第123話 竜人
では、この辺りで
今日までにそれなりの数の本を読んできたからな。当然、竜人に関する記述が書かれている本もあったとも。おかげで彼等に関する知識を得る事が出来ただけでなく、私も竜人として他者から違和感なく行動する事が出来ているのだ。
竜人
人間とドラゴンとの間にのみ生まれる、特殊な種族だ。その出生条件故に極めて希少な種族でもある。そして少々問題のある種族でもある。
人間であればどの種族でも出産する事は出来るが、産れてくる者の外見は決まって
親となった人間にドラゴンの因子が加わった状態で産まれてくるため、基本的に産まれてくる竜人は人間の親の上位互換の能力を持っている。
そして、外見だけならば庸人をベースにした外見をしているが、庸人以外の親でもしっかりと親の特性は受け継がれている。
また、ドラゴンの因子を持っているためか、非常に寿命が長い種族でもある。
親の特性を引き継ぐため、親が
ドラゴンは非常に気位の高い生き物だ。それはドラゴンがこの世界、この星で最も強い種族だからだと人間達の間では言われている。
ただ、それはあくまで人間達が知る中での話でしかない。人間達は"楽園深部"はおろか、"楽園中部"にすら到達していないからな。
私の意見を言わせてもらうと、ドラゴンは確かに強いが、別に最強というわけではない。
あくまでも私が知っているドラゴンを参考にさせてもらった話になるが、連中の実力はせいぜい"楽園浅部"止まりだ。家の皆はおろか、"楽園中部"の住民達にすら歯牙にもかけられないだろう。
勿論、あの連中以上の力を持ったドラゴンもいるとは思うが、それでも"楽園深部"や"最奥"の皆までは届かないと思う。
もしもそれだけの力を持ったドラゴンがいると言うのならば、実際に会ってみたいものだ。それほどまでに"楽園"の皆は、人間達から見たら異常なまでの力を持っているのだ。
"楽園"自慢になってしまったが、とにかくドラゴンが他の生物と比べて強い力を持っているのは間違いない。
そして、ドラゴン達もその事を十分に自覚している。それはドラゴンが産まれた時からだ。自分の力を明確に理解しているのだ。
そのためか、ドラゴン達は基本的に他の生物を見下す傾向にある。そして、それは私にも当てはまる。
自分の力を明確に理解でき、更に相手の力も正確に推し量る事が出来てしまうため、他者と対峙した時に[いつでもどうにでも出来てしまう]、と無意識に思ってしまうのだ。
これはもう、ドラゴン全体の悪癖だと思う。
私が意識を覚醒させた時は自分の力を正確に把握できていなかったが、それでも[なんとなく]、という割といい加減な感覚で自分の行動に対する結果を予測する事が出来たし、実際に予測通りの結果がもたらされたのだ。
魔力を十全に理解した今では正確に自分の力を理解できるようになっている。
では、そんなドラゴンとの間にどうやって子を成すと言うのか?
そもそもドラゴンは例外を除いて物理的に非常に巨大な生き物だ。このままでは人間との繁殖など無理である。
が、そこはまぁ、ドラゴンには変身能力があるそうなので相手の種族に変身して子を成せばいいだけだ。
ちなみに、私は他種族への変身が出来そうも無いのだが、尻尾を伸縮させたり角や翼を出し入れ出来たりするのが一種の変身能力だと思う事にしている。
さて、サイズ差や種族の問題はドラゴンの変身能力によって解決されるわけだが、基本的に他種族を見下すドラゴンと子を成す場合、ドラゴンに自分を認めさせる必要がある。その方法とは?
