第458話 『位相ずらし』の欠点
食事に手を付けるジョージの様子なのだが、やたら勢いよく料理を口に運んでいるな。
朝食の献立は炊き立ての米にアクレイン王国で仕入れた魚の塩焼き、それに卵焼き。汁物に味噌汁を用意させてもらった。
卵焼きは卵を溶く際に出汁を加えた所謂だし巻き卵と呼ばれているものだ。砂糖も入れて甘くしてある。
これらの料理はジョージやマコトの故郷、日本で良く親しまれていた朝食のメニューだ。
作り方に関しては全く問題無い。それらは千尋のおかげですべて網羅できた。彼女には本当に感謝しかない。
ジョージがこの世界で転生してから、恐らく口にしたことがなかった料理だと思われる。ああして勢いよくがっつくのも無理はないのかもしれない。今度マコトにも食べさせてあげよう。
そんなジョージの様子を見ていたのだが、ある程度食べたところで急に涙を流し始めてしまった。
どうやら久しぶりに食べる前世の味に感激しているようだ。
「もう、二度と食べる機会なんてないかと思ってた料理を、こうして口にできるなんて…!うう…っ!前世で当たり前だった味が、こんなにもありがたいものだったなんて…!」
「お代わりもあるから、動きに支障が出ない程度に食べると良い」
「はい!お代わりお願いします!」
空になった椀を差し出し、お代わりを要求してくる。
その光景は、家で皆が料理をお代わりする微笑ましい光景と何ら変わりがなく、ジョージに対して愛おしさを覚えるほどだ。
頭を撫でてしまいそうになるが、控えておこう。食事中に驚かせる気はないしな。
差し出された椀に米をよそい、再びジョージに渡す。
「他の料理もお代わりが欲しければ追加するよ?」
「味噌汁と卵焼きもお願いします!」
味噌汁も卵焼きも気に入ってくれたようだ。なお、焼き魚を要求しないのは単にまだ食べきっていないからのようだ。食べ切ったら追加を要求されるかもしれない。
在庫には余裕があるからいくらでも要求してくれて構わない。満足いくまで振る舞わせてもらうとしよう。
ジョージが食事を始めてから1時間半。
彼に提供した器には魚の骨のような、人間、特に
「ごちそうさまでした!本当に美味しかったです!」
「それは良かった。少し体を休ませたら、早速修業を開始しよう」
本当に満足気な表情だ。甲斐がある。毎回思うことではあるが、振る舞った料理を食べてもらい、こうして満足げな表情をしてもらうととても気分がいい。
食休みを取らせている最中、私が日本の料理を作れることに疑問に感じたジョージが、その理由を尋ねてきた。
「夢の中でも説明しただろう?千堂千尋が残した資料には、様々な異世界の情報も記されていたんだ。もともと、研究資料の表の姿は料理のレシピ本だったしね」
「錬金術師が料理のレシピ本に…。ははっ!その人間違いなく異世界人だ」
なにやら思い当たる節があったのだろう。納得したような表情で笑っている。
千尋のおかげで、本当に様々な知識が身についた。今回料理した味噌汁もその一つだ。
彼女が残してくれた知識には、豆を発酵させて製作する、私が求めていた調味料の製法もあったのだ。
おかげで、ようやくあのイスティエスタのハン・バガーの再現が可能になる。
まぁ、それだけで完全に再現できるわけではないことぐらいは承知している。他にも使用されている調味料はあるし、バンズやパテの形状や配合なども独自の物だろう。
完全再現のためにも、これからもイスティエスタには足を運び、その都度ハン・バガーセットを食べさせてもらうとしよう。
30分ほど食休みさせたら、いよいよ修業開始。といきたいところだが、その前に確認しておきたいことがある。ジョージの戦闘能力だ。
リガロウは彼をあまり強くないと評していたが、実際にどの程度の実力なのか確認して、それから彼の実力と戦闘スタイルに合った技を教えようと思う。
『収納』からハイドラを一本取り出し、ジョージから5mほど離れた場所で向かい合う。
「さて、それじゃあ、まずは貴方がどの程度やれるのか見せてもらおう。掛かって来なさい。私はこの場所から動かないし、魔術も使わないでおこう」
「ぼ、木剣ですか?」
「本来は友人と遊ぶための玩具だけどね、他者を傷付ける心配がないと言う点で、これは非常に有用なんだ」
そういう風に作ったからな。まさか修業に使用することになるとは、製作中にはあまり考えていなかった。
だが、ニスマ王国では"ダイバーシティ"達に合体蛇腹剣を用いて相手取ったこともあったので、似たような機会があってもおかしくはないとも思っていた。こんなに早くその機会が訪れるとは思っていなかったが。
「っし!全力で行かせてもらいます!」
「うん、遠慮する必要はないよ」
ジョージが自信の右手中指の指輪に手をかざすと、そこから一本の剣が姿を現した。あの指輪には『格納』の効果が込められているようだ。
ジョージが取り出した剣は、珍しい形をしていた。
若干刀身に反りが入っていている。そして片刃だ。
この形状の剣がどういったものなのか、大体察しがつく。
「それ、自分で再現させたの?よく作り方を知っていたね?」
「まぁ、自分の力だけで打ったわけじゃなくて、城の鍛冶師に頼んで打ってもらったんですけどね。やっぱり、コレのことも知ってるんですか?」
「実物を見たのは初めてだよ。カタナ、"日本刀"と言うのだっけ?」
千尋の資料に載っていた、日本が外国と交流を持つ前の時代に多く普及していた武器だ。
