閑話 とある冒険者達が受けた護衛依頼3

 アドモゼス歴1482年 鳥の月 1日


 いよいよ始まったリナーシェ王女の移動は、護衛依頼を受けた冒険者達にとって、困難では無いが非常に気の休まらない道中となった。


 遠くに魔物の反応を察知すれば


 「ねぇ!魔物が出たんじゃない!?」

 「あっ、ハイ。もう排除しましたんで。」


 賊の襲撃の気配があれば


 「賊が来たんじゃないかしら!?」

 「ご安心ください。既に蹴散らしました。」


 暇な時間が長く続けば


 「この辺りで賊が拠点を設けてないかしら!?潰してきていい!?」

 「そういった痕跡はありまませんので、必要ありませんよ?」


 と言った感じで、とにかく機会を見つけては戦いに参加したがるのだ。


 移動の1日目、しかもまだ午後にもなっていないと言うのにも関わらず、こういったやり取りが既に20回を超えている。


 昼食の休憩をする頃には、冒険者達はすっかり精神的にまいってしまっていた。



 昼食、と言うよりも道中の食事はパーティの食事担当、スーヤが用意している。と言うか、彼以外のメンバーは総じて料理が出来ない。


 その事をリナーシェ王女が知ると、呆れた口調で冒険者達を窘めた。


 「アナタ達、だらしがないわねぇー。ダメよ、簡単なものでいいから料理の一つぐらい作れなきゃ、いざという時大変じゃない。」

 「えっ…?って事は…姫様、料理できんの…?」

 「当ったり前でしょー!良い事?ファングダムの人間はね、自分の事は何でも自分で出来るようにするのが信条よ。だから、最低限自分で食べられるぐらいの料理なら作れるわよ!」

 「マジかよ…。」


 あまりにも意外な返答が帰ってきた事に、質問したアジーが信じられないものを見るかのような表情をする。


 「大体ねぇ、料理なんて凝ったものじゃなければ結構簡単なのよ?作り方だってちゃんと書かれた本があるんだから、その通りにすれば食べられるものを作るのは、難しい事じゃないのよ。」

 「「「ええぇ…。」」」


 リナーシェ王女の言葉に女性陣が皆、そろって同じ反応をする。

 彼女達は、王女の言う料理の作り方が書かれた本の存在を知らなかったのだ。


 女性陣とて、料理を作った事が無いわけでは無い。だが、3人共まともな料理が作れなかったのだ。


 味がまったくしない時があれば、逆にむせかえってしまうほど味が濃すぎる事もあった。酷い時には材料の原型を留めていない、エンカフ曰く暗黒物質が出来上がる時もあったのだ。


 そんな女性陣の腕を見かねて、スーヤが自分から食事当番を買って出る事になったのである。

 彼も最初から料理が出来るわけでは無かった。

 だが、持ち前の器用さと勘の良さ、そして味覚とセンスによって、あっという間に料理の腕を上げて行ったのである。


 ちなみに、エンカフの場合は料理がまったく作れないわけでは無い。

 だが、彼が料理を作る場合、必ずと言っていいほど彼が所有する薬や魔術具の素材を投入しようとするため、その事実が判明してからは、料理を振る舞う事をメンバー全員から禁止されているのだ。



 料理の完成が近いためか、食欲をそそる香りが周囲に漂い始めた。

 リナーシェ王女はその匂いを気に入ったのか、提供される料理に期待している。


 「良い香りねぇ…。食事の内容には期待できそうだわ。」

 「姫様にそういってもらえると嬉しいなぁ…です。今日まで料理を作り続けてきた甲斐があるよ、ます。」

 「語尾が変な事になってんぞ…。」


 王女の気さくさに、ついスーヤも普段通りのしゃべり方をしてしまった事に気付き、慌てて敬語を使おうとするが、それが原因で余計におかしな喋り方になってしまっている。


 「ここにいるのは私とアナタ達と御者ぐらいなんだから、変に気を遣わなくて良いわよ。ニスマ王国の王城までまだ結構距離があるんだから、もっとフランクに行きましょ。」

 「ははは。楽っちゃ、楽だが、依頼が終わった後が大変そうだな…。」

 「うっかり今みたいな感じで大勢の前で話をしちゃったら、不敬罪になっちゃったりするかもしれないのよねぇ…。」


 気さくに語り掛けてくれるのは正直有り難いが、それに慣れてしまって公の場でも同じような態度を取ってしまえば、最悪罪に問われてしまいかねない。

 当然の事を懸念する冒険者達だったが、そんな彼等をリナーシェは一蹴した。


 「大丈夫よ。私、あんまり人前に顔を出すつもりないし。仮にアナタ達の態度に文句を言う奴等がいたら、私が締め上げてやるわ。」

 「前から思っていたのですが、何故、人前に姿を現さないのですか?」


 やや、いや、かなり過激な事を言いだす王女に、ココナナが今日までに王女に抱いた疑問を口に出した。


 「私ってさ、普段から人の視線が集まると、集中力がかき乱されて落ち着けないのよねぇ…。だから人前にはあんまり出たくないのよ。戦闘中なら全然そんな事無いし、むしろ相手が何に意識を向けているか、何をしようとしてるのかがすぐに分かるから、凄く便利なんだけどね…。」

 「悉く先制されてたり行動を潰されてたのは、そういう事だったのか…。」

 「勝てねぇわけだよなぁ、そりゃあよぉ…。」


 一昨日と昨日、計3回王女と模擬戦を行った冒険者達だったが、そのいずれもがまるで未来が見えているかのように自分達の攻撃を躱され、行動を阻害され、そして碌に回避をさせてもらえなかった。


 相手の視線を読み取り、即座に行動を予測していたのだ。こと戦闘に関しては、リナーシェの情報処理能力はかの宝騎士・グリューナをも上回るとは、『黒龍の姫君』の言である。



 昼食も出来上がりその味に舌鼓を打っていると、唐突に王女が不満を漏らした。


 「はぁー…。それにしても、護衛が優秀過ぎるのも考え物ねぇ…。退屈で仕方が無いわぁ…。」

 「や、そう言われましても…我々は姫様の護衛が仕事なので…。」

 「分かってはいるけどさぁ…。ニスマ王国の王城までかなりの距離があるのよ?このままじゃ体がなまっちゃうわ。」


 午前中、馬車に設けられた椅子に座っているだけで、特に何もする事が無かった王女としては、退屈で仕方が無かったのである。

 しかし、彼女に行動を差せてしまえば十中八九公共物が破損してしまう。そうなれば自分達の報酬が減らされてしまうのだ。


 何とかして王女の退屈を紛らわさなければ、その内暴走してしまうかもしれない。そうなってしまえば王女を止められる者はこの場には誰もいない。


 王女の扱いに苦悩する冒険者達に当の王女から絶望的な提案が出された。


 「あ!そうだわ!食事を終えたら昨日や一昨日みたく、模擬戦をしない!?きっととても楽しいわ!」

 「いけません。あの時の模擬戦は、試合場に施されていた魔導装置のおかげで我々も大した負傷をする事が無く、周囲の被害も無かったのです。この場で姫様と模擬戦を行った場合、残念ながら我々は間違いなく大きな負傷をする事となるでしょう。そうなってしまえば、最早護衛どころではありません。どうか、お控えください。」


