第560話 ガー

  まさかここで私の写真集が出てくるとはな。流石に予想がつかなかった。

 ルイーゼが私の大ファンだという情報はエイダの耳にも当然入っていたわけだが、どういう情報網を伝ったのか、彼女はニスマ王国で私の写真集が発売されたという情報を入手していたのだ。


 娘の誕生日も近いということで、プレゼントはこれしかないと判断したようだ。変装してこっそりニスマ王国へ旅行に行ったらしい。

 そして真っ先にチヒロードに足を運び争奪戦を勝ち上がったそうだ。

 引退して隠居の立場になったとは言え、凄まじい行動力である。


 渡されたルイーゼも嬉しそうにしているが、私と写真集を見比べて何処か戸惑っているように見える。


 素直に受け取れば良いと思うのだが、なかなか受け取ろうとしていない。


 「取らないの?」

 「いや、あの、モデルになった本人が傍にいるとなんかさ…」


 確かに私の写真集だが、ルイーゼは既に写真集の撮影を行った様子を記録した結晶体を私から受け取っていることを忘れてしまったのだろうか?

 アレを本人から手渡されているというのに、今更な話ではないだろうか?


 「アンタはアンタで気にしなさすぎじゃない?」

 「気にするようなら最初から写真集なんて作っていないとも」


  その言葉にルイーゼも受け取る決心がついたのだろう。エイダが手にする写真集に手を伸ばし始めた。


 が、それは一旦待ってもらうとしよう。少し思いついたことがある。


 「ちょっと待って。エイダ、ちょっとソレを貸してもらって良い?」

 「え?ええ、どうぞ?」

 「え?なに?どうするの…?てか、なんで平然と渡しちゃうの…?」


 自分のためのプレゼントをあっさりと私に渡されてルイーゼが困惑している。

 心配しなくても中身を見るつもりはないとも。ただ表紙に少し手を加えるだけだ。


 有名人に関する書物にその当人が行うことと言えば…そう、サインだ。

 ここはシンプルに[ノアからルイーゼへ]とメッセージを記入しておこう。勿論今はまだルイーゼに見せない。どうせすぐに分かることだしな。


 記入が終わったら再びエイダに写真集を返却する。

 私からルイーゼに手渡しても良かったのかもしれないが、エイダからのプレゼントなのだ。彼女の手から受け取ってもらいたい。


 「あらまぁ、これって一体どれだけの価値になるのかしら?間違いなく世界で1つだけの写真集になっちゃったわ」

 「ねぇ、余計に受け取り辛い物になっちゃってない?」

 「まさか。ルイーゼのために用意たんだから遠慮なく受け取れば良いよ」


 写真集をエイダから受け取り私が書いたサインに目を通すと、驚きと喜びが入り混じり、妙な表情となっている。所謂変顔と言うヤツだ。

 しばしコロコロと表情を変えて落ち着くと、写真集を抱きしめて俯きこちらを上目遣いで眺めてきた。


 「気に入った?」

 「うん…。ありがと…。何だか色々と貰ってばっかだわ…」

 「まだまだ渡す物はいっぱいあるよ」


 ぬいぐるみも渡していないし、マギモデルだって用意している。料理も振る舞って行こうと思っているし、思いついたらその都度ドンドン追加していくつもりだ。


 プレゼントも私終ったところでエイダもグレイもウチの子達とリガロウに興味を持ったようだ。紹介を頼まれた。


 勿論紹介するとも。どの子達も私の自慢の配下と眷属だ。たっぷりと自慢してやろう。



 エイダもグレイもモフモフ好きなようで、自己紹介が終わるとウチの子達を撫でて可愛がり始めた。

 実力としてはウチの子達の方が上ではあるが、まるで物怖じしている様子がない。

 そしてグレイはモフモフ以上にドラゴンが好きらしい。ウチの子達を一頻り撫でるとリガロウに構い始めた。あの子の隣に座り、顔を撫でている。


 「君の戦いぶりを見せてもらっていたよ。その若さで凄い才能だね。今度僕とも手合わせしてもらっても良いかな?」

 「ハイ!色々教えてもらいます!」

 「はは!うんうん。君はとても勤勉な子だね。その勤勉さと向上心が強さの秘訣かな?」

 「俺よりも強い奴はいっぱいいます!でも、姫様が俺もいつかはそんな奴等を追い越せるって言ってくれたんです!だから俺はそれを信じて強くなるだけです!」


 リガロウの言葉が私の耳に入り、心に温かいものが込み上げてくる。

 ああ、私の眷属はなんて良い子なのだろう。

 何度も思い知らされて理解しているこどではあるが、多分この先も何度も思い知らされるのだろう。