完成度が非常に高いらしく、戦いとは無縁となった時代でもその存在は文化的な資料としてだけでなく、芸術品の一つとして親しまれていた切断を前提とした武器だ。
使用されている素材は、ミスリルと魔鉄鋼の合金か。ジョージの立場ならばもっと良い素材を用意されてもおかしくなさそうなのだが…。
アインモンド辺りに素材を融通されなかったのかもしれないな。
まぁいい。どの道関係ないからな。
刀を鞘から抜かないまま、ジョージが私に肉薄する。
身体能力を魔力で強化しているため、なかなかの速度だ。身体能力だけなら平均的な"
左手で鞘を持ち腰に宛がい、右手で刀の柄を持っている。抜刀と同時に切り払いを行うつもりだな。体を捻り、柄の部分を相手の視線から隠して刀を抜いた際の軌道を読めなくもしているか。
…ふむ。ジョージなりに、初見殺しの技を考案し、それを磨き上げていたようだな。
それに、鞘に込められた魔力…。これは、思った以上の技に昇華できそうだ。
「でりゃあああ!!!」
気合を込めた叫びと共に、ジョージが刀を鞘から抜き、同時に切り払いを繰り出す。
その際、鞘に込められていた魔力が高速で鞘から放出するように動き、刀を外に押し出すように加速させる。
普通に刀を鞘から抜き出して切り払うよりも、遥かに剣速が上昇しているな。
だが…。
「うん、良い技だね。初見殺しとしてよく考えたのだと思う」
「…その初見で、完全対応されちゃうと自信無くすんですけど…」
ジョージの繰り出した高速の斬撃は私のハイドラによって受け止められた。
そこはまぁ、身体能力に大きな差があるから仕方がないと言えるだろう。
「固まってないでドンドン打って来なさい。それとも、防がれた後のことは考えていなかったの?それで冒険者になろうとしていたの?」
「うっ、感傷に浸る暇なしですか…!なら、これでぇえええ!!」
ほう。今度は魔術で発生させた電気を自身の神経に付与させて反応速度を上昇させたか。ついでとばかりに身体能力も向上しているな。
ただ、細かい調整が必要になるため、精神的な消耗が激しそうだ。
ジョージは日本人の知識を利用して、格上に勝利する方法を模索していたようだ。その努力、褒めないわけにはいかないだろう。
「面白い戦い方をするね。流石の発想力と言うべきかな?そのまま打ち込んでくると良い。どの程度維持できるか、確認させてもらおう」
「こ、これも余裕で対処されるのか…!」
多少早くなったところで、私にとってそう変わりはないからな。だが、現時点でこれだけのことができるのなら、正真正銘の必殺技をジョージに教えられそうだ。
「貴方なら、刀にも面白い付与ができそうだけど、そっちはやらないの?」
「…流石に、余裕無いっす…!」
うん、嘘は言っていないな。本当に現状で手いっぱいなのだろう。
良し、余裕が無いのなら余裕ができるようにしてやろうじゃないか。
そのためにも、今晩の就寝時間までに新しい修業方を確立させないとな。
ジョージが反応速度と身体能力を上昇させられるのは10分ほどが限界のようだ。それ以上は彼の神経が電気によって大きなダメージを負ってしまう。
「これ以上は危ないし、一旦その状態を解除させようか」
「うぉあっ!?」
繰り出される斬撃を受け止めるのではなく弾き飛ばす。
弾かれた衝撃に耐えきれず、刀がジョージの手から離れて宙を舞い、甲高い音を立てて床に落ちる。
その際、刀が床に刺さらなかったことを不思議に思ったようだ。
「あっれぇ…?結構切れ味や強度には自信あったんだけどなぁ…」
「この修業場全体が、その刀よりも頑丈だからね。当然だよ」
「えぇ…。そんなヤバイのをあんな軽々作っちゃったんですか…?」
ハイ・ドラゴン達に壊されないようにするには、それぐらいの強度があった方が良いからな。
電気による強化をジョージが解除すると、強化の反動が来たようで、その場で尻もちをつくようにして座り込んでしまった。
「肉体に対して強化が強すぎるね。もう少し強化の出力を弱めようか。そうすれば、負担も減って持続時間も増える」
「って言っても、これぐらい強化しないと、今の俺じゃあジェルドスには通用しそうにないですし…」
そこを通用するようにするのが私の役目、と言ったところだな。
魔術自体が未完成で無駄が多かったのも持続時間が短かった理由の一つだろう。
夢での修業法を確立させて、夢の中で電気強化魔術を完成させて習得してもらおう。勿論、彼が望むのなら夢の中で組手をしても良い。
起床中は主にリガロウにジョージの相手をしてもらうとしよう。あの子はまだ空を飛びまわっているようだから、気が済んでここに戻って来たらお願いしておこう。
その後、ジョージの先程の動きを『|投影《プロジェクション』で見せながら改善点を指摘していった。
さて、もう再開しても大丈夫だろう。攻撃の方は大体分かったから、次は防御能力も見ておかないとな。
「休憩はもういいかな?続きを始めようか。今度は私からも仕掛けよう。上手く凌いで見せなさい。勿論、先程同様仕掛けて来ても構わないよ?できるものならね」
「押忍!お願いします!」
気合十分だな。ただ、今度は私からも仕掛けると聞いて先程のような抜刀攻撃(ジョージは居合と呼んでいた)は行わないようだ。最初から刀を鞘から抜いている。
そして私が動くのを待つつもりもないようだ。
今度は電気強化を行わないらしい。いざと言う時のために温存するつもりだろうか?
