閑話 とある冒険者達が受けた護衛依頼2
アドモゼス歴1482年 亀の月 30日
―――ファングダム王城客室にて―――
現在、この部屋には5人の冒険者達が長旅を終え、皆が皆ベッドにうつ伏せになって体を休ませている。
彼等は護衛依頼を受注したその日にニスマ王国の王城に向かいランドランを受け取り、そのままファングダムの王城へと直行したのだ。
ほぼ1週間近くランドランに乗っての移動を行っていたため、彼等は非常にくたびれている。
ランドランは軍馬以上の速度で走れる二足歩行の騎獣だ。当然、四足で走る馬よりも遥かに揺れる。そんな激しく揺れる騎獣に1週間もの間乗り続ければ、流石の"
痛めた個所を庇いながら、アジーが誰に向けるでもなく愚痴をこぼす。
「んがぁああぁあ~~~。やぁっと着いたぁあー…。ったく、誰だよ、全速力で飛ばして王城まで行こう、なんて言ったヤツ…。」
「貴女も賛成してたでしょうが…。」
彼等は早く王城に到着すれば、その分外国の、それも大国の王城で休むことが出来ると知り、全速力で目的地へと移動したのだ。
その間、殆ど休憩を取っていない。生理現象などは魔術によって緩和させ、極力休憩する回数を減らして移動していたのだ。
その反動が、現在彼等全員を襲っているのである。
「エンカフ、軟膏はまだ余っているだろう?もらえないか…?」
「…構わんが、ここで使うのか…?」
ココナナはランドランで移動する際も、当然のように
流石の彼女も、今回ばかりは魔導鎧機から降りてベッドでうつ伏せになり、痛めた臀部を庇っている。
エンカフが"楽園"の素材を用いて作った軟膏は、裂傷、火傷、打ち身、骨折などの怪我に効果覿面であり、患部に塗り込めばたちどころに回復させてしまう優れモノだ。その効果は市販の回復薬の比ではない。
作ったはいいが碌に使う機会が無かったため、大量に余らせていたのである。
ここが使い時だとばかりにココナナがエンカフに要求するが、至極まっとうな質問がエンカフから帰ってきた。
彼等は全員同じ部屋で休憩を取っている。リナーシェ王女の出立までは、この部屋で寝泊まりするのだ。
全員同室である。もしもココナナが今から軟膏を使用する場合、全員に臀部を露出する事になってしまうのだ。
「…この痛みを無くせるのなら、構いはしない。それに、今更だろう。皆にも塗ってやろうか?」
「ちょっとは恥ずかしがれよ…。アタシは遠慮する。」
「私も…。流石に緊急事態でもないのに、お尻を晒すのはねぇ…。」
ココナナは男性陣に臀部を露出する事に躊躇いが無い。それと言うのも、彼等とてこれまでの冒険で大きな負傷をしてこなかったわけでは無いからだ。
治療のために局部を晒す事など、全員が経験済みである。それ故に、彼女にとっては臀部を男性に見られる事は羞恥の感情を抱ほどの事でもないようだ。
だが、アジーやティシアは違うらしい。仲間であり、局部を見せた事がある仲とは言え、平時に男性相手に自分の肌を露出する気にはなれないらしい。
そしてそれは男性陣も同じようだ。先程まで黙っていたスーヤが、エンカフに要望を出してきた。
「アレ使うぐらいなら、治癒魔術使えばいいじゃん…。エンカフ~、まだ魔力回復してないの~?」
「治癒魔術なら自分でやれ…。」
「けちー…。」
彼等は効果に差はあれど、全員が治癒魔術を使用できる。態々他人に頼む必要は無い。だが、長時間の旅の疲れと臀部の痛みによって、自分で治癒魔術を行う気になれないのだ。
ちなみにスーヤがエンカフの魔力を問い合わせたのは、移動中、常に彼が生理現象の抑制魔術や、周囲の索敵をするための観測魔術を使用し続けていたため、王城に到着する頃にはすっかり魔力が枯渇してしまったからである。
勿論、魔力回復薬を彼等はそれなりの数所有している。だが、魔力回復薬はそれなり以上に高価な薬なのだ。薬の素材も当然希少である。
休憩できる環境だと言うのに、態々使用する気にはなれないのだ。
「とりあえず、軟膏を渡してくれ。さっさとこの痛みを打ち消したい。」
