第124話 墓参り、そして酒に誘う。

 ティゼミア公営墓地


 この場所にはティゼミアに在住して、ティゼミアで亡くなった人達の遺体が埋められている。

 その場所には墓石が建てられ、石には人物名と産まれた年から無くなった年までが彫り込まれている。


 だが、全ての墓石の下に遺体が埋められているとは限らない。

 老衰や病によってなくなった者もいれば、魔物や魔獣によって、体も残さずに命を失った者もいるからだ。

 そういった者達の墓には、生前使用していた装飾品や愛用していた道具などが埋められている場合が多い。


 ちなみに、そういった遺品の中には高価な物もあったりするので、そういった遺品を目当てに墓を荒らすような者達もいるらしい。 

 死者に対する冒涜とされるため、周りからは良い顔はさせれず、大抵の国では法律で犯罪扱いされている。

 そもそもの話、所有権を持たない者が許可なく持ち出すのは人間達の法律では立派な窃盗だ。犯罪扱いされても文句は言えまい。


 ただ、中には遺品すらも埋められておらず、墓石だけ建てられている、というのもある。私が用のある墓もその一つだ。

 彼ならば家に自身が使用していた道具や日記何度も置いてあるはずなのだが、彼の家族が、彼を忘れないために家に残しておいたそうだ。



 騎士団長の墓の近くまで付くと、どうやら先客がいたようだ。知っている顔だ。

 今日は鎧姿ではなく、一般的な衣服を着た格好をしている。特に武器も所持していないようだ。今日は休日、という事だろう。


 「こんにちは。昨日は良い宿を紹介してくれてありがとう。」

 「貴女は・・・。この方の墓参り、ですか?」


 巡回騎士・マックス。昨日、私に"白い顔の青本亭"を紹介し、直接案内までしてくれた人物だ。私がこの場に訪れた事が意外だったのだろう。口調は落ち着いているが、驚いた顔をしている。


 「ああ、この人とは直接話した事は無いけれど、本で彼の事を知った後だと、とても好感の持てる人物だったからね。亡くなった後だと言うのに、ファンになってしまったよ。」

 「そうですか・・・。貴女には、是非ともカークス団長と会ってみて欲しかったです・・・。」


 マクシミリアン=カークス。


 蜥蜴人達の集落に襲撃を仕掛け、そしてラビックに滅ぼされてしまった騎士団長の名前だ。

 人間の中では最高峰の魔力と身体能力を併せ持った、人類最強は誰か、という問答において必ず名前が挙がる人物である。


 極めて高い能力を持ちながらもその性格は模範的な騎士そのものであり、ティゼム王国だけでなく、他国からも彼を慕う者が大勢いた。

 カークス騎士団がティゼム王国の最大戦力であったのは、間違いなく彼の存在が大きいだろう。


 マックスは私とマクシミリアンが出会って欲しかったと言っているが、実際のところ、彼が蜥蜴人の集落に襲撃をする前に私と出会っていたのなら、もっと違う未来があったと思う。

 それこそ騎士団達も、蜥蜴人達も、誰の命も失わずに済んだ可能性もあり得たのかもしれない。

 だが、所詮はたられば話だ。私としても彼とは是非とも直接話をしてみたかったが、彼の行った事を考えれば、私としては容赦をする理由は無い。


 「マックス、貴方も墓参りかい?」

 「ええ、カークス団長は、私達若い騎士にとっての目標であり、憧れでしたので、休日にはこうして顔を出すようにしているんです・・・。」


 随分と慕われていたんだな。

 尤も、この国の情勢を考えると、それだけ敵も多そうだが。


 さて、私も墓参りを終わらせてしまおうか。


 『収納』から酒を取り出して栓を開ける。

 直後、芳醇な麦の香りが辺りに漂う。この香り、私が家で皆と飲んだ酒と同じものだな。

 初めて匂いを嗅いだ時は、酒精の刺激が強くて微妙な評価になってしまったが、酒に慣れた今、改めて匂いを嗅いでみるとなかなかに悪く無い匂いだ。

 酒屋の店員が香りも良いと薦めてくるのも頷けると言うものだ。


 あらかじめ『我地也ガジヤ』で作っておいたガラスのコップに、先程購入したばかりのマスター・マークをいっぱいまで入れて墓石に添える。

 流石に5つ全ての酒をいきなり墓に添えたりはしない。また日を改めて別の酒を添える事にする。


 酒を備えたら、導魂神に対する祈りの作法を取り、彼、マクシミリアンへの冥福を祈る。


 ロマハ、分かっていると思うけれど、私の祈りに応えなくて良いからな?絶対にシセラが騒ぎ出すから・・・。


 祈りの作法を取り終えて振り返ってみれば、マックスが驚いた顔をしていた。


 「その香り・・・。マスター・マークの12年物ですか?カークス団長が最も好きだったと言う・・・。」

 「ああ、他にも好きだったと言われている酒を買ってあるんだ。この後、宿でゆっくりと飲んでみようと思ってる。良かったら、貴方も一緒にどうかな?今日は休日なんだろう?」

