第564話 何が起きる?

 朝食を終えた私達は、今度は庭園ではなく魔王城内にある訓練場に向かうこととなった。本格的な稽古を始めていくのだろう。

 私達からの参加者は相変わらずラビックとリガロウだけだ。レイブランとヤタールとウルミラは見学になる。アリシアも私達と同行して見学していくし、護衛達も稽古に参加するようだ。


 魔族達はラビック以外のウチの子達の実力を見てみたかったようだが、あの娘達は不参加だ。

 ウルミラはともかく、レイブランとヤタールは多分手加減が禄にできないだろうから仕方がないのだ。


 〈手加減って難しいわ!〉〈アレじゃすぐに真っ二つなのよ!〉


 これである。

 なお、この台詞はグレイやエイダに対しての台詞のため、どれだけ2羽が手加減できないか言わずもがなと言うヤツだ。

 多分だが、『不殺結界』も役に立たないだろう。


 「可愛い見た目なのにシャレになってないわねぇ…」

 「ははは…。僕もそれなりに腕に自信はあったんだけど、今日はちょっと鍛え直すつもりで頑張ってみようかな…」

 〈その意気やよし、といったところでしょうか?では、グレイ様もこちらの稽古に参加しますか?〉


 それはどうだろう?グレイは三魔将達にとっての師匠のような存在らしいから、その師匠が別の誰かに師事されているところを見て果たして三魔将達は平然としていられるのだろうか?


 そんな懸念はグレイの爽やかな返答であっけなく振り払われた。


 「是非ともお願いするよ。そういうわけだからリガロウ君、済まないけれど稽古は別の者から受けてもらって良いかな?」

 「分かりました!」


 あっさりと了承してしまった。それで良いのかグレイ?

 良さそうだ。心なしか三魔将達も嬉しそうにしている。


 しかし、グレイがラビックの稽古を受けるとなると、当然リガロウに稽古をつける者を誰にするかで疑問が生じる。

 当然、リガロウもそれに気付いて可愛らしく首をかしげた。


 「………グキュア?じゃあ俺、誰と特訓すればいいです?」


 うん、そうだな。グレイが稽古をつけないというのなら、ここは私が―――


 「それじゃあ、リガロウ君は私が稽古をつけてあげましょう。昔はルイーゼにも稽古をつけたことがあるから、教えることには自信があるわよ?」

 「いいんですか!?よろしくお願いします!」


 けいこつけてあげたかったなー。


 まぁ、ああまで元気に返事をされたら仕方がない。ここはエイダに譲るとしよう。彼女はモフモフ好きなのは間違いないが、リガロウが可愛くないと思っているわけではないのだ。

 それどころか、元気に返事をしているリガロウを愛おしそうに見つめている。


 「フフ…!素直で良い子ねぇ…」


 そうだろうそうだろう。私のリガロウは素直で良い子で可愛いだろう?自慢の眷属だぞ?

 エイダの実力は確かなものだろうし、ルイーゼに稽古をつけていたことがあるというのなら、リガロウを任せても大丈夫だろう。


 ならば、私は当初の予定通りルイーゼと修業を行うとしよう。


 「あー、うん。まぁ、分かってたけどね。ココでやるの?私はともかくアンタが修業目的で動く場合、ちょっと拙くない?」

 「大丈夫。『空間拡張ディメンエキスパ』を使用するから」


 そう言って空間を拡張しながらルイーゼと共に拡張された空間の中に入る。


 本当ならば『亜空部屋アナザールーム』を使用したかったのだが、ロマハから空間の様子がおかしいと指摘されたからな。

 空間を拡張するだけならばともかく、異なる次元に干渉するような手段は控えようと思ったのだ。

 私の懸念であれば良いのだがな…。


 しかし、仮に亜空間に干渉し続けたのが原因ではないとするのなら、空間の様子がおかしい原因は何なのだろうか?