 私はグレイの反対側に座りリガロウの首筋を撫でておこう。


 ウチの子達の紹介も済んだのだ。そろそろルイーゼの過去の話など、親世代でなければ知らない話などもしてもらおうか。


 だが、そう簡単には情報は得られそうにないな。ルイーゼが自分のいる場所で自分の恥ずかしい過去を話させるわけがないのだ。眼を鋭くして両親を見つめている。


 「そう言えば、宰相がルイーゼのアルバムを持っているって言ってたけど、エイダ達は持っていないの?」

 「勿論持っているわ。それと、多分だけど彼の持っているアルバムとは内容が違っていると思うわ」


 ほう。それは良い情報を聞かせてもらった。だとしたら後で宰相にも声を掛けてこっそりアルバムを見せてもらうべきだろうな。


 「…禄でもないこと考えてるでしょ…」

 「そうでもないさ。アルバムを見せてもらいたいと思っただけだよ」

 「誰から?誰のアルバムを?肝心なところを省いて言い逃れしようったってそうはいかないわよ!」

 「というわけでルイーゼのアルバムを見せてもらって良いかな?」

 「ええ、たっぷりとお話ししましょう!この子の可愛いエピソードはそれはもうたくさんあるんですから!」

 「話聞きなさーい!」


 話を聞くようにルイーゼが訴えているが、質問に答えてしまえば色々と妨害されてしまうだろうからな。こうして関連付けた話題をさっさと進めて有耶無耶にしてしまうのだ。


 「ふ~ん、そう。そう来るのなら、私も四六時中アンタと一緒にいる必要があるみたいね?」

 「望むところさ。一緒にルイーゼの小さい頃の話や失敗談を聞かせてもらおうじゃないか」

 「私のこと以外にも色々と面白そうな話あるでしょ!?アリシアのこととかさぁ!」


 それも楽しそうではあるが、少なくとも今のアリシアでは無理だろう。簡単なことで気絶してしまうこと請け合いだぞ?そもそも正気を保っていられるかどうかも怪しい。


 「イケるって!そのためにわざわざ特訓したんでしょ!?私だけ恥ずかしい過去を暴露されるのはどうかと思うわ!」


 そうは言っても私に関しては特にこれと言って話すことが無いからなぁ…。そもそも私は過去の話をするほど年齢でもないし。

 ああ、でもウチの子達に効けば私が自覚していない失敗談なんかを語ってくれたりするのか?

 いや、語るにしてもそれは"楽園最奥"での出来事になるしなぁ…。いくらルイーゼの両親といえど、こんな場所で話すわけにはいかないか。


 「うん。やっぱりルイーゼの話をするしかないかな?」

 「そういうことでしたら私が。陛下や先王陛下だけでなくお歴々の方々のあんなエピソードやこんなエピソードを記憶しています」


 私達の会話に平然と宰相が混ざってきた。割り込んで来たと言っても良い。相変わらず会話に割り込むタイミングを見極めるのが上手い人物だ。


 しかし、そこは付き合いの長いエイダが素早く行動に出た。

 宰相の頭部に彼女の右手が乗せられ、そのまま握りめて持ち上げたのである。


 「あらぁ、ユン。貴方乙女の秘密をこの場でさらけ出すつもりかしら?」

 「せ、先王陛下!魔力を込めた手で頭部を握り潰そうとするのはお控えください!死にはしませんが飛び散ってしまいます!」

 「そうねぇ…。折角のパーティ会場が貴方のせいで汚れるのは面白くないわね…。でも、その間は静かになるのは間違いないし、どうしようかしら…?」


 流石は先代魔王。魔王の力をルイーゼに継承したと言ってもその実力は三魔将よりも上だ。魔力量もグレイより多い。


 「相変わらずママって容赦ないわ…」

 「ルイーゼが甘過ぎるのよ。ユンは頑丈なんだから遠慮なくやっちゃった方が良いわよ?」

 「どうせすぐに元通りになるからキリがないのよねぇ…」


 散々な言われようである。

 まぁ、確かに宰相の再生能力は非常に高い。なにせ彼は魔族の中でもかなり特殊な種族だ。

 人間とそう変わらない見た目をしているが、彼の正体はスライムと呼ばれる粘性生物だ。そう、魔族の祖と呼ばれているあの粘性生物に非常に近い種族だったりする。

 魔族の祖である粘性生物と同様義体能力を所持しており、今は一般的な魔族と同じ種族に擬態しているようだ。


 だが、魔族の祖と同じ粘性生物ではないだろうな。

 ルグナツァリオ達が生み出した粘性生物は生物強度が対して強くないと語っていた。

 それに対して、目の前で頭を締め上げられている宰相はどうだろうか?


