第77話 翼竜・ワイバーン

 翼竜・ワイバーン

 この山の山頂でごく稀に確認される事から、私が図書館で情報収集していた際にもコイツの情報は乗っていた。


 誰が言った言葉か、[デカイは、強い]。見ての通りの巨体であり、その巨躯相応の筋肉が生み出す膂力は"中級インター"の冒険者達がこれまで戦ってきたどの魔物・魔獣よりもはるかに強い。

 というか、"上級ベテラン"が対応する魔物・魔獣の中でもトップクラスの身体能力と言って良いだろう。


 無論、このワイバーンの翼は飾りでは無い。羽ばたきによる上昇、ホバリングは勿論のこと、優れた可動域を持ち強固で鋭利な翼の先端は、それ自体を強力な武器として振るう事が出来る。

 まぁ、それに関してはワイバーンに限らず、翼が発達した魔物・魔獣であるならば大抵の者は武器として使用するのだが。


 身体能力が高いだけの空を飛ぶ魔物であれば、"上級"冒険者が必ず一行パーティで対応すべき、とまで言われる事は無いだろう。


 ワイバーン達は複数の遠距離攻撃手段を持っているのだ。同ランク帯では身体能力と同様、トップクラスの膨大な魔力を所持している。

 当然、魔術も使用できる。体色によって魔力の色が異なり、使用する魔術も変わってくる。


 今、私の目の前にいる個体の色は黄色の鱗に覆われているので、おそらくは光を収束させた熱戦を放つ魔術と、『黒雷閃』のような電撃を放つ魔術を使用する事が出来ると予測される。


 もう一つ攻撃手段がある。火炎ブレスだ。

 翼"竜"と言われるだけあり、ワイバーンはドラゴンの因子も持っている。

 流石に"楽園"に襲撃を仕掛けてきたドラゴン共ほどの威力も射程も範囲も無いが、20メートルほどの射程を持つと記録されている。


 さらにこのブレス、凝縮させて自身の顔と同サイズの火炎弾として飛ばしてくる場合がある。

 此方は威力と弾速、射程距離に優れ、直撃すれば装備を万全に整えた"上級"ですら一撃で葬りかねない威力がある。


 しかもエビルイーグルのように空中で停滞しながら放つ、などという事はしない。高速で上空を飛び回りながらこれらの攻撃を放ってくるのだ。

 ワイバーンの鱗は世間一般から見れば強固な部類に入る。しかも全身を魔力で覆い、魔術に対して抵抗力を発揮させている。

 下手な魔術や弓矢では傷一つ付けられないだろう。


 さらに厄介な事に、ワイバーンの体液には軒並み毒が含まれているのだ。毒性は強く、仮に傷付ける事が出来たとしても、"上級"冒険者ですらその血液をコップ一杯分浴びるだけで体調を崩してしまう。

 もしも空中で強力な矢などで傷を与えようものならば、地上に毒入りの血液の雨を降らせるような事態になる。何ともはた迷惑な存在だ。


 ワイバーンにはこれと言った弱点や有効な攻略法は無い。

 主な攻略法としては、ワイバーンが好みそうな肉塊でも置いて罠を張り、地上に降り立ったところで動きを拘束して真っ先に翼を破壊、飛行手段を失わせる、と言った方法が広く伝わっている。

 それでも、強力な身体能力や膨大な魔力から放たれる苛烈な攻撃は健在だ。地上に留まらせる事が出来てようやく本番、と言ったところだろう。



 当たり前の話だが、目の前のワイバーンは私にとっては取るに足らない存在だ。しかし、相手にしたくないというのが今の私の心境だ。


 面倒臭いのだ。単純に。

 このワイバーンを斃したとしても、その体液は毒を含むのだ。こんな場所で毒をまき散らすような事があれば、いかに高い生命力を持った薬草群とはいえ無事では済まない。瞬く間に枯れてしまうだろう。


 それにこれだけの巨体だ。解体するのに時間が掛かる。ワイバーンから血を抜いて、この巨体を綺麗に解体してそれぞれを分別、保存。と作業を行っていたら、間違いなく最低でも2時間以上の時間が掛かってしまうだろう。


 そんな時間があればさっさと街に戻って次の依頼を受注するなり、昼食を取るなり出来るのだ。

 ワイバーンの部位はほとんど買い取ってもらえるため、金銭的にはかなりの額となるだろう。だが、金を稼ぐ事なら後からいくらでもできる。


 我ながら非道い話ではあると思うが、依頼達成回数を稼ぎたい私にとってワイバーンは、只々邪魔なだけの存在であった。



 ワイバーンが鎌首をもたげて此方を睨んでいる。今の私は当然丸腰だし、魔力も抑えている。相手から見れば格下そのものだろう。

 間抜けな餌が転がり込んできたか、とでも思っているんだろうか?

