第459話 夢の中での検証

 私の作った玩具ハイドラには、相手を負傷させないための魔術効果が付与されている。その効果は吹き飛ばされて壁等に激突した際の負傷からも保護してくれる。

 つまり、今しがた吹き飛んだジョージは、肉体的には無傷である。

 肉体的には。


 「う…ぐ…!いってぇ~…!」


 攻撃を受けた際の衝撃とそれに伴う痛みは据え置きである。

 膂力はジョージの身体能力に合わせて加減をしているが、それでも頑丈な素材で叩かれれば痛みを伴うのは当然だ。

 そして、ジョージはあまり痛みに耐性が無いらしい。


 「立てそう?」

 「押っ忍…!まだ…まだやれます…!」


 苦し気に刀の鞘で体を支えながらジョージが立ち上がる。

 肉体的には問題無いので、痛みが引いたら問題無く動けるだろう。


 「あ、アレ?確かに痛いのに…何ともない?」


 痛みが引くとともに体に異常が何もないことに気付き始め、不思議がっているな。


 「コレにはそういう機能が備わっているからね。そうでもしないと、思う存分じゃれ合う事ができないんだ」

 「じゃ、じゃれ合うって…。ソレ使う時ってマジで遊ぶ用なんですね…」


 玩具だからな。

 さて、ジョージの実力は大体理解できた。いいタイミングでリガロウも戻ってきたことだし、ここからの彼の相手はあの子に任せるとしよう。


 「ただいま戻りました!…ん?お前も起きたのか?」

 「お、おはよう…」


 昨晩はリガロウに散々な目に遭わされたようだ。ジョージはこの子に苦手意識を持っている。


 「お帰り、リガロウ。昼の時間までジョージの相手をしてもらって良いかな?」

 「アイツのですか?あの場所でダラダラしてるよりは退屈しなさそうですね」

 「ま、マジっすか…」


 私が見た限り、ジェルドスにリガロウほどの強さは無い。もっと言うならばリナーシェよりも確実に弱い。

 ならば、あの子とまともに戦えるようになれば、それはジェルドスとも十分戦えると言うことだ。

 戦闘スタイルや得意分野が異なりはするだろうが、その辺りはどうとでもなるだろう。


 ようやくジェルドスが城に運び込まれてきたのだ。

 態度が不快だったのでちょっと強めに叩いたせいか、未だに完全に回復しきってはいないな。

 だが、どうせアインモンドがエリクシャーを使用するなりして治療するから、決闘の予定に変更はないだろう。


 そんなことよりも修業法の確立だ。そのためには実際に試す前に検証を行いたいのだが、問題は協力者だな。可能ならば人間で、それも複数人から協力を得たい。


 1人はフウカに頼もうと思っている。彼女ならば多分快諾してくれると思うのだ。

 イネスには『幻実影ファンタマイマス』を教えるつもりがないので今回は協力を求めない。

 他に協力してくれそうなのは…。


 いた。


 「ノア様ぁ~。今日はどのようなことをなさいますかぁ~!お出かけなさるようでしたら、ご一緒させてもらってもよろしいでしょうかぁ~!」


 ハチミツ飴を譲り、話し相手にもなってもらったことですっかり私に懐いてくれた侍女だ。名前をキャロと言う。下心ありきではあるが、彼女からは既に恐れの感情は無くなっている。


 「ちょっとこの部屋で試したいことがあるから、それに付き合ってもらえる?」

 「どのようなことをなさるのでしょうか?」

 「ああ、貴女はそこのベッドで眠ってくれれば良いよ。後はこちらでやるから」

 「ふへぇっ!?よ、よろしいんですか!?」


 目を見開き、若干興奮気味になっている。私への協力という大義名分を得て堂々と仕事をサボれるからだろうか?良い性格をしている。


 「くっふぅ~!私、実を言うとお姫様が使うようなベッドに、一度は寝てみたかったんですぅ~!それでは!早速失礼させていただきまぁす!」


 私が何かを言う前にキャロははしゃぎながらベッドに乗って、そのまますぐに横になってしまった。

 まぁ、キャロは平民のようだし、豪華なベッドで横になる機会など無かっただろうから、はしゃいでしまうのも無理はない、のか?


