第562話 ぬいぐるみを渡そう!

 テラスでの歓談も終えパーティもお開きとなり、私達とルイーゼはアリシアとエクレーナを連れて風呂場へと向かうことになった。

 なお、アリシアは未だに例の装備をしたままである。

 どうやらこの装備のまま風呂に入るつもりらしい。むしろこの状態ならば私達と一緒に風呂に入れるのでかなり乗り気になっている。


 アリシアの例の装備は防水性に優れ、あのままの状態で水に浸かることが可能なのだとか。しかも一応はマントの扱いのため、風呂を楽しむこと自体は可能らしい。


 元々エクレーナも風呂に誘う予定ではあったが、今のアリシアは自分で自分の体を洗えないため、エクレーナが世話をすることになっている。というか彼女が自分から申し出てきた。


 「エイダは来ないの?」

 「ママは別の時間にパパと一緒に入るんですって。ラブラブで羨ましいことだわ」


 エイダの性格なら一緒に入ろうとすると思ったのだが、夫との時間を優先したようだ。

 聞けばしばらくの間は魔王城にいるつもりらしい。

 グレイがリガロウに興味があるようで手合わせをしてみたいとも語っていた。

 彼は三

 「リガロウ、グレイと話してみて何か感じたことはあった?」

 「キュ?う~ん…詳しくは分からないですけど、今の俺じゃ勝てる気がしないのは分かりました!」


 話をしているだけでそれが分かれば十分だな。

 グレイは特に魔力を放出していたわけではないのだが、それでもリガロウは彼の内に秘められている力を読み取れたのだ。

 これは褒めておくべきだろう。旅行中はいつもしていることだが、風呂では入念に洗ってあげよう。



 魔王城の風呂は流石というべきか非常に広々としている。今まで見てきた風呂の中でも1番広いのではないだろうか?その広さは風呂屋の風呂すらも凌駕する。

 勿論、広場に設けた風呂よりも広い。

 深さはともかく、ホーディやゴドファンスが一緒に入っても十分な余裕がある広さだ。


 「グキュアー…。こんなに広い風呂場は初めてです…!」

 「そうだね。私も初めてだ」

 「フフーン!魔王城自慢の浴室よ!じっくり楽しんでいってね!」


 自慢したくなる気持ちもよく分かる。

 浴槽が広いのは勿論だが、それ以外にも精巧な彫刻が並べられていたりガラス張りの天井で星空を眺められたりと、視覚的にも楽しませてくれるのだ。


 「見た目だけじゃないわよ!サウナと水風呂は勿論、ジェットバスや肩湯、寝湯に電気風呂、それに何と言ってもここで使われてるお湯は温泉なの!」


 ほほう。いくつか聞いたことのない名前の風呂があったが、温泉があるのは驚きだ。まさか源流からここまで送ってきているのだろうか?ここからだとかなりの距離があるぞ?


 「流石に労力がかかり過ぎるからそこまでのことはしてないわね。『格納』効果を持たせたタンクに汲んで持って来てもらってるの」

 「そっちの方が労力掛からない?」


 『格納』効果があるタンクとは言え、汲める量は有限だ。これだけ潤沢に温泉の湯を使っているのだから、その消費量も相応だろう。あっという間になくなってしまうんじゃないのか?