 私以外で空間に干渉できる者としてはヴィルガレッドが思いつくが、今現在"ドラゴンズホール"はドラゴン達にとって平和そのものと言って良い環境だ。彼が理由もなく頻繁に空間に干渉するとは思えない。


 だとすると、私がまだであったことのない大魔境の主か、最悪の場合、異世界からの干渉の可能性も考慮する必要がある。

 おそらくだが、異世界とは何も千尋やマコト、ジョージ達の故郷だけではないと思うのだ。

 彼等の故郷以外にも複数の世界が存在すると考えるべきだと思う。


 おや?ルイーゼが大きくこちらに踏み込んで貫手を放ってきた。

 "氣"と魔力を融合させて纏っているため、かなりの貫通力を持っているな。相手が私だからか遠慮がない。


 「隙ありぃっ!!」

 「じゃなかったりする」


 だからこちらも遠慮なく受け止めさせてもらった。肘と膝でルイーゼの手を挟み潰すようにして受け止めたのである。

 貫手を受け止める強さで挟んだというのに、ルイーゼに痛がっている様子はない。それだけ自身の手を強化させている証拠だ。

 何事もなかったかのように伸ばした手を戻していかにも不機嫌そうな表情をする。


 「むきーっ!考え事してるってのに何で反応できるのよ!?」


 はっはっは。私は何体もの『幻実影ファンタマイマス』の幻を同時に操作できるんだぞ?1つぐらい別のことを考えながら組手を行うことぐらい、どうということはないさ。


 「ほら、ムキになると隙が大きくなるよ?」

 「わっとと…!むぅ~…!隙をついたと思ったのに逆に隙を突かれてたら世話ないわね…!」


 考え事をしてはいるが、だからといってルイーゼのことを蔑ろにしているわけではないのだ。

 魔王城に到着するまでの間に魔王の秘伝奥義をすべて習得できたのは良いが、練度で言えばまだルイーゼの方が上である。

 習得した奥義をより確実なものにするためにも、ルイーゼにはこれからも奥義を使用してもらいたいところだ。

 だから、適当に戦うわけがないのである。


 で、だ。

 仮に異世界、異次元からこの世界に干渉してくるとしたら何が一番可能性が高いのか?

 やはり一番高いのはアグレイシアだろうな。だが、ヤツはこれまで異世界人をこの世界に送り込んできてはいたが、直接この世界に干渉したことはなかった。

 アレが今更この世界に直接干渉してくるのだろうか?


 一応、動機に思い当たる節が無いわけではない。

 なにせ私はヤツの手駒である"女神の剣"をこの大陸で活動していた勢力だけとは言えすべて排除したからな。何かを感じ取って対抗策を取ってきたとしても不思議ではないのだ。


 その場合、何が来るのだろうか?

 ヤツ自身がこの世界に…?可能性が無いとは言い切れないのが腹立たしいな。

 基本的にこちらの世界を見下しているからこそ、予想外の不備が起きた時に何をしでかして来るか分からない。


 だが、コレは考えようによってはチャンスでもある。

 ヤツがこの世界に直接干渉してくるというのであれば、それはこの世界が異世界、もしくは異次元から干渉を受ける現象をこの目で確認する機会を得られるからだ


 そうすれば現在も目下解析中の異次元の干渉方法に大きく進展するのは間違いない。

 問題はこの世界に干渉された際に生じた問題を、私が解決できるかどうかである。


 相手の戦力が未知数なのだ。どんなことが起きようとも対処できるなどとは言い切れない。

 今もまさにどのような相手が来ても良いように己を鍛えている最中である。準備はどれだけしてもし過ぎるということはないだろう。


 「わわわ!ちょっと!?コレ組手なのよね!?ガチの勝負じゃないわよね!?」

 「っ!…ああ、ごめん。ちょっと感情が抑えられなかったみたいだ」

 「気を付けてよね!?アンタの全力とか流石に受け止めるの無理よ!?」


 いかんいかん。ヤツのことを考えていたらつい力が入り過ぎてしまったようだ。危うくルイーゼに怪我をさせるところだった。

 まぁ、今までの修業でも軽い怪我ならば結構負っていたりするのだが、すぐに完治する程度の怪我だった。

 ルイーゼが危ないと感じたのだからかなりの大怪我になっていたのかもしれないな。反省しなくては。


 とはいえ、受け手にばかり回るつもりもない。

 私だけでなくルイーゼの修業でもあるのだから、実戦を想定してお互いに攻守を繰り返さなくては。


 しかし、なかなか奥義を使用してくれないな。

 確かに易々と見せて良い物ではないだろうが、あまり出し惜しみしていると奥義を出す前に勝負をつけられてしまうことだってあり得るのだ。使うべきところでは使ってもらいたいな。


 そう、例えば空中から叩き落されて両足で立った状態で着地したは良いが、落下の衝撃を逃しきれずに硬直してしまっている…今!