ジョージは高く飛び上がり、私の頭上から刀を振り下ろしてきた。
「とぉおおおりゃあああっ!!」
「飛び上がるのは良くないな。隙だらけになるよ」
刀を受け止めず、ジョージの腹にめがけてハイドラを振るう。彼の振り下ろした刀は、一歩前に出て体を捻ることで回避させてもらう。
ハイドラの刀身がジョージの吸い込まれるように当たる。
その筈だった。
だが、実際にはハイドラはジョージの体をすり抜け、そのまま彼は私の背後に回り込んだ。
『
なるほど、咄嗟に発動と解除ができるのならば、相手に隙ができる攻撃を誘わせることも可能だ。強力なカウンター技としても利用できるだろう。
とは言え、ジョージは先程の電気強化によって魔力をある程度消費してしまっている。長時間の使用はできないだろう。
それはジョージも把握済みのようだ。私から距離を取ると、すぐに『位相ずらし』を解除して私の背後から切りかかってきた。
尻尾で対応しても良いのだが、気分の問題だ。今回はハイドラ一本のみで対応させてもらおう。
ジョージがまだ刀の範囲に届く前に、私はハイドラを鞭形態にさせてジョージに突きを放つ。2又には分けない。
「い゛っ!?」
ハイドラが蛇腹剣だとは思っていなかったようだ。回避も防御も間に合わず、ハイドラの先端がジョージの顔面に吸い込まれていく。
が、驚愕した時点で『位相ずらし』を発動させたようだ。またもハイドラによる攻撃はジョージの体をすり抜けてしまった。
便利な魔法ではあるが、やはり消費魔力が多すぎる。この調子では電気強化以上に戦闘可能時間が減ってしまうだろう。
もしも電気強化と併用して使用するつもりならば尚更だ。おそらく1分も使用していられないだろう。
身を屈めてハイドラから距離をとったところでジョージが『位相ずらし』を解除させる。
大人しく次の攻撃を待ってやるつもりは無いので、ハイドラを操りジョージを立て続けに攻めていく。
不規則に襲い掛かる刃に上手く対処ができず、防戦一方になっている。
「うげぇっ!?ち、近づけねぇ!?」
「さて、どうする?それとも、体力と魔力が切れるまでこのままでいる?」
私はそれでも構わないのだが、ジョージにそのつもりは無いようだ。
私の手と腕の動きを観察し、そこからハイドラの軌道を予測し始めている。
…ふむ。チャンスを狙っているな?大きな隙ができる動きを見計らい、その攻撃の際に『位相ずらし』を発動させて一気に私に近づくつもりのようだ。
ならば、その誘いに乗ってあげるとしよう。
「体力的にも魔力的にも、そろそろかな?ひとまず終わりにしようか」
「っ!ここだ!」
「その魔法の最大の欠点を教えてあげよう」
大振りの一撃を放ち、わざと隙を見せる。
当然ジョージは『位相ずらし』を使用して私の攻撃をすり抜けて肉薄するつもりだ。
だが―――
「ぐっああっ!!?」
私の放った攻撃はジョージの体をすり抜けることなく、彼に当たる。
攻撃を受けたジョージは盛大に吹き飛び、床に倒れ込んだ。
『位相ずらし』には3つの欠点がある。
1つ目は発動中に攻撃できない点、2つ目は消費魔力が多い点。そして3つ目。
「ずれているのなら、合わせてしまえばいいんだよ」
それは、同じく位相をずらせる相手の前では、まったくの無駄な魔法になってしまうと言うことだ。
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