第561話 来ちゃった
可愛い。
とても小さいが雛ではなく成体となったカラスである。成体ではあるのだが、その大きさは私の手のひらに収まってしまうほどに小さい。小鳥と言って問題無いサイズだ。
私の尻尾の上に乗った時点で分かっていたことだが、警戒心が全く無い。それどころかこちらを信頼しきっている様子だ。あ、コッチに来た。
「ガアアア…」
人差し指を小さなカラスに差し出してみれば、自分から顔を私の人差し指にこすりつけてきた。しかも気持ちよさそうな鳴き声まで上げている。羽毛はフワフワだ。
いや、本当に可愛いな。構い倒したくなってしまうじゃないか。
小さなカラスの足元に人差し指をさし出せば、一切ためらうことなく私の指に乗ってくれた。ならば、このまま私の顔の前まで連れてこよう。
「それで、その姿は分体なの?それとも気配の遮断でも覚えた?」
『うん。来ちゃった』
来ちゃったじゃないだろう。来ちゃったじゃ…。
いや、実際に会ってみたいと願ったのは私だけども。
しかしアリシアは既に意識を取り戻しているのだが、彼女に反応はない。人間の
だとするならば、やはり気配を遮断できる術を身に付けたのだろう。
そう、このとても小さなカラスは、何を隠そう導魂神、もしくは鴉神と呼び慕われているロマハである。
「魔族の教えではすべてのカラスに貴女の因子が入っていて、その因子を通してこの世界を見据えているって話だったけど、それは本当?」
『そんなことできるわけないじゃん』
できないのか…。
だとしたら何故そんな風に話が広まっているのだろう?
『さぁ?』
「さぁって…。で、その姿が本体なの?」
『本体とも言えるし違うとも言える。私は魂が抜けた肉体に憑依して実体化するから』
「一度魂から抜けた肉体じゃないと駄目?」
「ダメ」
なるほど。ということは目の前の小さなカラスは一度死んだ状態だったのか。つまり、"
『それは違う。私が肉体に憑依すると大体こんな感じになる。ちなみに、この肉体は結構前から使ってる』
憑依した時点で肉体が再構築されているのだろうか?とにかく、この目の前の小さな可愛らしいカラスがロマハの実体で間違いないようだ。
結構前から使っているとのことだが、神の感覚で言う結構前だから、相当昔の話なのかもしれないな。
『ん。大体3万とちょっと前』
「その体って実は結構頑丈?」
『これでも神様。駄龍と互角に戦える』
このサイズでルグナツァリオと戦えるって、とんでもないな。
魔力も"氣"も星の力も感じないのだが、抑えているからだろうか?
『ん。頑張った。褒めて』
やはり気付かれないように神の気配や魔力等を抑え込んでいたのか。よくできるようになったな。それとも、今までやろうとしていなかっただけなのだろうか?
ああ、そんな風にこちらを見て首をかしげないでほしい。可愛くて堪らないじゃないか。
「そっか。偉いね。それに凄いよ。これからは気軽に会えるのかな?」
『ん。会おうと思えばいつでも。でも、存在を隠蔽するのは結構疲れる。って言うか今も結構疲れる。撫でて』
撫でるとも。撫でるし頬擦りもしよう。
ああ、ふわふわで暖かくて可愛い…。このまま魔王城で一緒に暮らしてくれるのだろうか?というか家に連れて帰ったら駄目だろうか?
『流石に無理。アリシアが死ぬ』
「比喩ではなく?」
『比喩じゃなくて真面目な話。色々耐えられなくて死ぬ』
なんてこった。
あわよくばアリシアにもロマハの姿を見せてあげようかと思ったのだが、それは叶わないようだ。
ん?待てよ?
今すぐとはいかないが、魔王国の潜水艦が深海に到達できるようになったら、魔族達はズウノシャディオンの元へと向かうことになる。
その時はアリシアも同行すると言っていたが、直接会うのは拙いんじゃないか?
『うん、拙い。死ぬ』
「…止めてくれる?」
『まかせて!』
了承したロマハが翼を動かして親指を立てる仕草を見せてくれる。
器用なことだ…と一瞬思ったが、風切羽を指のように動かすのは構造上無理じゃないか?どうなっているんだ?