非常に単純にして明確である。力を示せばいい。
自然の摂理、[力が全て]、だ。実力で自分の方が上だと認めさせる事でドラゴンとの間に子を成す事が出来るのだ。
実を言うと、ドラゴンの中には人間達に対して非常に友好的でかつ温厚な者達も存在している。
そういった者達と子を成そうとした場合、直接ドラゴンと戦う必要はない。ドラゴンから試練を与えられるので、それを乗り越えれば良い。
試練を乗り越えるとドラゴンから報酬を渡されるのだが、その報酬の中にドラゴンとの間に子を成す、という選択肢があるわけだ。
永く人間を見てきたからか、彼等は人間の美醜を良く分かっているらしく、人間にとって魅力的な外見に変身する事が出来るのだそうだ。
魅力的な外見の者との子作りもまた報酬となる、という事だな。
さて、問題は子を宿した後の話だ。母親が人間であった場合は特に問題は無い。
人間社会の中で産まれて人間社会の中で育っていくからな。親にもよるが、きっと真っ当な人間として育って行ってくれるだろう。
問題があるのは母親がドラゴンだった場合だ。
人間との間に子を宿したドラゴンは再びドラゴンの姿となり、卵を産むのわけだが、ドラゴンという生き物は教育方針が結構雑らしく、大抵の場合卵を産んだら後は放置で、別の場所へと飛び去ってしまうらしいのだ。
尤も、産れてくる子供は、例え人間の姿をしていたとしてもドラゴンに力を認めさせるほどの力を持った人間と、ドラゴンとの間に産まれた子供だ。弱い筈が無い。
誰の助けも借りずに大自然の中を生きていく事になるので、幾多の戦いを経験する事になる。
こういった竜人は例外なく非常に強い個体となるのだが、如何せん言葉などは分からないため、ほとんど人型のドラゴンと扱いは変わらなくなる。
地頭は良いらしいので、何らかのきっかけで人間達と関わる事が出来た場合、多少横暴かもしれないが、余計なしがらみのない自然の中で育ったので、筋の通った人物となるだろう。
本当に問題なのは母親が子供を育てている場合だ。
子供を育てるドラゴンというのは総じて過保護である。食事から何までかいがいしく世話をするし、狩りの仕方も教える。
ただし、教えるのはあくまでも狩りの仕方であって、戦い方は教えない。脅威は母親が取り除いてしまうからだ。
子供が傷付けられれば烈火のごとく怒り狂い、傷付けた物を執拗に追い詰める。
子供もそれを理解しているからか、非常に調子に乗りやすい。
そんな風にひたすらに甘やかして育てるために子供も甘えたがりな性格に育つ。
母親は母親で甘えられる事が嬉しいのでますます子供を甘やかせてしまうのだ。
そんな子供がどのような大人になるかなど、言わずもがなだろう。非常に我儘で横暴な者になる。
以前冒険者から聞いた、後先考えない大馬鹿者や傲慢が服を着て歩いているような愚か者がこれに当たる。
こういった竜人は大抵の場合、人間社会において害悪にしかならないため、討伐対象に挙げられる事が多い。子供を傷付けられて母親も怒り狂うので、母親まで討伐しなければならなくなるため、非常に人間達にとって迷惑な存在となってしまうのだ。
まぁ、それも最早過去の話になりつつある。最近では過去の事例から竜人は母親がドラゴンの場合、しっかりと父親、人間が教育するようにしているらしい。
尤も、法律で決まっているわけでは無いので完全に、とは言えないのが厄介な所なのだが。
法律にされていない理由は、ドラゴンに力を認めさせる事が出来るほどの人間など、人間社会においても極めて扱いづらい人間だから、である。
強力な力を持った個人を従わせようとしたところで、なかなか従わせる事など出来ないのだ。
竜人に関して私が知っているのは、ざっとこんなところだ。
それでは、話を戻して目の前の竜人はどうだろうか。
彼は一見、一般的な庸人の壮年に見えるが、彼からは明確にドラゴンの力を感じる事が出来る。その力は"楽園"に襲撃を仕掛けてきた連中よりも幾らか劣る。
あんな連中でも、ドラゴンの中ではそれなりの強さだったという事だろうか?
いや、竜人が受け継ぐドラゴンの因子は、親のドラゴンの因子をすべて引き継ぐわけでは無いのだ。そう考えれば、彼の親となったドラゴンはあの連中よりもきっと強い力を持っている筈だ。頼む、そうであってくれ。
その話は置いておいて、彼にはドラゴンの特徴と呼べる部位が見当たらない。
私の角や翼と同じように体の内側に仕舞う事が出来るのか、はたまたマコトのように魔術で姿を偽っているのかは分からないが、この姿が彼の本来の姿では無い事だけは間違いない。
そもそも、壮年の竜人など現時点まで確認が出来ていないのだ。
彼等もまた妖精人や
彼が外見通りの年齢であった場合、極めて高齢という事になってしまう。
少なくとも、私が見る限りでは彼は寿命から考えると、まだまだ若い人物であるのは間違いないのだ。
さて、初めて会った竜人であるが、私は彼に大変興味がある。
竜人である彼がドラゴンである私をどのように見ているか、だ。これまでの彼の態度からある程度は予測出来てしまうかもしれないが、それでも彼の目には私がどのように映っているのか、是非知りたい。
同族と思っているのか、はたまたドラゴンだと見抜く事が出来ているのか。私の興味はそこにある。
が、今はそんな事よりも彼が用意してくれた装飾品である。
彼も竜人だと言うのなら、きっと光物が好きなのだろう。そんな彼が選んでくれた宝石が、装飾品がとても楽しみなのだ。
ドラグナムの男性が艶のある黒い箱を開き、中身を私に見せてくれる。
「お待たせいたしました。此方が、私が選ばせていただきました品で御座います。どうぞ、お手に取ってお確かめください。」
「どれもとても美しいね。ただ、私が頼んだのは3つだけだった筈だけど?」
開かれた箱の中には何と3倍の9個もの装飾品が収められていた。
どういう事なのだろうか?