 結構な頻度、しかも複数のタンクに温泉を組んでいるかもしれないな。というかそうでなければここまでの贅沢は不可能だろう。


 「心配する必要はないわ。タンクって言っても実際の大きさはかなり小さいから。一度に大量に運べるようになってるの」

 「それなら、遠慮なく楽しませてもらうとしよう」


 尤も、温泉に浸かる前にリガロウを丁寧に洗ってあげるわけだが。


 リガロウと共に洗い場に移動しようとしたところで、ルイーゼが声を掛けてきた。何か要望がある様子だ。


 「ねぇねぇノア、ラビックちゃんのこと洗ってもいいかしら?」

 「直接聞いてみたらどうかな?」

 〈自分の体は自分で洗えますが…ルイーゼ陛下がそうしたいというのであれば、お任せします〉

 「きゃ~~~っ!やった!ラビックちゃん、ありがと~!」


 ラビックは優しいなぁ…。

 あっさりと許可をもらったルイーゼが跳ねるようにして喜んでいる。

 どうせ洗ってあげるのだから、綺麗にしてもらいたいものだ。勿論、ウチの子達はいつも清潔だし『補助腕サブアーム』を駆使して自分で自分を隅々まで綺麗に洗えるが。


 「まっかせなさい!こう見えても洗うのは得意よ!ラビックちゃ~ん。かゆいところがあったら言ってね~」

 〈では、耳の裏をお願いします〉

 「はーい!くふぅー!かっわいいー!」


 そうだろうそうだろう。ラビックの可愛さはウチの子達の中でも飛び抜けているからな。私も初めて会った時は理性を失いかけた。良い思い出だ。

 そんなラビックを満面の笑みで洗っているルイーゼも可愛らしく愛おしい。

 なるほど、私が皆を洗っている時も、きっとあんな様子なのだろうな。というか、リガロウを洗っている今も同じような表情をしているのかもしれない。


 「んふふ~!ラビックちゃんは大人しくて良い子でしゅね~!キレイキレイにしてあげるからね~!」


 幼子をあやすような喋り方をしているが、ラビックはルイーゼよりもずっと年上だ。それに喋り方もとても大人じみている。

 ルイーゼもそれは知っている筈なのだが、やはり愛くるしい見た目がルイーゼをああさせているのだろうな。


 誰が言った言葉か[可愛いは正義]と言うヤツである。いや、少し違うか?



 やはり温泉というものは良い物だな。まさか魔王城に来て温泉を楽しめるとは思っていなかった。

 ウチの子達やリガロウも存分に堪能したようでとてもリラックスした表情だ。


 勿論風呂上がりの良く冷えたリジェネポーションもいただいたし、ルイーゼ達にも提供した。温泉だろうが風呂だろうが、私にとって湯上りにはコレである。

 最近ではウチの子達が『補助腕』で瓶を持ち上げるという方法で一気飲みができるようになったため、風呂上がりの一杯をより楽しめるようになったのだ。


 アリシアは、結局あの装備を身に付けたまま入浴していた。

 兜も付けたままなので視界は塞がっており、終始エクレーナがつきっきりになっていた。そうまでして私達と一緒に風呂に入りたかったらしい。


 なお、私達が使っている湯から神々の寵愛の気配を感じ取っていたらしく、アリシア本人は非常に興奮していたし満足気であった。

 異様な光景ではあったが、彼女自身は非常に喜んでいたのでそれで良いのだろう。


 アリシアにも風呂上がりには冷えたリジェネポーションを飲ませた。

 やはりアリシアも風呂上がりに冷たいドリンクを飲んだ事が無かったらしく、非常に喜んでいた。


 「どっちかって言うとアンタから手渡されたのが嬉しかったんでしょうけどね」


 だとしても、喜んでいるのは変わらないのだ。ならば、それで良いのである。


 「至福の時間でした…。ですがエクレーナ様?エクレーナ様はお風呂上がりに冷たい飲み物を飲む素晴らしさをタンバックでご存知になったのですよね?なぜ、私にも教えてくれなかったのですか?」

 「あ!?いや、それは…!あの2人に"氣"の扱い方を教えているのに夢中になってしまい…」


 エクレーナがタンバックから魔王城に戻ったのは結構前の筈だ。今日までの間にアリシアに会って風呂上がりのいっぱいに就いて教えることもできた筈なのだが、その情報はアリシアには伝わらなかったらしい。

 どうやらフラドールとザリュアスに"氣"の扱いを指導している内に熱中してしまい、アリシアに会う機会を逃してしまったようだ。


 「いいんです…。ラビック様に指示を受けたのですよね…?エクレーナ様にとって、私にお風呂上がりのお話をするよりも三魔将の戦力を増強することの方が大事なのですよね…?ええ、その通りです。普通のことですとも。私達は役職も違いますし…」

 「ふぐぅっ!」


 拗ねている。アレは思いっきり拗ねているな。

 アリシアとしては、風呂上がりに冷たい物を飲むと気持ちが良いことよりも、私から提供された情報を教えてくれなかったことの方が拗ねる要因として大きいのだろう。


 そんな拗ねているアリシアを、ルイーゼが宥めた。


 「はいはい、その辺にしときなさい。だいたい、今までそのことを知らなかったからノアから直接冷えたリジェネポーションを受け取れたんでしょ?最初から知ってたら直接受け取れてなかったわよ?」

 「うっ…!そ、それもそうね…。どちらかと言えば、やはりノア様から直接渡された方が嬉しいです…」


 アリシアに詰られることもなくなり、その要因となったルイーゼに対し、エクレーナが感激して抱き着こうとしている。

 が、その動きは始めから分かっていたようで、エクレーナが飛びつこうとした際に魔力板で防がれて顔面を強打してしまった。


 「ああ~!殺生なぁ~!陛下ぁ!このエクレーナの感謝の気持ちをなにとぞ~!」

 「やめなさいっての暑苦しい!せっかくお風呂に入ってサッパリしたのにまたジトジトしたらどうしてくれるのよ!?」


 改めて思うが、ルイーゼに案内をしてもらいながらも夜や移動中に稽古や修業を娘なっているおかげで彼女の戦闘力は間違いなく上昇している。

 タンバックに到着した時点でのルイーゼでは、先程のエクレーナの抱き着きは予測できなかったし回避もできなかっただろう。


 確実な成長を喜ぶとともに、城にいる間は更にルイーゼと修業を行おう。

 ルイーゼは今よりももっと強くなる。



 風呂から出た私達が向かったのはルイーゼの寝室だ。

 流石に遅い時間だからな。今日は修業はなしだ。

 なお、アリシアとエクレーナは着いてきていない。いくら親友や元世話係といえども一緒に就寝することはできないようだ。


 では私はどうなのだろう?と疑問に思ったのだが、正直な話今更である。ルイーゼとは今日までの間にいつも同じ部屋で寝ていたのだ。


 寝室の扉に手を掛けて扉を開けようとしたところで、ルイーゼがこちらを振り向いた。やや不審なものを見るような目をしているが、どうしたのだろう?


 「それじゃあ、寝室の中に入れるけど…笑わないでよ?」


 笑うわけがないだろう。そもそも部屋の中も魔王城に到着した時点で既に『広域ウィディア探知サーチェクション』で把握済みだ。

 あれから寝室にまったく手を付けていないので、私が『広域探知』をした時とまったく部屋の様子は変わっていないのだ。


 寝室の中に入ってみれば、種類も大きさもさまざまな大量のぬいぐるみが私達を迎えてくれた。

 やはりルイーゼはぬいぐるみが大好きなのだ。抱きしめて寝る年齢ではないと言っていたが、実際にはきっとお気に入りのぬいぐるみを抱きしめて寝ているのだ。

 寝る時にウチの子達を抱きしめて寝ているのだから間違いない。


 「その話はもういいから!良いじゃないのよ、ぬいぐるみを抱きしめて寝たって…。柔らかいから気持ち良いのよ…」

 「悪いとは言っていないさ。それに、抱きしめて寝るようなお気に入りのぬいぐるみを私にくれたのだろう?それが私には嬉しいんだ」


 尻尾で優しくルイーゼを抱きしめて頭を撫でておこう。

 部屋に置いておかずにわざわざ自分の『収納』に仕舞っておいたのだ。きっと私に譲ってくれたぬいぐるみは相当なお気に入りだったのだろう。

 改めて、大切なものを譲ってくれたルイーゼの心遣いを嬉しく思う。


 では、遅くなったがルイーゼにそのぬいぐるみのお返しをさせてもらおう。

 ぬいぐるみのお礼は時計カバーで返しはしたが、細かいことは気にしないのだ。


 「それじゃあ、ルイーゼ、目を閉じてもらえる?」

 「ん」


 少し驚かせようと思いルイーゼに頼めば、彼女は素直に目を閉じてくれた。

 口の両端が少し吊り上がっていて、これから何が起きるのか、なんとなく予想がついているのだろう。

 ぬいぐるみをプレゼントすると予め伝えていたのだ。その時が来たのだと理解しているのだろう。


 ルイーゼを尻尾から解放し、彼女の後ろに立つ。

 そして彼女の目の前にウチの子達のぬいぐるみを取り出し、そのぬいぐるみ達ごとルイーゼを尻尾で抱きしめる。

 後ろは私が、前方はぬいぐるみによって包まれた状態だな。


 「ふわっ!?こ、この触り心地って!?」

 「目を開けていいよ」

 「………うっきゃあああ~~~!!かっっっわいいい~~~っ!!!なにコレすっごく可愛い!!ねぇ良いの!?こんなに凄いの貰っちゃっていいの!?」


 ルイーゼがここまで喜んだ姿を、私は今まで見たことがあっただろうか?

 時計カバーを渡した時もとても嬉しそうな表情をしてくれたが、今回はそれを上回るな。いつもよりも若干幼く感じる。


 良い表情だ。ルイーゼを抱きしめていなければこの場でルイーゼの絵を描いていたぐらいだ。作った甲斐がある。

 まぁ、表情は記憶したので、時間に余裕ができた時に描かせてもらうが。帰ったら家に飾るのだ。


 「勿論だとも。凄く喜んでくれて嬉しい」

 「こんなの私の方が嬉しいわよ~~~!!しかもすっごくスベスベでフワフワでモコモコなの何なの!?この肌触りってさっきのドレスと同じじゃない!!」

 「それはそうだよ。ぬいぐるみの材料はドレスの作者であるフレミーの糸だからね。凄いでしょ」

 「うん!!」


 ああ、なんとなくだが、ルイーゼが魔族達から強く慕われている理由が分かった気がする。

 今のこの天真爛漫な笑顔こそ、ルイーゼの本来の表情なのだろう。魔王国の魔族達は、きっとこの表情を知っているのだ。

 慕いたくもなるだろうな。ルイーゼの種族で87才というのは、まだまだ子供なのだと認識させられる。庇護欲をそそられると言うヤツだ。


 実はこのぬいぐるみたちにはちょっとした機能をアレコレと取り付けてあるのだが、その説明は何も今からする必要はないだろう。


 私はもう寝る時間なのだ。そして嬉しいことにルイーゼのベッドはリガロウが乗ってもなお余裕が大いにある。


 「それじゃ、今日はそろそろ寝ようか」

 「難しいこと言わないでよ!こんな素敵なぬいぐるみを渡されちゃったら、興奮で寝れないわ!」

 「じゃあ、ウチの子達とぬいぐるみ、どっち抱いて寝る?」

 「ええっ!?」


 ぬいぐるみを気に入ってくれたのは非常に嬉しいが、ルイーゼはウチの子達をとても気に入ってくれているからな。抱きしめるのならばどちらかだろう。


 「………今の私なら…ベッドの大きさもあるし…きっとイケる筈…!決めたわ!」


 そう言ってルイーゼが導き出した答えは、私の背後に突如現れた気配で理解できた。


 「今の私ならどっちかしか選べないなんてことはないのよ!どっちも抱きしめて寝るわ!」


 そう。ルイーゼは『幻実影ファンタマイマス』による幻を出現させてぬいぐるみとウチの子達の感触を両方堪能する気なのだ。


 ルイーゼもその答えに辿り着いたか。

 しかし、果たしてぬいぐるみとウチの子達の感触を同時に体感してルイーゼは耐えられるかな?その答えは明日になれば分かるだろう。


 リガロウにベッドに乗ってもらい、今日はもう寝るとしよう。

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