『神様パワー』
「そう…」
そんないい加減な…。
いや、五大神ならばそれでどうとでもなるのかもしれないな。そもそもロマハの肉体は死体を再構築しているようだし、念じるだけで本来は動かない部位でも動かせるのかもしれない。
あ、今度は人が両腕を腰に当ててふんぞり返る仕草をしだした。
この仕草も鳥の翼の構造上不可能な仕草なのだが、問題無く行えている。可愛い。嘴の下辺りを撫でておこう。
「ガアアア…」
「気持ち良いの?」
『うん。気持ちいい。幸せ…』
私も幸せな気分だ。
ところで魔王城で一緒に生活はできないそうだが、私の家には来てくれないのだろうか?
『できないことはないけど、仕事があるから…』
「私の家じゃ仕事はできないの?」
『結界の影響で"楽園"の外が分かり辛くなる…』
ああ…。星の力を管理している以上、世界の状況が分からなくなるのは拙いのか。
だからといって結界を解除するわけにもいかないし、ロマハと一緒に家で暮らすのは諦めた方が良さそうだな。
『本当に残念。駄龍にも自慢したかった…』
「それは仕方が無いよ。今こうして実際に会えているだけでも、私は嬉しいよ」
『私も嬉しい!でもそろそろヤバイ…』
神の気配やその他諸々をあまり長い時間抑え込むことはできないらしい。名残惜しそうにしてはいるが、そろそろ別れなければならないようだ。
『もう行くね?ルイーゼもアリシア連れてコッチに来てるし。あ、そだ』
スイーツと酒を取りに行ったルイーゼが戻ってくるようだ。アリシアも連れてくるのなら、確かにこの場から離れた方が良いだろう。
去り際に何かを思い出したのか、私に背を向けながらこちらに振り返った。
『最近何か空間がおかしい。駄龍も色々調べてるけど、詳細は分かってない。近い内に何かあるかも。気を付けて』
「うん、分かった」
かなり気になる情報を伝えてからロマハは私の人差し指から飛び去って行った。
風も何も発生していないというのに凄まじい速度だ。間違いなく音速は超えている。
だというのに空気の壁を突破した際の衝撃波が発生していなかったりと、ロマハは周囲に影響を及ぼさずに高速移動が可能らしい。流石は神といったところか。
ところで、空間がおかしいとは一体どういうことだろうか?
まさか『
参ったなぁ…。私が修業をするのに最適な魔術なのだが、亜空間に干渉するとこの世界に影響が出るようなら、『亜空部屋』を封印する必要が出てくる。
加えて私の修業方法も考え直さなくてはならなくなるな…。
家に帰ったらルグナツァリオにも詳細を聞かせてもらうとしよう。
ロマハが言うには近い内に何かが起こる可能性があるようだが、願わくば私が魔王国にいる間には起こらないでほしいものだ。
人間達は夜空の星に願い事をする風習があるようだし、私もそれに倣って夜空を見上げて願っておくとしよう。
ロマハが私の指から飛び去ってから1分ほど経過したところでルイーゼとアリシアが私の元まで来た。
そう言えばフレミーの服を着たままなのだが大丈夫だろうか?ルイーゼも同じくフレミーの服を着たままなので大丈夫だと思いたいが…。
「お待たせー。ゴメンね、遅くなっちゃって。アリシアがどうしてもって言うもんだからさ…」
「うあああああ!!感じる!すっごく感じますぅううう!!!尊い気配がすっごく、ビンッビンに伝わってきますぅううううう!!!」
「…ナニコレ?」
ルイーゼに連れて来られたアリシアは、まともな状態ではなかった。
いや、まともな格好ではなかったというべきか。
全身を分厚いマントのようななにかで包まれ、更にアリシアの顔よりも1周り以上大きな兜をかぶせられている。どの装備にも強力な遮断効果が付与されている。
なぜアリシアはこんな不自由極まりない格好をしているのだろうか?
