第559話 先王と挨拶
いやぁ、動いた動いた。流石は腕利きの魔族達。なかなかに楽しめた。
現在、私は両手にハイドラを携えて会場の中央に佇んでいる。そして私に挑んだラビック以外の魔族達が全員床に横たわっている。
パーティの参加者が全員私に挑んで来たというわけではないが、少なくとも先程まで試合を行っていた者達はリガロウを除きラビックを含め全員私に挑んできた。
リガロウはエクレーナとの試合を終えて眠りについてから、目を覚ましていないのである。
「また随分と派手に暴れたわねぇ…。ていうか、ソレなによ?やたら物騒に見えるんですけど?」
「心外だね。コレは痛みや衝撃はあるけど傷つけたり破壊はできない、遊ぶための玩具だよ?」
「いや痛みを与えるって…」
私の隣に降りてきたルイーゼがハイドラの感想を述べている。
痛みとは危険を知らせる信号である。この痛みが無ければ生物は自分の肉体を顧みずに行動が可能になる。いや、なってしまうと言った方が良いか。
戦闘中に痛みを感じなければ躊躇なく相手に攻撃できるだろうが、同時に自分の肉体を危険にさらす行為も平然と、しかも無自覚に行うことになるのだ。
最悪の場合、致命傷を受けているのに気づかない可能性すらある。結果、治療を行わずに息絶えてしまう、なんてこともあり得るのだ。
「実際に攻撃を受けていたらどれだけの痛みを伴うことになるか、しっかりと知ってもらいたいからね。痛みを与えないというのは無しだよ」
「その痛みでショック死しちゃったりしない?」
「痛みでショック死…」
「ちょおぉい!?考えてなかったの!?」
少なくとも今のところ痛みでショック死している者はいないようだからな。気にしたことが無かった。ジョージですら耐えられるのだから、この場にいる者の中で耐えられない者などいないのだ。
そもそもこのハイドラはある程度実力のある者と遊ぶための玩具なのだ。痛みでショック死してしまうような者相手に使うつもりはない。
「万が一って場合もあるでしょうが…。対策とか考えた方が良いんじゃない?」
ううむ…。ルイーゼがそう言うなら、対策を考えた方が良いのかもしれないな。
だが、それは今ではない。今は他にやることがあるのだ。
会場全体に治癒魔術を発動して床に横たわっている者達の体力を回復させよう。ついでに戦闘に参加していない者達にはマッサージ効果でも与えておこう。
「また気軽にとんでもないことしてるわねぇ…。1度の広範囲魔術で相手によって効果を分けるとかどうなってんのよ…」
「ん?ああ、少し構築陣に手を加えて内容を追加させればいいんだよ。疲れていない者と疲れている者とで効果が分かれるように設定したんだ」
「ああ、そう…」
そんなに呆れた表情でこちらを見ないでほしいのだが?しかしこの視線にももう慣れてきたな。それだけルイーゼを呆れさせたということでもあるのだが…。
おや、片付けられていた机が再び並べられ、更には料理まで追加されていく。
今度はスイーツがメインだな。果物に焼菓子に生菓子、よりとりみどりだ。食後のデザートといったところか。
「体も十分に動かしたことだし、甘い物でも食べて体を労わりましょ!今回初めて披露するスイーツなんかも用意してあるから、楽しんでいってね!」
ほほう。運動後のスイーツとは、ルイーゼもにくいことをしてくれる。
戦いに参加していなかった者達にとっても食後のデザートとなるだろうし、戦いに参加して体力を消耗した者達には嬉しいご褒美となるだろう。