軟膏を使用する気持ちに変化のないココナナが、エンカフに軟膏を催促する。
特に何かを言うでも無く、荷物袋から自作の軟膏を取り出し、ココナナが伏せているベッドに向けて放り投げる。
普段から薬品を投げつけて使用しているためか、エンカフの投擲技術は非常に高い。視界に収めていなくとも、正確にココナナの顔の近くに軟膏が落とされた。
一時間後。
多少は疲れも癒え、臀部の痛みにも慣れて来たところで、ココナナ以外のメンバーは各自治癒魔術を自分に施しているところだ。
そんな中、湯気を出しながら身綺麗になったココナナが、上機嫌で部屋の奥から現れた。
軟膏を使用して一人痛みから解放された彼女は、客室に備えられた風呂を存分に満喫していたのだ。
「流石は大国ファングダムだな!実に心地よかった!浴槽がな、とても広いんだ!一人で使ってしまって良いのかと思わず躊躇ったぞ!と言うか、あの広さは確実に複数人で入れるようにしてある広さだ!」
「…ココナナ、私にも軟膏貸して。」
珍しく感情豊かになって感想を語るココナナに、ティシアがまだ軟膏を所持しているココナナに要求する。
彼女達も風呂に入った経験はある。それ故に、ここまで上機嫌になっているココナナが羨ましくなり、自分も早く体験したいと思ったのだろう。
「ん?自分でやらなくとも、私が塗ってやるぞ?」
「…お風呂場で自分で塗るわ。」
「アタシも風呂行くか~…。」
ある程度治癒魔術によって回復したため、移動も可能になっている。ならば、別室に移動して男性陣から見られずに臀部に軟膏を塗る事も可能だという事だ。
ティシアの発言に釣られるように、アジーも風呂場に行くと言い出した。
さらに3時間後。
冒険者達はだらけきった表情で思い思いに客室で寛いでいる。臀部の負傷も完全に治療し終え、それぞれ風呂に入ってリフレッシュもした。後は、王女が出立するまでの間、のんびりとこの客室で過ごすだけである。
食事の心配もない。朝、昼、晩と食事が客室に運び込まれてくるのだ。それもどれもこれもが絶品と呼べる料理だ。
彼等は到着した直後の臀部の痛みや倦怠感などすっかり忘れ、全速力でここまで移動した事に対する後悔を撤回して、互いを称賛し合った。
ベッドも彼等が普段使用している物とは別物だ。全身をしっかりと支えながらも非常に柔らかな感触に包まれるのだ。
王城に到着した直後は臀部の痛みでそれどころではなかったが、痛みがある程度引いて来ると、その心地良さによって、気を抜けばすぐに微睡んできてしまうほどの心地良さだった。
実際、風呂から出たティシアとアジーは、食事が来るまでの間、ベッドで熟睡していたのである。
「はぁ~~~。最っ高ねぇ…。これが王城での生活かぁ…。元の生活に戻れなくなっちゃったらどうしようかしら…。」
「今の内に存分に堪能しとかねぇとな。こんな良い生活、今度はいつできるか分かんねぇぜ?」
「このまま何もなければいいのだが…。」
「ちょっとココナナ?そういう縁起でも無い事言うのやめない?正直、あれから嫌な予感が全然消えてないんだよねぇ…。」
城での快適な生活を絶賛するティシアとアジーだが、不安はある。道中は自分達と王女、そして馬車の御者の7名という、超少人数での移動となっているのだ。
しかも依頼内容には、不埒な輩を王女に気取られる前に排除するように、と念を押されているだけでなく、公共物が破損してしまった場合、その修繕費を報酬から差し引かれると言うのだ。
公共物
スーヤはその部分に、不安を感じずにはいられなかったのだ。
そんな彼等の気持ちをよそに、エンカフだけはまるで違う事を考えていた。
「この城に…かの『姫君』も宿泊していたのか…。という事は、リナーシェ様も『姫君』に会った事があるのだろうか…。」
「おい、エンカフ?間違っても変な事を姫様に聞くんじゃねぇぞ?」
「あー…ダメだこりゃ。全然聞こえてないよ。自分の世界に入ってる。」
『黒龍の姫君』がこの城に宿泊していたと知るや否や、エンカフの興味は『姫君』にある。