「決まってんでしょ?こうでもしないとまた鼻血ブーして倒れるわよ?」
「ここまで厳重にする必要あるの?何も見えないどころか何も感じられなくない?」
「この子の感知能力を舐めちゃダメよ。現にアンタの気配を感じ取ってやたら興奮してるでしょ?」
今のアリシアが身に付けている装備はかなり強力な遮断効果を持っている筈なのだが…。流石、私達が魔王国に上陸する前から存在を感知していただけのことはある。
「んー…。でもおかしいわね?いくらノアがこのヤバイドレスを着てるって言っても、私に対してはそれほど大袈裟な反応はしてなかったんだけど…」
これは…。まさかロマハの気配の残滓を感知したのか?
ありえない話ではないな。
この場所から飛び去る際に物理的な影響を及ぼさないような移動を行ったのだ。
音や風は発生しなかったかもしれないが、そういった事象を起こすためにはロマハが超常的な力を行使する必要がある。
その際に使用した力の残滓をアリシアは感じ取ったのかもしれないな。
「あああ~~~!尊いです!この場にいるのですね!?一瞬たりともこの目に収められなかったあの衣装を身にまとったノア様が!!分かります!伝わってくるのです!」
「…落ち着かせなくて良いの?」
「ごめん、しばらくこのままにしてあげて。私達のこの衣装見られないの、結構ショックだったみたいだから…」
血が出るほど唇を噛み締めて耐えていたものなぁ。だというのにまったく視界に収められずに倒れてしまったのでは、確かに不憫だ。
とりあえず、ロマハの残滓を感じ取ってここまで荒ぶっているわけではないということだな。
ならば、気の済むまで感動させておこう。少しずつでも耐性がついてそのうち落ち着くだろう。
「でも、こんな装備があるなら最初から身に付けておけばよかったんじゃ…。いや、ゴメン、やっぱり今の無しで」
「そうね。確かに最初からコレを着てれば絶えれたかもしれないけど、流石に可哀想でしょ?ずっと見たかったものが見られないんだから。コレはあくまでも最終手段だったってわけね」
アリシアが私を見て気を失ってしまうのは、私がこの国に来る前からある程度予測できていたことだったのだ。
ならばと気を失わせないために用意したのが、今アリシアが装備している外部から伝わる様々な感覚を遮断する装備だ。
だが、それでは折角ずっと会いたがっていた相手の声も姿も認識できなくなってしまう。それは不憫だとルイーゼは感じたわけだ。
だから彼女はやや強引な特訓を午前中に行ったのだろう。
その甲斐もあってアリシアはある程度の耐性を身に付けていた。
尤も、それでもフレミーの服を着た私達の姿を見た途端気絶してしまったのだが。
そこで最終手段のこの装備である。
「アリシア以外の魔族が使ったら本当に何も感じられなくなっちゃう、一種の拷問装置ね。勿論、私やノアなら大丈夫だけど」
だとしても周囲の状況を認識し辛くなるのは間違いないだろうな。
自ら進んで装備したくはない。色々と動き辛そうだし、何より私から見てオシャレではないからな。
「これでも頑張ったのよ?元はもっとゴッテゴテでカックカクな箱みたいな形だったんだから」
「それ、もう装備じゃないよね?ただの箱だよね?」
もっと言うならそれは封印か何かではないだろうか?
それが自力で移動できるようになっているのだから、本当に頑張ったのだろう。
ルイーゼの頭を撫でて褒めてあげよう。ついでにスイーツをいただくのだ。
「凄いよ。感心した。というわけでコレ貰うね」
「何が[というわけ]よ。でもまぁ、褒められて悪い気はしないわね」
「あああああ~~~!分かります!分かりますよぉ~!お2人は今、とっても、とぉ~~~っても尊いことをしていらっしゃいますね!!?伝わってきます!伝わってきますよぉ~~~!!」
静かな星空の下でルイーゼの頭を撫でている。
そんな光景を想像していたのだが、それは許されないようだ。
「ルイーゼ、巫覡ってさぁ…」
「言わないであげて。普段はまともな良い子なんだから」
むしろその反動でここまで豹変しているんじゃないかと疑いたくなってくる。私が今まで見たアリシアの様子は、ほんの一端に過ぎなかったようだ。
この分では、アリシアと一緒に風呂に入れるかどうか疑問だな。
まぁ、彼女の耐性の付き易さと努力に期待しよう。
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