先程私が魔術で彼等の体力を回復させはしたが、体が甘いものを欲しているのは変わらないようだ。
皆して机に殺到して遠慮なしにスイーツを手にした皿に盛り付けている。
完全に出遅れてしまったな。ルイーゼの方を見れば、彼女は私が先程渡したハチミツ飴を口に含み、幸せそうな表情をしている。
「~♪あら?取りに行かなくて良いの?そう簡単になくなるとは思わなけど、早い者勝ちよ?」
「うん。まさか魔族達があそこまで甘いものに目が無いとは思わなかったから…」
ルイーゼは最初からスイーツを取りに行くつもりが無かったらしい。ハチミツ飴を手にして余裕そうだ。
この国で提供してもらったスイーツが美味かったのは私も実際に口にして知っている。新作のスイーツも振る舞われるというのなら、是非とも口にしたいところだ。
しかし魔族達はこぞって机に向かって行ったが、そこからは綺麗に列を作って並んでいる。スイーツを巡って喧嘩などは起きないらしい。
あの様子ならば私が今から慌てて列に並ばなくても問題無いだろう。彼等が机から離れていくのを待つとしよう。
それまでは、結界を張り倒れてしまったアリシアを見てくれていたウルミラを撫でながら褒めてあげるのだ。
「ウルミラ、色々とありがとう。お疲れ様」
〈えへへ~。褒められた~。気持ちいい~〉
うんうん。気持ちよさそうにしていてとても可愛らしい。撫でていると幸せな気持ちになってくる。
ひとしきりウルミラを撫でたら他の子達も撫でてあげるとしよう。
ウチの子達を満足いくまで撫で、今も気持ちよさそうに寝ているリガロウの頭を撫でていると、リガロウが目を覚ました。
「ん…むにゃ…ぐきゅ~…グキャッ!?姫様!?」
「おはよう。今日までの稽古の成果はしっかりと出せていたみたいだね」
「はい!自分でも思った以上に上手く体を動かせたと思います!ですが、やっぱりエクレーナさんは強いですね」
最初から実力差を理解していたからか、リガロウに悔しがっていたり落ち込んだ様子はない。かと言って勝てないからとふてくされているわけでもない。
むしろ今のリガロウは向上心に満ち溢れている。私が許可を出せばすぐにでもラビックに稽古を頼みそうな勢いだ。
強くなる糸口が見えたのかもしれない。成長が楽しみである。
さて、スイーツを求めて机に集まった魔族達も軒並み離れて行ったようだし、私もスイーツを貰いに行こう。
と思ったのだが、2人の魔族が大量のスイーツを携えて私達に近づいて来た。
この気配は…。
「初めまして。娘が大変お世話になってます。スイーツは如何かしら?」
「ありがとう。ちょうど取りに行こうと思ってたところなんだ」
「パパ!ママ!」
うん、やはりルイーゼの両親だったようだ。
母親の方はウェーブがかかった金髪のミディアムヘアで私よりも若干高い背丈をしている。
見た目の若さは
父親の方は腰下まで伸ばした銀髪を後ろで1つにまとめている。
礼服の上からでは分かり辛いだろうが、彼の肉体はかなり鍛え上げられている。リガロウと対戦した貴族よりも体つきは細いが、身体能力は間違いなくこちらの方が上だろう。
他には見られない特徴として、額の中央に縦に開かれた瞳がある。視力もあるようだが、どちらかというと"氣"や星の力、それに隠蔽された魔力等、普通に見ようとしても見えないものを見るのに特化しているようだ。
折を見てこちらから声を掛けようと思ったのだが、向こうから声を掛けて来てくれたか。少しうちの子達に構い過ぎただろうか?
