第563話 魔王城で迎える朝

 レイブランとヤタールに起こされて私が最初に見たのは、気落ちした様子でぬいぐるみを抱きしめているルイーゼの姿だった。


 昨晩寝る前にあれほど嬉しそうにしていたというのに、何があったのだろうか?


 「大問題よ…。モフモフちゃん達とぬいぐるみの感触が同時に伝わって来て最高の気分でベッドに入れたわ…。そこまでは良かったの…」


 ははぁ~ん?さてはルイーゼ、私と同じ目に遭ったな?ルイーゼもモフモフ好きだからな。

 まぁ、そうなるだろうな。しかし、私の時とは違い朝しっかりと起きられる辺り、大したものかもしれない。それとも、予め寝ようとしていたからだろうか?


 「一瞬よ…。一瞬でモフモフちゃん達の感触もぬいぐるみの感触も分からなくなって気付いたら朝になってたの!私に残ってたのは、ぬいぐるみの感触だけだったのよ!!」


 非常に深刻そうな表情で何が起きたのかをルイーゼは説明してきたが、彼女が体験した内容は私も経験済みだ。

 つまるところ、気持ちよすぎてすぐに眠りについてしまったというわけだ。


 眠ってしまえば折角出現させた幻も消失してしまう。そうなれば目覚めた時には幻で味わっていた感触は消失しているのは当然だ。

 今回本物のルイーゼはぬいぐるみの方を抱きしめて寝ていたので、朝起きたらぬいぐるみの感触しかしなかったというわけだな。


 「なにをそんなに分かった風にうんうん頷いてるのよ!?アンタさてはこうなるって分かってたわね!?」

 「確証はなかったよ?ただ、私も体験したことだったから、こうなるかもしれないっていう予測はあった」

 「先に言いなさいよぉ…」


 そうは言ってもなぁ…。あれほど得意気になって嬉しそうにしているルイーゼに説明して、納得していただろうか?

 それに、自分ならば大丈夫だと思って結局幻を出していたかもしれない。結局大丈夫ではなかったのだが。


 「まぁ、良いじゃないか。私の時なんて昼だったのがいつの間にか夜になっていたりしたんだよ?それに比べればかなりマシさ。むしろよく自力で起床できたと褒めたいところだよ」

 「アンタも大概ねぇ…」


 ルイーゼの隣に寄り添い彼女の頭を撫でながら私の失敗談を語れば、少しは落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 いつもの明るい表情を作って着替え始めた。


 「今日からしばらくはみんなでここで寝泊まりするんだから、それまでの間に慣れちゃえばいいのよ!私ならできる!」

 「うん。頑張ると良い。応援しよう」


 最初にウチの子達と触れ合っていた時のルイーゼは、魔王城に出現させていた幻を維持できなくなっていたからな。

 あれからというもの、私のサポート無しでも皆と触れ合いながら問題無く幻を維持できるようになったのだ。その成長性があれば、皆のモフモフとぬいぐるみの感触を両方体感しながらベッドで横になれる日が来るかもしれない。


 私?私は無理だ。

 ただでさえ寝心地のいいベッドに加えてリガロウと共に寝るのだから、10秒で寝れる自信がある。

 いや、もっと早いかもしれないな。昨日もいつの間にか眠っていた。

 寝たい時は寝るに限るのだ。我慢などする必要はない。


 「まぁ、アンタに対して寝込みを襲うようなバカはいないでしょうけど…それで良いの?」

 「大丈夫じゃないかな?」


 多分だが、仮に私の寝こみを襲おうとした者がいたら、その者はかなり悲惨な目に遭うんじゃないだろうか?

 なにせホーディが眠っている私に触れようとして尻尾によって大怪我をしたらしいからな。


 私が目覚めたた時には既に怪我は直っていたし口頭でしか知らないのだが、多分ホーディだったから大怪我で済んだのだ。並みの相手では無事では済まないだろう。



 着替えが終わったので朝食…の前に皆と合流することにした。レイブランとヤタールは私の両肩だ。

 早速ラビックが三魔将に稽古をつけているようで、あの子は魔王城の庭園に移動しているようだ。


 初めて訪れた場所だというのに良く場所が分かるものだと思っていたら、侍女に案内してもらったらしい。ついでに、早朝稽古をつけるのは昨日の時点で約束していたようだ。


 なお、リガロウに関してはグレイが稽古をつけてくれるようだ。こちらも庭園で行っているらしい。


 訓練である以上結構動く筈なのだが、庭園で行って良かったのだろうか?庭園ということは植物、もっと言うなれば花が生けられているのではないだろうか?

 花が好きな身としては、むやみやたらに花を散らす行為には賛同できないのだが…。


 「その点は大丈夫よ。庭園って言っても広さには結構な余裕があるから。それに、パパがいるってことはママもいるでしょうから、生けてる植物に被害が出ないように結界ぐらい張ってる筈よ」


 なら心配する必要はないか。ところでウルミラはどうしているのだろうか?