「お客様の御要望に沿った商品を一つに絞る事は、申し訳ありませんが、私には出来ませんでした。それ故に、お客様に特に気に入っていただけるであろう物をいくつか見繕わせていただきました。」
「気に入った物を自分で選べ、という事だね。」
「左様に御座います。お手数ですが、よろしくお願いいたします。」
どれ、手に取ってみて良いと言ってくれたので、自分の手に『
・・・・・・困ったな。
どれも甲乙つけがたくて、それぞれどれか一つになんて選べそうにないぞ。
いや、どれも本当に美しいんだ。それも、どれ一つとっても石や形状にそれぞれ特徴がある。
いっその事、似通った形状や同じ石を用いてくれたのなら、その中から最も良いと感じた物を選ぶだけで済んだのだが、9つとも違う石、違う形状をされていたら
選ぶに選べない。正直言って、全部欲しい。
特に私の要望に応えてくれたであろう3つの装飾品。これらが私の目を魅了して止まないのだ。
透き通った透明な石は、確かに光を反射して輝きを放っている。だが、決して強い光を反射しない。宝石の色が明確に分かるような、優しい光を放っているのだ。慎ましくも力強い、芯を持った輝きだ。
こういうのだ!こういう輝きを放つ光物が私は好きなんだ!この竜人は良く分かっている!
人間というのは、こうまで美しいものを作り上げる事が出来るのだな・・・。
困った事にかれこれ1時間以上、用意された装飾品を眺め続けてしまっている。
いい加減待たせてしまうのも悪いし、そろそろどうすべきか決めないとな。
さっきも言った事だが、全部欲しい。だが、購入できるだけの鐘が今は無い。そう言うわけだから、今日は購入を止めておこう。
ちなみに、竜人の男性を見れば、入室してきた時と同じどころか、更に上機嫌になっている。その表情は至福に浸り、最早恍惚と言って良いだろう。
本当に、彼は私をどのように見ているのだろうね?
現在、この部屋にいるのは私と彼だけだ。彼に長い時間待たせてしまっている事を謝罪するついでに、それとなく聞いてみようか。
「済まないね。貴方の選んでくれた商品、どれもとても素晴らしくて、決められないでいるんだ。」
「いえいえ!滅相も御座いません!貴女様ほどの御方にそうまで気に入っていただけた事、オーナーである私にとって、この上なく喜ばしい事で御座います!どうぞ、時間を気にせず、存分にご堪能なさって下さいませ!」
ここにある品物を私が大層気に入った事、彼、この店のオーナーにも分かっていたようだ。そして、どうやら彼にはそれがとても嬉しい事のようだな。
正直自分でもわかるぐらいに表情が変わっていたからな。こうまで人工物を美しいと思った物は初めてなのだ。感動も一際大きくなると言うものだ。
こうまで私に好印象を抱いてくれているのなら、もういっその事直接聞いてしまおうか?彼が私をどう思っているかを。
「ところで、私は竜人に会ったのは貴方が初めてなのだけど、貴方から見て、私はどんな風に映っているのかな?当然、一般的な人間達と同じようには映っていないのだろう?」
「勿論で御座います!私もドラゴンの因子を持つ者の端くれ。貴女様から感じられるドラゴンの力は、私が知るどの存在よりも遥かに巨大で御座います!それでいながら私達を気遣い、膨大な力を抑えていただいている慈悲深さ!相手の流儀に沿って行動していただける礼儀正しさ!貴女様からは、ドラゴンの中でも特に高貴な気配を感じずにはいられません・・・!」
そっかぁ・・・。彼にとって私は高貴な存在なのかぁ・・・。
これは、もしかしなくとも、彼には私がドラゴンである事が見抜かれているとみて間違いないだろうね。彼は私に対して、同族や竜人という単語を用いてはいなかったし、私も彼に尋ねる際に態々[人間]という単語を使用したからね。
加えて、彼には私が力を抑えている事も理解できているようだし、やっぱり、彼の親となったドラゴンもそれなり以上の力を持っていると見るべきだろう。
何せ、"楽園"に襲撃してきたあの連中は、私が魔力を開放するまで私をただの竜人だと思っていたぐらいだからな。相手を推し量る力もドラゴンの力の一つだ。
それが彼に劣っている時点で、あの連中は大した事の無いドラゴンだったとみて良い筈だ。そう思いたい。本当に、そうであってくれ。