「いいんです。その子達を可愛がる貴女の姿は、それはもう素敵だったもの。バッチリキャメラに納めさせていただきました」
「その、許可も取らずに申し訳ない…」
別に構わないとも。勝手に写真を撮られることなど今に始まったことではないからな。それに、写真を撮られていること自体は把握していたのだ。何も問題無い。
「そんなことよりも2人共!自己紹介が先でしょうが!」
「うふふ、はいはい。この娘ったらはしゃいじゃって…。それでは改めまして。この娘の母、エイダです」
「私は父のグレイ。どうぞよろしく」
「よろしく。ところでノヴァーガ=オーダーという名前は、魔王のみが名乗れる名前だったりする?」
自己紹介をしてもらったのは良いのだが、2人がルイーゼのファミリーネームであるノヴァーガ=オーダーを名乗らなかったので、その理由を尋ねてみた。
ルイーゼの良心なのだから名乗る必要が無いからかもしれなかったが、こういった場で初対面の相手に家名を名乗らないのもおかしい気がしたのだ。
「流石の慧眼ですね。ええ、初代テンマ様の名乗ったノヴァーガ=オーダーは魔王の称号のようなもの。魔王以外にはその伴侶でも名乗ることを許されていません」
「魔王としての力を引き継ぐと同時に、名前もその時に襲名するの。引退した先王は家名を持たなくなるわね」
「加えて国政に関わらずに隠居するのが通例になっているかな?尤も、そういった決まりがある訳ではないのだけどね」
「初代様がそうだったからって言うのは大きいわね」
なるほど。それで基本的にエイダもグレイも魔王城にはいないのか。
2人の様子からして不満があるようには見えない。むしろ生き生きしているようにすら見える。
「この娘が早くに私と代替わりしてくれたおかげで、この人とゆっくりと過ごせていますから。とても助かっています」
「まぁ、まだ年若いこの娘に魔王の責務を押し付けるのは、どうかと思ったのだけどね…」
グレイはルイーゼを速くに魔王という役職に就かせたことに罪悪感を抱いているようだ。申し訳なさそうな視線を送っている。
「もう!いつまでその話してるの!?私はもう立派な大人なんですからね!それに、魔王に慣れるようになっちゃったんだからなるに決まってるでしょ!」
ルイーゼは以前、魔王になるためには魔王の秘伝奥義をすべて習得しなければ魔王として認められずにいつまで経っても襲名できないと言っていた。
それはつまり、ルイーゼはかなり若い時期に段階で秘伝奥義を体得したということでもある。まぁ、彼女は今も若いが。
「親馬鹿かもしれませんが、娘は新世魔王始まって以来の天才といわれているぐらいですからね。まだ80にもなっていない娘が魔王になると言い出した時は、それはもう反対しましたとも」
「まだまだぬいぐるみも手放せない子だったのに、いつの間にか立派に育って…。魔王になった途端甘えてもくれなくなって、とても寂しかったわ…」
「お、大人になったんだからいつまでも甘えるつもりはないの!」
ほうほう。ルイーゼは数年前まではぬいぐるみを常に持ち歩いていたのか。可愛らしいな。
いや待てよ?考えてみれば、私にぬいぐるみを渡したのは、彼女が『収納』にぬいぐるみを仕舞っていたからだ。
それはつまり…。
「今もぬいぐるみは手放せてなくない?」
「!?だ、抱きしめてたりはしてないもん!時と場所は弁えてるもん!って頭を撫でるなー!」
「あらあら、この娘ったら…!」
「そっか…。ぬいぐるみが要らなくなったわけではなかったんだね。良かった」
おや。子供っぽい口調になったルイーゼの頭を撫でていたら、グレイが安堵の表情を浮かべだした。今もぬいぐるみが好きだと知っての安堵のようだが、何かあるのだろうか?
グレイが収納から巨大な高さが3mはあるドラゴンのぬいぐるみを取り出してルイーゼに差し出している。
かなりデフォルメされて可愛らしい見た目になっているが、金色だし翼が2対だしで、間違いなくヴィルガレッドを模したぬいぐるみだ。
「ルイーゼ。誕生日おめでとう。僕からのプレゼントだよ」
「あ、ありがと…!」
受け取ったぬいぐるみを抱きしめると、ルイーゼはすぐに『収納』へと仕舞ってしまった。
まぁ、この場に置いておくわけにもいかないし、私室に戻った際にでも取り出すのだろう。それが分かっているからか、グレイは気にした様子がない。
それに、ルイーゼ自身は少し顔を赤らめて嬉しそうにしているからな。その気持ちがグレイに伝わっているのだろう。
2人のやり取りを見て、エイダが悔しそうにしている。出遅れてしまったことを気にしているようだ。
「グレイったら抜け駆けして…!それじゃあ、コレはママからのプレゼントです」
「えっ!?どういうこと!?何でママがこれを持ってるの!?嬉しいけどさぁ!どういうことなの!?」
ルイーゼが困惑するのも無理はないだろう。
何故ならばエイダがルイーゼに手渡したのは1冊の本。それも、この国では入手がまず不可能とすらいえる物だったからだ。
エイダがプレゼントとしてルイーゼに渡したのは、私の写真集だった。
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