 「相殺しないと痛いじゃすまないよ!」

 「だーっ!もう!分かったわよ!やってやりゃあいいんでしょ!?オリジナルを舐めるんじゃないわよ!?」


 互いに左手に同僚の魔力を凝縮させ、高速で回転させながら奔流として放出する。


 「「轟魔!王旋撃!!!」」


 高速回転する魔力の奔流はぶつかり合った場所で巨大な爆発を起こし、そのまま高速で回転するエネルギー体として滞留し続けている。


 これぞ魔王秘伝奥義其三・轟魔王旋撃

 手のひらに溜められるだけ魔力を溜めて魔力の奔流を放出する技なのだが、見ての通りただの奔流ではない。

 その奔流は横に斃した竜巻の如く高速回転しているのだ。当たれば並みの相手は少しでも触れればその身を抉り取られるか高速回転によって吹き飛ばされるかのどちらかだろう。

 仮に奔流を受け止めようものならば、その時こそがこの奥義の真の効果を発揮する時だ。


 受け止められた奔流はその場で高速回転する球体となり、受け止めた者を包み込み拘束するのだ。言うなれば高速回転する連続した爆発である。

 全身を常に魔力で削られているような状態だからな。吹き飛ばされた方がマシまである恐るべき奥義だ。しかも魔力が続く限り放出し続けていられるのだ。コレは強い。


 しかも、ただの魔力を使用しただけでコレである。使用する魔力に特定の意思を込めた場合、どれほどの威力になるか。それこそ秘伝奥義の名にふさわしい威力となるだろう。


 しかしこの光景…。2つの高速回転するエネルギー…。


 「な…!?なに、こんなの初めて見るんですけど…!?」

 「これは…」


 私とルイーゼの放ったタイミングが良かったのだろうか?

 2つのバネが互いの空洞に綺麗に重なり合ったように、まるで大きさのあった歯車がカッチリとはまり込んだかのように真逆の回転をしながらその場に留まっている…。


 「あ」

 「え?うわっ!?ちょっ!だんだん大きくなってく!?」


 互いの魔力のバランスが乱れたのだろうか?

 先程まで綺麗な球体の形をしていたというのに、球体が徐々に歪になりながら膨張を始めたのだ。

 このまま放置した場合、拡張した空間すらも破壊しかねないな。


 ここは私が抑えよう。


 「ルイーゼ、魔力の放出を止めて!」

 「わ、分かった!任せるわよ!」


 私もルイーゼも魔力の放出を止めたため、今も高速回転を続けている魔力の球体を外側から魔力で包み込んで抑えてしまえば被害はでないだろう。


 2体の幻を作り出して挟み込むようにして球体に触れて魔力で覆う。

 …思った以上に回転の速度が速く、そして強いな。下手に触れようとするとそれだけで弾き飛ばされそうだ。最悪の場合、振れた場所が瞬く間に跡形もなく削り取られてしまうだろう。


 だが、私ならば抑えられる。

 球体の回転とまったく同じ回転をする魔力の膜で包み込み、まずは徐々に回転を弱めていくのだ。

 先程も説明した通り球体は2つの回転を絶妙な感覚で行っているため、同じ回転を発生させるのにやや苦労したが、そこは魔力量と魔力濃度の力押しである。


 少し時間は掛かったが、ぶじ魔力の球体が高速回転する大爆発になって拡張した空間が破壊されるような事態は避けられた。


 「ふぅ…っ!危ないところだったね」

 「まったくよ…。ていうか、今の何だったの?ママと奥義の修練に挑んでた時にもあんなことにはならなかったわよ?」

 「その時は威力に大きな差があったからじゃないかな?」


 ルイーゼがいかに天才といえど、魔王になる前のルイーゼと魔王を務めていたエイダとでは流石に実力差が開きすぎている。

 轟魔王旋撃の習得は絶・ディバイダ―の時のように同じ技で迎撃する必要があるのだろうが、同じ威力の奥義がぶつかり合うようなことは今までなかったのだろう。


 「………」

 「ノア?どうかしたの?」


 …うん。さっきの爆発を抑えた時に、感覚は大体掴んだ。


 「ルイーゼ。ちょっと実験に付き合ってもらうよ?」

 「へ?」


 魔王秘伝奥義。

 どの奥義も上を目指せるような可能性を感じていたが、そのうちの1つに光明が見えてきた。


 秘伝奥義を進化させてみよう。

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