 その目からは明確な蔑みの感情と、腹を満たせる事への喜びの感情が読み取れる。あっ、おいコラ、涎をこぼすな。薬草がお前の毒に浸されるだろうが。


 解体作業が面倒臭いが仕方が無い。このままでは薬草が毒に侵されてしまう事だし、さっさと始末しよう。


 尻尾に『成形モーディング』によって魔力の剣を成形し、尻尾を伸ばして振るい、ワイバーンの首を切断する。ただし、このままでは切断面からワイバーンの血液が周囲にまき散らされてしまうため、魔力の剣にはあらかじめ魔法による『凍結』効果を持たせておく。


 ワイバーンの首が地面に落ちる。首を切断された傍から、切断面どころか頭部も全身も瞬く間に凍り付き、血液が流れる事は一切無かった。


 さて、ちゃんと血も抜いておかないとな。ドラゴン共の時のように逆さに吊るしてから解凍して、血抜きを行おう。

 それが終わったら解体作業だ。血を抜き取っている間に薬草の採取を終わらせてしまうとしようか。


 ワイバーンの体液は毒の素材だ。唾液腺は勿論、血液もしっかりと抜き取り保存しよう。間違っても地面に埋めてはいけない。埋めた地面が汚染される。

 かと言って『我地也ガジヤ』で作った容器に入れて巨大なガラスや石器の容器を見せてしまえば、間違いなく驚かせてしまう事になるだろう。

 一時的に保存するのならばそれでいいとして、納品する際の容器だ。

 これは後で尻尾カバーを作った時のように、魔法と『我地也』を併用して大樽でも作製する事にしよう。


 ああ、これでまた時間が余計に消費される。おのれワイバーンめ。何故このタイミングでこの場所に現れた。



 薬草を採取し、ワイバーンを解体し終わった時には、体感で3時間ほどの時間が経過していた。出来るだけ解体作業は急いだのだが、血が抜け落ちるまでに時間が掛かってしまったのだ。


 ワイバーンに限らず、今後も解体を行う際には血を抜く作業は必須になるだろう。

 ならば、解体に適した魔術を探してみるか?衣服を作るのに適した魔術だって存在するのだ。解体に適した魔術があってもおかしくは無い。

 もしも無いというのであれば、自分で作ってしまおう。せめて血抜きぐらいは時間を短縮させたい。


 ここまで時間が掛かったのには、もう一つ理由がある。

 樽を作るための木材だ。帰りの途中で調達すれば良いか、と思っていたのだが、私は既に木材を持っていたのだ。


 そう、邪木鬼じゃぼっきの木材だ。直径70センチ、6~8メートルの丸太が規定討伐数分、すなわち10本だ。それだけあれば十分にワイバーンの血液を保存しきれるだけの樽が作れると気付いたのだ。


 そんなわけでその場で大樽を複数制作し、ワイバーンの血液を移し替える事にした。その作業時間もあって、ここまで時間が掛かってしまったのだ。


 だが、これでようやく受注した依頼はすべて片付いた。さっさとイスティエスタに戻って報告を済ませよう。




 「ただいま。帰って来たよ。」

 「本当に速いですねぇ・・・。本来なら"中級"の冒険者が二週間かけてこなす依頼ですのに・・・。」

 「けれど、エリィは私がこれぐらいの事が出来ると思ったから依頼を斡旋してくれたのだろう?ちょっと想定外の事が起きてしまったせいで帰って来るのが遅くなってしまったけれど、このペースなら明日にでも"中級"になれると思うよ?」