 王女の提案に顔を青くさせていた女性陣を庇うように、エンカフが王女を説得する。彼は3回の模擬戦の間に試合場に施されていた魔導装置の効果を正確に見抜いていたのだ。


 エンカフは良くティシアに発言を阻害されているため、あまり発言の機会がないが、彼もティシアと同じく多弁である。と言うよりも説明が好きなのだ。

 自分の知識を教え解く事に快感を覚えるタイプである。


 「むぅ…。」


 冒険者達が模擬戦をする気が無い事、そしてその理由が紛う事なき正論であったため、どれだけ納得できない事であろうと従うしかない。


 王女は頬を膨らませて不満を隠そうともしなかった。

 事情を知らなければ王女の容姿も相まって可愛らしくも美しい絵面ではあるが、その実態は多くの者にとって非常に危険な状態である。


 共に食事を取りはしているものの、会話には加わらずに無関係を貫こうとしていた御者も、王女の状態に恐れおののいていた。


 「ねぇ、ココナナ…。ボク等、ニスマの王城からファングダムの王城まで全速力でランドランを走らせて丸々1週間かかったよね?」

 「聞きたい事は分かる。多分だが、このペースだと早くても14日、遅ければ2週間はかかるだろうな…。」

 「に、2週間…この状態が、2週間…。」


 スーヤは今回の依頼がどれぐらいで終わるのかが気になり、計算が得意なココナナに訊ねる。そして帰ってきた答えに思わず放心してしまう。


 「そ、そうだわ!私、姫様に聞きたい事があったんです!」

 「何かしら?私の事なら大抵の事は答えられるわよ?」


 現状の空気を少しでも良くするために、ティシアが依頼の話を仲間達に持ち込んだ時から疑問に思っていた事を本人に直接ぶつける。

 話を体を動かす事から遠ざけようとしたのだ。そして、その目論見は無事上手くいったようである。


 「姫様って、どうしてウチのボンクラ王子と結婚する気になったんですか!?正直、姫様だったら他にいい男なんて、いくらでもいると思うんです!」

 「あーそれ?顔よ。」

 「「「「「顔?」」」」」


 あまりにも俗な回答に、冒険者達が揃いも揃ってその言葉を繰り返す。

 禄でも無い事で有名な自分達の国の第一王子フィリップは、確かに顔が良い。それこそ、[黙っていれば文句なしの王太子]と言われているほどだ。


 何も知らない他国の貴族令嬢や遠く離れた国の王女が彼の容姿に魅了され、婚約の話が出るほどである。


 だが、その内面を知った途端、いや、外見に心底見惚れてしまったたからこそ、その内面を知った途端、即座に婚約話を白紙に戻されていたのである。


 「で、でも、ウチのスットコドッコイと同じぐらい顔が良い王子様なんて沢山いるだろ!?」

 「大体、あのボンクラ王子はホントに禄でも無い奴なんですよ!?」

 「それぐらい、母様達から聞いて知ってるわ!私はね、あの顔がとにかく気に入ったの!」


 まるで内面など気にしないとでも言いたげな反応に、冒険者達が少し不穏な気配を感じ取る。

 顔が気に入ったと語る王女の顔が、彼等と模擬戦をする時と同じような獰猛な笑みを浮かべたからだ。


 「手術でもしない限り顔は変えられないでしょうけど、人の内面なんて変えようと思えばいくらでも変えられるわ!ふふふ…!徹底的に鍛え上げて、私の理想の男にしてやるんだから…!」

 「「「………。」」」

 「それって、洗の「言うな。」…うん。」


 暗く笑う王女に、女性陣はいよいよ顔を青くさせた。

 彼女がニスマ王国の王城に到着したら、きっとフィリップ王子はこれまでの生活が送れなくなると確信したからだ。


 対象を拘束し、その内面を強制的に変更する行為を一般的に何と言うか、それを言葉に出そうとしたスーヤを、素早くエンカフが抑制した。流石に不敬に当たると思ったのだろう。


 そして、ニスマ王国としても、禄でも無い第一王子がまともな性格に変わると言うのなら、むしろ歓迎するべき内容である。


 数度にわたって模擬戦とはいえ王女と戦った冒険者達には分かる。フィリップ王子は逃げられない。どのような手段を用いて王女から逃れようとしても、その悉くを強引に排除して王子の身柄を回収する事だろう。


 彼等はこれからフィリップ王子が送るであろう過酷な生活を思うと、禄でも無い人物であったとは言え、彼の未来を哀れんだ。


 ちなみに、フィリップ王子はリナーシェ王女の外見を知ってはいるが、その苛烈な本性は知らない。今頃彼は、美しい王女が自分の元に来る事を、今か今かと恋焦がれながら呑気に待っているに違いない。


 仲間達に目線を合わせるでもなく、冒険者達はほぼ同時に胸の内でフィリップ王子に対して合掌した。



 王女の戦いへの欲求を遠ざける事に成功したが、今度は別の意味で不穏な空気になってしまった。

 その空気を再び払拭するため、今度はティシアが話題を変えだした。 


 「そ、そういえばレオスの街並みを見た時は、そこら中に聖女様に纏わる商品がありましたよね!?姫様は妹の聖女様の事をどう思っているんですか!?」


 聖女オリヴィエ。

 先月、天空神からの寵愛が確認され、教会から正式に聖女として認定された今ファングダムで最も有名な女性である。

 留学と言う形で5ヶ月ほど前からティゼム王国に滞在していたが、先月内密に『黒龍の姫君』に連れられて帰国していたのだ。


 元からリナーシェ王女と甲乙つけがたいほどに見目麗しく、国の至る場所へ慰問、査察を行い、国の内外の行事に頻繁に顔を出していたため、オリヴィエは非常に人気の高い人物だった。