 「良いのですか?結構な高級酒だった筈ですが・・・。」

 「構わないさ。金にはそれなりに余裕があるし、私一人で飲めるような量でも無いからね。そうだ。どうせだから、ついでに酔わない程度にブライアンにも飲ませてやろう。彼とは、知った仲なのだろう?」


 軽口を言い合える仲のようだし、それなりに彼等は親しい関係なんだと思う。

 折角だし、付き合ってもらうとしよう。


 「ブライアンですか・・・。間違いなく喜ぶとは思うのですが、あまりお勧めはしませんよ?酒自体は強いのですが、あの男は酔いが回るのが早いんですよ。」

 「なるほど。大量に飲めるが、酔うのは早い、と。酒を楽しむのならこの上なく向いているけど、酒を飲みながら仕事をするのには向かなさそうだね。」

 「ええ。ですので、どうしても彼にも渡すのなら、彼の仕事が終わり就寝する前に渡すのが良いでしょう。」

 「そうさせてもらおうかな。それで、貴方はどうする?」

 「折角のなので、御馳走になろうかと思います。貴女にお願いしたい事も出来ましたので・・・。」


 お願いしたい事、か。騎士がらみの御願い事というと、厄介事の臭いがしてしまうのは気のせいだろうか?

 気のせいじゃないだろうなぁ・・・。騎士というのは総じて優秀な者達だ。大抵の問題は彼等だけで解決してしまうだけの能力がある。

 にも関わらず、しかもマックスはある程度私の力量を知ったうえで頼み事があると言ってきたのだ。間違いなく騎士ですらそう簡単に解決できるような問題では無いのだろうな。

 可能性を考えるのならば、やはり貴族がらみかな?それも、ヘシュトナー侯爵のように、騎士に対して良い感情を抱いていない貴族が関わってくると思われる。


 「貴方には良い宿を紹介して、直接案内してくれた礼もある。多少の面倒事なら引き受けよう。」

 「ありがとうございます・・・。」


 勿論、ただの建前だ。その程度の事で面倒事を引き受けていたら、冒険者などいらなくなるだろうからな。

 それに、内容にもよるが、正式な依頼として報酬も貰おうと考えている。

 私とて冒険者だ。無償で行動するつもりなど毛頭ない。


 「それでは、少し距離があるが、"白い顔の青本亭"に向かおうとしようか。」

 「ええ。ご一緒させていただきます。」


 酒は揮発性が高い液体だからな。そう時間を置かずにコップの中身は無くなるだろう。少し日を置いて、コップの中身が無くなっているのを確認したら、今度は別の酒を入れておくとしよう。


 この場所でやる事も無くなったので、公営墓地を後にする。少し早いが、"白い顔の青本亭"へ帰るとしよう。



 時刻は午後3時48分。宿へと帰って来てみれば、ロビーはとても静かで、人もブライアンしか見当たらない。そのブライアンもカウンターに座ってはいるが、本に目を通して周囲にはあまり意識を向けていないようだ。


 扉を開けた音によって人が来た事を悟り、開いていたページを下にしてカウンターの上に置く。

 おいおい、それでは本がそのページで開き癖がついてしまうぞ?本は高級品なんだから、そんなに雑に扱う物じゃないと思うんだがな・・・。


 そんな事は気にせずに、ブライアンは私達に容器に声を掛ける。


 「おう!嬢ちゃん、お帰りっ!今日は早かったなぁ!つーかマックスも一緒かよっ!?ひょっとして、デートってやつかぁ!?」

 「はぁ・・・。相変わらずだな、ブライアン。ノアさんとは公営墓地で偶々出会っただけに過ぎない。」 

 「墓参り用にマスター・マークを含めてカークス団長の好きな酒を5種類購入したんだ。私一人では楽しみ切れないからね。今日開けてしまったマスター・マークだけでも、一緒にどうかって、私が誘ったんだ。」