彼はとにかく『姫君』の情報を欲している。彼は珍しい素材に目が無く、『姫君』の頭髪や鱗に魅力を感じて止まないのだ。
「『黒龍の姫君』…。虹色の光沢を放つ黒い髪と鱗…。一体、どれほどの価値があるのだろうか…。剥がれ落ちた鱗、一枚で良いから分けてもらえないだろうか…。髪の毛も一本で良いからもらいたい…。」
「おめぇ、ブッ殺されても知らねぇぞ…?」
"
自分の世界に入り浸りブツブツと呟くエンカフを見て、仲間達は彼が余計な事をしないよう見張らなければ、と胸に誓い合った。
「しっかし、この調子で何事も無けりゃ、金貨が追加で700枚かぁー。ファングダム様様だなぁ!」
「これだけお金があれば、かなり贅沢をしても余裕があるよね!装備も新調しようかなぁ?」
「共同資産に金貨200枚として一人金貨100枚づつ…。それだけあればこの子のパーツも…。」
ここまでが順調だったためか、彼等は依頼が完了した時の事を既に考え始めている。
彼等が移動したニスマ王国の王城からファングダムの王城までの経路は、王女を乗せた馬車がニスマ王国へと向かう経路でもある。
全速力で移動しながらも彼等は周囲の地形を把握し、襲撃しやすい場所や隠れやすい場所などを調べていた。
護衛が本格的に始まった際に、迅速に対応するためである。特に不穏な気配も無く、盗賊や野盗が近くに拠点を構えていると言う話も聞いていない。経路周辺に生息している魔物の種類も把握済みだ。
全てが終わるまでは油断はできないが、彼等は今回の依頼は無事達成できると思っていた。
仮に多少問題が起きたとしても、てこずる事なく対処できる、そう思っていた。
この時までは。
部屋のドアがノックされ、声が掛かる。王城で働くメイドである。
「皆様。旅の疲れは癒えましたでしょうか?」
「ええ!もうバッチリよ!ゴハンもとっても美味しかったし、流石はファングダムよね!」
「何か用だろうか?」
「今回護衛依頼を引き受けて下さった皆様に、リナーシェ姫様がどうしても挨拶をしておきたいと仰っていまして…。どうか、姫様にお会いになっていただけないでしょうか…?」
冒険者達はお互いの顔を見合わせる。滅多に人前に顔を出さない王女にしては、随分と積極的だと思えたからである。
だが、出発の前に顔合わせがあると聞いていたので、それがこの時だと思い、彼等は了承する事にした。
何より、写真で見た護衛対象の王女は非常に見目麗しい女性だったのだ。直接会ってみたいという思いが無いわけではないのである。
「分かったわ。案内してもらえるってことで良いのよね?」
「はい。準備が出来ましたら、お伝えください。姫様の元までご案内させていただきます。」
寛げる恰好から普段の冒険者としての格好に着替え、準備が出来た事をメイドに伝えた。
彼等は王女に会える事に浮かれてしまっている。リナーシェ王女がか弱い箱入りの姫だと信じて疑っていないのである。
メイドに案内された場所は、多くの兵士達が張りのある声を上げながら、型稽古や打ち込み稽古、基礎トレーニングを行っている場所だった。
「あ、あのー…。メイドさん?この場所って、もしかしなくても訓練場ですよね…?」
「はい。ご想像の通り、王城に勤める兵士の方々や騎士様方が、日々訓練や稽古を行う訓練場で御座います。そして、姫様が毎日足繁く足をお運びになられている施設でもあります。」
自分達の予想が当たっているのはともかくとして、今しがたメイドが発した、王女が頻繁に足を運んでいると言う言葉に、不信感と不安を募らせる事になった。
「え…?どういう事なの…?あのお姫様が、しょっちゅうこんな場所に来てるっていうの…?」
「ひょっとして、好きな騎士様がいたりするとか?」
「だったらウチのスットコドッコイと結婚なんてしねぇだろ?やべぇな…。嫌な予感がしてきた…。」
メイドに聞こえないように小声で話し合う冒険者達。そんな彼等の様子を気にするでもなく、メイドは案内を続ける。
「皆様。こちらをどうぞ。」