 「これで遅くなったって・・・はぁ・・・。とりあえず、ギルド証を提示していただけますか?討伐数と配達完了の確認を行いますので。」


 現在の時間は15回目の鐘が鳴る少し前、ほとんど正午の時間だ。

 依頼を片付けてエリィに報告をしたら、呆れるような反応をされてしまった。予定が遅れてしまった事を伝えたら、ため息混じりにさらに呆れられてしまう始末だ。


 まぁ、錯乱されてしまうよりは良いのかもしれないな。そのうち慣れてくれれば普通の対応をしてくれるようになるだろう。


 「・・・はい。配達の完了と規定数の討伐を確認しました。ギルド証をお返しします。続いて、納品になりますので、査定室へ向かっていただけますか?」

 「分かったよ。ところで、討伐した魔物や魔獣の素材をギルドに卸したいのだけれど、何処で卸せばいいのかな?」

 「それでしたら、ギルドの地下に買い取り場がありますので、依頼完了の手続きが終わり次第、案内させてもらいますね?」

 「ありがとう。それじゃ、納品してくるよ。」


 一度エリィに別れを告げて査定室へと向かう。そうか。冒険者ギルドには地下もあるんだな。大型の魔物や魔獣もそこでなら取り扱いが出来るという事なのだろうか?だとしたら、結構な広さになるだろうな。

 査定室のある場所まで来て周囲を見渡すと、他にも扉がある。どの扉にも[査定室]の文字が掛かれている。

 まぁ、そうだろうな。複数のカウンターがあるというのに査定室が一つだけという事は無いだろう。混雑するなんてものじゃなくなってしまう。


 昨日査定してもらった鑑定士がいた扉を軽く叩いて返事を待つと、入室を促す声が聞こえたので、部屋に入るとする。声からして、鑑定士は昨日対応してくれた人物と変わらないようだ。


 「やあ。査定をお願いするよ。はい、ギルド証。」

 「今日は早速午前から依頼をこなしてくれたのか。有り難い事だな。うん、ギルド証を預かるよ。」

 「本当ならもっと早くに此処に来る予定だったんだけどね。とりあえず、納品物を出していくよ。」

 「薬草は三種類とも問題無いようだね。ただ、鉄鉱石と銅鉱石はこれ、どうやったんだ?こんな巨大な鉱石は今まで持ち運ばれた事は無かったんだが。」

 「ん?それは鉱床からの生え際の部分を手刀で叩いてへし折ったんだ。『成形モーディング』による魔力の剣で生え際から切り落とすでも良かったかもしれないけれど、私の魔力が鉱石や鉱床に影響を与えてしまうかもしれなかったからね。」


 ギルド証を渡しながら挨拶をして、机の上に納品物を置いていく。分かっていた事ではあるが、やはり生え際からへし折った鉱石にはツッコミが入ったか。鰭剣の事以外は正確に説明しておこう。


 「まぁ、貴女なら容易にできるだろうな。貴女の魔力が浸透した鉄鉱石や銅鉱石にも興味があるが、依頼の品と変わってしまっては達成扱いにはならないだろうしな。・・・うん。巨大であることを除けば問題無いよ。銅鉱石に至っては余分に取って来てくれているようだしね。」

 「鉱石が大きいと、何か問題があるのかい?」

 「単純に抽出が大変なんだ。何処の精錬施設もこの大きさの鉱石をそのまま扱えるような巨大な装置は無いからね。錬金術で抽出しようにも大きな範囲を抽出しようとするならそれだけ一度に使う魔力量も多くなるしね。」

 「ああ、そうか。それは配慮が足りなかったね。良ければこの場で手ごろなサイズに砕こうか?」


 そうだな。鉱石を採取する際には自分にとって都合の良いように採取をしてしまっていた。これを必要としている者がどういう使い方をするのかを考えていなかった。

 申し訳ない事をした。詫びでは無いが、使いやすい大きさに砕くか。


 「いや、大きいと確かに抽出は大変だが、直ぐに必要というわけでは無いからね。それに、この大きさの鉱石は滅多に見れる物でもない。鑑賞物としても扱えるだろう。砕かなくても問題無いさ。」

 「それなら、そのまま納品させてもらうよ。今後、同じ洞窟から鉱石の採取依頼が入った場合はどうする?」

 「そうだね・・・。手間かもしれないが、巨大なものを一つと、残りを手ごろなサイズに砕いてくれるとありがたい。」


 問題無いな。しかし、鑑賞物か。手の込んだ装飾や精巧な絵画等がそれにあたるらしいが、なるほど。滅多に見られない天然物などもそれに該当するという事か。この鉱石は人工鉱床から採取した物だから天然とは言えないが。