 はしゃいでいたのもつかの間、横になった途端にキャロが大人しくなってしまった。


 「………ほぁあああ~…良い匂いがしますぅ~…。コレが、ノア様の香り…」


 多分、私の体臭ではなく洗料の香りだな。幻からは体臭は発生しないのだ。

 実を言うと、この部屋に再び幻を出した時にもう一度幻で風呂に入り直していたのである。


 ジョージとイネスが気持ちよさそうにしていたからな。風呂に入った感覚だけでも味わいたくなったのだ。

 その後監視の目を欺くために幻をベッドで横にさせているので、その時に洗料の香りがベッドに移ったのだろう。


 「すやぁ…」


 などと考えていたらキャロが眠ってしまった。彼女も寝付きはかなり良いらしい。


 それでは、早速始めさせてもらうとしよう。

 『夢談ドリーミャット』をキャロに掛け、彼女の夢に干渉させてもらう。


 キャロは現在特に夢を見ていないようだったので、私の方で夢を用意させてもらった。

 背景はジョージの時と同じく、小さな花が咲き乱れる草原にしておこう。精神的負荷を与えるつもりは無いからな。


 同様にフウカにも連絡を取って実験に協力してもらうとしよう。

 『通話コール』を掛けて確認を取れば、彼女は思った通り快諾してくれた。私が幻を彼女の元に出現させる頃には、既に準備万端となっていた。


 「ご説明いただいた内容からして、夢の中でノア様にお会いできる、ということでしょうか?」

 「うん。そこで話をしたり、何か練習したいことがあれば気の済むまでやってもらいたい」

 「願ってもいないことです。それでは、よろしくお願いいたします」


 ということでフウカにも『夢談』を施した。


 これで2人。できればもう1人、欲を言えば2,3人協力者が欲しいところだが…。

 良し、駄目元で協力要請を出してみるか。


 怪盗の騒動がまだ落ち着いていないためか、レオンハルトもクリストファーも自室で待機している状態なのだ。

 同時に2人を訪ねるわけにはいかないから、今回はレオンハルトに協力を要請しよう。彼にはオリヴィエへの手紙の返事を渡すという用事もあることだしな。


 「と言うわけで、協力を頼めるかな?それと、コレがリビアへの返事だよ」

 「いや、あの…入室早々協力を頼むと言われましても…。あ、手紙は預からせていただきます」


 部屋には勿論徒歩で向かわせてもらった。転移魔術で移動したり、部屋の前にいきなり幻を出すわけにはいかないからな。

 幸い、レオンハルトの部屋を訪ねれば、彼は快く私を部屋に迎え入れてくれた。


 そして開口一番に先程の台詞を言わせてもらったわけだ。困惑するのも当然だな。私なりの冗談だと思ってもらいたい。

 困惑させ続けるつもりは無いので、詳しい事情を説明しておこう。


 夢の中で技術的な経験を積ませるという新しい修業方法の検証に協力して欲しいことを伝えると、レオンハルトは喜んで協力を申し出てくれた。


 「非常に興味深いですね。むしろこちらからお願いしたい案件です」


 レオンハルトは政治関係だけでなく前線の軍人としても活動しているからな。強さを得られる方法を自分で体験できるとなれば、試してみたく思うのだろう。

 新しい方法に対して不安はないのかと聞きたいところだが、その辺りは私のことを信用してくれているからなのかもしれない。彼からは明確な信頼を感じ取れる。

 その信用、裏切らないようにしなければな。確実に成功させよう。


 「それでは始めるとしよう。リラックスすると良い。少し疲れているみたいだし、この際にゆっくりと休ませてあげよう」

 「…よろしくお願います…」


 レオンハルトに『安眠』と『快眠』の魔術を施し、3時間ほど熟睡させる。その後に『夢談』で彼の夢に介入するとしよう。



 夢の中の環境は一応すべて花畑に統一させてもらった。そこは若干私の趣味が含まれているが、検証なのだから過酷な環境を用意してやる必要もないだろう。

 それと、勿論3人とも別々の夢だ。同じタイミングで『夢談』を使用したからと言って、同じ夢を見せているわけではない。

 勿論、やろうと思えばそれも可能だろうが、その検証はまた後にしておこう。

 今晩もイネスは修業場で就寝するつもりだろうし、その時に彼女とジョージに『夢談』を使用すればいい。


 さて、3人に夢の中で行ってもらったことなのだが、それぞれの得意分野に合った内容を溜めさせてもらった。

 キャロには紅茶を淹れてもらい、フウカには服を一着仕立ててもらい、レオンハルトには召喚した魔物と戦ってもらった。

 レオンハルトに関しては全力で戦闘を行いたいという要望だったので、彼が一人で何とか撃破可能な魔物を召喚させてもらった。


 フウカ以外は少々大変だと思う。

 レオンハルトは言わずもがな。キャロには経験を得てもらうという名目なので、所々注意をしながら紅茶を淹れてもらった。


 「ひぃ~ん!ノア様厳しいですぅ~…!」

 「夢から覚めたら、改めて紅茶を淹れてもらうよ。この夢の中で培ったものが現実でも反映されるか試したいんだ。上手くできたらご褒美を上げよう」

 「ご褒美!?私、頑張ります!」


 うん、キャロは実に分かりやすく扱いやすい人間だな。ご褒美と言う言葉と同時にフルーツタルトを一切れ出して見せたら、急にやる気を出し始めた。

 なお、このフルーツタルトは別にフルルの店で購入した物ではなく、私が一般のフルーツを使用して作った物だ。

 使用しているフルーツの質の問題で、どうしても味はフルルの物に劣る。が、キャロからしたら滅多に食べられないようなスイーツだ。鼻息が荒くなっている。

 この場でも振る舞うが、現実で紅茶を淹れてもらった時にも振る舞うつもりだ。頑張ってもらうとしよう。


 フウカに関しては何も心配していない。と言うか、彼女には別のことを検証してもらおうと思っている。

 並大抵の人間では認識できないほどの速さで糸を通した針を複数操り糸から布へ、布から服へと仕立て上げていく。その光景は見ごたえがあり、一つの芸術だと言っていいだろう。以前見せてくれた時よりも腕が上がっている。