 「マスター・マークだってぇ!?」

 「それも、ちゃんと団長が好きだった12年物だ。栓を開けた瞬間から、12年物特有の芳醇でいながら甘みのある麦の香りが、その場で漂ってきた。」

 「マジかっ!?嬢ちゃん、良く手に入ったなぁ!あのカークス団長が好きな酒って事で、マスター・マークは人気が高いんだぜっ!?」


 墓地で酒の香りに反応していた時もそうだったが、マックスはどうやら酒が好きなようだ。栓を開けた瞬間に正確に酒の香りを嗅ぎ当てるあたり、彼もこの酒は結構好きなのかもしれないな。

 それはそれとして、ブライアンはこの酒が手に入った事に対して意外そうな顔をしていた。

 はて、私が酒屋を訪れた時にはそれなりの在庫があったはずだが、どういう事なのだろうか?


 今日、巡回騎士に書いてもらった地図を見せて説明してみようか。


 「今日は家の皆にお土産を買おうと思ってこの3ヶ所に訪れたんだ。その際に、巡回していた騎士からここの酒屋を紹介されてね。この店には私が購入した酒は結構な量の在庫があったよ?」

 「うぉっ、マジかよ・・・。おいおい、嬢ちゃん・・・良くこの店の店主から酒を売ってもらえたなぁ・・・。」

 「この店の店主、酒を数多く取り揃えているのは良いのですが、気に入った相手にしか酒を売らないんですよ。」

 「そんな気配はまるで無かったのだけどね・・・。カークス団長をファンだと言ったのが良かったのかな?」

 「あり得るな・・・。アイツも団長の熱烈なファンだったからなぁ・・・。[最近の若いモンにしては見どころがある奴だ・・・]って、団長が若い頃から応援してたんだぜっ!」


 ブライアンが顔に皴を増やし、声色を変えてセリフを言う。酒屋の店主の声真似をしたのだろう。口調がどことなく似ている。

 酒屋の店主はマクシミリアンが無くなった事をとても惜しんでいたからな。酒屋の店主がマクシミリアンの熱烈なファンだと言われても納得が出来る。


 とにかく、あの酒屋の店主から酒を売っても良い相手と認められたのは僥倖だったな。おかげで手に入り辛そうな酒も比較的容易に手に入りそうだ。


 「それにしても、紹介されたこの店は・・・アイツか・・・。まったく、クセの強い店ばかりを紹介して・・・。」

 「ああ、マックスも巡回騎士だから、今日私に店を紹介してくれた騎士も当然同僚になるのか。確かに、今考えれば店の人達はクセの強い人物だったけれど、扱っている商品はどれも一級品で、素晴らしいものばかりだったよ?」

 「だからこそ、です。ノアさんは初めてこの王都に訪れてきてくれたんですから、クセの強い店を最初に知られてそれを基準にされたら困ると言う事です。ノアさん。貴方が今日訪れた店というのは、本当に店主やオーナーが非常にクセの強い人物である事をお忘れなきよう・・・。」


 地図に書かれている紹介してもらった店を見てマックスが憤慨しているが、彼の言う事も尤もである。酒屋の店主はともかく、ピリカもマーグもとても印象に残る人物だったからね。間違っても、アレが一般的な魔術具店や宝石店のオーナー、という事は無いだろう。


 「あー、うん、そうだね。酒屋の店主だけでなく、ピリカやマーグもかなりクセの強い人物だったのは間違いないよ。」

 「か、彼に名前を教えてもらえたのですかっ!?」

 「そこまで驚く事なの?とにかく、こんなところで立ち話をするのも何だし、ここからは適当な席でコレを楽しみながらにしない?そのために此処に来たのだから。時間も沢山ある事だしね。ついでだから、夕食も一緒に食べていくと良い。」

 「ふぅ・・・。そうですね。そうします。」


 何処か諦めた表情をしてマックスが了承するのだが、別にとって喰らうと言うわけでは無いんだ。そんな表情をされるのは些か心外だな。

 私とマックスで食堂の席について酒を飲みながら話をすると知ったブライアンがここで茶々を入れてきた。彼は男女のやり取りに首を突っ込まずにはいられない性格なのだろうか?