 今後、あの洞窟から鉱石を採取する際は素材用と観賞用の2種類を取って来ると良いらしい。若干、指名依頼っぽくなってしまっているが、このぐらいならば問題無いのだろう。


 「これで、査定は完了だ。ギルド証を返却するよ。それにしても、貴女が時間を掛けてしまうという状況が想像つかないのだけれど、何があったんだい?」

 「ワイバーンだよ。山頂に出現する事がごく稀にあると記録されていたけれど、まさか私が依頼をこなす時に限って出て来るとは思わなかった。」

 「・・・・・・何のことも無いように言っている辺りが流石だな。貴女ならばまるで苦労することなく斃すことが出来ると思うが、時間が掛かったのか?」

 「倒すだけなら問題ないさ。問題はその後だよ。アレの体液は毒を含んでいるから薬草が生えている山頂にまき散らすわけにはいかなかったし、巨大なせいで解体にも時間が掛かった。達成回数を稼ぎたい私にとっては邪魔でしかないんだ。本当に面倒臭かった。」


 あの作業を思い出して辟易としながら説明する私を、鑑定士が信じられないものを見るような目で見つめている。そこまで異常な事なのか?"一等星トップスター"の冒険者ならば問題無くできそうだが・・・。


 「つまり、ワイバーンを丸々解体して全て『格納』したと・・・?ノア、一応言っておくが、一人でそれが出来る者は例え"一等星"と言えど、ほんのごく一部だ。その事は頭に入れておいて欲しい。」

 「あー、うん、分かった。こうなって来ると、"一等星"になっておいた方が良いのかな?あまり興味ないんだが・・・。」

 「此方としてはその方がとても有り難い、と言っておくよ。とは言え、それを決めるのは貴方自身だ。好きにすると良い。誰も貴女の生き方を強制など出来はしないさ。」


 そんなやり取りをして査定室から退出する。後は、エリィに依頼完了の手続きをして新しく依頼を斡旋してもらい、地下の買い取り場まで案内してもらうとしよう。

 そこで回収した魔物・魔獣の部位を売却したら、資料室で魔術言語の本と『清浄ピュアリッシング』の魔術書の複製だ。



 「あっ、ノアさん、お帰りなさい。ギルド証を預かりますね。」

 「ああ、それと、新しく依頼の斡旋を頼むね。傾向としては今朝受けたものと同じようにしてくれればそれでいいよ。」

 「分かりました。・・・はい、問題ありませんね。では、これにて依頼の完了となります。報酬をお持ちしますので、少々お待ちください。」


 そう言って、エリィがカウンターの奥へと立ち去っていく。辺りを見回してみても、冒険者はあまりいない。普段は冒険者が座ってたむろしているような場所には受付嬢や受付僮が腰かけて昼食を取っている。

 ここ、飲食を行っても良い場所だったのか。


 「ノアさん、お待たせしました。此方、今回の依頼の報酬となります。それと、依頼の受注手続きをしますので、今しばらくお待ちください。」

 「うん。確かに受け取ったよ。」


 報酬額は銀貨65枚と銅貨15枚。それに軽貨が400枚だ。大した額だとは思うかもしれないが、エリィが言った通り、本来ならば"中級"冒険者が二週間かけてこなす依頼だ。それも、連続して行うようなものでもない。

 ほとんどの人間は、休み無く何日も活動できるようには出来ていない。休憩は必要なのだ。

 そして銀貨65枚。"中級"の依頼を主体とすれば、大体こんなものだ。一つの依頼で大体銀貨7~8枚が相場である。自分の命を対価に仕事をしているのだ。冒険者の報酬が高額になるのも無理はないだろう。


 「ノアさん、新しい依頼の受注手続きが終わりましたよ。ギルド証を返却しますね。これから買い取り場へ案内しますが、よろしいですか?」

 「ああ、ありがとう。よろしく頼むよ。」



 エリィに案内されて地下の買い取り場へと到着した。

 スペースはかなり広い。流石に商業ギルド裏にあった倉庫ほどの広さとはいかないが、少なくとも冒険者ギルドの敷地と同程度の面積はあると見て良い。

 そして天井までの高さも10メートル近くある。大抵の物ならばこの場に卸す事が出来るだろう。

 しかし、世の中にはこのスペースに収まりきらないほど巨大な生物もいるらしい。私が知る者だとそんな巨体を有するのはルグナツァリオぐらいだが、流石に人々から神と崇められている存在をカウントするのは無しだろう。