 多分フレミーも同じことができる、というかこれ以上のことをやってのけるのだろうが、彼女は私に服を製作しているところを見せてくれないのだ。

 彼女曰く、失敗作になる時もあるから、それを見せるのが嫌なのだとか。彼女にもプライドがあるのだろう。


 良い物を見せてもらっているのだ。フウカの作業内容を褒めておくとしよう。


 「相変わらず、見事な手並みだね」

 「ノア様を思えばこそ成し遂げられることです!ですが…」


 褒められて喜んでくれはしたが、疑問があるのかフウカの表情はやや浮かないものとなっている。


 「この夢の中で完成した作品は、現実に持ち越す事ができるのでしょうか…?」

 「良い疑問だ。実のところ、フウカに協力して欲しいのはそこなんだ」


 夢の中で生み出した物質を『収納』や『格納』に仕舞い、それが現実でも残っているのか、検証しておきたいのだ。

 特に、フウカの糸は彼女の魔力から生みだされたものだから、どういう効果をもたらすのか分からないのだ。

 夢の中で起きたことは夢だから、どうやっても現実には持ち越せないのだろうか?それを知りたい。


 「承知いたしました。例えこの場で完成した作品が現実に持ち越せなくとも、改めて仕立てさせていただきます」


 フウカは本当に私に尽くしてくれるな。勿論、それだけのことをしたという自覚はある。長年彼女が大切に思っていた、故郷の子供達を救ったのだ。

 その時から彼女は私にとにかく尽くしてくれている。何事も私を優先するように活動している。


 それが心地良いのは間違いない。それはそれとして、彼女の人生を縛っているという後ろめたさが無いわけではないのだが…。コレも責任というヤツなのだろうか?

 今はフウカが非常に充実しているようなので、このままにしておこう。いずれ彼女が何かやりたいことができたのならば、それを応援させてもらうとしよう。


 レオンハルトの夢では、私がファングダムの地下で斃した強力な魔物を3体召喚して同時に嗾けてみた。彼の実力ならば勝利できると考えたからだ。

 危なくなったらすぐに助けるし、負傷したとしても夢の中だ。命に関わるほどではないと信じたいところだ。

 だが、精神が滅びれば例え肉体が無事でも生物は死に至る。

 今の状態はその精神の状態で戦闘行為を行っているのだ。ある意味では生身で戦闘を行うよりも危険な行為かもしれない。


 それも検証の一つだ。この夢の中で負った傷が現実でどれほど反映されるのか、確認しておきたい。

 勿論、現実でも負傷しているようなら負傷させたことを謝罪したうえで完璧に治療する。


 現時点でレオンハルトは何度か魔物からの攻撃を受けている。すべて軽傷に留めてはいるが。このままではジリ貧だろうな。

 しかし、レオンハルトの表情に焦りはない。むしろ、あの表情は…。


 「ノア殿、このような場を与えてくれたこと、感謝します。こういった環境ならば、心置きなくコレが試せるっ!」


 そう言い終わると、魔物達からやや距離をとったレオンハルトが大きく息を吸い込み、大音量の雄たけびを上げた。ジェルドスの悲鳴よりも大きな音だな。その雄叫びには大量の魔力が込められている。

 以前リオリオンが人工魔石の製造に初めて成功した際にうっかり発生させた『猛獣の咆哮ビーストロアー』である。

 今回レオンハルトが放ったのは、指向性を持たせて効果範囲を絞っているようだ。


 まともに魔力が籠った咆哮を浴びた魔物達は動きを止め、その隙が致命的となり瞬く間にレオンハルトに討伐されてしまった。


 難なく勝利したかのように見えるが、レオンハルトの表情は不満気である。


 「攻撃力を持たせるには、魔力の収束が足りていなかったね」

 「やはりそうなりますか…」


 レオンハルトが行いたかったのは、物理的な破壊力を持った咆哮だ。音と魔力の衝撃によって動きは止められたが、求めていた結果ではなかったのだ。


 「時間は気にしなくて良いから、できるようになるまでやってみる?多少のアドバイスはできるよ?」

 「!よろしいのですか!?それならば是非、お願いしたいところです…!」


 こちらとしても願ってもない。現状未完成の技を夢の中で完成させてそれが現実で問題無く使用できるのか、それを確認できるいい機会だなのだ。納得いくまで付き合わせてもらうとしよう。

 時間は『時間圧縮タイムプレッション』によって引き延ばす。コレも検証したいことの一つだからな。


 では、レオンハルトが完全な『猛獣の咆哮』を習得できるよう手伝うとしようか。



 そうして夢の中で体感5時間が経過したところで、3人とも満足のいく結果を得られたため(フウカは1時間程度で完成したので追加で服を仕立ててもらった)、レオンハルト以外は夢から覚めてもらうことにした。

 なお、現実では1時間経過していなかったりする。


 さて、彼等は夢で得た経験を現実で反映できるだろうか?

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