 『広域ウィディア探知サーチェクション』で確認してみようと思ったが、その前に答えは出た。


 「よぉ~しよしよしよしよし~!良い子ねぇ~!って言うか速いわねぇ~!もう一回投げるわよ~!」

 〈良いよ!もっともっとあそぼ!〉

 「それーっ!」


 ウルミラはエイダと庭園でボール遊びをしていた。ボールらしき物を加えて戻って来たウルミラをエイダが思いっきり撫でまわしている。

 気持ちのいいところとを撫でられてあの子はご満悦といった様子だ。

 あの子は高速移動するものを追いかけるのが好きだなぁ…。とても楽しそうにしている。


 「あら2人共、おはよう。ノアさん、ウルミラちゃんと遊ばせてもらってますね?」

 「うん。相手をしてあげてくれてありがとう。私達も混ざっていいかな?」

 「勿論です。と、言いたいところだけど、そろそろ朝食の時間です。一旦食堂に向かいましょうか」


 うん。そうしよう。元より私達はこの場にいる者達と合流しに来たのだ。遊ぶのは朝食を終えてからでもできる。


 「お二方ともおはようございます。できれば私のことを助けていただけるとありがたく存じます」

 「…何やってんのよアンタは…」

 「ウルミラ、大丈夫?苦しくなったりしていない?」

 〈うん!大丈夫!ちょっと美味しいよ!〉

 「ウルミラ様、願わくば食べないでいただけると大変ありがたく存じます。分体を用いて再構成するには手間がかかります故…」


 ウルミラが咥えていたのはボールではなく、ボール状に小さくさせられた宰相だった。おそらくエイダが彼の頭部を引きちぎってボール代わりにしていたのだろう。

 粘性生物故に毒でもあるかと思ったのだが、意外と美味しいらしい。

 そう言われると私も口にしてみたくなるのだが…。


 「やめときなさい。後でお腹壊しても知らないわよ?ウルミラちゃんも」

 〈はーい〉

 「ノ、ノア様に食べ…っ!?それは最早ご褒美では!?貴女様に食されるのであればこのユンクトゥティトゥス、本も」


 宰相は私に食べられても問題無いそうなのだが、それを口にする途中でウルミラの口から受け取ったエイダによって握り潰されてしまった。


 「もー。ユンったら、あんまりノアさんを困らせたらだめでしょ?」

 「うわぁ…。容赦な…」

 「食堂に行こうか」


 既に宰相は別の場所に放置してある分体に意識を移して肉体を再構成しているようだ。時間が掛かるとは言っていたが、あの様子なら再び活動するのに1時間も掛からないだろう。


 ラビックとリガロウにも朝食の時間になったと伝えて食堂に移動しよう。



 三魔将はかなり消耗させられたようだ。全員這う這うの体となっていた。

 "氣"の扱いは問題無くできるようになっていたようで、実戦形式の稽古を行っていたのである。


 彼等とラビックとの実力差は歴然だった。なにせ三魔将達が"氣"を纏わせた状態だというのに、"氣"を纏わせていないラビックにまるで歯が立っていなかったのだ。


 〈習得してから日が浅いですからね。動きが硬かったです〉

 「さ、3人がかりでまるで手も足も出ないとは…」

 「自信を無くしそうです…」

 「お前達、言っておくがラビック様は今回かなり手加減して下さっていたからな?"氣"を使用していなかったことは気付いていただろう?」

 「「………」」


 タンバックでの稽古ではルイーゼ曰くかなり容赦が無かったようだからな。

 昨日も三魔将を叩きのめしていたこともあり、今回はやや優しく面倒を見ていたようだ。


 リガロウとグレイの方はかなり打ち解けているようだ。楽し気に会話をしている。


 「いやぁ、リガロウ君はとても呑み込みが早いね。教え甲斐があって嬉しいよ」

 「ありがとうございます!朝食を食べた後もお願いして良いですか!?」

 「勿論だよ。僕もエイダも暇人だからね。君が望むだけ相手をしよう」

 「グキュルゥ!」


 リガロウとグレイの相性はかなり良いようだ。

 この調子で様々な強者と戦い経験を積み重ねると良いだろう。それはきっと同じ相手と稽古を続けるよりも多くのものを得られる筈だ。


 朝食は三魔将も一緒に食べるらしい。ついでと言っては何だがアリシアも一緒のようだ。彼女は既に食堂の席に着席していた。彼女の背後には彼女の護衛らしき魔族が2名、直立不動で待機している。心なしか護衛達のアリシアに向ける視線が厳しく感じる。

 ルイーゼ達が特に気にした様子を見せないとなると、あの状態が普通なのだろう。

 巫覡ふげきが護衛の必要な重要な役職なのは人間も魔族も変わらないようだ。


 流石に昨日の例の装備はしておらず、私達の姿を見かけると満面の笑みで迎えてくれ、挨拶をしてくれた。


 「皆様おはようございます!」

 「おはよ。珍しいわね、アリシアがコッチでごはん食べるなんて」

 「実は神殿の方に少し無理を言って…」


 それで護衛達がアリシアに厳しい視線を向けていたのか。本来は食事も神殿とやらで取るのだろう。つまり、我儘を言ったわけだ。


 「ど、どうしてもノア様達と食事を取りたくて…」

 「別に悪いだなんて言ってないわ。あなた達もどう?まだなら一緒に食べましょ?」

 「いえ、自分達は…」「既に食べていますので…」


 アリシアに厳しい視線を向けていた護衛達も、流石に魔王であるルイーゼには強い態度を取れないようだ。少し委縮している。


 「そ。でも食べたくなったらいつでも言ってちょうだい。食べたそうにしているのに無視するつもりはないから」

 「お心遣いに感謝いたします…」


 うん。食事は皆で食べた方が美味いからな。昨日のパーティも楽しませてもらった。

 流石に朝昼晩とあれほどまでに騒ぐつもりはないが、談笑しながらの食事はしたいと思う。


 ところで朝食が終わったらアリシアはどうするのだろう?私達に同行するのだろうか?

 だとしたら、しばらくはラビック達やリガロウの稽古の見学になるだろうな。

 もしそうなら、彼女の護衛も一緒に鍛えてもらうのはどうだろうか?


 我ながら良いアイデアな気がする。


 食事の最中に確認してみよう。

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