 「エリィじゃねぇか。それにそっちは例の竜人ドラグナムの人だよな?確か、ノアさん、つったか?」

 「ああ、よろしく頼むよ。」

 「先程依頼を終えて、討伐した者の部位や素材を売却したいそうです。モートンさん、複数の依頼をこなしていただいたので、結構な量になりますよ?」


 エリィを見かけてこちらまで駆け寄ってきたのは、窟人ドヴァークとしては比較的背が高く、そして筋肉質な男性だった。名前はモートンというらしい。

 エリィが数が多い事をモートンに説明すると、少しだけ目を見開いた後、大きな声で周囲に呼びかけをした。


 「全員集合!大口の仕事が入ったぞ!」

 「ではノアさん、後はそちらで、売却の代金もこの場で受け取れますからね?」

 「ああ、案内してくれてありがとう。」


 エリィに案内してもらった礼を述べて足早に立ち去っていく様子を見送ると、モートンが此方に来て声を掛けてきた。

 さらに、モートンの周りに十人近い職員が集まってくる。


 「自己紹介の前にエリィが先に呼んじまってたが、モートンだ。よろしく頼む。『格納』が出来る事ぁ聞いてるぜ。早速だが、売却する素材をこっちに出してもらって良いか?」

 「ああ、まずは依頼で討伐した者から出していくよ。」


 周囲からは怪しまれるような視線を感じなかったのは私が『格納』を使用できる事が伝わっていたからか。話が早くて助かる。

 早速討伐した解体した魔物・魔獣を、宿に提供するエビルホークを一羽残して指定した場所に出していこう。


 「こ、コイツァ・・・・・・。ノアさんよぉ・・・、アンタ、解体までして来ちまったのか・・・。」

 「資料室や図書館で読んだ通りにやったのだけれど、まずかったかな?」

 「いや、こんだけ丁寧にやってくれんのならメチャクチャありがてぇ。手間が省けるからな。この腕前なら直ぐにでもウチで働いてもらいてぇぐらいだぜ。しかも保存してある容器はガラス製か?とんでもねぇ嬢ちゃんだな。まぁ良い。これなら査定をして金を渡すだけだ。直ぐに済むぜ。」

 「それは良かった。普段は解体も込みでやっているのかい?」


 彼等は皆丈夫そうな作業着を着てマスクやゴーグルを所持している。本来ならば持ち込んだ死体を彼等が解体するのだろう。

 私達が会話をしている間に他の職員達が手に持った板にペンを走らせているのが視界に映る。おそらく査定をしているのだろう。

 多分だけれどエリィもそのつもりで私をここまで案内してきたように思う。立ち去る時に足早だったのは、魔物や魔獣の死体を見たくなかったからじゃないだろうか。


 「つーかそれが俺達の主な仕事だぜ。ド素人に解体させた日にゃあ肉も皮もズタボロになって価値が駄々下がりになっちまうからな。非道ぇときにゃ、肉や臓器に汚物が掛かって使いモンにならねぇ時もある。そんなモンは流石に銅貨一枚にもなりゃしねぇんだ。」

 「だから貴方達のような解体の専門家がいるというわけか。」

 「おうよ!俺達が綺麗に解体すりゃ、質の良い素材が街に卸され、俺達も冒険者達も皆儲かるってわけよ!」


 誇らしげに胸を叩きながらモートンが言う。良い表情だ。大勢の人に役立つ仕事に就いて、それを誇りを持っている者には好感が持てる。

 だが、そんな彼にこれから少々申し訳ない事をしてしまう事になるな。解体済みのワイバーンを出したら、えらい騒ぎになりそうだ。


 「よっしゃっ!査定が終わったぜ!一度にこんだけ大量に、しかも綺麗に解体まで済ませてくれたんだ!色を付けて金貨5枚だ!それで良けりゃギルド証を提示してくれ!」

 「問題無いよ。それにしても、随分な大金だね。どれだけ見積もっても金貨1枚行けば良いと思っていたけど。」

 「それだけ、解体料で俺達がもらっているってのもある。よし、これで取引完了だな!またよろしく頼むぜ!」

 「あー、それなんだが、もう一つ、査定してもらって良いかな?依頼の最中に討伐する事になったヤツがいてね?」

 「おん?そういや、最初に品を出すときに、[まずは]っつってたな。その様子だと厄介なモンみてぇだな?」


 ご機嫌な口調だったモートンが訝しむような口調に変わっていく。


 やはり、騒ぎになってしまうだろうなぁ、コレ・・・。

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