 「かぁーっ!いいねぇ、いいねぇ!美男美女が微笑ましく良い酒を嗜みながら談笑たぁ!羨ましいねぇ!」

 「ブライアン・・・。マスター・マークは余ったら残りは仕事が終わったお前に渡そう、とノアさんと話していたんだが・・・その様子だと私達で全部飲んでしまって良さそうだな?」

 「えっ!?マジかッ!?頼むっ!?もう余計な茶々は入れないからよぉっ!ちょっとだけでも残してくれぇっ!」

 「ああ、これが[口は災いの元]、という奴か。こういう言葉を考えた人というのは、頭が良いんだな。」

 「ですね。それではノアさん、行きましょうか。」


 自分にも酒を提供されると知って、ブライアンは慌てて自分の行動を控えると宣言する。

 彼は自分の行動が相手をからかっているという事を十分に理解しているようだ。


 マックスに席へ移る事を提案したのは私だが、少しだけ待って欲しい。ブライアンにはまだ渡すものがあるのだ。


 「ちょっと待って。ブライアン、これを厨房の人達に渡してもらえるかな?今日でなくても良いから、料理に使ってみてもらいたい。」


 そう言って『収納』からビートルシロップを取り出してブライアンに見せる。

 流石にコレをいきなり見せられるのは予想していなかったようで、先程以上に目を見開いて驚いている。


 「ま、まままマジかよぉっ!?ビートルシロップだとぉっ!?」

 「ビートルシロップだってぇっ!?量はっ!?量はどんくらいだぁっ!?」

 「ちょっ、料理長!まだ仕込みの途中でしょうがっ!す、すんません、すぐ下がらせますんで・・・。」


 ビートルシロップという単語は厨房にも聞こえていたようだ。料理長がその食材を耳にして血相を変えてここまで顔を出してきた。・・・すぐに部下に引きずられて厨房に戻って行ったが。


 「嬢ちゃん、コイツぁ、ロプスフォルミガン一体から丸々手に入れたな?」

 「ああ、ちょうど他の冒険者達がロプスフォルミガンの討伐依頼を終わらせた後だったから、遭遇できるか怪しかったんだが、運が良かったよ。」

 「ノアさんにとっては、ビートルシロップを手に入れる事は朝飯前、という事ですか。本当に凄まじいですね・・・。それに、宿にこうして卸してしまえるという事は、一つだけでは無い、という事では?」

 「うん、ギルドに卸す用、宿に卸す用、自分用、と3体も遭遇する事が出来たんだ。正しく僥倖だったよ。」

 「嬢ちゃんにとっちゃロプスフォルミガン=ビートルシロップなんだな。本来そう容易く手に入れられるようなモンじゃないんだがなぁ・・・。それを普通に購入しようとしたら、金貨数枚は吹き飛ぶぞ?」

 「やっぱりそれぐらいはするんだね?コレを見せた者にも、丸々一つ手に入れられれば金貨一枚だと言っていたし。」

 「あくまでそいつぁ、ロプスフォルミガンの腹部、蜜胞をそのまんまの状態で手に入れた時だな。嬢ちゃんみてぇに綺麗にデカイガラス容器に入れられて、その中にカスも無いってんなら、金貨3枚は下らねえよ。」


 おっと?思った以上に値段が膨れ上がったぞ?どういう事だ?確かにガラス容器はまだ高価な物だが、3倍も値段が跳ね上がる物でも無い筈だ。


 疑問に思っていたら、その理由もちゃんとブライアンが説明してくれた。


 「嬢ちゃんも知っての通り、ロプスフォルミガンの蜜胞は脆いからな。容器に移そうとすると蜜胞のカスがビートルシロップん中に入っちまうんだよ。」

 「あー、ビートルシロップは粘性が結構強いからね。カスを取り除くのにも手間が掛かるのか。」

 「そう言う事!で、嬢ちゃんの用意してくれたビートルシロップは蜜胞のカスなんて一っ欠けらも見当たらない超高品質だ!高額になって当たり前なのさ。」


 なるほど。一つ勉強になったな。

 ビートルシロップに限らず、今後他の液体を扱う時にも埃やカスなどの不純物が入らないように気を付けて容器に移して密閉するとしよう。


 「それじゃあブライアン、ビートルシロップは任せて良いかな?」

 「おうっ!とんでもねぇモンを卸してくれてありがとなっ!後で代金を支払わせてもらうぜっ!」


 私としてはビートルシロップで美味い食事を提供してくれればそれでよかったのだが、金貨数枚はするようなものを無償で渡されてはブライアンも困るのだろう。しっかりと代金を受け取っておこう。


 「さてマックス、待たせたね。席へ行くとしようか。」

 「ええ、色々とお話を伺わせていただきます。宝石店だけでなく、魔術具店でも色々ありそうですからね。」


 まぁ、確かにピリカのところでも色々あったからな。うん、今から夕食が終わるまで、話に困る事は無さそうだな。


 それじゃ、マスター・マークの12年物、今度はしっかりと味わってみようか。

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