それにしても、高貴な存在、か。確かに"楽園"の皆から私は"姫"と思われているけれど、初めて会った竜人にすらそんな風に思われてしまうとはね。
私は"姫"なんてガラじゃないと思うのだが、そうまで多くの者達から思われてしまうと言うのなら、受け入れざるを得ないのだろう。
ならば、彼の前では少しそれっぽいふるまいをしようじゃないか。私が出来る最も加減した魔力を開放してオーナーに語り掛ける。
私の魔力を感じ取ったからか、目に見えてオーナーの表情が変化した。にこやかな表情から一変して緊張した面持ちとなっている。
「正直な気持ちを言えば、全部欲しい。その場合、これらの金額はどれぐらいになるのかな?」
「はっ!総額で金貨328枚となりますっ!」
だろうね。どれも同じような品質ならばそれぐらいの値段がするのは当然だ。
良かった。その程度の値段であれば問題無い。
「残念だけど、全てを購入するには今は手持ちがない。だけどどれかを選ぶ事も私には出来そうにない。だから、今日のところは一度暇せてもらうよ。購入する気で訪れさせてもらったと言うのに、済まないね。」
「と、とんでも御座いませんっ!確かに、ご購入に運べなかった事は残念に御座いますが、ご用意させていただいた品々が貴女様に楽しんでいただけた事は紛れもない事実!私にはそれだけでも至上の喜びに御座いますっ!」
貴方はそれで良いかもしれないけれど、他の店員達はそうもいかないだろう。それに、ちゃんと全て購入するつもりだから、ちょっとお金を稼ぐために時間が必要なだけだよ。
金貨の328枚、その程度ならば私なら直ぐだ。依頼を受けずともワイバーンの5、6体でも仕留めて来れば良いのだからな。
何なら、ちょっと遠出をしてドラゴンの一体でも仕留めて来れば、お釣りが出来るぐらいだ。
尤も、それは完全に我欲を満たすための狩りになってしまうので、極力避けたい。お金を用意できなかった時の最終手段としよう。
何、今日と同じぐらいの稼ぎをしていれば、問題無く月末までに溜まる金額だ。私の所持金と合わせれば、10日もあれば十分だろう。
「10日後にまた顔を出させてもらうよ。その時にまだこれらの商品が置いてあるのなら、その時は即決で購入させてもらおう。」
「は、ははぁっ!その時を心待ちにしておりますっ!此方の商品、それまでは誰にも手を付けさせるつもりは御座いませんっ!」
「いや、商品は早い者勝ちなのだろうし、私が購入するまでに欲しい人がいて、ちゃんと代金も支払うのなら売ってあげなさい?この店には、他にも自慢できる装飾品があるのだろう?」
「ははぁーっ!承知いたしましたっ!」
これが"姫"っぽいふるまいかどうかは置いておくとして、魔力を開放してからというもの、オーナーの態度が完全に乗客に対する商人ではなく、王族に仕える家臣のそれになってしまっている。
やり辛くはあるが、彼はそれを望んでいるようだし、私もそういう振る舞いをしようと決めたのだ。途中でやめるのは、彼にも私自身にも失礼だ。
そうだ。彼の名前をまだ聞いていなかったな。いい加減、彼の名前を聞いておくとしよう。今後も付き合いがありそうだしな。
「オーナー。貴方の事、覚えておくよ。名前を教えてもらえるかな?」
「ははぁっ!私の名はマーグ!マーグ=スレンドに御座いますっ!」
「マーグ、私はノア。今月の1日にこの国に訪れて冒険者になったんだ。」
「ノア様っ!またのご来店を、心よりお待ちしておりますっ!」
マーグに恭しく見送られながら宝石店を後にする。
さて、なんだかんだでこの街でもあまりのんびりできなくなってしまった気がするが、欲しい物を手に入れるためだ。仕方の無い事と受け入れよう。
宝石店を退店した後は、もうこの服を着ている必要も無いだろう。入店する前に着替えた時と同様、『
さて、時刻は午後3時20分。これで一応今日見て回ろうと思った場所は全て訪れたわけだが、もう1ヶ所、今のうちに行っておきたい場所が出来ているのだ。
カークス騎士団達の墓があると言う公営墓地だ。
あの騎士団長へ、墓参りをしに行こうと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます