段は増やしておくに越したことはない。


 「とりあえず、床を戻しておきましょうか。ちなみに、この状態で拡張された空間を戻したらどうなるの?」

 「ん?クレーターが小規模になるんじゃないかな?まぁ、驚かせてしまうのは間違いないし、床を元に戻してから『空間拡張ディメンエキスパ』を解除するよ」


 外から見た拡張された空間の内部は通常通りに見えなくなっている。ただし魔力嵐やその発生源である球体は強く発光していた。その発光も正常には映らなかっただろうが、気にする者がいないとは限らない。


 何事もなかったと思わせるためにも、修業を始める前の状態に戻しておいた方が良いだろう。幸い、修復に関しては『我地也』でどうとでもなる。いや、毎回思うが本当に便利な魔術だ。


 さて、奥義の進化もできたことだし、後はコレをルイーゼにもできるように教えて行こう。


 「あー…。やっぱ私にもアレ覚えさせる気なのね…」

 「当たり前だろう?ルイーゼには強くなってもらいたいからね」


 もしも私が異次元を越える術を身に付けアグレイシアのいる場所に乗り込む時、ヤツの方からも手勢をこちらに送り込んでこないとは限らないのだ。

 そうなった時、この世界を守って欲しいからな。そのための力はドンドン身に付けてもらいたいのだ。


 「ねぇ、もしかしなくても他の奥義も進化させるつもり…?」

 「うん。光明は見えたからね。ルイーゼに教えながら開発してみるよ」

 「……そう…」


 どこか諦めの表情をしているが、気にしないでおこう。

 1000年以上続いた魔王最強の奥義があっさりと進化させられたのだ。思うところが無いわけがない。


 今は、気にする素振もなくルイーゼに技の手ほどきをしていこう。

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