「へ?これって、私達の武器、よね…?え?どういう事…?」
「名のある腕利きの冒険者達の実力を、是非とも直接確認したいと姫様が仰りまして…。」
訓練場に入るや否や、入城した際に城の者達に預けた自分達の武器を返却されたのだ。いよいよ以て不安が大きくなってくるし、靄がかかっていた不安の正体も徐々に見えてきた。
そして訓練場内にある試合場と思われる場所に近づいた時、その不安の正体がハッキリと分かった。
「これは…模擬戦をさせられるって事かな…?」
「おい、誰だよ…。箱入りのお姫様だから余計な事をしないっつったヤツ…。」
彼等の目にも、すぐに映ったのである。十を超える数の武具を自在に操り、達人と言って差し違いない動きで型稽古を行っているリナーシェ王女の姿を。
「ねぇ、あの人に護衛っているの…?」
「明らかに我々よりも強いな…。」
「なぁ、メイドさんよぉ…。もしかしなくても、アタシ達、今からあの姫様と模擬戦すんのか…?」
「姫様たっての望みですので…。」
申し訳なさそうに頭を下げるメイドに、全員が今回の依頼の本当の意味を、正確に把握した。
まだ直接会話をしていないが、王女は間違いなく非常に好戦的な性格である。そんな人物が賊や魔物の襲撃に遭遇した場合、間違いなく自分で迎撃に出る筈だ。
どれだけ少なく見積もっても"
仮に大勢で移動していた場合、兵士達に多大な被害を与える事になる。更には舗装されている道路なども容易に破壊されてしまうだろう。
王女に気取られる前に不穏な要因を排除すると言うのはつまり、彼女が行動を起こした場合、十中八九、公共物が破壊されるからだろう。
彼等は理解した。今回の護衛依頼、真の護衛対象は王女ではなく、道中の公共物なのだと。
一通り型稽古が終わると、王女は使用していた武具を『格納』空間に仕舞い、冒険者達の近くまで歩いてきた。
「よく来てくれたわね!私がリナーシェ=ウィグ=ファングダムよ!今回はお世話になるわ!それじゃ、早速始めましょ!」
そう言って王女は獰猛な笑みを浮かべながら冒険者達に向かって[さっさと試合場に上がって来い]、と言わんばかりに手招きをする。王女は既に模擬戦をする気満々なのだ。
もはや逃げられはしない。覚悟を決めて、格上の相手に挑むしかないのだ。
「ちっくしょおおお!!こうなりゃヤケだ!!全力でやってやるぜ!!」
「やたら報酬が良かったのってこういう事だったのね…!あんのドケチギルマス…帰ったら覚えてなさいよ…!」
「手加減してくれないかなぁ~…。あの人絶対、ここにいる誰よりも速く動けるよ?」
何を言っても既に言葉に意味はない。模擬戦と言う名の蹂躙が始まった。
3時間後。そこには疲れ果て、一言も喋れずに倒れている冒険者達の姿があった。
尚、リナーシェは多少息が上がり汗をかいてはいるものの、まだまだ余力を残している。
善戦したとはいえ、"二つ星"の彼等が"一等星"と戦えば、こういった結果になる事は火を見るよりも明らかなのだ。
そして王女の口から信じがたい言葉が投げかけられた。
「アナタ達やるわね!流石、腕利きの冒険者と言うだけの事はあったわ!明日も期待しているわよ!」
「…つまり、明日もコレをやると…?」
「当然じゃない!存分に楽しみましょ!それにしても、アナタ達が早くに城についてくれて本当に良かったわ!明日も退屈せずに済みそうだもの!明日は午前と午後、両方楽しめるわね!」
そんな王女の無邪気でかつ無慈悲な言葉に、冒険者達全員がげんなりした。
「…誰だよ、全速力で飛ばして王城まで行こう、なんて言ったヤツ…。」
「貴女も賛成してたでしょうが…。」
やはり、全速力で来るべきではなかった。城で受けた待遇によって一度は撤回した後悔を、彼等は更に撤回する事となった。
だが、彼等の苦労はまだ始まったばかりである。
彼等の心労が募るのは、王女が出立してからなのだから…。
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