 更には先月の魔物の騒動の際にも国民の命を守るために大きく貢献をしたと言う。


 それほどの人物の事を、腹違いとは言え姉であるリナーシェ王女がどのように思っているのか、これもティシアにとっては疑問に思っていた事だった。


 冒険者達は城で生活している間に、一度だけとは言え、国宝として正式に認定された家族一同が揃った巨大な絵画を目にしている。

 絵画に描かれた誰もが優しく幸せそうな表情をしていたので、家族間の仲は良好だろうと考えたのだ。


 そして、この話題を持ち出した事が間違いであったとすぐに気付く事になる。


 「よく聞いてくれたわ!そうね!オリヴィエは私の天使よ!」

 「天使…ですか?」

 「そうよ!産まれた時からあの子はホンットに可愛くってね!しかも私と違ってお淑やかだし頭も良いの!それにあの子ってばすっごく優しいのよ!私が分からない事があった時にあの子に聞きに行ったら嫌な顔を全くせずに優しく、しかもすっごく分かり易く教えてくれるの!それだけじゃないわ!あの子の耳とシッポ!もう、ホントに凄いんだから!フワッフワなのよ!嬉しい事があると耳はピコピコ動いて可愛いし、尻尾はフリフリ揺れてるしで、もうホンット可愛いの!それからあの子はね―――」


 止まらない。リナーシェ王女の口がまるで止まる気配を見せない。


 冒険者達は悟った。この人は好きな事を語らせたら、時間を忘れていつまでも喋り続けるタイプだ、と。

 実際、彼等が解放された頃には、2時間が経過していた。


 質問をして僅か5分もせずに、ティシアは己の質問を後悔した。


 「あ、あー!そうだ!姫様!これから移動中はティシアを馬車にのっけてあげてくれません!?ティシアは御喋りが好きなんです!」

 「っ!?」

 「あら、そうなの?そうね!話をしてれば退屈もある程度は紛れるわね!」


 好きな事を存分に話すことが出来て多少の気は晴れただろうが、それでも日が沈むまで移動を続けている間に再び退屈になられては、いつかは暴走してしまうかもしれない。

 そんな懸念を払拭するために、スーヤはティシアをリナーシェ王女に差し出したのである。


 リナーシェ王女もスーヤの提案を快く受け入れ、他の冒険者達も名案だとばかりに無言で首を縦に振っている。


 差し出されたティシア以外は。


 彼女は発言者であるスーヤを無言で睨み付ける。彼女は自分が多くを語る事は好きだが、聞き手に回る事はあまり好きでは無いのだ。

 実際のところ、リナーシェ王女がオリヴィエ王女の事を話し始めて一番最初にげんなりとしてしまったのはティシアなのだ。


 スーヤも当然、ティシアが聞き手に回る事が好きでは無い事を知っている。だが、それ故に冒険者達はティシアの長話を飽きるほど何度も聞かされているのだ。

 彼がティシアをリナーシェ王女に差し出したのは、彼なりの意表返しである。


 「アンタ達、覚えてなさいよ…。」


 リナーシェ王女の馬車に乗り込む際に見せたティシアの表情は、とても恨みがましいものだった。



 その後、リナーシェ王女が休んだ後のティシアはこれ以上ないほどの不機嫌さを表していたので、碌に自分の口から言葉を発することが出来なかったのだろう。

 流石に不憫に思った冒険者達は、今後はローテーションで王女の長話の聞き手に回る事にした。


 彼等の作戦は功を成し、そこからはリナーシェ王女に休憩を伝える事に手間取りはしたものの、王女自ら戦闘に参加しようとする事は無くなった。


 尤も、単純に人手が一人減るため、障害の排除に掛かる労力は大きくなったし、リナーシェ王女の長話に付き合う者は決まって馬車から降りる際にはやつれてしまっていたわけだが。



 そんな移動を続けて鳥の月の15日、午前11時過ぎ。彼等は遂に目的地であるニスマ王国の王城に到着した。

 その間、破損した公共物は0。見事、報酬は全額冒険者達のものとなった。


 「アナタ達が依頼を受けてくれて本当に良かったわ!お互い、腕を磨いて、今度また模擬戦をしましょ!」


 別れ際に告げられた言葉は、冒険者達にとってはトドメの一言にも等しかった。


 リナーシェ王女は自分達の事をいたく気に入ってくれた。

 それは良い。冒険者として高貴な者に名前を知られる事は、非常に名誉な事だ。

 リナーシェ王女の覚えがめでたいという事で、自分達はこれから更に有名になっていく事だろう。


 だが、リナーシェ王女の目的は自分達との模擬戦である。

 過去3度の模擬戦では、いずれも模擬戦終了後には、碌に体を動かす事ができない状態になったのだ。

 今後定期的に同じような目に遭うと思うと、それだけで冒険者達は身震いしてしまった。


 依頼は無事完了した。

 だが、冒険者達はファングダムの王城に到着した時以上に疲労困憊の状態となり、何もする気が起きず、しばらくの間怠惰にまみれた生活を送る事となった。

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