 彼の場合、肉片の1欠片と魔力さえあればどれだけ肉体を失っても元に戻れるだけの再生能力を有している。どこか別の場所に分体でも用意しておけば仮に活動させている肉体を失っても復活が可能な筈だ。

 つまるところ、宰相は非常にしぶといのである。


 そんな非常にしぶとい宰相に対していちいち労力を使っていられないとルイーゼは判断したのだろう。その結果があの爆音と衝撃を発生させるハリセンというわけだ。

 いくら大きなダメージを与えてもすぐに快復してしまうというのなら、宰相が発する声よりも大きな音と衝撃を与えて強制的に黙らせるまで。コレがルイーゼの考えた対処法なのだろう。


 「いやはや、陛下の対処法は私にとって非常に斬新で、つい受けてみたくなってしまいます。陛下御自身もとてもからかい甲斐のある御方で、今代になってからというものとても楽しい生活を送らせていただいております」

 「随分と余裕ねぇ…。やっぱりこのままグシャッといっちゃおうかしら?」

 「まぁまぁ、いつものことだし、折角持って来たスイーツが台無しになるのもつまらないだろう?」


 うむ。エイダもグレイも、その手には大量のスイーツが盛り付けられた大皿を乗せている。もしもこの状態で宰相の頭を潰せば彼の粘体が飛び散り少なからずスイーツに付着してしまう。

 別に私はそれでも遠慮なく食べるが、ルイーゼはそうはいかないだろう。


 「しょうがないわねぇ…。まぁ、私も折角のスイーツにユンが掛かっちゃうなんて嫌だし、このままにしておきましょうか」

 「先王陛下?できれば解放していただけるとありがたく存じます」

 「嫌よ。貴方ルイーゼだけじゃなくて私のアルバムも持ってるでしょ?しばらくそのままでいてちょうだい」


 エイダは宰相の頭部から手を放すが、宰相の体は宙に浮かんだままだ。魔力板を周囲に展開させて拘束してしまっているのだ。

 しかも頭を締め付けていた手の形をした魔力板も生成して宰相の頭を締め付けたままにしている。

 彼女の魔力によって全身を覆われてしまっているせいで粘体状態になることもできないようだ。


 スイーツが汚れる心配もなくなったことだし、早速いただくとしよう。

 甘いものを食べ、紅茶でのどを潤し、ルイーゼの幼い頃の話を聞かせてもらうとしよう。



 あれから2時間ほど話し込んだところで私はルイーゼと共にバルコニーへと足を運んでいた。

 時間も時間のため、夜空に煌く星々が非常に美しいのだとか。

 なお、ウチの子達やリガロウはパーティ会場にてエイダ達に構い倒されている。


 引っ張られるようにしてバルコニーへと出てみれば、確かに満点の星空が私達を迎えてくれた。ルイーゼの言葉に偽りはなく、いつまでも見ていたくなるような光景だ。

 星空を見たことが無いわけではなかったが、こうしてじっくりと見る機会はあまりなかったかもしれない。


 なにせ、私は基本的に夜になったら屋内に入るし、家を建てる前もやることが多くてこうして星を眺める余裕がなかった。


 まいったな。首を下に向けられない。できれば日が昇るまでこうしていたいぐらいだ。


 「まぁ、アンタには首が疲れるとかそういう心配はないでしょうね。ちょっと待ってて。適当にお酒とスイーツ持って来るわ」


 そう言ってルイーゼはパーティ会場に戻ってしまった。

 酒とスイーツか。うん。この絶景を眺めながら口にする酒や甘味はさぞ格別なのだろう。口にするのがとても楽しみだ。


 そうだ。ここでなら誰も見ていないことだし、ルイーゼが戻って来たらオーカムヅミの酒を出しても良いかもしれないな。


 そんなことを考えながら空を見上げていると―――


 「ガー」


 バルコニーの手すりに乗せていた私の尻尾に、とても小さな1羽のカラスが降り立った。

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